第494話 英傑と英雄



「俺がエインヘリアの王、フェルズだ。歓迎しよう……英雄、カイ=バラゼル」


 そんな俺の言葉から始まった謁見。


 玉座はいつも通り冷たく堅い。


 玉座の間はいつも通り荘厳で、そこに並ぶ面々も普段通り頼もしい。


 そして、その中で一番高い位置で玉座に座る俺は……普段の謁見の倍……いや五倍くらい緊張しつつ普段の二倍くらい気合を入れて謁見に臨んでいた。


「御初御目にかかります、バゼル王国より使者として参内いたしました、カイ=バラゼルにございます。エインヘリア王陛下に我が名を知って頂けているとは光栄の極みではありますが、英雄などと……矮小なるこの身には過ぎたる評価にございましょう」


「くくっ……この大陸の全ての者が、貴殿を英雄と呼ぶことに何の疑問を覚えないだろうが……唯一、貴殿だけがそれに異を唱えるのだろうな」


 その気持ちは……なんとなく分かる気がする。


 まぁ、カイさんの場合中身と称号があってないとは言わないけど、覇王は中身と称号は全然あってないからね。


 いや、俺の事を覇王と呼ぶのはフィオくらいだけど……。


 っていうか、アイツが覇王って呼ぶときはなんちゃってとか(笑)とかつけるし……あれ?分相応な称号だな。


 いや、違うわ。


 俺の場合称号じゃなくって周りの評価が上がりすぎなんだよね。


 まぁ、結果だけを見れば……かなりどえらい事をやってしまった感はあるけどさ……。


「私は少々小賢しく立ち回ることが出来るだけの小者に過ぎません。英雄とは、人知を超えた存在に与えられる称号だと私は愚考いたします」


「ふむ……あまり謙遜する必要はないと思うがな。貴殿の成してきたことは十分に人知を超えたと称されるに相応しいものだし……何より、長年貴殿に煮え湯を飲まされ続けてきたそちらの副官が納得しないだろう?」


「そう言われてしまうと反論出来なくなってしまいますね。確かに私が凡人と称されることを許せないのは私自身ではないのかもしれません」


 余裕を持った態度で受け答えをするカイさん。


 その余裕を分けて欲しい覇王。


 いや、今日の謁見はバゼル王国が属国に加わった事の挨拶をしに来たって感じだから、なんかややこしい話をしないといけないとか、提案したりしないといけないとかはない。


 今後ともよろしく。


 その一言で終わってくれても、覇王的には全然構わない。


 本気で俺がそう願えば、即座に謁見は終了するのだろうけど……相手の印象的に、それはよろしくないだろう。


 でも、丁寧に対応するってことは、その分カイさんとの接触が増える訳で……いや、ほんと勘弁して頂きたい。


「ですが、稀代の英傑と謳われているエインヘリア王陛下にそう呼ばれるのは面映ゆいどころではありませんし、どうか私の事はカイと呼んでいただければと」


 稀代の英傑ってどちら様?


 初めて聞いたんじゃが……?


「ふむ、ではそうさせて貰おう。ところで、我が国の視察は楽しんでもらえたかな?」


 エグイ角度で飛んできたキラーパスを覇王は華麗にスルー……ボールはそのまま場外に行ったので、仕切り直すことにする。


「はい。以前よりエインヘリアの施策には興味があったのですが、今までは機会に恵まれず詳しく知る事が出来ませんでした。今回多くを学ばせていただき感謝の念に堪えません」


 話題に困ったから放った言葉だったけど……カイさんの返答に、俺はそこはかとなく違和感を覚える。


 いや、別に何もおかしなことは言っていないと思う……エインヘリアの事を良く知らなかったから知ることが出来て嬉しいって事を言っただけなんだけど、なんだろう?


「それは良かった。それで、貴殿の目から見て……エインヘリアはどうだったかな?」


「……大変素晴らしい国であると」


 なんとなく違和感は覚えたものの、俺はそれを無視して話を続ける。


 正直、俺は謁見で何を喋ったら良いのかよく分からん。


 流石にこれはエファリアやフィリアにも聞けないし……お手本を見に行くことも難しい。


 俺が行ったら確実に主賓にされちゃうし、謁見の見学なんて許してもらえるわけがない。


 ……エファリアならこっそり見学させてって言ったらやらせてくれそうだけど……グリエルが倒れるかもしれんしな。


 ってわけで……とりあえず当たり障りのない話題を少々続けてから、じゃぁ今後ともよろしくちょって感じで終わらせようと思ったんだけど……。


 先程まで淀みなくやり取りをしていたカイさんが、国の事を聞いた瞬間微妙に言い淀んだように感じたのが若干気になる。


 興味を引くためにわざと……って可能性も否定できない。


 でも相手はキリクが認める程の知者……そんなあからさまな事やって来るとは思い難い。


 ……あかん、そもそも賢い人の裏なんて俺が読めるはずがないんだ。


 俺に出来るのは、覇王力全開で前に突っ走るのみ!


 やべぇ感じになりそうだったら……それに気づけたらだけど、キリクかイルミットに丸投げすれば大丈夫!


 俺は再度気合を入れて……会話を進める事にした。


「くくっ……気にする必要はない。正直なところを語れば良い」


「……僭越ながら申し上げれば、エインヘリアという国が今の形で運営されていることは、あり得ないことだと存じます」


「ほう?」


「困窮した民への仕事の斡旋を公共事業によって賄う。完璧とも呼べる治安維持。国による孤児たちの保護。どれも各国が一度は夢見て、そして現実的ではないと諦める様な内容です。しかも、エインヘリアでは殆ど税を徴収していない。貴国の規模でこれ程の事をやろうと思ったら……それこそ小国の十や二十は傾くほどの財が必要となるでしょう。それは、帝国との多少の貿易程度で賄えるような金額ではない。絶対に出来る筈がない事を、現実にやってみせている……幻術か何かだと言われた方がまだ納得できます」


 堰を切ったかのように、うちの施策に納得が出来ないと言葉を発するカイさん。


 まぁ……確かにね。


 普通に考えて、財源どうなってんのよ!ってなる様な事やってるよね。


 その気持ちは良く分かる。


 俺もエインヘリアの人間じゃなかったらふざけんなってなると思うし……レギオンズというゲーム、そのシステムを現実に実現してしまった事によって起こった数々のとんでもない現象は、便利に使っている俺からしても、大丈夫なのか……?と思わなくもないからね。


 資源と言うものは有限だ。


 だからこそ、皆それを奪い合う。


 それが暴力なのか、それとも取引なのかの違いはあれども、有限な物資を巡って自分の分を確保しようと躍起になっている。


 小さなもので言えば、日々の買い物だって自らの利を確保する行為なわけで……その究極形が国同士による土地の奪い合いだだろう。


 しかし、我がエインヘリアにおいてはそこが少々異なる。


 少々……ではないけど。


 土地を新たに生み出すことは流石に出来ないけど、魔力収集装置、よろず屋、開発部……この三種の神器がある限り、水、食料、木材、鉄。その他様々な物資をエインヘリアは魔石がある限り生み出し続けることが出来るのだ。


 よろず屋で購入できるような低ランクの装備や道具を作る様なしょぼい素材。


 ゲーム的には最序盤以外殆ど買う事の無かったそういったしょぼい素材が、この世界では無限に湧き出る資材として重宝している。


 寧ろダンジョンとかでしか採れなかったような高ランク素材の方が、補充が効かず使い勝手が悪いくらいで……。


 まぁ、低ランクの装備でも、現実となった今ではとんでもない代物だし……倉庫はともかく宝物殿にある様な一品物の装備やネームド専用装備あたりは、日の目を見ることはないような気がする。


 まぁ、コレクションとしては華美な物ばかりだし良いと思うけど、それくらいの価値しかないといえる。


 専用装備は本人以外が装備した時のペナルティが大きすぎるからね……。


 話は逸れたが、消耗品を無限に生み出す事の出来るエインヘリアはまず破綻する事はありえない。


 今後……高度経済成長やら人口爆発やらが起こって土地が足りなくなってくる……みたいなことが無い限りね。


 まぁそれが起こるとしても、数百年くらいはかかるだろうし……そんな先の事までは流石にキリクでも計画を立てられ……るかもしれないけど、今は置いておこう。


 何にしても、カイさんの疑問はもっともな物だし、俺としてはそれに返事をすることは造作もない事だ。


「くくっ……納得できないか?」


「……正直に申し上げて、現実感が無い。これに尽きます」


「しかし、エインヘリアは現実に存在している。ならば、間違っているのはそちらの認識だろう?」


「はい」


「くくっ……初めて理解出来ないものに遭遇してしまったようだな?」


「恥ずかしながら、おっしゃる通りです」


「恥じ入る必要はない……寧ろ喜ばしい事だと思うぞ?」


「そうなのでしょうか?」


 俺の言葉に、今まで物凄く真面目な表情をしていたカイさんがきょとんとしたような表情を見せる。


 初めて見る表情だけど……なんか真面目にきりっとした顔よりも自然な物に感じられるな。


 すんごい知者って聞いてたからキリク的なタイプの人かと思ったけど、もしかしたら人間味あふれるタイプの人物なのかもしれないな。


 ちょっとした表情の変化にそんな事を覚えつつ、俺は言葉を続ける。


「カイの英雄譚については俺も少し耳にしたことがある。敵も味方も……俯瞰しながら全てを操る様な差配をするのだと」


「……」


「敵も味方も自在に操るという事は、その中に未知という異物が紛れ込むことはあってはならないことだろう。しかし今回、お前は初めて理解出来ないものと遭遇した。全てを自在に動かしてきたお前からすれば、それはとんでもない恐怖だったに違いない」


「……」


「しかし、それはこうも考えられる。未知とは恐怖であると同時に成長の余地なのだと」


 俺がそう言うと、カイさんの目に力が籠る。


 謁見が始まった時はキリっとしているものの、何処か力ない感じだったんだけど……確実に雰囲気が変わったように感じる。


 ……よし、これ以上は危険だ!


 そろそろおしまいにしよう!


「恥ずかしながら、私は少々自惚れていたようです」


「くくっ……ならば、もう言葉は必要あるまい。期待しているぞ」


「……感謝いたします、エインヘリア王陛下」


 深々と頭を下げるカイさん。


 なんか分からんけど、物凄くやる気が出たみたいだ。


 本格的にこれ以上はやばい気が……あ、やっべ。


 まだ聞いとかないといけない事があったわ……。


 謁見を終わらせようとしていた俺は、泣く泣く口を開く。


「セイアート王国の上層部だが、王を含めほぼ全員を捕虜としたのだが……その身柄をバゼル王国に引き渡そうと思うが、構わないか?」


「セイアート王国の上層部……ですか?」


「あぁ。王都を陥落させたときにな。使える人材は既に抜いているが……お前も既にそこの副官を含め、武官を引き抜いているのだから構わんだろう?」


「は、はっ!」


 若干口元をひきつらせるようにしながら返事をするカイさん。


 代官候補を先にとられた感じはあるけど……まぁ、早いもん勝ちって事で咎めるつもりは無いよ?


「くくっ……そういう訳だから、残った連中はそちらで好きに使ってくれて構わん」


「陛下。恐れながら一つお聞きしたいのですが」


「構わん」


「いつセイアート王国を落とされたのですか?」


「お前達がエインヘリアに来た翌日だな」


「……」


 俺の返事に、カイさんよりもその後ろの副官が目を真ん丸にして驚いていたのが印象的だった。


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