第505話 ご褒美・槍聖:弐



 サリアの案内で転移した先は、俺も何度か訪れたことのある場所……漁業ゴブリン村だった。


「到着であります!」


 海に向かって元気よく叫ぶサリア……釣りって静かにやるイメージがあるんだけど、サリアは基本的に声が大きくハキハキ喋るし……魚逃げないかな?


 そんな事を思いつつ俺は海へと視線を向ける。


 国営農場ほどではないにしても、こちらもかなりの勢いで生簀が増やされて行っている為、以前来た時とは光景がかなり違う。


 水揚げには移動式のクレーンを使っているが、作業はかなり大変だろう……なんせ人族に比べてゴブリンは圧倒的に数が少ない。


 この漁業ゴブリン村には現在三百人程度しか人口はないのだ。


 にも拘らず、この村で採れる魚介類の類の需要はどんどん増えていっている。


 流石にここのゴブリン達だけでこれ以上の作業は無理だろう。


 物語とかでよくあるインベントリだのマジックボックスだの……そういう無限収納的な物があれば梱包や運搬も楽なんだけど……そんな無茶苦茶な物は存在しないしな。


 アレに比べたら、三十日毎に魚が山ほど採れる生簀の方が現実的だよね!


 ……どっちもどっちだな。


 でもあれは反則だよね?


 物語によっては重量やらサイズ制限があったりするけど、概ねかさばるものを一瞬で見えない空間に移動させて重量もゼロにするとか……どんだけ輸送が楽な世界よって感じだわ。


 引っ越し業者とか必要ない世界だろうね……。


 うちが大量輸送しようと思ったら……飛行船か、召喚兵に荷物を持たせて転移。


 うん……飛行船はともかく転移は輸送における反則だったわ。


 冷静に考えると……やっぱ隣の芝生は青く見えるけど、所詮芝生は芝生だな。


 というか、うちの芝生もめっちゃ青々と生い茂っているし……どっちがいいか聞かれたら迷わずうちを選ぶよな。


 って、また思考が明後日の方向に行っていたな。


 漁業村の人手の件は、バンガゴンガを交えて少し詰めた方が良さそうだ。


 間違いなく今後需要が下がることはない……寧ろ右肩上がりで上がっていく筈。


 レギオンズ産の生簀は、三十日を経過すれば大漁確定の不思議生簀だ。


 三十日経過するまでは餌を撒くだけという手間のかからなさだけど、以前は三日に一度の水揚げだったものが、今は週五で水揚げをしているらしいしね。


 一週は六日なので、休みの一日以外は毎日水揚げして梱包作業だ。


 相当精神的に来る作業量だと思う。


 ドワーフ達は……九割方仕事が趣味だからいいとして、ゴブリン達はバンガゴンガと同様勤勉というか、真面目というか……ほっとくと仕事以外何もしないって節があるから、気を付けないと過労死とかしてしまいそうだよね。


 生簀を週五で水揚げできるようにしたのも、こっちから指示したことじゃない。


 彼らはここの海鮮が人気な事を十分理解しているようで、自ら希望を出してどんどん生簀を増やしていったのだ。


 しかし、それにしたって限度はある。


 ここの魚介類を堪能している身としては、あまり偉そうなことは言えないけど……今後もどんどん彼らは生簀を増やすつもりのようだ。


 その計画書が上がっている事は俺も把握しているしね。


 カミラがまた新しく魔法で埋め立てをするみたいだし……ケインが測量とかを始めているのも知っている。


 うん、手遅れになる前に人手を増やすべきだな。


 そう結論付けた俺はサリアを追うように歩き始める、これ以上この村の事ばかり考えていてはサリアに悪いよね。


 今日はサリアのご褒美の日なのだし。


「釣りはどこでするのだ?」


「この先に釣り用の生簀を用意してもらったであります!今日が三十日目で明日水揚げしてもらうであります!」


「ローテーションを崩させたのか?」


「いえ、新しく作った生簀であります!最初から明日水揚げする予定の生簀を、一日早く運用開始させてもらったであります!」


「なるほど」


 ってことは、サリアは今日の為に一ヵ月以上かけて準備をしたという事か。


 生簀に必要な餌撒きも自分でやっているかもしれない。


 サリアは武聖の中で一番将としての適性が高くなっている。


 指揮官としてアランドールに対抗できるのはサリアくらいのものだろう……ゲームの周回によっては、サリアが大将軍のこともあったからね。


 ジョウセン達には無い調整能力や指揮能力、目標を見据え確実な手を打つ先見性。


 そしてそれを補完するアビリティをサリアは高水準で完備している。


 ジョウセン達はどちらかというと一騎打ち要員かRPG要員。


 サリアは万能よりといった感じだ。


 まぁ、槍聖の称号の効果が戦争パート向けのものだったから、そういうビルドになったんだけどね。


「しかし生簀か……」


 何が釣れるか中々怖いな……。


 ってか『太公望の竿』めっちゃ細い竿だけど……大きめの魚が掛かったら折れるのでは?


 俺は釣り初心者だからどんな竿を使うのが良いのか分からないけど……『太公望の竿』は海用の竿には見えない頼りなさだ。


 そこはかとない不安を覚えた俺はサリアに声をかける。


「サリアは、釣りが得意なのか?」


「得意という程でなないでありますが、多少の経験はあるであります!」


「ふむ、頼りにさせて貰おう」


 経験があるなら使えない竿を選んだりはしないだろう。


 そういえば、針も餌もなくて大丈夫って言われたけど……多分普通に使うよね?


 仕掛けの作り方とかエサの付け方とか分からないし、しっかり頼るとしよう。


「お任せあれであります!」


 自信満々と言った様子で胸を叩いたサリアは、目的の生簀に着いてすぐてきぱきと準備を始める。


 その手つきは非常に慣れたものであり、先程の言葉が謙遜であったことが伺える。


「椅子は一応用意するでありますが、釣りをする時は座らない方が良いであります!この生簀は中々大物がいるので、下手をすると海に落ちるかもしれないであります!」


「了解した」


 こわっ!


 魚を餌で釣ろうとしたら、逆に餌にされちゃう感じ?


 この生簀の中に大型の魚もうようよいると考えると……なんか結構怖いよな。


 絶対に落ちたくない。


「フェルズ様でしたら、魚ごときには負けないと思うでありますが……」


 それは座ってる状態でも引きずり込まれないって意味ですか?


 それとも水中で襲われてもって意味ですか?


「いや、ここはサリアの勧めに従うとしよう。素人は時に信じられないような行動をとってしまうからな」


 竿ごと海に引きずり込まれたり、ばらした魚を追いかけて海に飛び込んだりね……。


「では、こちらは休憩される時にお使いくださいであります!」


「分かった。ありがとう」


 俺が礼を言うとサリアは晴れやかな笑みを見せながら、準備を進めていく。


 なんというか、長閑だな。


 準備を進めるサリアを眺めながら遠くに聞こえる波の音を聞いていると、まったりとした気分になって来る。


 あっちで戦争だ、こっちで戦争だとやっている日々が嘘のようだ。


 生簀のあるここは防波堤の内側で波は殆ど無いが、外海から押し寄せてくる波は防波堤に当たり真っ白な飛沫を作っている。


 その光景は……なんかこう、音と合わせて永遠にぼーっと見ていられるよね。


 とか考えていると、手早く準備を終えたサリアが俺に竿を差し出してくる。


「もう餌はつけてあるので、後は適当に海に入れるだけで大丈夫であります!」


「折角だから、次は餌の付け方も教えてもらえるか?」


「了解であります!」


 さて、釣りの経験は全く無い俺の人生初キャスト……いや、生簀はそこまで広いわけじゃないので遠くにびゅーんと投げる感じじゃなくって、振り子の動きで海に投げ入れたというか、落としただけだけどぉ!?


 針の先についている重しが思いっきり海にどぽんっと音を立てながら沈んだ次の瞬間、竿がぶるぶると震え一気にしなる。


「フェルズ様!そこで竿を上げるであります!」


 も、もう掛かったの!?


 サリアに言われた俺は、今海に投げ入れたばかりの餌を引き上げるようにおもいっきり竿を立てる!


 まだ海面近くにあった仕掛けは、食らいついていた獲物をがっちり掴んだまま海面から勢いよく飛び出してきた!


「お、おぉ!」


 垂直に竿を立ててしまったため、覇王の顔面目掛けて突っ込んできた獲物をすんでのところで躱し、そのまま俺は得物を桟橋へと下ろした。


 傍から見るまでもなく不格好な動きだったと思うけど、サリアは笑う事もなく賛辞を送ってくれる。


「おめでとうございますであります!」


 桟橋にあげられた得物をサリアが仕掛けから外してくれた後、俺に差し出してくれた。


 覇王の人生初の釣果……フカヒレ(乾燥)を。


 これが釣りか!


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