十三章 魔法を消し飛ばす我覇王
第508話 長期出張からの帰還
「長期に渡る任務ご苦労だったな、クーガー」
「任務自体は楽勝だったっスけど、えらく時間をとられたっス。いやぁ、馬車の旅って中々しんどいっスね」
長期出張から帰ってきたクーガーを労うと、凝った体をほぐす様にしてみせながらクーガーが笑う。
普段通り飄々としているようにも見えるが、何処か疲れているようにも見えるな。
流石のクーガーも長期潜入任務はかなり気を張ったみたいだね。
「思いの外あっさりと信用してもらえたみたいで、かなり楽な仕事だったっス。というか楽過ぎて色々鈍らないか心配になったくらいっスよ」
「くくっ……そうか。だが収穫はあったのだろう?」
「そっスね。じゃぁ、報告させていただくっス。まずは俺が張り付いていたレフラス元枢機卿ですが、エルディオンの諜報機関『風』の一員でした」
「ほう」
諜報機関『風』か……あれやね、外交官とか資源調査部よりも随分とおしゃれな感じですね?
他にも『火』とか『水』とかいるのかしら?
なんというか……あれね、シュヴァルツとか好きそう……。
まぁそれはさて置き……案の定というか、これで教会から色々エルディオンに情報が漏れていたと確定したって感じだな。
枢機卿であれば教会の真の教義についても詳しく知っている訳だし、比較的若い枢機卿とは言え、それでも十数年は教会に潜入していたわけだから殆どの機密は漏れていると見て間違いない。
それにしても、ルフェロン聖王国に入っていたソラキルの間者と言い、元枢機卿と言い……潜入先で出世しすぎやろ。
恐らく本人の優秀さと本国からのバックアップがあってこそなんだろうけど、二人とも考え得る限り最上位の役職まで駆け上がってるんだよな。
そのまま潜入先に骨を埋めても良いのでは……?と思うけど、それをしないのが忠誠って奴なんかねぇ。
まぁ、潜入なんて相当忠誠心が無いと出来ないよね。
バレれば殺されるだろうし、潜入先に取り込まれたら二重スパイになったりする可能性もある。
潜入する本人も、潜入を命じる側も相当なリスクを背負って送り込むからこそ、得られるリターンも大きい……うちの外交官の子達みたいに、能力も忠誠も絶対の信頼を置けるような相手じゃないと送り込めないよね。
「エルディオンの諜報機関か。随分と手広くやっているようだな」
「そっスねぇ。帝国の上層部には潜り込めていないみたいっスけど、何人か帝城に潜り込んでいる奴がいるみたいっス」
「ふむ、泳がせている可能性もあるが、一応その連中の名前は帝国に知らせておいてやれ。それと属国やブランテール王国の方にも潜り込んでいる者がいるなら対処を頼む」
「了解っス」
俺の指示にクーガーは頷くけど、まぁ俺が指示を出すまでもなく動いているんだろうね。
「元枢機卿の狙いは、教会の持っている魔王や魔王の魔力についての知識と帝国の北を抑える事っス。ただ、教皇を意のままに操るという点については全く見通しが立たなかったみたいっスね」
クルーエルを意のままに……それはまた相当難易度の高いミッションだな。
まぁそれが可能であれば、フィリアがあそこまでクルーエルの事を警戒しないだろうね
「帝国の東で起こっている魔物の件については何か情報はあるか?」
「そちらは俺の方では特に情報はないっス。元枢機卿自身、エルディオンの情報は殆ど渡されてなかったみたいで、任務に必要な情報を最低限って感じっスね」
「徹底しているが……それでよく潜入を続けられたものだな」
国のために働いているのにその国の情報を全然得られないって……中々空しい感じではないだろうか?
「敵国に潜入する密偵ならそれは当然っスよ。いざバレて捕まった時に迅速に自害出来るとは限らないっスし、持っている情報は少ないに越したことはないっス」
「そういうものか」
覚悟決まり過ぎだと思うけど……そういう人じゃないと他国に潜入して工作するなんて無理なんだろうな。
「まぁ、お前達の自害は認めないがな」
「いやぁ、プレッシャーっスね」
クーガーは苦笑しながら言うが……酷い事を言っている自覚はある。
自害を認めないということは、どれだけ拷問されても自死を許されず、その上で情報を漏らすことも許さないという事だ。
いや、俺的には生き延びることが出来るなら情報を漏らしてもらっても構わないんだけど……とは言ってられないよね。
クーガーが捕まって逃げられないレベルの相手ってなると、情報が漏れた場合エインヘリアにとって致命的な事になりかねないと思う。
しかし……それでも生きて欲しいと思うのは……エゴだよなぁ。
上級ポーションとかを使えば、瀕死の大怪我であっても後遺症なく治療が出来る。
死んでさえいなければどうにか出来るのがエインヘリアだ。
だからこそ……苦しんででも生き延びて欲しいと思ってしまう。
その苦しみがどれほどのものか想像すら出来ないと言うのに。
「ははっ!大丈夫っスよ!万が一にも俺が捕まる事はないっスし、仮に捕まりそうになったら全てをぶっ壊して逃げてくるっス!」
「……そうだな。クーガー達ならばそのくらい容易かろう」
心配する事自体、クーガー達にとっては侮辱と言えるだろう。
無責任に丸投げする訳ではない……仮にクーガー達の手に余る事態になった時は、エインヘリアの全力を使って救助する。
そのことだけを心に誓い、後は彼らに任せるべきだ。
俺が肩を竦めながらそう返すと、クーガーは満足気に頷く。
「んじゃ続きっスね。エルディオンはあっちこちに犯罪組織を作っているっス。帝国と言わず大陸中のあちこちに。特に北方諸国や帝国北部に多いっスけど……そういえばこの前エインヘリアに手を出して潰された組織があったっスね」
「そういえば、何か報告が上がっていたな……あれはエルディオン関連の組織だったのか」
確か……シーボウズだか何だかいう組織だったな。
ムドーラ商会がぼっこぼこにして、更に帝国にあった本拠地も潰したとかなんとか。
ブートキャンプの成果が出て何よりだね。
「一応、元枢機卿に着いて回って把握出来た組織については纏めてあるっス」
「ふむ、その辺りは様子見が必要だな」
「既に見習い達を送り込んでいるっス」
「そうか、流石に早いな」
外交官見習いも……敵組織に潜入しているのか。
なんかもう諜報合戦って感じだな。
「そういえば、元枢機卿はどうしたのだ?」
「情報を取れるだけ取ったんで、偶々近くにいた『至天』のエリアス殿に引き渡したっスよ」
偶々近くにエリアス君はいないだろ……絶対。
「教会では無く帝国に?」
「教会に合意は取ってるっス。北方の犯罪組織にはうちから見習い達を潜り込ませているっスけど、帝国はそういう訳にもいかないっスからね」
うちと北方諸国は直接同盟関係を結んだわけではない。
教会を通して魔力収集装置を設置しているだけの間柄だ。
だからこそ、うちの子達は北方諸国に対して何かを仕掛けることを問題とは思わない。
だが帝国は違う。
対等な同盟でその関係は非常に良好と言える。
だからこそ、帝国の顔を立てて情報のみを渡し直接手を出さないというスタンスをとっているのだ。
とは言っても……うちの子達は俺みたいに甘くないからね。
表面上はノータッチを装っていても、しっかり潜入工作はしていることだろう。
ただ、それを俺に伝えるつもりは無さそうだけどね。
「……お前達には本当に助けられているな」
「それが俺達の生きがいっス。後、エルディオン本国について……そちらの情報の方は今潜入している見習い達に聞く方が確実っスけど……連中は帝国に何か仕掛けるつもりみたいっスね」
「……それは東の方で起きている魔物騒ぎ関係か?」
「その件について、元枢機卿は情報を持っていなかったっスけど、恐らくそれも含めてっスね。エルディオンは帝国と本格的にやるつもりっス」
本格的にということは……。
「帝国と戦争をするということか?嫌がらせのような小競り合いではなく?」
「っスね。そう遠くない内に」
「ふむ……」
てっきりエルディオンは企みを潰しまくったうちに突っかかって来ると思ったんだけど……今までの実験は全部帝国と戦う為だったということか?
フィリアはかなりエルディオンの事を警戒していたけど……開戦か。
帝国相手に本格的に戦いを始めるということは、実験の段階は終わったという事だろう。
人造の英雄や魔物……それに恐らくそれだけじゃない。
魔王の魔力を利用した物が他にもあると見て間違いないだろう。
「エルディオンに潜入しているのは外交官見習いだったな。早めに情報を聞きたい所だが……」
「開戦前には戻って来ると思うっスけど、もう少し時間がかかりそうっスね」
長期出張に出ていたクーガーの方が状況について正確に把握しているのは、直属の部下だから、それとも俺が知らなさすぎるのか……。
「急かすことは出来ないな」
「俺達が調べているのであればもっと早く情報を集められるっスけど、見習い達の今後の事を考えても実戦の機会は多い方が良いっスからね」
「そうだな」
急ぎだからと、重要だからと外交官達に任せてしまっては後進である見習い達の成長機会を奪う事になる。
もどかしくはあるが、これも上の務めと言えるだろう。
特に……エルディオンの狙いがうちではなく帝国というのであれば……うちの子達としては余裕をもってエルディオンを教材に使うに違いない。
とりあえず、エルディオンの動きは要注意……フィリアに注意するように伝えておくか。
東の調査の件もあるし、近い内に話をした方が良さそうだ。
しかし……明日は大事な用事がある。
俺としては、今はそちらに集中したかったりするんだよね。
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