第500話 とっぷかいだん?



 魔法大国についての打ち合わせ的な物をしていたら、突然親戚のおばさんみたいなことを言われました。


「……急にどうした?」


「あ!その!あれなのよ!エインヘリアもうちと同じで後継者がいないでしょう!?それでこう……家臣とかから色々言われたりしてない!?」


 フィリアが目を渦巻き状に回転させながらあたふたと説明をしてくる、


「あぁ、そういうことか。俺はそういう事を言われたことはないが、フィリアは言われているのか?」


「そ、そぉねぇ……ひ、秘書官のラヴェルナとか……う、うるさかったり?」


「まだ若いと思うが、確かに家臣達からすれば後継者がいないというのは不安なのかもしれないな。フィリアは結婚しないのか?」


 二十歳くらいで王位を継ぐとすれば……そろそろフィリアには子供がいた方が良いのかもしれないな。


 あれ?そういえばフィリアって今何歳だっけ?


 ……いや、分かってる。


 分かってますよ?


 女性に年齢とか聞いたりしませんよ?


 だから……そんな魔王を射殺しそうな目でこっちを見ないで下さいね?


 あ、これは結婚しないのか?に対する返答なのかも……。


 既にタブーを聞いた後だったわ……。


「……以前までなら、別に養子でもいいと思っていたのよ。ラヴェルナに子供が出来たら……とかね」


「ラヴェルナ……確か公爵家だったか?」


「えぇ、先々代の皇弟の家系だから養子にしたとしても血筋的には問題ないし……ラヴェルナの子供だったら優秀でしょうしね」


 親が優秀だから子供も優秀とは限らないけど……環境が整っている事は確かだ。


 それにまぁ、普通の学習は……真面目にやれば普通に成果は出るだろうけど、帝王学とかいうヤツは、しっかりと自覚が必要だと思う。


 まぁその自覚させることも帝王学の一つなのかもしれないけど、少なくともなんちゃって覇王より上等な思想を持つことが出来るだろう。


 っていうか帝王学って何やるんだろうね?


 上に立つ者としての心構えとか考え方とか……かな?


 ロイヤルな倫理の授業みたいなもんかしら?


 まぁ、それはさて置き、フィリアは結婚をするつもりはないということ……いや、違うか。


 以前までならと言っているのだから、最近は心境に変化があったという事だろう。


「フィリアは結婚したくなったのか?」


「ちがっ……いえ、私は結婚しないでしょうね。帝国は私に中央の権力が集中しているけれど、地方はまだまだ派閥の影響が大きい。下手に私が王配を作ると面倒な火種になりかねないわ」


「なるほど」


 結婚一つでと思わなくもないけど、やはり家の結びつきというのは馬鹿に出来ないのだろう。


 皇帝の王配ともなれば、その権力も馬鹿にならないのだろうし、実家を優遇するのは……家を第一に考える貴族からすれば当然なのだろうしね。


 それを考えれば、フィリアが迂闊に結婚できない……いや、結婚その物を諦める気持ちは分からないでもない。


 帝国という国は盤石に見えるけど、フィリアが即位してから十数年、前半は内乱鎮圧に忙しく、最近になってようやく大国に相応しい安定を手に入れたと言っても過言ではない。


 人の成熟以上に国の成熟には時間がかかる。


 先帝がハッスルして巨大化した帝国がフィリア一代……いや、僅か十数年でここまで安定するに至ったのはフィリアとその周りの高官たちの頑張りに他ならない。


 そうやって安定させた帝国に、妙な相手を引き入れて揺るがすわけにはいかないと言うのは分かるが……それこそ信頼のおける家を王配にすれば良いのでは?と思ってしまうのは俺が浅はかなのだろうか?


 いや、フィリアが現時点でそれを選んでいないという事は、浅はかなのだろうな。


「だから、出自のはっきりしている相手を養子にすると言うのは一番良い手とも言えるわ。優秀であるかどうかを確認してから養子にすればいいわけだしね。でももう一つ良い手があるのよ」


「ほう?」


「私が結婚することなく子を成せばよいのよ」


「……それはアリなのか?」


 確かに王配という存在を作らない以上、変な権力闘争は産まれないかもしれないけど……皇帝の相手で、次期皇帝の父親が誰とも知れない人物というのは色々マズくない?


 それに優秀云々の話が消し飛んだけど……。


「勿論、相手が誰でも良いと言う意味ではないわ。次代皇帝の父親としての権利を望まない……言ってしまえば権力欲が無く、優秀で、周りがその者ならばと認める様な人物でなければならない」


「……中々条件が厳しいな」


 権力を求めない人っていうのは……そこまで厳しい条件ではない。


 権力を持つって事は、同時に責任を負うってことでもあるからね。


 面倒な柵を嫌がって、権力から遠ざかりたがる人は少なくない……まぁ、その責任の意味を考えないような奴は権力を追い求めたりするのだけど、そういうのはただの馬鹿なので問題外だ。


 ただ、優秀で権力欲が無い人ってのは……目立たないというか、我が道を行くタイプが多かったりするから、周囲の人間が認めるという条件が中々厳しかったりする。


 不世出の優秀な人格者……情報化社会とかけ離れたこの世界でそういう人物を発見するのは、至難の業といえるよね。


「帝国での権力を求めない事を約束するのであれば、他国の人間の方が良いわね。下手に帝国内部の……貴族だったりすると、本人はともかく周りが騒ぐでしょうから。次代の皇帝の父親であることを名乗り出ない……も、もしくは、名乗り出る必要のない人物だと……さ、最高ね」


 名乗り出る必要のない人物って……どういう人だ?


 ……生まれた時には既に死んでる……とか?


 ……こわぁ。


 し、しかしまぁ、他国も含めて良いとなると選択肢は広がるけど……そうなって来ると家がどうこうってよりも自国の為に、みたいな感じになるんじゃないか?


 帝国内以上に面倒が多そうな気が……。


「帝国外から求めるとなると、権力欲こそなくとも自国の為にと考える者が多いのではないか?」


「帝国より下位の国であればその可能性が高いでしょうけど……」


 そこで言葉を切り、ちらりとこちらを見るフィリア。


 なるほど、そういうことか。


「我が国の……上層部の誰か、ということか?」


「そ……そうね?一番面倒が起こりにくい所じゃないかしら?」


「ふむ……」


 うちの子達は普通に子供を作ることが出来るってフィオが保証してくれているし、その点に関しては問題ないだろう。


 フィリアは文官系だし、恐らく次代の皇帝に求めるものもそちら方面の才だろう。


 そうなると、筆頭は……キリクだな。


 間違いなく、誰もがその優秀さを疑わないだろうし、権力欲とは無縁。


 ……まぁ、気付いたら帝国をエインヘリアの属国とかにしそうな雰囲気はあるけど、俺が厳命しておけば勝手にそんなことはしないだろう。


 フィリアとキリクの子供とか……環境が整っていなかろうが、勝手に優秀になりそうなイメージしか湧かないんだけど……あぁ、フィリアがさっきラヴェルナの子供なら優秀になるって断言していたのは、こういう気持ちか。


「エインヘリアはあまり貴族的な考え方をすることが無い。貴族や王族であれば家の為、国の為と婚姻や養子縁組等を政略を主に考えてするのかもしれないが、我が国ではそういった事を……少なくとも俺が命じてさせることはない。もしフィリアが、エインヘリアの誰かと結ばれたいと願うのであれば、それはその者個人に話を持って行ってくれ。話を持って行く許可くらいは出すからな」


「国益よりも個人を優先すると?」


「国益を軽んじるつもりはないが、個々人の心を犠牲にしてまで求める必要はないな。もしその事が損失を生むのだとしたら、俺とエインヘリアは全力でそれを上回る利益を生み出してみせよう」


 国の運営とはそんな綺麗事で進められるものでない事は理解しているつもりだが、それでもエインヘリアであれば理想を現実に、理不尽をそれを上回る理不尽で叩き潰せると俺は信じている。


 まぁ、俺自身は旗振りは意外と上手くやれているけど、考えたり実際に動いたりしてくれるのはうちの子達だからね……本当は偉そうなことを言える立場でないのは重々承知している。


 しかし、俺は立場上……言い切らねばならない。


「……ふふっ、フェルズが言うと本当にそうなりそうね。でも……そうね、それは素晴らしい考え方だわ。理想……誰もが犠牲なんて、望んではいないけど、諦めてしまっている理想だわ」


 そう言葉にするフィリアは、どこか羨ましげにも見える。


 帝国を安定させる為、これまで多くを切り捨て、多くを諦めてきたに違いない彼女に綺麗ごとをぶつけるのは滑稽な事だと思うが、それでもフィリアは馬鹿にするようなことはなく、ただ眩しそうにこちらを見ている。


「……ねぇ、フェルズ。仮に、私が個人的に……一緒になりたいと思っている相手がいると言ったら……どう思う?」


「喜ばしい限りじゃないか。無論、全力で応援させてもらうぞ?」


「それが、貴方にとって望んでいない相手だったとしても?」


「そうだな……俺はフィリアの事を大切な相手だと思っている」


「っ!?」


「だから、フィリアの相手の事はしっかり見定めるつもりではある。国益になるとかならないとか、そういった事情は俺には一切関係ない。フィリアが相手を大切に思い、相手がフィリアを大切に思っているか。俺が気にするのはその一点だけだ。もしその相手がフィリアの害にしかなり得ないと言うのであれば……そうだな、うちの外交官に少し相談してみるのが良いだろうな」


 きっと、素晴らしい相手に生まれ変わらせてくれることだろう。


 誰か言ってた、一生騙し続ければそれは真実だって。


「……なぜそこで外交官が出て来るか少し怖いのだけれど、フェルズは私の想いを応援してくれるという事ね?」


「あぁ。全力で応援させて貰おう」


「そ、そうなのね……」


 俺がそう答えると、フィリアは物凄く落ち着かない様子を見せる、


 これは……あれだな?


 エインヘリアの誰かにフィリアは惚れていると見て間違いない。


 そして、フィリアの立場を考えれば、懸想しているなんて伝えられないに違いない。


 だからせめて……その人物との間に子を儲けたいという事だろう。


 うちの子がそれを受け入れるかどうか俺には分からないけど……フィリアの想いを受け入れ、愛に生きるとかいってエインヘリアを抜けられたら困るな……。


 いや、全力で応援はするよ……?


 でもほら……キリクとかに辞表提出されたら……う、ぽんぽんいたくなってきた……。


「あの……フェルズ……えっと……」


「……」


 滅茶苦茶緊張してきた。


 フィリア……誰の名前を出すの?


 覇王に二言はないですけど……覇王の心臓は一つしかないんです……弾けそう。


 心臓が高鳴る……めっちゃドキドキして死にそう。


 フィリアはフィリアで凄い緊張しているっぽいけど、覇王も負けてないんだぜ?


「ふぇ……フェルズ……その私は……」


「フェルズ様!大変ですわ!」


 意を決したフィリアが遂にその名を告げようとした瞬間、俺の名を呼びながら転がり込むように部屋の中に飛び込んで来る影!


 びっくりし過ぎて口から肋骨が飛び出すかと思ったんじゃが!?


 先程までとは違った意味でドキドキする心臓を抑え込みつつ、俺は飛び込んできた人物の方に顔を向ける。


 そこにいたのは……成長期な筈なのに、数年前から殆ど身長が変わっていないエファリア……だけではなく、何故かクルーエルとリサラまでいる。


 ……何事?


「どうかしたのか?」


 今日はお茶会ではなかったはずだけど……メンバー全員揃ってどうかしたのだろうか?


「実は、本日皆さんでお茶会をする予定だったのですが、予定していた時刻を過ぎてもフィリア様がいらっしゃらず……帝国に確認をしてもかなり前に帝都を発ったと言われまして、心配していたのですが……こちらにいらっしゃったのですね」


 安心しましたとにっこりと微笑みながらエファリアが言う


「え、あ、いや……え?エファリア!?」


「はい、私ですわ。それよりもフィリア様!少しお話が違うのではないでしょうか?」


「そ、そそ、そぉかしらぁ?」


「ちっ」


 手のひらを合わせながらにっこりと微笑むエファリアに、先程以上に挙動不審になったフィリアが返事をすると……何故かクルーエルの方から舌打ちのような音が……何事?


「ふふっ……フィリア様、水臭いですよ。この件に関しては皆で協力して事に当たるとお話したではありませんか」


「……」


 リサラは普段通り穏やかな笑みを浮かべながら楽しそうにしているが、クルーエルはどこか雰囲気が硬い。


 携帯とか無い世界だからな。


 なまじ時計を導入してしまったため、予定していた時間に相手が現れなかったら心配になると言うものだ。


 帝国に確認を取っているみたいだし、心配のあまりクルーエルが不機嫌になるのも仕方がないだろう。


「ふむ。どうやら、少しフィリアを引き留めすぎてしまったようだな?」


「あ、いや、そんなことは……す、すまないな、エファリア。じ、時間を……か、勘違いしていた……よ、ようだ?」


「まぁ、そうでしたの。心配しましたが、本当に良かったですわ。無事で」


 エファリアもにこにこしているけど、そこはかとなく圧を感じる……彼女も心配していたのだろうね。


 ここは……。


「すまないな、少し話し込んでしまったようだ。ここは一つ謝罪を含めて、我が城で茶会をしていくと良い。俺はこの後少し用事があって同席出来ないが、茶菓子を用意させよう。確か新作のパフェがあった筈だ。良かったら今度感想を聞かせてくれ」


 俺はそそくさと立ち上がると、皆に謝罪をしつつ部屋の外へと向かう。


「フィリア、先程の件だが、後日改めて時間を作ろう。悪いようにはしないから遠慮せずに話してくれ。それと、東方の件は早急に動くとしよう。民の為にも捨て置けない事態だからな。では、皆も慌ただしい感じになってしまったが、ゆっくりしていってくれ」


 一方的にそう告げた俺は、そのまま部屋から脱出する。


 なんとなく危険な空気を感じたんだけど……多分俺の勘は間違っていない筈だ。


 フィリアを人身御供にしたようなもんだけど……彼女等を心配させたのはフィリア自身だし、しょうがないよね?


 しかし、予定があると言ってしまったからな……何かしらやらないとバレた時にまずそうだ。


 視察中のカイさん達に合流するのは……はっきり言って危険が過ぎるのでパス。


 バンガゴンガやオスカーの所は……言い訳として弱いのでダメ。


 キリクの所に行って帝国東部への派遣について話すのは……とりあえず話は通しておく必要はあるけど、予定としては時系列がおかしい。


 ルフェロン聖王国やパールディア皇国に訪問するのも無理だし、帝国や教会も同じだ。


 となると……ブランテール王国にエルディオンの事を聞きに行ってみるか?


 いや、流石にいきなり訪問するのはマズいか……属国だったら多少の無理は押し通せるけど、ブランテール王国はまだ正式には同盟国だしな。


 やべ……どうしよう……行けるところが無い。


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か、苦しむエルフを助けようとしたら、次の瞬間属国と支配地が増えたり、ヤバそうな空気から逃げる為に適当ぶっこいたら、その後の予定を詰められずにピンチを迎えた覇王だ。


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