第504話 ご褒美・槍聖:壱



「釣りに行くであります!」


 本日の俺の目覚めは、サリアのそんな一言から始まった。


 と言っても、日が昇る前というわけではない。


 普段俺が起きる時間にサリアがやって来て、その第一声が釣りのお誘いだっただけだ。


 寝起きの頭では一瞬理解出来なかったが、少し時間を要してこれは以前イズミ達を呼び出した時にサリアが褒賞として望んだお出かけの件だと理解する。


 当然断ると言う選択肢はなく俺はこれを了承した。


 しかし、現在時刻は午前八時。


 朝釣りというにはちょっと遅い感じな気がするが……それでもいいのか確認した所、問題ないとのことだった。


 事前に言っておいてくれたら、もう少し早く行動することが出来たんだけどね。


 何故かサリアは俺の予定が空いている事だけを確認して、俺には当日まで何も言ってこなかったのだ。


 念の為、イルミットに急ぎの書類が無いかを確認したが、そもそも今日は俺が確認しなければならない書類が一枚もないそうだ。


 どうやらサリアの根回しは完璧なようだね……これは一種のサプライズなのだろうか?


 まぁ、それはさて置き……釣りに行くならば準備が必要だろう。


 そういえば、海に行くのだろうか?川に行くのだろうか?


 それによって準備も色々と変わって来るような気がするけど……そういえば、記憶にある限り……俺は釣りの経験が無いようだ。


 釣りって何用意すればいいんだ?


 竿と餌と糸と針……後はライフジャケット?


 釣った魚を入れておくクーラーボックス。


 うん、クーラーボックスはありそうだけど、ライフジャケットは多分ないな!


 後は帽子とか……椅子?


 いや、釣りに行くのは埠頭とかじゃないだろうし、立ってやるのかな?


 渓流かもしくは磯釣り……船釣りって可能性も、ゼロではないか。


 海用か川用か分からないけど、竿は……倉庫にレギオンズ産の竿がある。


 固定キャラを仲間に入れるアイテムで『太公望の竿』だ。


 イベントアイテムなので竿としての性能は全く分からないけど、とりあえず持って行ってみるか?


 そんなことを考えていたのだが、どうやら全ての準備をサリアがやってくれていたようだ。


 覇王は手ぶらで良いとの事。


 サリアが頼もし過ぎるな……。


 アウトドア好きな彼氏みたいな手際の良さだ……女の子だけど。


 結局俺は特に何かを用意することもなく、着の身着のままサリアとの待ち合わせ場所に向かう事にした。


 パジャマではないよ?


「ここであります!フェルズ様!」


「準備を全て任せてしまってすまないな」


 俺の姿を見つけたサリアが、両手を大きく振りつつぴょこぴょこ跳ねながら俺を呼ぶ。


 待ち合わせ場所は、エインヘリア城内の魔力収集装置の前で他に人影はないのでそこまでアピールしなくても大丈夫なのだが……サリアもテンションが上がっているという事だろう。


 かく言う俺も、人生初の釣りにテンションは結構上がっているのだが。


「問題ありません!今日は私に全てをお任せくださいであります!大船に乗った気持ちで!」


「あぁ、期待している」


 今日はサリアのエスコートに全て委ねるとしよう。


 無論、荷物くらいは持つが。


「この竿は……『太公望の竿』か?」


 俺はサリアが用意している二本の釣り竿を見ながら尋ねた。


 竿の手で持つ部分に達筆な感じに『太公望』と書いてあるので間違いないと思うが。


「おっしゃる通りであります!この竿ならば釣りの経験が無くとも安心して釣りを楽しむことが出来るであります!」


「ほう?」


 そんな効果があったのか?


 これは、ゲームでは軍使系の固定キャラを勧誘する際に使うアイテムだったからな。


 他のイベント系アイテム同様、何かしら特殊な効果があったりするのだろう。


「俺は釣りの経験が無いからな。頼もしい限りだ」


「おぉ、そうでありましたか!この竿でしたら、なんだったら餌も針もつけずに糸を垂らしても爆釣間違いなしであります!」


 ……どゆこと?


 っていうか、それは……釣りとして、楽しいのだろうか?


「分からない事があったら何でも聞いて下さいであります!長物の扱いには一家言ありますので!」


「楽しみだ」


 にこにこと機嫌の良さそうなサリアの先導に従って、俺は転移をした。


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