第496話 思えば遠くに来たもんだ



 なんかこう特に問題らしい問題もなくカイさんとの謁見を終えることが出来た俺は、その翌日憂鬱さから解放されたような気分……いや、実際解放されたんだけど……非常に晴れ晴れとした気分で過ごしていた。


 午前の書類仕事中に、極々さりげない感じに昨日の謁見どうだった?とキリクに確認した所、素晴らしい謁見でしたとお褒め頂きましたしね。


 因みにカイさん達は、俺との謁見が終わったとのことで帰国……はまだせずにエインヘリア視察第二弾を行っているそうだ。


 今度は街や村ではなく少々ディープな見学ツアー……国営農場や漁業ゴブリン村、飛行船発着場、学校といった重要施設関係の視察らしい。


 昨日の今日で早速未知に叩き込んでやる寸法のようだ。


 流石キリク、容赦ない。


 案内役はシャイナと……何故かジウロターク大公も案内役として参加するらしい。


 ……いや、それはおかしいだろ。


 大公さんはがっつりお客さんやん?


 エインヘリア先駆者としてちょっと自慢気に語る的な奴なのか?


 あれかしら?俺はもう知ってるんだぜ的な……自分の物じゃないのに何故か得意気になる事は珍しくはないけど、大公さんってそんなキャラだったっけ……?


 まぁ、手伝ってくれるって言うなら別に良いんだけどね?


 シャイナもいる事だし変な事にはならないでしょう。


 さてさて、とりあえずカイさんの事はシャイナ達に任せて……本日の午後の俺は少々やらなければならない事があるのですよ。


 そんな訳ではい、昨日に引き続き玉座の間にやってまいりました。


 昨日と違い、扉を開けた……リーンフェリアが開けてくれた扉の先には誰も居らず、完璧な静寂がそこには存在している。


 謁見とかいうイベントが控えていると、重苦しいことこの上ない部屋だけど、そういう面倒事が無い時は格好良さと清廉さを感じさせる素敵な場所だと思う。


 玉座とその後ろに掲げられているエインヘリアの国旗。


 ゲーム時代に何度も見た拠点画面そのままだが……解像度が全然違う。


 まぁ、そりゃそうだろう。


 俺がゲームに使っていたのは二十八インチのテレビ。


 ハイビジョンかフルハイビジョンかは知らないが……所詮はゲーム画面。


 今目の前に広がる現実とは比べ物にならないのは当然だ。


 ……ふと思い出したけど、俺がこの世界に来た瞬間にいたのはここだったな。


 あの時は……あぁ、初期状態の白の国に転移だか転生だかしちゃったと思ってめちゃくちゃ焦ってたっけ。


 何だったら信勝君をぼろくそにこき下ろした気もする……ごめんね?


「ふっ……」


 謝っておいてなんかちょっと可笑しくなった俺は、少し笑い声を漏らしてしまう。


「どうかされましたか?フェルズ様」


「いや、この世界に来た日の事を思い出してな。俺が最初に会った……再会したのはリーンフェリア、お前だったな」


「はい。フェルズ様が神界より御帰還されたあの日の感動、私は……いえ、エインヘリアの皆が生涯忘れることはないでしょう」


「……」


 神界か……レギオンズの邪神ルートのエンディング。


 邪神を倒したものの、邪神自体は滅びることはなく……創造神と邪神が神界でギスギスする間を取りなす調停神になったんだったかな?


 エンディングの話だから称号は調停神にならずに覇王のままだったけど……レギオンズのゲームがそこまで凝って無くてよかったね。


 神とかになってたら……まぁ、変わらんか。


 称号ってこの世界においては意味ないし……そもそも他人から見えるもんでもない。


 いや、称号効果の事を考えれば変に称号だけ変わられたら困るか……覇王の称号が役に立つかどうかはさて置き。


「……そうだな。俺もお前達に会えた時の事は、生涯忘れる事は出来ないだろう」


 多分にノリは含まれていたけど、あの時……謁見の間で傅く皆を見て、俺は覇王フェルズとして生きていこうと決めたのだ。


 そして今、この大陸の殆どを手中に収め、残す敵対勢力は魔法大国エルディオンとその属国が数カ所と言った所まで来てしまった。


 それまで約三年……。


 大陸制覇まで三年ちょいって……ノッブが尾張平定するのにどれだけ時間かかったと思ってんの?


 早すぎるにもほどがあるやろ!


 と思わなくもないけど、これも全てエインヘリアだからこそ……だよねぇ。


 魔石を使った国家運営システム……そしてそれを十全に使いこなす人材。


 俺のふわっとした方針をえげつない感じに叶えてくれる参謀と内務大臣。


 攻め落としといての一言で国をバンバン陥落させていく大将軍。


 名前を呼んだだけでいつでも出て来て、どんな無茶ぶりでも二つ返事で叶えてくれる外務大臣。


 常に俺に侍り全ての危険から俺を守ってくれる近衛騎士長。


 エインヘリアの根幹を支えてくれる開発部長。


 医療の全てを担い、あまり本職である宗教関係をさせてあげられていない大司教。


 開発、研究、調査、戦争と細々と色々と任せてしまっている宮廷魔導士。


 そして勿論、役職は持たずとも頼りになる面々。


 俺の功績は一から十まで全部うちの子達のお陰と言える。


 俺がやった事と言えば……バンガゴンガを救ったり、オスカーの禿を治したり、ルミナを保護したりしたくらいか?


 オスカーはどうでもいいとして、他はやって良かったな、うん。


 さて……また思考が横滑りして明後日の方向に突っ込んでいってしまったようだ。


 なんか若干しみじみとしてしまった気がする。


 別に節目でも何でもないタイミングだし、こうして玉座の間に来ることはよくある事だと言うのに……どうしたのかね?


 妙に感傷的になった自分に苦笑していると、傍にいたリーンフェリアが何処か真剣な表情で口を開く。


「フェルズ様は……」


「……どうした?」


 俺の名前を言った後、妙に言い辛そうにしているリーンフェリアに声をかける。


 真剣というよりも……なんか、痛みを堪える様なっていう方が正しいかもしれない。


「……フェルズ様は……また、いなくなったり……しませんよね?」


 リーンフェリアから放たれた言葉の意味が一瞬理解出来ず、俺はきょとんとしてしまう。


 覇王にあるまじき表情だったと思うが……リーンフェリアが伏し目がちだったお陰で見られてはいない様だ。


「無論だ。ここにエインヘリアがある限り、俺はお前達と共にある。これから先もずっとな」


「っ……!」


 リーンフェリアがハッとした感じで顔を上げる。


 ちょっと目に涙が溜まっている感じが、なんか申し訳なさを覚えるんじゃが……。


 リーンフェリア達にとって、フェルズがいなくなると言うエンディングは本当に許せないものだったんだろうな。


 いや、改めて言うまでもないか。


 この三年、一緒に過ごしてきて……それは十分分かっている。


 この子達がフェルズに向ける想いは本物で、けしてただゲームのイベントだったのだとさらっと流せるような想いではないのだと。


 俺自身は、それをゲームとしてやっていたプレイヤーの記憶を持ったヤツに過ぎないけど……この玉座の間に初めて立ったあの日誓ったように、俺はフェルズとして生きている。


 だからこそ、リーンフェリア達の想いに応えるのは、フェルズであるこの俺でなくてはならない。


「仮にもう一度似たような事態になる様な事があれば……その時は全力で別の道を見つけてみせよう。俺はこの世界に来た時、皆に今までと同じでいてはいけないと、よく考え行動していくことこそが肝要だと言った。だからこそ、俺も同じことは繰り返さないと約束しよう」


「フェルズ様……」


「もしそのような事態になった時は……皆にも知恵を絞ってもらう事になると思うがな」


 ゲームの覇王みたいに自己犠牲的な事を出来る程、高尚な精神は持ち合わせておりませんし……キリク達が全力で考えてくれれば、なんやかんや解決策は見つかるだろう。


 それにまぁ……ゲームのイベント的な事はそうそう起こらないだろうし、大丈夫だと思うけどね。


「はい!必ず……あの時のような不甲斐ない結果にならないよう、私達が万難を排してみせます!」


「あぁ、期待している」


 俺が小さく笑みを浮かべながら言うと、リーンフェリアは晴れやかな笑顔と決意に満ちた瞳で頷く。


 何となくしみじみとしていたら、少し変な方向にリーンフェリアのスイッチが入ってしまったようだけど、この様子ならもう大丈夫だろう。


 しかし……リーンフェリアが泣きそうになるとは……理解はしていたけど、やはりフェルズという存在はうちの子達にとって途轍もなく重いよね。


 覇王としての在り方以上に……俺という存在そのものを大事にしないといけない気がする。


 皆を悲しませるような真似だけは、絶対に避けよう。


 そんなことを考えつつ……ちょっとうっかりリーンフェリアの事を見つめ過ぎた様で、次第にリーンフェリアが顔を赤くしながら目をバタフライくらいの躍動感で泳がせ始めた。


「と、ととところでフェルズ様!本日は玉座の間で何をされるのでしょうか!?あ、新しく誰かを召喚されるのですか!?」


「……いや、召喚はまだしない。今日は少し調べたい事があってな」


 テンパりだしたリーンフェリアから視線を外し、玉座の方へと俺は近づいていく。


 そう。


 フィオを呼び出すにあたって、少しアビリティ関係を調べておきたかったのだ。


 強化画面とかは玉座に座った状態じゃないと見られないからね……その為にここに来たわけだけど、ちょっと横道にそれ過ぎたな。


「暫く俺は動けない。その間の護衛を頼む」


「はっ!身命を賭してフェルズ様を御守りいたします!」


 うん……流石にエインヘリアのお城のど真ん中で俺が害されることはないと思うけど、気合を入れてくれて何よりだ。


 メニュー画面は視界いっぱいに広がるから、それを見てる時って何が起きても分からないしね。


 音とかは普通に聞こえてるけど……視界が完全に塞がれた状態で作業しつつ、周りの音にも注意を払うとかいうマルチタスクに覇王は対応していない。


 そんなことを考えつつ玉座に座った俺は、リーンフェリアに一度頷いて見せた後、メニュー画面を起動した。


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