第498話 トップ会談・前

 


「急な訪問になってごめんなさい、フェルズ」


 ソファに座ったフィリアが開口一番謝罪をする。


 大陸広しと言えど、スラージアン帝国の皇帝が謝る姿を見られる者は片手で数えられるくらいしか居なさそうだな。


 そんなことをぼんやりと思いつつ、俺は普段通り皮肉気に笑って見せる。


「急という程でもないだろう?二日前には連絡が来ていた訳だしな」


 まぁ、皇帝が他国に訪問するって連絡が二日前ってのは十分過ぎる程急なのかもしれないけど、普段からお茶会とかで普通に遊びに来ているし、急ぎの用事でもなければ突然来てもらっても俺的には構わない。


 ……いや、訪問内容にもよるか。


 お茶会的な物なら別に構わないけど、難しい内容の話だと……いきなりは困るだろう。


 前もって言われても困るけど。


「まぁ、フェルズは先触れも無しでいきなり帝都に飛行船でやってきたりするから、二日前なら十分許容範囲かしら?」


 どうやら俺が初めて帝国に行った時の事を言っているようだが……まぁ、アポなしでよその王都に飛行船で行くのはいつもの事だしな。


 領空侵犯って概念が無いからやりたい放題ですわ。


「まぁ、そういうことだな。だから気にすることはないぞ?」


 俺が鼻で笑って見せると、フィリアはこれ見よがしにため息をついた後、用意されていたお茶を一口飲む。


 今日はいつものお茶会という訳ではなく、フィリアから相談したい事があるという事で時間を作ったのだ。


「東の方は順調?」


「あぁ。ブランテール王国に続きバゼル王国が属国に、セイアート王国は併合だ。これで魔法大国エルディオンと領地を接することになったわけだ」


「……相変わらずとんでもない早さね。でも、そう。バゼル王国は併合じゃなく属国なのね」


 若干呆れるように笑ったフィリアは、少し考える様な素振りをしつつ言葉を続けた。


「あぁ。バゼル王国内にはエルフの自治区、ジウロターク大公国があったからな。妖精族の兼ね合いから友好的に話を進めることが出来たんだ」


「それなら同盟でも良かったんじゃないの?」


「こちらとしてはそれでも構わなかったが、エルディオンの事も考えると完全に傘下に加わった形の方が安心出来るそうだ」


「セイアート王国をエインヘリアが落としたなら、エルディオンをそこまで気にする必要もないと思うのだけど……」


「バゼル王国が属国になる事を決めた時は、まだセイアート王国は健在だったからな」


 というか、カイさんの最初の予定ではバゼル王国がセイアート王国を潰す予定だったみたいだし、同盟の申し入れだと下手をしたら断わられてしまうと考えたのかもしれない。


 属国でも見捨てられる時は見捨てられると思うけど……セイアート王国領を献上しておけば、直接エルディオンに攻められることはなくなるしね。


「バゼル王国といえば、カイ=バラゼルよね。うちの情報網に引っかかって、昔スカウトしたことがあったわ。あっさり断られてしまったけどね」


「ほう?そんなことがあったのか。まぁ、バゼル王国の守護者とまで言われる男だからな、さもありなんといったところだが……帝国の勧誘を断るとは流石だな」


 フィリアの事だ。


 優秀な人材を招き入れるのに、ケチったりは絶対にしていないだろう。


「当時はまだ、バゼル王国とセイアート王国が激しくやりあっていた頃だったかしら?帝国も内乱をようやく鎮めて、人材をとにかく集めている時だったのよね」


「随分と手広く人材を探していたんだな。バゼル王国なんて相当遠いだろうに」


 飛行船や魔力収集装置が無かったら気軽に行けるような距離ではない。


 陸路だとどのルートで行っても数か国は跨がないと辿り着けないし、片道半年以上は余裕でかかるはずだ。


「その為の資源調査部よ。といっても今ほど資源調査部も人がいなかったから、カイ=バラゼルを見つけたのは本当に偶然だったわね。当時はバラゼルを名乗ってはいなかったけど」


「確か、セイアート王国を完膚なきまでに叩いた後にバゼル王から与えられたとか言っていたな」


「まだ、バゼル王国も彼の凄さに気付いていなかったし、かなりの好待遇で誘ったんだけど、取りつく島もなかったそうよ?」


「あれは、自国を愛しているようだからな。バゼル王国にとって一番の幸運は、ヤツがあの地に生まれたことだろう」


「へぇ……フェルズがそこまで絶賛するほどだったの?」


 フィリアが少し驚いたような表情になる。


 カイさんの今回の戦術……キリクから教えてもらったけど、相当エグイよ?


 本当に、敵も味方も自在に動かすって表現がぴったりな感じで……覇王的にはあの謁見で色々バレてないかとヒヤヒヤ物ですよ。


「そうだな……仮にカイが帝国の勧誘に乗っていた場合、あの時の戦いは少々面倒なものだっただろうな」


「惜しい人材を逃してしまっていたみたいね」


「まぁ、結果は変わらんがな」


「……へぇ?」


 フィリアの目がスゥっと細くなるが……流石に帝国の戦力をカイさんが動かしたとしても、うちの子達をどうこうするっていうのは無理があるだろう。


 いや、もしかしたらカイさんだったらなんとか出来るのだろうか?


 ……まぁ、こちらにキリクがいる限り多分大丈夫だとは思うんだけど。


「くくっ……冗談だ」


「……はぁ。今のは本気だったでしょう?」


「さてな」


 うん……やっぱフィリアは怖いな。


 友人としてそこそこ長い付き合いになってきたけど、やはりあの大帝国を治める皇帝……なんちゃって覇王とはそもそもの能力が違い過ぎる。


 迂闊な事はほんと言えないね……。


「まぁ、いいわ。ところで、東方なのだけれど……変わった事とかないかしら?」


「変わった事?特に気になる様な事は……」


 いや、そう言えばアレがあったな。


「エルディオンの英雄の件があったな」


「エルディオンの英雄?」


「あぁ。ブランテール王国を攻めていた小国三国、それとバゼル王国を攻めていたセイアート王国。その四か国に、エルディオンは合計六名もの英雄を派遣していた」


「英雄を六名!?あの国にそんなに英雄がいたかしら?」


「それに関しては、少々厄介な情報があってな。こちらの調べではほぼ間違いないという事なのだが……エルディオンは英雄を人工的に造っている」


 以前オトノハ達が調べてくれた情報は既に一通り纏めてあり、帝国にも近い内に伝える予定だったけど、丁度良い機会だったので俺はこの場でフィリアに伝えることにした。


 メイドの子に頼みオトノハ達の作ってくれた資料を持ってきてもらいフィリアに渡すと、真剣な表情でフィリアはその資料に目を落とす。


 暫く部屋の中には紙をめくる音のみが響いていたのだが、やがて資料から顔を上げたフィリアが大きなため息をつく。


 ……資料読むのめっちゃ早いとか俺が思っていると、資料をテーブルの上に置いたフィリアが憂鬱そうな表情のまま口を開く。


「魔王の魔力……エインヘリア以外にもそれに気付く国があったなんてね」


「それについては心当たりが無くもないな」


 教会から逃げ出した枢機卿……クーガーが張り付いている奴だけど、そいつは今帝国内を東に向かって移動中だ。


 出奔してから既に数か月は経っているけど、まだ帝国領内を移動中なんだよね。


 まぁ、俺達の移動速度が速いだけで、普通はこのくらいかかるのかもしれないけど……この枢機卿はエルディオンの関係者だ


 未だにクーガーに目的地は明かしてないけど、道中でちょいちょいエルディオンの諜報機関の連中と密会しているらしい。


 当然密会内容もクーガーに筒抜けだけど……枢機卿側から情報を渡すだけで、向こうからは殆ど情報を貰ってないから特に目を引く情報みたいなのはないんだよね。


「エルディオンは魔王の魔力の存在を、恐らく教会から得ていたのだろう。枢機卿の一人がエルディオンの手のものだったようだからな」


「……あの女狐、足元がスッカスカじゃない!」


「ん?」


 俺が肩を竦めながら教会に居たスパイの事を話すと、フィリアが小さく何やら呟いた。


 フェルズの聴力をもってしても聞き取れなかったから……もしかしたら何か言った訳じゃないのかもしれないけど。


「んんっ!何でもないわ。それで、エルディオンは魔王の魔力を活用する研究をして……それが人工的に造った英雄?」


「他にも成果があるかも知れないがな」


「……」


 俺がそう答えると、フィリアは何かを考える様な表情を見せた。


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