第510話 まだ確認が必要
「はぁ!?律してるし!?超律してるし!?なんだったらピアノくらい正確に音奏でられるし!?」
「最後の方は調律の話になっておるじゃろ」
玉座から立ち上がった俺を、一段低いところからジト目で見て来るフィオ。
その姿……雰囲気は、この三年で幾度となく見てきたフィオだ。
だが……本当にこのフィオが俺の知っているフィオなのか……ちゃんと確かめた方が良いだろう。
大丈夫だ、その打ち合わせもしっかりしている。
「……フィルオーネ=ナジュラス一つ聞きたい事がある」
「うむうむ。打ち合わせしておいた、本人確認じゃな?じゃが、お主その確認をする前に思いっきり取り乱しておったじゃろ?あれはアウトじゃよな?」
……意味なくね?
この分じゃ何聞いても答え知ってる感じじゃん!
「……」
「本当にお主は、覇王ムーブとやらをしておる時以外アドリブに弱すぎるのう」
「……」
「さて、正直私も驚いておるのじゃ。まさかいきなり成功するとはのう」
そう言ってフィオは自分の体を確かめるように、手や腕を動かし体を捻ったりしている。
「……成功なのか?」
「そうじゃな……少なくとも今の私は、お主が新規雇用契約書を使ったその直前までの記憶がある。五千年前の生前、そしてお主と過ごした三年間を含めてのう」
「……」
「じゃから、今日夢の中で呼ばれるかどうかというところじゃな。その確認が済まぬ限り、お主の中にいたフィオのコピーでないと言い切る事は出来ん」
この辺りのやり取りも、以前の打ち合わせ通りだな。
「約束は守るよな?」
「勿論じゃ。今の私は、以前の様にお主が見聞きしたことも考えた事も共有しておらん。じゃからお主の中に私が残っているのかどうか確認は出来ぬ。じゃが、約束通りお主の中に私が残っておるなら、それを隠したりせず必ずお主を呼び出す」
フィオがもし俺の中に残っていた場合……なんだかんだと気を回したフィオが俺の前に姿を現さないようになる可能性を考えていた俺は、今日を迎える前に失敗した場合は何があろうと絶対に俺を呼び出す様に約束させた。
その時フィオは、研究者として二人で行った実験の結果は必ず共有すると約束してくれた。
次に俺が寝た時、フィオが俺の中にいるのであれば必ず会いに来てくれる筈だ。
変な気を回したりする事は絶対に許さない。
今目の前にいるフィオは、間違いなく俺の知るフィオだと断言出来ると思うが、この確認だけはしない訳にはいかないのだ。
「分かった。なら……早く答えが知りたいからな。今から寝る」
「今すぐにかの?」
「あぁ。玉座で寝る」
「体が痛くならんかのう?」
散々俺が玉座に対して堅いだの冷たいだのと不満を抱えてきたことを知っているフィオが、大丈夫か?と言いたげな表情をしているが俺はかぶりを振ってみせる。
「問題ない。薬を持ってきたからこれで寝る、一時間くらいで起こして貰えばいけるか?」
「時間はそれで問題ないが、薬を使うのかの?」
「自分自身を魔法のターゲットには出来ないし、フィオは魔石チャージをしていないから魔法が使えないだろ?」
フィオの希望で幻属性の適正は上げてあるけど、魔法を使うには魔石で魔力をチャージしないと使えないからね。
新規雇用したばかりのキャラは魔力チャージされていないし。
「それとも、フィオ自身の魔法で眠らせるような魔法があったりするか?」
「一応出来るが……いきなりお主にかけることは避けたいのう。レギオンズの魔法ならともかく、私が従来使っていた魔法はいくらか実験をしてから使うべきじゃ。やはり、生前とは在り方が違うし……」
「もしフィオが生前の魔法を使えるとしたら、俺達もこの世界の魔法が使えるってことだよな?」
「まぁ、恐らくそうなるのう。それを調べる為にも、ちゃんとした環境で実験をする必要があるのじゃ」
「分かった。ならそれは今後の楽しみにしておこう。とりあえず、これを渡しておくから起こしても起きなかったら使ってくれ」
そう言って俺はフィオに万能薬を投げ渡す。
今から飲む睡眠薬は、不眠症のキャラに渡すと仲間になるというイベントアイテムだ。
中々強力な物みたいだけど、万能薬なら問題なく起きることが出来る筈……。
「変な効果があったりせんじゃろうな?」
「『強力睡眠薬』って名前だけど、多分変な効果は無かったはず。夜眠られないキャラが飲んで寝られるようになったってだけのイベントアイテムだしな。大丈夫だろ」
「ふむ……目覚めないとか本当にやめて欲しいのう。お主がこの状況で目覚めなくなったら、私絶対処刑されるからの?」
「……確かにそうだな。ならばリーンフェリアを中に入れて説明しておくか?」
リーンフェリアを外に出しておいたのは、フィオに色々と説明が必要だった場合に備えてだ。
今日まで俺と過ごした記憶のあるフィオであれば、口裏を合わせることくらい容易いし、リーンフェリアと顔合わせをしても問題ないだろう。
「そうじゃな。私は問題ないのじゃが、お主の方こそ友人設定を忘れるでないぞ?」
「……まぁ、大丈夫だろ。なんかあった時は……上手い事やってくれ」
「お主のう……お主の方にツッコミは入らんじゃろうが、こっちには色々ツッコミが来る可能性が高いんじゃ。ほんとしっかりして欲しいのう……」
「ハイハイ」
「ハイは一回じゃ!」
俺から受け取った万能薬を投げ返してきたフィオに笑って見せた後、俺は玉座の間にリーンフェリアを招き入れる。
フィオとのやり取りはやはり心が軽くなるが、心配事を片付けてからでないと心の底から安堵することが出来ない。
俺の呼びかけに応じ玉座の間に入ってきたリーンフェリアは、俺の隣に立つフィオを見て驚いたような表情を見せたが、すぐに普段通り真面目な様子で膝をつく。
……膝つかなくていいんじゃよ?
「リーンフェリア。彼女は今回召喚した俺の友人、フィルオーネ=ナジュラスだ。俺の家臣という訳ではないが、これから城に住んでもらう事になる。良くしてやってくれ」
「はっ!」
「フィオ、彼女はリーンフェリア。よく話しているから知っているとは思うが、顔を合わせる機会は多いだろうからな仲良くしてやってくれ」
フィオはリーンフェリアの事を良く知っているだろうけど、ポーズとして紹介をしておく。
「うむ。よろしく頼むの、リーンフェリア殿」
「よろしくお願いします、ナジュラス様」
一瞬リーンフェリアが何かに反応したように見えた気がしたけど……気のせいだろうか?
フィオにリーンフェリアの事を伝えた時に……なんだろう?
そんな俺の違和感を他所に、フィオとリーンフェリアは会話を続ける。
「フィルオーネで構わないのじゃ。それと私自身、フェルズの友人というだけで地位があるわけではないからの、敬称は不要なのじゃ」
「畏まりました、それではフィルオーネ殿と呼ばせていただきます」
「うむ」
二人の挨拶が一段落したところで俺はリーンフェリアに話しかける。
「リーンフェリア、後でフィオの事を皆に知らせておいて欲しいのだが……」
薬飲むから護衛よろしくと言おうとして、フィオが問題ないのだから玉座の間でわざわざ眠る必要はないかと思い直す。
「その前に今から俺の部屋に向かう。そこで少し薬を飲んで眠るから護衛を頼む」
「く、薬ですか?ど、どこか体調が悪いのでしょうか!?」
あ、そうとるか。
いや、寧ろそうとしか取れない言い方だったな。
リーンフェリアの慌てた様子に俺は言い訳を考えて……どう説明しよう?
睡眠薬飲んで一時間くらい寝る用事……それどんな用事だよ!
むぅ……困った、何と説明すれば……ってとりあえず体調の件を否定しないと!
「いや、そうではない。そうではないのだが……」
なんて言えば良い?
薬の実験……いや、俺が実験台になるなんて言語道断と言われるに決まってる。
眠りながら考えたい……そんな器用な真似出来るか!
……えぇ?どんな理由で睡眠薬って飲めば良いんだ?
いっそのこと夜まで我慢……は出来ないな。
正直早いところフィオの件を確認したくて仕方がない。
そんな風に俺が苦悩していると言うのに、フィオの奴がリーンフェリアに見えない角度でにやにやと笑みを浮かべているのが腹立たしい。
……よし、巻き込んだれ。
「……少し、フィオの協力の元確認したい事があってな。俺が寝ている間にフィオが調べてくれる筈だ。一時間経ったら万能薬で起こして欲しい」
俺の言葉にフィオが顔を顰めるが……まぁ、上手い事やってくれや。
俺はいつも通り皮肉な笑みを浮かべる。
「し、調べるとは……?」
「……ま、魔王の魔力に関してちょっとな?」
「何か問題でしょうか?」
「いや、そうではない。心配する必要はないが……すまない、リーンフェリア。少し急いでいるから、俺が寝た後にフィオに確認してくれ」
「っ!?」
「畏まりました」
覇王の得意技である丸投げを実行すると、フィオが物凄い目で睨んできたが……強く生きて欲しいと思う。
とりあえず、俺達三人は急ぎ俺の私室に向かい……俺が帰ってきたことを喜び飛び掛かって来たルミナを抱き上げ、二人に見守られながら俺は『強力睡眠薬』を飲んだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます