第509話 邂逅



 この三年余りですっかり座り慣れた玉座……いや、堅いし冷たいしリクライニングしないしで全然座り慣れない玉座に腰を下ろした俺は、ゆっくりと深呼吸をする。


 深呼吸をして初めて気づいたけど、なんか喉が滅茶苦茶渇いている気がする……い、いったん食堂に行って水でも飲んで……いやいや、何やってんだよ。


 俺は浮かしかけた腰をゆっくりと下ろす。


 落ち着け、事前の準備は完璧……多分完璧……おそらく問題ない……はず……。


 いや!完璧だ!


 大丈夫だ!問題ない!


 それに何度も打ち合わせをしてしっかりと煮詰めた。


 大丈夫……大丈夫な筈……。


 ふぅ……落ち着け俺。


 現状、これ以上の準備は出来ない。


 そう判断したからこそ、今日実行することとなったのだ。


 今日……俺はフィオを召喚する。






 何とも腰が落ち着かず、むずむずしながらも必要な能力値や適性、アビリティを設定した俺は一息つく。


 現在玉座の間には俺しかいないので、立ち上がって伸びをしたり屈伸をしたりしても誰にも見られたりはしない。


 護衛であるリーンフェリアも玉座の間の外で待機してもらっており、緊急時以外、俺が声をかけない限り誰も玉座の間に入ってくることは出来ない。


 これからキャラクター新規作成……召喚を行う事は伝えてあるのだけど、当然ながら護衛を外す事に物凄く反対された。


 今回呼び出すのは友人だけど、実験の側面もあり成功するかどうかは分からないと説明したからな……万が一に備えて傍で護衛をしたいと言うのは当然だとは思う。


 しかし、失敗した時の事を考えると少々どころではなく面倒な事になる。


 俺達が今回の新規雇用において起こり得ると予想したフィオという存在の可能性は四つ。


 今から五千年前、儀式を行った瞬間のフィオ。


 その五千年後、儀式が発動し俺達がこの世界に呼びだされた瞬間のフィオ。


 そして、それから三年半ほどの時を俺と共に過ごしたフィオ。


 最後に、フィオの設定が詰め込まれただけの別人。


 四つ目は最悪なパターンだが、一つ目と二つ目のパターンの場合も少々ややこしい事になるのは間違いない。


 いくらフィオが察しの良い奴だとしても、混乱して当然の状況だろう。


 聞く耳を持たない程混乱することはないだろうけど……流石に状況を説明する上でうちの子達がその場にいるのは色々とよろしくない。


 しかし、四つ目のパターンの場合は設定上はフィオと同じだとしても、中身はエインヘリアの子達と同じだから、個人的には最悪だけど……エインヘリア的には問題ない感じに収まるだろうね。


 どのパターンであったとしても最初の対応さえ間違えなければ、エインヘリア全体としては問題ない。


 俺としてはこの結果がどうなったとしても、呼び出したことに対する責任は取るつもりだ。


 だが、やはり上手くいって欲しいと……望み通りの結果になって欲しいと考えてしまう。


 いや、それは当然なんだけどね?


 失敗してもいいやって考えて前に進む奴はいないだろうし、そう考えて進む場合は失敗を前提としているに過ぎない。


 フィオ自身は、失敗する可能性も十分にあると言っていた。


 今まで実験的にケイン達を呼び出して色々確認してはいるが、彼らは全てゲーム時代のエインヘリアから呼び出したという事になっており、元々現実の存在であるフィオとはスタート地点が違う。


 だからこそ、今日の新規雇用でどんなことが起こるかはやってみるまで分からない……希望を含んだ予想しか出来ないのだ。


 あぁ、ダメだ。


 今日ここに至るまでに覚悟はしっかりとしてきたつもりだったけど、この期に及んで二の足を踏んでいるのは……うん、やっぱ情けないよな。


 いまいち覚悟を決めきれないまま、俺は設定全てを見直す。


 能力値、適正、アビリティ……称号や役職、そしてキャラクター設定欄。


 何度も何度も確認して、設定ミスや記入漏れがないかを確認する。


 記憶の中で受けた数々の試験でも、ここまで見直しをしたことはないな……ふとそんなことを考え笑いが込み上げて来てしまう。


 よし、大丈夫だ。


 ミスが無い事を確信出来た俺は、最後の確認画面で一息つく。


 さて……ここまで来たら後は決定するだけ。


 ここであまり躊躇ったりすれば、この状況を見ているフィオがやきもきするだけだろうし、ここはさくっと行くぜ……さくっとな……さくっと……くぅ!


 いや、やっばいわコレ。


 こんなに緊張した事は久しく無かった気がする。


 ヴィクトルと初めて会った時とか、フィリアと初めて会った時とか、クルーエルと初めて会った時とか……いや、かなり多い上に比較的最近もカイさんとの謁見とかあったな。


 だがまぁ……今日のこれは緊張だけじゃない。


 俺は、今日ここで失敗することに恐怖を覚えている。


 別に、今日の召喚に失敗した所で、フィオという存在が消えてなくなるわけではない。


 たとえ失敗したとしても、俺達はこれまで通り俺の夢の中で会って他に方法が無いか探っていくことだろう。


 今日の失敗はフィオからすれば想定の範囲内。


 寧ろ、失敗を色々と考える為の材料くらいにしか考えていないかもしれない。


 何が変わるわけでもない……だと言うのに、俺は確実に失敗を恐れている。


 まぁ、フィオを現実に呼び出すことが出来ない事に対する落胆もそうだが、フィオと同じ存在が増えてしまうかもしれない事が恐ろしいのだと思う。


 フィオはどこか、呼び出されるのが自分自身でなくても構わないと思っている節があるけど……俺にとってフィオとは、この三年余りの付き合いのあるフィオだ。


 責任は取るつもりではあるが、フィオと同じ姿をした別人の扱いは……正直色々困ると思う。


 何よりフィオと同じ存在であったとしても、俺の内心を知っている訳じゃない訳で……他の子達と同じように覇王として接する必要がある。


 そして俺の中にいるフィオにそれを全部見られていると……何その羞恥プレイ。


 ……。


 ……うん。


 この結果がどうなろうと、フィオとの関係が変わるわけじゃないんだ。


 とっとと前に進んで結果を見てから、後の事は後に考えるべ。


 しょうもない事を考えたおかげで覚悟も決まった。


 よし……!やるか!


 俺は新規雇用を決定する。


 次の瞬間、俺の視界いっぱいに広がっていた新規雇用画面から玉座の間へと視界が戻り、その中央付近に光の粒が集まっていく。


 幾度となく見てきた光景……新規雇用契約書を使い、新しい子が誕生する時の光。


 その光は徐々に人の形をとり……やがて光が消え失せたそこには、一人の女性が目を瞑ったまま立っていた。


 その女性を一言で表すならば黒。


 腰のあたりまで伸びた長い髪も、その身に纏ったドレスも他の色を一切許さないと言わんばかりに黒一色。


 少しだけ見えている素肌だけが対照的に透き通るように白いが……その姿を日の光の下見るのは初めてで、その白さに若干の驚きを覚える。


 今は目を閉じているが、その瞳もやはり黒で……光の具合によっては赤にも見える事を俺は知っている。


 間違いなくフィオだ。


 いや、少なくともその姿だけは間違いなくフィオのものだと言える。


 後は……その中身だ。


 俺が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと目を開いたフィオはきょろきょろと玉座の間を見渡し目を細める。


 ……分からん。


 このフィオは……俺の知っているフィオなのか、それとも俺の知らないフィオなのか。


 それともフィオの姿をした別人なのか?


 俺がそれを確認しようと口を開くより一瞬早く、フィオが俺に向かって礼の形をとる。


 女性が目上の相手に行う……カーテシーというヤツだろうか?


「御初御目にかかります、エインヘリア王陛下。私はフィルオーネ=ナジュラスと申します」


「っ……」


 その口から紡がれた挨拶を聞き、俺は一瞬目の前が真っ暗になったような感覚に陥る。


 今……何といった?


 フィルオーネ=ナジュラスの名前は問題ない。


 そう設定したのは俺だ。


 だが……御初御目にかかります?


 そして……俺の名を呼んだ?


 もし五千年前のフィオや儀式が発動した直後のフィオであれば、俺の名前は知らない。


 だと言うのに俺の目の前にいるフィルオーネ=ナジュラスは俺の名を呼び……そして状況を把握しているかのように振舞っている。


 ケイン達もそうだったけど、新規雇用契約書を使って呼び出した子達は全員、面識こそなかったものの俺の事を知っていた。


 その立場によって最初の反応は様々だったけど、うちの子達と同様に俺に敬意を払い状況を把握すると同時に礼を見せている。


 これは……四番目の、フィオの名前や設定を受け継いだだけの別人パターンというパターンなのか?


 くっ……今ここにいるフィルオーネ=ナジュラスには申し訳ないけど、失敗……か。


 ……いや、落ち込んでも仕方ない。


 この結果を基にフィオと今夜話をしよう。


 失敗した時は必ず今夜呼ぶように約束したからな。


 よし、そうと決まれば……このフィルオーネ=ナジュラスに声をかけなくてはな、呼び方はフィルオーネでいいだろう。


 恐らく今まで呼び出した子たち同様、頭を上げるように言わないとずっと礼をしたままだからね……そう考えた俺がフィルオーネに声をかけようとしたところ、彼女はスッと頭を上げて笑みを浮かべる。


 その笑みは……俺がいつも夢の中で見ていた物と同じもので、正直結構ショックがデカい。


 そんな風に微妙な感情を抱いていると、フィルオーネが俺の事を正面からみながらゆっくりと口を開く。


「……考えておる事が筒抜けなのは王としてどうかのう?」


「……?」


「もう少し己の心を律してみせろと言うておるんじゃ……ヘタレ覇王め」


 その言葉に、俺は玉座から勢いよく立ち上がった。


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