第506話 ご褒美・槍聖:SUN



 初めての釣りでハイになってしまったが……冷静に考えるとちょっとおかしい。


 フカヒレ(乾燥)が釣れたのは別に良い。


 だってここはそういう生簀だからね。


 しかしだ、間違いなく先程俺がこれを釣り上げる前に、竿は震え、獲物が海中に餌を持ち去ろうとして竿がしなった。


 フカヒレ(乾燥)が……それをしたの?


 おかしくない?


 そんなことをちょっぴり思ったけど……まぁ、うちの生簀だしそういう事もあるよねと結論を付けた俺は、サリアに餌の付け方を教えてもらって二度目のキャストをしようとしていた。


 ……あれ?


 そういえば、フカヒレ(乾燥)を釣ったのに餌も無くなってたな?


 い、いや、深く考えるまい。


 そんなことを考え、一瞬キャストするのを躊躇った瞬間、サリアがこれまた釣り糸を垂らした瞬間魚を釣り上げる。


 うん、魚である。


 何の魚かは見ても分からないけど、なんか一メートルくらいはありそうな気がする。


「お、これは鰆であります!」


「ほう。それが鰆か」


 細長いんだな……もっとふっくらしてる魚かと思ってたけど。


 調理済みのものしか知らないと……色々恥をかきそうだよね。


 でも牛とか豚とか羊ならともかく……魚は種類が多すぎると言うか……食用になる種類が多すぎるよね。


 ってか、牛とか豚だって色々種類がいたりするにも拘らず、魚だけカテゴリーで呼んだら蔑まれた感じになるのは何故なのだろうか?


 えぇやん?全部魚って呼んでも。


 何故か魚と……鳥は正確な名前で呼ばないと、そんなことも知らないのか……的な空気出されるよね。


 とりあえず……うん、次からは鰆が釣れても名前を呼べそうだな。


 陸に上げられびちびちと跳ねる鰆が、サリアの手で絞められた後、デカいクーラーボックス風の箱に収められる。


 血抜きってやつをやったのだろうか?


「サリア、その箱は?」


「これは携帯用の冷凍箱であります!鮮度を保つためにこの村で使われている物を持ち運びできるサイズにしたものであります!ヘパイとドワーフの合作であります!」


「ほぅ、ヘパイが」


 開発部の皆は魔力収集装置の設置で忙しい筈だけど、新規開発にも参加してるんだな……忙し過ぎるだろ……。


「ヘパイは息抜きと言っていたであります!オトノハもよくそんな事言いながら楽しそうに研究をしていたりするでありますな!」


 俺の考えを的確に読んだサリアがにこにこしながら言う。


 うーん、やっぱりサリアは凄いな。


「そうか。楽しんでいるならあまり強くは言えんが、それでもやはりちゃんとした休養は大事だ」


「伝えておくであります!」


 冷凍箱に鰆を入れたサリアに頷いた俺は、そのままひょいっと生簀に仕掛けを投げ入れ……先程と同じように秒で震えた竿を立てる!


 と言っても先程と同じ失敗はしない!


 確か、魚が餌に食らいついた時に竿を引いて口に針をひっかける……んだったかな?


 つまり……サリアが先程言った竿を立てるというのは、こう……ちょっとだけ竿を引くということだ。


 現に先程鰆をサリアが釣り上げた時はそんな動きを見せていた……と思う。


 ってか、竿は凄いしなっているけど……やっぱりこう、軽いな。


 仕掛けを沈めた瞬間に獲物が掛かっているし、今度の獲物も水面間近にいたわけで簡単に……。


 そんなことを考えていると、獲物がぴょんと跳ねるように海から飛び出してきた。


 軽く引いただけのつもりだったけど、あっさり釣り上げてしまったようだ。


 とはいえ、先程みたいに竿を思いっきり立てていないので、こちらに向かって飛び掛かってくるような感じではない。


 垂らされた糸の先で得物……キャビア(瓶詰)がくるくると回っている。


 覇王の釣果、二匹目はキャビア(瓶詰)だな!


 レア物二連発とは……覇王の釣力は相当なものと言えるだろう。


「お!こちらも釣れたであります!鰹であります!」


 サリアは……今度は鰹か。


 これまた一メートル近くある大物のようだけど、鰆とちがってザ・魚って感じの見た目だな……正直次に釣れたとしても他の魚と見間違えそうな気がする。


 サリアはぱぱっと鰹を針から外して先程と同じように絞めてから冷凍箱に……そんな姿を見ながら、俺は手繰り寄せたキャビア(瓶詰)を回収してフカヒレ(乾燥)の横に並べる。


 釣果は二対二だけど……金額的には俺の方が勝ってると思う!


 少なくともレア度では勝ってる!


 いや、別に勝負はしてないけどね?


 そんなことを思いつつ釣りを続けた俺達の三投目……見事俺は辛子明太子(箱入り)を、サリアは鮎を釣り上げた。


 辛子明太子(箱入り)はともかく、サリアの鮎は今までの魚と比べてかなり小さく、まだ成長前の魚かと思ったのだが、サリアが魚の名前を教えてくれたので問題なく成魚であることが分かった。


 鮎って絶対淡水魚だと思うけど……まぁそんなこと今更気にする程の事でもないよね。


 その後も俺はロブスター、タラバガニ、タコ、ホタテ、サザエ、海苔の佃煮(瓶詰)、かつお節(乾燥)、いくら(瓶詰)、乾燥ホタテの貝柱(袋詰)なんかを釣った。


 中々の大漁だ。


 因みにサリアは河豚やら鯛やら鮪やら鱒やら……とにかくいろんな種類の魚を釣り上げていた。


 サリアの釣果を見てハタと気付いたんだけど……俺、魚釣って無くない?


 ……まぁ、良いか、面白かったし。


 それに釣りとは言ったけど魚釣りとは一言も……。


「フェルズ様、そろそろお昼ごはんにするであります!」


 一瞬哲学的な命題に迷い込みそうになった俺だったが、サリアの言葉に我を取り戻した。


「もうそんな時間か、どうする?一度城に戻るか?」


「あー、そのー、いえー」


 俺が尋ねるとサリアにしては珍しく、歯切れが悪い……なんだ?


「えっと……簡単なもので恐縮ですが、お弁当を用意してきたで……あります」


「ん?サリアが作ったのか?」


「……であります」


 手作りのお弁当とは……凄いな!


「それは、楽しみだ」


「あ、味は保証できないでありますが……」


 珍しく動作がぎこちないサリアだけど、リーンフェリアやカミラと違って偶にポンコツになるタイプではないので問題はない筈だ。


 ……多分。


「ははっ、サリアが作ったのなら大丈夫だろう」


「そ、それと……鮎や鱒を塩焼きにするであります!少しだけお待ちくださいであります!」


 サリアは小さなテーブルを俺の前に用意すると、持って来ていた真水で手を洗いてきぱきと準備を進めていく。


「ふむ、手伝うぞ?」


「いえ!大丈夫であります!万事お任せあれであります!」


 そう言ったサリアは、冷凍箱に入れずにおいていた川魚を串に刺していく。


 内臓は……既に取ってあるようだ。


「網焼きにするであります!それと……フェルズ様の釣ったホタテやサザエも焼いて良いでありますか?」


 傍に置いていた台の天板をとりながら言うサリアに、俺は頷いて見せる。


 あれは台じゃなくってバーベキューコンロだったのか。


 串焼きっていうと焚火の周りの地面に串を刺して焼くイメージだったけど……網焼きもありだな。


 それにホタテやサザエ……うん、絶対美味しい奴だな。


 相変わらず見事な手際で準備を整えたサリアは、網の上に魚を並べた後俺の方へとやってくる。


「魚が焼けるまで少し時間がかかるので、その間にお弁当をつまんで欲しいであります!お弁当は小さめですが……」


「ありがたく頂戴しよう」


 サリアが持ってきた荷物の中から小さな包みを取り出し、両手で差し出してくる。


 普段通りの笑顔にも見えるけど……物凄く緊張しているのが伝わってくるな。


 俺が受け取った包みをゆっくり開くと、中から小さなおにぎりが二つと小さなお弁当箱が出て来る。


 お弁当の蓋をあけると、中には卵焼き、ウィンナー、ハンバーグ、から揚げ、ブロッコリー、プチトマト……中々多彩なラインナップだけど、どれも一口サイズの可愛らしい感じだ。


 なるほど、魚が焼けるまでのつなぎっていうのは本当のようだけど……おかずの綺麗な配置からは、一つ一つ丁寧に作られているのが伝わって来るようだ。


 作った本人は、普段とはかけ離れた様子でこちらを見ているけど……うん、ちょっと緊張感はあるけど、とても美味しそうだ。


 俺は小さなおにぎりを一口……その後卵焼き、から揚げと順々に食べていく。


「驚いたな……サリアは料理もかなりの腕前だったのだな」


「……」


 俺の感想を聞いても表情を変えず、じっとこちらを見ながら……バーベキューコンロの方に戻っていたサリアは魚をひっくり返す。


 そういえば、俺だけ食べてて良いのだろうか?


「サリアは食べないのか?」


「自分は大丈夫であります!」


「ふむ、そうなのか?とりあえずサリア、ご馳走様。凄く美味かった」


 出来るだけゆっくり堪能しながら食べたけど、流石に小さいお弁当箱だったのであっという間に食べ終わった俺はサリアに礼を言う。


「あ、ありがとうございますであります!!」


 いや、お礼を言いたいのはこちらなんだが。


 すごくいい笑顔でお礼を口にしながら魚を網から上げてお皿に乗せるサリア。


 俺がお弁当を食べている間に魚が焼けたようだ。


 なんというか、完璧なタイミングじゃない?計算通りなのかな?


「お待たせしたであります!これは鮎であります!それとおにぎりはまだあるので良ければ食べて欲しいであります!」


 なんか至れり尽くせりというか……凄いなサリア。


「ならば、おにぎりを一つ貰えるか?」


「どうぞであります!」


 魚の塩が強めだからか、おにぎりは先程食べた小さな物よりも塩が少なめのようだけど……いや、これは美味すぎる。


 塩焼き鮎におにぎり……最強じゃね?


「これは美味いな……サリア、最高だ」


「ありがとうございますであります!」


 物凄く嬉しそうな笑顔で再びお礼を言われてしまう。


「作ってもらっておいてなんだが、サリアもしっかり食べてくれ。流石に一人で食べるのは心苦しい」


「了解したであります!いただきます!」


 サリアが鮎にかぶりつき、次の瞬間顔が綻ぶ。


 自分でも満足いく味わいだったようだ。


 元気でハキハキとした普段の態度と違い……串に刺した魚を、何処か上品な感じで食べていくサリア。


 なんか……今まで知らなかったサリアの一面が今日は良く見えるな。


 サリアの食事風景を見てそんなことを考えてしまうが、流石に人が食べているのをじっと見つめるのは色々問題がある。


 俺はテーブルの上に乗せられた鱒やホタテ等の攻略に取り掛かった……なんかもう無茶苦茶美味かった。


 どれもシンプルな料理ではあったけど、獲れたてをシンプルに塩や醤油、バターだけで食べるのってなんでこんなに美味しいんだろうね?


 凄く良い香りを辺りにまき散らしつつ、俺は獲れたての海……と川の幸をたっぷりと堪能した。


 やがて食事を終えた俺達は釣り具や釣果を村に預け、のんびりと海岸沿いを散歩することにした。


 波も風もとても穏やかで、独特の磯臭さはあるものの非常に心地良い環境だ。


 今俺達が歩いているのは砂浜ではなく、剥き出しの岩が波に削られ非常にでこぼこした磯だが、俺もサリアもこの程度の悪路では苦にもならない。


「フェルズ様、今日はお付き合い下さりありがとうございますであります!」


 輝く様な笑顔で言うサリアに俺はかぶりを振ってみせる。


「俺も非常に楽しめた。それに今まで知らなかったサリアの一面を知る事が出来たのは大収穫と言えよう」


「知らなかった一面でありますか?」


 何の事を言っているのか分からないと言った様子のサリアに俺は笑いかける。


 サリアにとっては今日の段取りをすることも、魚の知識も、弁当の用意や昼食を手際よく作ってみせた事も、全て日常の延長でしかないのだろう。


「あぁ。サリアとこうしてのんびりと仕事を交えずに過ごすことはなかったからな。良い物を見ることが出来た」


「難しいことはしていないでありますが……楽しんでいただけたなら何よりであります!」


 いや、寧ろ褒美だったんだから、俺がサリアを楽しませてあげなければならなかった気もするのだが、サリアの準備や手際が完璧すぎて何もする余地が無かったんだよな。


「サリアは、楽しかったか?」


「勿論であります!自分も……こうしてフェルズ様とゆっくり過ごすことが出来て、とても良い時間でありました!」


 柔らかく、そして満足気な笑みを浮かべるサリアに俺は頷いて見せる。


 だいぶ水平線に日が近づいてきた。


 これからあっという間に海の向こうへと日が沈み、夜がやって来る。


 村から離れたこの場所は街灯もなく、あっという間に夜の闇に沈むだろう。


 流石にそうなってしまっては、磯を歩くのは危険だ……そろそろ村に引き返す頃合いと言えよう。


「そろそろ村に戻るでありますが……海に沈む夕日だけは、ゆっくりと見て頂きたいであります!」


 ランプを取り出しながら言うサリア……何処までも気が利くというか、今日のプランは完璧だったようだね。


「……サリアは、良い嫁になりそうだな」


「え?……あ、あはは……て、照れるでありますな!」


 思わず口から出た言葉に、若干しどろもどろになったサリアが応える。


 いつも太陽のような笑みを浮かべるサリアの頬が赤く染まっていたのは……多分夕日のせいだろう。


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