第495話 真意



View of パルコ=ヒューズモア 元セイアート王国将軍 バゼル王国総司令補佐






 謁見を終えた私達は控室に戻ってきたのだが……短い謁見だったにもかかわらず、全身を襲う疲労感に私はソファに崩れ落ちるように腰を下ろしてしまう。


「……あれが、エインヘリア王陛下」


 私はそう呟きながら、気付かぬ内に握りしめていた拳をゆっくりと解く。


 文官ではなくも武官寄りの王のように感じられたが、国の方針を見る限りそのどちらにも優れた人物であることは間違いない。


 しかしそれ以上に感じたのは、およそ人が出したものとは思えないような威圧感。


 正直、謁見の間に足を踏み入れた瞬間……生きて帰る事を諦めかけたくらいだった。


 じんわりと滲んでいる手汗を拭い、正面に座っているカイ殿に話しかけようと顔を上げ……。


「カイ殿……?」


「……あぁ、すみません。少し呆けていたようです」


 顔を上げた時、私と同じようなポーズで俯いているカイ殿が力ない笑い声を上げながら言う。


 いつも飄々としているカイ殿にしては、非常に珍しい姿と言えるが……今回に限っては、そうなってしまうのも無理はないだろう。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫デスヨ。まぁ……すぐに立ち上がるのは、ちょっと無理ですが」


 そう言って自分の膝を掴むように両手を乗せるカイ殿だったが、手を乗せたことでぶるぶると膝が震えているのがはっきりと分かった。


「パルコ殿は……大丈夫でしたか?」


 普段のだらけたポーズとは違い、本当にぐったりした様子でカイ殿が尋ねて来る。


「かなりキツかったと言うのが本音です。将軍としてそこそこ体を鍛え、戦場を体験していたからこそこの程度で済んだ感じですが、あれはとてもじゃないですが謁見で放つような空気ではありませんでしたね」


「私は謁見の間の扉が開いた瞬間、魔法で撃たれたかと思いましたよ……」


「あぁ、確かに。物理的な圧力を私も感じたような気がします」


「アレが本物の英雄なんですかねー。パルコ殿達が連れて来ていた連中とは格が違い過ぎますよ」


「流石にあの連中とエインヘリア王陛下を一緒に考えるのはマズいと思います。存在そのものが別というか……共通点を見つける方が難しいのではないかと」


 ただ暴れる事しか能のない連中とエインヘリア王陛下では、並べて考える事自体間違っているだろう。


 その身に纏う雰囲気こそ凄まじいものだったが、エインヘリア王陛下自身の言動は非常に理知的な物に感じられた。


「まぁ、そうですね。しかし、キリク殿が絶賛するのですから一筋縄ではいかないと思っていましたが……まさかそういった方向から攻めて来るとは思いませんでしたよ」


「威圧感は相当なものでしたが、話の内容は最後を除けば穏やかな物だったと思いますが……」


「そうですね……それに……いえ、凄まじい御仁でした」


 自分の膝をほぐす様に揉みながら、カイ殿は顔を上げる。


 何かを言い淀んだようだが、私がそれを尋ねるよりも先にカイ殿は言葉を続ける。


「視察した感想……あの場で質問するのは当然の内容ではあります。しかし、多くの王は自国に絶対の自信があるように振舞いますが、そこには多分に虚勢が含まれるものです。まぁ、当然ですね。王とはそうでなくてはならない……王が揺らいでは国そのものが揺らぐというもの。たとえ間違っていたとしても、絶対の自信を見せながら前に進むことしか許されないのが王という立場です」


 国によって王の持つ権力には違いがある。


 絶対の権力を持つ王もいれば、力ある貴族に逆らう事の出来ない王もいる。


 前者の代表はスラージアン帝国の皇帝であり、後者の代表は……既に存在しないが、商協連盟下の各国の王達だ。


 しかし、王の持つ力の強弱に関わらず、絶対的な事柄がある。


 国家の意思は王そのものであるという事だ。


 そこに王個人の意思や存在は関係ない。


 国家の成すことが王その物であり、王は国家の顔……王の態度一つでその国そのものが評価されるということだ。


 故に、王は権威を纏い、弱気を見せる事が許されず、非を認めることはありえない。


 国家の成すことは、正義でなければならず、正義はけして間違えないものだから。


「まぁ、正義というのは使い勝手と都合の良い言い訳に過ぎませんがねー」


 ようやく顔を上げたカイ殿が、完璧なタイミングで私の頭の中に相槌を打つ。


 疲弊していても、人の考えを読む力は健在のようだが、普段よりも少し皮肉っぽい。


「まぁ、そういう七面倒な話はさて置き……私の見た限り、エインヘリア王のそれは一切の虚勢なく……己とそしてエインヘリアという国の絶対性を心から信じているものでした。これが只の盲目的な在り方であれば、傀儡の王と言えたかもしれませんが……あの方の持つ絶対の自信と信頼は現実に即した物ですね」


「このエインヘリアという規格外の国の王なのですから、それは当然なのでは?」


「あはは、その通りなのですけどね……実はすこーしだけ期待していた所があったんデスヨ」


「期待、ですか?一体何を?」


「いえね……キリク殿です」


 キリク様……エインヘリアの参謀でカイ殿をして化け物と言わしめた人物……彼に期待……?


「エインヘリアが規格外なのは、この国に来る前から分かっていました。まぁ、実際目にしたものは想像を遥かに超えるものでしたがね。ですが、その全てはキリク殿の手による物……そんな期待です」


「……」


 バゼル王国の王都でキリク様に相対した時のカイ殿を思い出し……何を言いたいのかなんとなく理解する。


「えぇ。私はキリク殿以上の人物は存在しないと……心のどこかで決めつけていました。だから、キリク殿が絶賛するエインヘリア王陛下とは本当に存在する物なのだろうかと……不敬ながら、そう考えていたのです。誰に聞いても素晴らしい王であると評価を受ける人物……それはキリク殿によって作られた人物なのではないかと」


「……」


「エインヘリアの事をどれだけ調べても、外からではエインヘリア王陛下の事を知る事はほとんど出来ませんでした。諜報員がエインヘリアに入り込めない上に、民達から得られる一般的な情報の中にもエインヘリア王陛下の姿が一切出てこないからです。これ程までに苛烈に、そして迅速に侵略を進めていく王であれば、自己顕示欲が強い人物であると考えるのが普通です。しかし、王や国を讃える様な行事もなく、民の前に姿を現さない王。キリク殿であれば、そんな完璧な幻想の王を作り出すことくらい容易いでしょう」


「確かにそうですね。エインヘリアの方々も、そして属国の方々も心の底からエインヘリア王陛下が素晴らしい人物であると語っていました。そんな完璧な王が存在すると考えるよりも、何者かによって作られた幻であると考えた方が現実味があります」


 そして、その何者かという部分に一番当てはまるのはキリク様だろう。


「王という役割を被せられただけの人物であれば、完璧を演じることは容易い。台本通りに動けば良いだけですからね。一流の役者でさえあれば中身は問題ありません」


 カイ殿はソファの背もたれに身を預け天井を仰ぎ見る。


「そんな風に考えていたんですけどねー。もう完全にしてやられたというか……はぁ」


 確かにその考えは不敬だし、かなり際どい考えだろう。


 というか、控室とはいえエインヘリアの城内で堂々と語る様な内容ではない。


 次の瞬間、エインヘリアの兵が不敬罪だとなだれ込んで来てもおかしくないと思う。


「完全に見透かされていたというか……もう子供扱いですよ。あー恥ずかしい」


 カイ殿そう言って、膝を揉んでいた両手で今度は顔を隠すように覆う。


「見透かされていた……とは?」


「エインヘリア王陛下にデスヨ。未知を受け入れて前に進まなければ成長出来ないって言われてしまったでしょう?アレは私の傲慢な考えを指摘して……その上でそれを呑み込んで成長してみせろって事デスヨ」


「っ!?」


 確かにそんな会話をしていた!


 あれは、自分の常識の通用しない物も存在しうることとして呑み込めと言う意味ではなかったのか!?


「不遜な考えをしていた私を笑って許し、まずは現実を受け入れることだと諭し……その上で今後に期待すると言われたわけデスヨ。完全に子供扱いでしょう?」


「……確かに、そうですね」


 かなり危うい事を話していると思っていたが、エインヘリア王陛下に許された……だからこそ、気兼ねなくこんな話が出来ていると言う訳か。


「はぁ……自惚れを指摘されるって、とんでもなく恥ずかしいデスヨ。周りに煽てられて、完全に調子に乗っていたようです。可能であれば、少し厳しい環境……キリク殿の下とかで少し働かせて貰えませんかねー?」


 確かに、この話だけ聞けばカイ殿が調子に乗っていたようにも聞こえるが……私としてはそうではないと言える。


 確かにエインヘリア王陛下を見誤っていた事は確かだが、それも仕方ないように思えるのだ。


 エインヘリアという国のありえなさは、実際に目にした上でなお信じがたい物で、その上に立つエインヘリア王陛下の存在に疑問を抱いても仕方がないのではないだろうか?


「こんなにかき乱された謁見は初めてデスヨ。自分の愚かさをこれ程までに見せつけられて、成長してみせろと尻を叩かれ……最後に長年敵対してきた隣国は一日で落としたと聞かされ……」


 確かにあの場で交わされた表面的な会話に比べ、その中身は相当緊張感のある物と言える。


 傍から聞いていた私にしてみれば、最後のセイアート王国の件が一番衝撃的だったが……カイ殿にとっては一番どうでも良い内容だったに違いない。


「……いや、流石に一日で落ちるのは想定外でしたよ?」


「しかし、遅かれ早かれとは思っていたでしょう?」


「それは……私だけじゃなく皆が思っていたことだと」


 ……それはそうだな。


 私達侵攻軍が敗れるよりも遥か前の時点で、セイアート王国が生き残る道は途絶えている。


 その事を知らなかったのは……私を含め、セイアート王国の者だけだろう。


「はぁ……キリク殿だけじゃなくエインヘリア王陛下もあのレベル。恭順を示したのは大正解でしたが……これ完全に私、目を付けられましたよね?」


「……まぁ、やらかした上にそれを見破られてしまっては……」


「うぁー……隠居させて貰えませんかね?」


「バゼル王国もエインヘリアも……許さないと思いますよ?」


「んぁー」


 顔を覆っていた手を頭に移動させ、蹲るカイ殿。


 英雄、カイ=バラゼルをここまで苦しめることが出来るのは、大陸広しと言えどエインヘリアにしか無理だろう。


 敵であると絶望的だが、味方であるとこれ程までに頼もしい相手はいない。


 これは、カイ殿に対しての評価だったが……間違いなくエインヘリアにも当てはまる。


 いや、恐らくそれ以上に。


 大して長くもない謁見であったが、これ以上ない程にそれを理解させられた謁見となった。


 

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