第503話 土いじり子爵の華麗な一日・後



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国子爵






「セイバス!」


 本日の授業をすべて終えたわたくしは、教員用の準備室にいるセイバスの元へとやってきました。


 因みに本日の講義は普段と変わりなく、全てつつがなく終了しております。


 えぇ……本当に、何事もなく一日が終わりましたわ!


「ここは学校ですので、先生をつけていただけますか?」


 にっこりと微笑むセイバスの顔に殺意を覚えますが、確かにここはアプルソン領ではなくエインヘリアの学校……自重が必要でしょう。


「……セイバス先生?」


「はい、なんでしょうか?アプルソン様」


 何処か得意気な様子がほんと腹立ちますわ……。


「先生は今朝おっしゃいましたね?本日、パーティがあると」


「そうでしたか?」


 あ……今こめかみに青筋が立ったのが自分でも分かりましたわ!


 これはアレですわ……最高にキてますわ!!


「……」


「……お嬢様、確かに私は今朝サプライズパーティーの話をしました」


 呼び方が普段通りになりましたわね……いえ、その呼び方も間違っているのですが……今は置いておきましょう。


 わたくしは努めて感情を込めずにセイバスを見ておきます。


 何故かその方がセイバスの口は滑らかになりますので……。


「しかしですよ?生徒たちの都合で学校が臨時休校になる筈がないじゃないですか」


 正論!


 この男正論をぶっこんできましたわ!


 いえ、わたくしも少しおかしいとは思っていましたのよ?


 ですが、あの時はサプライズパーティーを台無しにしてしまうセイバスの言動に慌てていたと言いますか……。


 間違いなく冷静ではありませんでしたわ……。


「お嬢様は冷静になるという事を覚えた方がよろしいかと」


「……」


 ……ここで話をしたのは大失敗でしたわ。


 いえ、これも冷静でなかったという事でしょう……家で話していたら好きなだけ攻撃できますのに!!


 自制心をフル回転させながらわたくしはにっこりと微笑みます。


「さて、お嬢様も冷静である事の大切さが身に染みた事でしょうし、話を進めると致しましょう。サプライズパーティの趣旨はなんでしたか?」


「……」


「そう、主賓を驚かす……そして感動させることです」


 わたくしが何も言っていないのに話を続けるセイバス。


 ほんとにマイペースですわね……。


「恐らく、お嬢様は嬉しかったり恥ずかしかったり……怒ったりと色々な感情に晒されたのではないでしょうか?」


「……感情を動かしたので感動とかいったらぶっ飛ばしますわよ?」


「……明日はバロメッツの収穫ですね」


「バロメッツの収穫は明後日ですわ」


 物凄い角度で話題を変えやがりましたわ……コイツ、間違いなく大層感動されたのではありませんか?的な事言うつもりだったに違いありませんわ。


「それはそうと、エインヘリアの文化は本当に独特と言いますか、実に興味深くありませんか?」


「……それについては同意いたしますが、その前に貴方は言う事があるのではなくて?」


 主であるわたくしの事を……特に意味もなく騙しましたわよね?


「確かに、お嬢様のおっしゃる通りでしたね。今日の晩御飯はナスとトマトのパスタです」


「あら、美味しそう……とでも言うと思いまして!?」


 いい加減我慢の限界に達したわたくしは思いっきり叫んでしまいます。


 職員の準備室は個室なので他の方に迷惑がかかる事はありませんが……それでも他国の学び舎であることに違いはありません。


 貴族の……それも帝国の留学生代表としてあるまじき愚行です。


 それでも、もう……ブチ切れなのですわ!


「トマトとナスがお嫌いで?」


「大好きですわ!」


「では煮込みハンバーグにしますか?」


「そういう話ではねーのですわ!」


 それにわたくしは既にパスタの口になっていますわ!


「なるほど……つまりお嬢様は謝罪を求める、と?」


「そーじゃ……いえ、その通りですわ!」


「畏まりました。ですが、お断りします」


「なんでですの!?」


 最初に畏まったのは何だったんですの!?


「それでは何と言いますか……私が悪いみたいじゃないですか」


「悪いに決まっていますわ!」


 寧ろなんで悪くないと思えますの!?


「ふぅ……」


「ため息をつきたいのはこちらですわ!」


「百歩譲って私が悪いとしましょう……」


「一歩も踏み出すことなくおめーが悪いんですのよ!」


 この男!どれだけ唯我独尊を貫きますの!?


「はいはい、どーもすみませんでしたー」


「むっきゃーーー!!」


 あんまりにもあんまりな態度に、わたくしは全力で右の拳を内側に捻りつつ突き出します。


 それを余裕の態度で躱したセイバスは、左の拳をわたくしの右腕に被せるように打ち込んできましたわ!


 咄嗟にダッキングで躱しましたが……この男、乙女の顔面にクロスカウンターぶち込もうとしましたわよ!?


「申し訳ありません、サルかと思いまして」


「ようやく謝ったと思ったらそれですの!?」


 っていうか全然謝っていませんわ!?


「サルじゃなくってお嬢様でしたか。誤ってしまいましたね」


「お死になさいな!」


 わたくしは左手で腹を、右手で顔面を同時に狙いましたがセイバスは円を描く様な防御で私の拳を払います。


 くぅ!相変わらず手強いですわね!


 両手を弾かれたわたくしは現在、正中線を不様に晒してしまっています。


 このままでは致命的な一撃を……いえ、普通執事は主に対して致命的な一撃を放ったりしないのですが……コイツは殺りますわ!


 わたくしはセイバスの放つ喉を狙った貫手を上体を逸らして躱し、その勢いでセイバスの腕を蹴り上げながら後方へと宙返りをして……天井に足をぶつけ床に落下してしまいました。


「だからあれ程冷静にと言ったではありませんか」


 やれやれとでも言いたげにわたくしを見下ろすセイバス。


 ぐうの音もでませんわ……この狭い準備室の中で宙返りは無謀でした……。


「やれやれ」


「心の底からぶっ殺してぇですわ……」


 わたくしは起き上がり、服のほこりを払いながら呪詛を呟きますが、セイバスは涼しい顔をしております。


 まぁ、この慇懃無礼な男が悪態の一つや二つで眉を顰めるようなことはないでしょうが……。


「さて、アプルソン様。そろそろお引き取りいただけますか?私は明日の授業の準備をした後屋敷に戻らねばなりません。夕食の支度がありますので」


「夕食を作るのは貴方ではないでしょう?」


「えぇ。しかし、つまみ食いが出来るのは夕食が出来上がるまでの間です」


「何をしに帰る気ですの!?」


「アプルソン様も早く帰らないと、夕食にありつけなくなってしまいますよ?」


「どんだけつまむ気ですの!?」


 そんな叫びもむなしく、わたくしはセイバスに部屋の外に追い出されてしまいました。


 呼び方を変えたという事は教師として追い出したという事でしょうが……そもそも教師だろうと執事だろうと、乙女の喉に貫手を放つってどういう神経ですの!?


 はぁ……全く意味のない時間でしたわ。


 わたくしは色々な意味でぐったりとしながら講義室へと戻ります。


 荷物を回収したら、今日は領へと戻りましょう。


 普段でしたらリサラ様達とエインヘリアの街へ視察を兼ねて出かけるところですが、今日は講義が終わってすぐセイバスの所に行って話をしていましたし、とっくに皆さん帰られた事でしょう。


 皆さんは寮へ、わたくしは領へ……ふふっ。


 そんなことを考えつつ講義室の扉を開け……。


「「ヘルミナーデさん、定期試験主席三連覇おめでとう!!」」


 ふぁ?


 突然浴びせられた祝福の言葉と何かが破裂するような音に、わたくしは目を白黒させたのでした。


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