第502話 土いじり子爵の華麗な一日・中



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国子爵






「サプライズパーティー……聞いたことがありませんわね。どのようなパーティーですの?」


「では、エインヘリアにおけるパーティーをまずは説明致します」


 トマトを入れた籠を地面に置き、次はナスを収穫するために場所を移動しながらセイバスは説明を始めます。


 正直、今日のパーティーについて聞きたいのですが、エインヘリアの文化を知るという事はわたくしにとっても必要な事なので、大人しくセイバスの話に耳を傾けますわ。


「エインヘリアでは民を優遇した様々な施策が執られている事はいまさら言うまでもありませんが、それは文化の面でも同じで、新しい文化がどんどん国の主導で広められております。先日行われたバンガゴンガ様の結婚式もその一つです」


 バンガゴンガ様の結婚式……出来れば参列したかったのですが、お身内だけでされるとのことで参列は叶いませんでした。


 後日お祝いをさせていただいた際、折角だからとご自宅まで招いて下さったのですが、バンガゴンガ様の奥方……リュカーラサ様は普段からお綺麗な方ですが、より一層美しくなられたように感じられました。


 しばらくしてエインヘリア式の結婚式を見学する機会を頂けたのですが……あのウェディングドレスというものは本当に素晴らしかったですわ。


 アレを着たリュカーラサ様はさぞお美しかったことでしょう。


 そういえば、リサラ様はバンガゴンガ様の結婚式に参列こそできなかった物の、拝見することが出来たとのことで、大層うっとりされていらっしゃいましたね。


「結婚式の後に、家族や友人達を招いてパーティーをすることもあるそうですが、その時に権力や利権等の話をするのは無粋……いえ、ただの民だからこそ、パーティーその物を楽しみ、祝う事を目的としているわけです。純粋に祝い、楽しむ……幸せな思い出の為のパーティーという催しですね」


「……とても素晴らしい考え方ですわ」


 幸せな思い出……私の知るパーティーと言うものは仕事でしかなく、そこには楽しさや幸せといったものと無縁の空気が広がっていましたが、エインヘリアにおいては純粋な祝い事なのですね。


「はい。恐らく数年と待たずに、エインヘリアではパーティーが民達の間に広がり、個人間での様々な祝い事に利用されていくことでしょう」


「エインヘリアにおけるパーティーがどういった物かは理解出来ましたわ。つまり、今回のパーティーはエインヘリア式の、友人知人が集まって行うものという事ですわね。でも、私が主賓というのはどういう事ですの?」


 綺麗に並べたナスの入った籠を地面に置き、新たに空の籠を背負いながらセイバスに問いかけます。


「先日行われた試験で、お嬢様は総合主席を三連覇なさったではありませんか。その偉業を讃えると同時に、お嬢様には負けていられないといった決起会のようなパーティーとなっております」


「それは……何と言いますか……嬉しいような複雑なような……」


 確かにテストの結果は辛うじてわたくしが主席と相成りましたが、それは他の方々に比べ特別秀でているという事ではなく、平均的に……苦手が少なかったという事なのです。


 一つ一つの科目で見れば、それぞれ私よりも優れた方がいらっしゃいましたし……特に、総合次席であられるリサラ様は軍事と農業を少々苦手とされておられたことを除けば、他の科目では私よりも遥かに優秀と言えますわ。


 だというのに主席として祝われるのは面映ゆいのですが……まぁ、決起会ということですし、皆さんがやる気をみなぎらせるには良い催しかもしれません。


「成績を競い合う方々が、お嬢様の首席という立場を称賛してパーティーを開かれるのです」


「試験は別に競い合うものではないと思いますが……主席という立場は軽いものではありませんし、ここは大人しく祝われるのが礼儀ですわね」


「それがよろしいかと」


 ケースの中に収めた種の数を数え、満足げに頷いたセイバスは丁寧にそれを懐にしまい込むと次のケースを取り出す。


 ケースは既定の個数の種が納められるように作られており、規定数を納めなければ閉じることが出来ず、また一度閉じるとエインヘリアに保管されている鍵を使わないと開くことが出来ない仕組みとなっております。


 無理に開こうとすると、辺り一帯を巻き込んで爆発するとか……領民の皆さんにも扱いには最大限注意するように伝えておりますが、非常に恐ろしい話ですわ。


 ですが……目の前に広がるこの光景が、その対応が大げさでないことを物語っています。


 不埒者の手に渡るくらいなら、周囲もろとも吹き飛ばしたほうが良いのは間違いありません……まぁ、私達の領を出てから吹き飛んでもらいたいところですが。


「ところで、セイバス」


「何でしょうか?お嬢様」


「先程、パーティーのことを……確かサプライズパーティーと言っていましたか?それはどのようなパーティーなのでしょうか?わたくしは何も用意しなくても良いとの事でしたが」


 サプライズパーティー……聞いたことが無いですし、これもエインヘリア特有のパーティーなのでしょうね。


 エインヘリアの事を多く学ばなければならない我々留学生にはピッタリのパーティーと言えましょう。


「御説明させていただきます。サプライズパーティーとはエインヘリアの民達の間で広まりつつあるパーティーの一形態です。ですが、パーティーその物は特に特別な事はせず、食事や酒を楽しみながら会話をする……それだけですね」


「なるほど……?」


 では、何故わざわざサプライズパーティーと名前がついているのでしょうか?


 それともエインヘリアでは普通のパーティーの事をそう呼ぶのかしら?


「しかし、パーティーの始まりが、普通のパーティーとは異なります」


「始まり、ですの?」


「はい。実はこのパーティー……主賓にはパーティーの開催を知らせないのです」


「主賓にパーティーの開催を知らせない?それでどうするのですの?」


 開催を知らなければパーティーへ参加することすら出来ないのでは……?


「そこがこのパーティーの肝です。パーティーの開催を秘密にしたまま、上手くパーティー会場に誘導し……そこで何も知らない主賓を盛大に祝う訳です。祝われた本人は一瞬何が起こったか理解出来ない事でしょう、しかし次の瞬間、自分に知られない様にパーティーの準備を進めた友人達の心遣いに気付き感動に打ち震える。その驚きと感動を友人達は楽しむところからパーティーが始まる訳です」


「なるほど、悪戯要素が含まれていると……それは確かに楽しそうですわね。パーティーの事を知らない主賓の驚きと感動……ん?」


「どうかされましたか?お嬢様」


「……」


 主賓を驚かせ感動させる……のですわよね?


 その為に、同級生の皆さんが準備している。


 その主賓は……わたくし?


「……?」


「……」


「……??」


「どうされたのですか?」


「パーティーがある事を主賓に秘密にしておいて、あっと驚かせる。そういう趣旨ですのよね?」


「御理解いただけたようで何よりです」


「わたくし……主賓なんですよね?」


「おっしゃる通りです」


 淀みない動作で頷くセイバス。


「皆さんは、わたくしに内緒でパーティーの準備をされているわけですわよね?」


「趣旨を完璧に把握出来ているようで、安心いたしました」


「……」


「……」


「なんで貴方がバラしてしまうんですの!?」


「……おや?」


「おや?ではありませんわ!?皆さんがわたくしの為にパーティーの準備をしてくださっているのでしょう!?サプライズパーティーを!思いっきり事前に知ってしまったではないですの!!」


「しくじりましたね」


「しくじりましたではありませんわ!ど、どどど、どうするんですの!?ほぼ全部知ってしまっていますわよ!?」


 後知らないのは、今日の何時にパーティーが開催されるかってことくらいですわ!


「因みにパーティーの開始は今日の一限目からです。今日は臨時休校という形ですね」


「因みにの情報要らねーんですわ!!なんで言ってしまうんですの!!」


「うっかりしてましたね……」


「もー!もー!もー!!どうするんですの!?」


 折角皆さんが準備して下さっていると言うのに……始まる前から趣旨をぶっ壊してしまってますわ!?


「こうなっては仕方ありません……ここは、お嬢様が驚いた振りをするしかありませんね」


「っ!?わ、わたくしが……皆さんを騙すという事ですの?」


 そのような不義理……出来る筈がありませんわ!


「考えてもみてください。同級生の皆さんは今日この日の為、お嬢様にバレない様に準備を進めた筈。エインヘリアの文化を調べ、勉学に勤しむ傍ら、少ない自由な時間を削ってようやく今日に漕ぎつけたことでしょう。その想いを踏みにじって良いのですか!?」


「踏みにじったのはおめーですわ!」


 とんでもねー野郎ですわ!?


 これは流石にいつものノリで許されるような事ではありません!


 ですが……。


「……家人の不始末は当主であるわたくしの責任。皆さんの為にも……わたくし、全力で皆さんを騙しきってみせますわ!」


 謝罪に意味はありません……ここは、全力で驚いてみせます!


「流石お嬢様!男前ですね!」


「セイバス……貴方はパーティーが終わり次第海に沈めますわ」


 誅殺を宣言したわたくしは手早く収穫を終え、急ぎ湯あみをしてからエインヘリアへと向かいました。


 学校に到着後、セイバスと別れ講義室へと向かいますが……き、緊張しますわ。


 この扉をわたくしが開けるのを、皆さまが今か今かと待ち構えているわけですわね。


 わたくしは講義室の扉に手をかけて……そのまま固まってしまいます。


 う、上手く驚くことが出来るでしょうか?


 皆さまを失望させるわけにはいきません……ぜ、全力で驚いてみせますわ!


 意を決してわたくしは勢いよく扉を開けて教室に飛び込みます。


「お、おはようございますわ!」


 そうして飛び込んだ教室で、ご学友の皆さんが驚いた様子でわたくしに注目してきます。


「ヘルミナーデさん、おはようございます」


 既に自分の席に着席成されているリサラ様が、普段通り穏やかな笑みを浮かべつつご挨拶を返して下さいました。


 あ、あら?


「ど、どうした?アプルソン。今日はやけに勢いがあるな?」


 続けて声をかけて下さったのはカインベルさん。


 カバンからテキストを出した姿のまま、勢いよく教室に飛び込んだわたくしの姿を見て固まっていらっしゃるようです……目が真ん丸になっていますもの。


 他の皆さんもひどく驚いた様子でこちらを見ていますが……こ、これはどういうことですの?


 さ、サプライズパーティーは……?


「??」


「アプルソン様、席について下さい。一限目の授業を始めますよ?」


 教室の入り口で固まっているわたくしの後ろから、非常に聞きなれた声がする。


 確認するまでもありません……先程別れたばかりのセイバスです。


 一限目の授業……確かに今日の一限目はセイバスの授業でしたわね。


 ……。


「???」


「アプルソン、大丈夫か?」


 カインベルさんが心配そうに声をかけて来て下さったことで、わたくしは我に返りました。


「し、失礼いたしました。少しぼーっとしてしまったようですわ。セイバス先生、失礼いたしましたわ……それと後程お尋ねしたい事がございますの。よろしいですか?」


「えぇ、生徒の質問に答えるのは教師の義務です。勿論構いませんとも」


 邪気を一切感じさせないセイバスの笑みを受け、わたくしもにっこりと微笑みつつ自分の席へと向かいました。


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