第493話 化け物



View of パルコ=ヒューズモア 元セイアート王国将軍 バゼル王国総司令補佐






「パルコ殿は特に何かする必要はないので、気楽にしておいて大丈夫デスヨ」


 数日に渡ってエインヘリアの視察をした我々は、本日エインヘリア王陛下との謁見に漕ぎつけた。


 当然私は使者であるカイ殿の付き人なので、今言われた通り謁見の際にすることはなく、カイ殿の後ろで礼をしておくだけで良い。


 立場上、少なからず謁見をする機会は多かったし、今更緊張することはないと思っていたのだが……小さく震える手を見る限り、私自身どうやら今回の謁見をいつもと同じように捉らえてはいない様だ。


 とはいえ、カイ殿の前で情けない姿を晒すわけにはいかない。


 私はゆっくりと頷きながら、努めて軽い口調で返事をする。


「分かりました。やはり補佐は良いですね、気楽なものです」


 笑みを浮かべながら私が言うと、カイ殿は珍しく悔し気な表情を見せながら言葉を続ける。


「失敗しましたね……パルコ殿を総司令にして、私が補佐になっていれば面倒事を押し付けられたのに」


「いくら何でも流石にそれは周りが認めないと思いますが……私は今後も楽が出来そうです」


「……よし、実務は全部パルコ殿に任せられるように手を打ちますか」


「貴方が言うと実現してしまいそうなので止めて下さい」


 カイ殿に振り回されながら実務系も全部振られるとなったら、いくらなんでも体一つでは足りないし、精神はもっと足りない。


 出来ればトリバンダル将軍も同じ役職について欲しいのだけど……流石に投降したばかりの人間を一か所に集める様なことは許されないだろう。


「必要なら、私はやりますよ?」


「その返事は、どちらに対してのものですか?」


 私が口に出した事なのか、それとも頭の中で考えていた事なのか……どちらに対する返答なのかで今後が物凄く変わるのだが……。


 しかし、カイ殿は私の切実な問いに対し何も答えず、あっさりと話題を変えてしまう。


「パルコ殿から見て、エインヘリアはどうでしたか?」


「……陳腐な表現になってしまいますが、凄まじい……この一言に尽きますね」


「デスヨねー。ところでパルコ殿知ってます?かなり昔の事なんですけど、ある小国で民の行動全てに税を課し、行動や思想まで統制しようとした国があったんデスヨ」


「そのような国が?」


「えぇ。因みに殺人税というのもありました。人を殺したら税を支払うわけです」


「……税を払えば人を殺しても良いと?」


「えぇ。その通りです。まぁ、支払うのは自身の首なので、首が取れても大丈夫な人以外は支払いたくないでしょうが」


「……なるほど」


 民の行動一つ一つにまで税をかけることで民の全てを管理しようとしたか……。


 何故突然そんな話を始めたか……それは間違いなく……。


「最初は些細な施策だったんですよ。洗濯税だったかな?王都の中心を通る川があったらしいんですけど、そこで衣服や体を洗う人が多く、飲み水にも使われるその川が非常に汚れてしまったんだとか。それを防ぐために川で洗濯することに対し税金をかけたところ、川でそういったことをする者がいなくなり数年で水が綺麗になったのだとか……」


「それで味を占めて色々な行動を税によって縛って行った?」


「ですです。禁止はしていないんです。ただ税の徴収に応じれば好きにしてよい……法で定めた罰則と違い、支払えばやっても良い……そんなルールは意外と上手く作用したんですよ」


 民がどれだけ税を払いたくないかが分かるようなエピソードとも言えるが……。


 禁止したのではなく、許可制……罰金ではないところがミソなのだろう。


「まぁ、パルコ殿のおっしゃったように、最終的にやり過ぎて反乱が起こりあっさり国は崩壊するんですけどね」


 さもありなんということだ。


「何が言いたかったかというと……その国は民を縛る事で良い国にしようとしたわけですが、行き過ぎて失敗してしまいました。しかし、このエインヘリアは違います。どこまでも選択肢を与え続けるのです。勉強をする、仕事を探す、真っ当に生きる……全てにおいて自由に選ばせているにもかかわらず、その終着点に必ず幸福を用意しているのです。無論、しっかりと動いたからこそ、その幸福を受け取る事が出来る訳ですがね。ただ口を開けて上を向き、雨が降るのを待っているだけでは得られる幸福もないでしょう」


 どんな生き方を選んでも必ず幸福にする……無茶苦茶にも程があるが……全てを縛り民を導こうとした先の話の国とは真逆のスタンス。


 結果を得るには努力は必要だが、努力したからといって必ずしも結果を得られるわけではない。


 エインヘリアの民達だって、当然夢破れる者はいるだろう。


 いや、大半の者が夢破れ、思い描いていた未来を掴めるものなぞ本当に一握りしかいない筈。


 にも拘らず、エインヘリアは選択肢を与え続け、幸福へと導くと言う。


 そもそも、民が夢を見ることが出来るという環境が、既にあり得ないのだが……ここ、エインヘリアではそれが普通で、当然の権利のようだ。


「がんじがらめにして、決められた幸福を与えることは難しくありません。欲を満たすだけであれば、即物的なものに頼ってしまえば良いですからね。しかしエインヘリアの民達に与えられているのは、心の充足とでも言いましょうか。選択の自由を与え続けながら身も心も満たす。そんな不可能を成し遂げてしまっている。先程話した国とは真逆の在り方で……けして辿り着くことが出来ない在り方です」


「あり得ない国が存在している……ですか。確かに私も視察を進めていく中で似たような事を感じましたが……」


 カイ殿であっても私と同じような感想を持っていたという事か。


 やはり、この国は異常……。


「とどのつまり……この国は素晴らしいの一言に尽きますね」


「……そうなりますか?」


「えぇ、最初にパルコ殿が言った通りデスヨ。自分達に出来ないからと、他の人にも出来ないと決めつけるのは最悪です。私達では到底成し得ないことを、当然の如く成しているエインヘリアは、素晴らしいですし……お手本には出来ませんですが、宗主国としてこれほど頼もしい国はないですね」


 確かに、カイ殿の言う通り……傘下に加わる上でエインヘリア程頼もしい国はない。


 属国への接し方も……なんというか胡散臭い程に優遇されたもので、属国と本国の違いがほとんど感じられないものだった。


 そもそも、属国と本国の間で往来が自由化されているにも拘らず、属国から人が殆ど減る事もなく、関税に関しても自国の産業を守ると言う意味での税しかかけられていない状態だ。


 五分五分の同盟を長年続けた国であってもここまで緩くはないと断言できるレベルだが、エインヘリアにとってはそれが普通。


 属国側も、最初は戸惑う事も多いが属国となった時の判断は正に英断だったと誇らしげに語っていた。


「ですがまぁ……問題はこれからデスヨ」


「問題ですか?」


「えぇ。エインヘリア王陛下……あのキリク殿をして足元にも及ばないと言わしめる御方です。今回私の計画をサラッとひっくり返してくれた手並みは鮮やかの一言に尽きますが、何より恐ろしいのは……底が見えないところです」


「……」


 まだ直接会った訳ではないが、エインヘリア王陛下の話は方々で耳にしている。


 エインヘリアの方も、属国の方も……賛辞の仕方は色々あれど、皆口をそろえて言うのはとても素晴らしい御方ということだ。


 知略や武力に優れ政治、経済、策略、統治……その全てに精通しているとのこと。


 正直盛りすぎではないかと思う。


 物語の英雄達だって、そこまで詰め込まれた者はいないだろう。


 だが、エインヘリア王陛下を語る皆が、一切の疑わず……本気でそう言っているのだ。


 狂信的な物さえ感じるが……。


「弱点は……奥方や後継者がいない事ですね。何でも一人で出来ちゃう人にありがちな弱点ですが……王という立場上それは許されることではありません。色に溺れる王も困ったものですが、禁欲に過ぎる王というのもまた困ったものと言えます」


「歴史に名を残す偉大な王も、後継者や異性関係では苦労していますし、エインヘリア王陛下も同じなのかもしれませんね」


「どこからどう聞いても完璧すぎる御方な様ですから、多少は弱点のようなものがないと本当に実在する人物なのか疑わしくもなると言うものです」


「後継者に関しては確かに弱点とも言えますが、それ以外を話半分に聞いても尋常ではない御方なのは間違いありませんね」


 エインヘリアという国を築き、維持しているだけであり得ない人物だと言うのに、その上あれだけ多くの人物……しかもこれまた普通では考えられない程優秀な方々から尊敬の念を一身に受ける王。


 正直言ってどのような人物なのか全く想像できない。


「あのキリク殿が絶賛する人物ですからねー。正直、恐ろしいデスヨ」


「……カイ殿」


 冗談めかしながら言ったように見えるし、私以外の者であれば普段通りとらえどころのない姿に見えただろう。


 しかし、カイ殿がどれだけキリク様を恐れているか知っている私は、それが本気の言葉だと理解出来る。


 あの時……キリク様と初めて会談を終えた後、カイ殿は冷や汗と共に顔を青褪めさせながら、小さく化け物と呟いていた。


 それは、まさに我々がカイ殿と相対し、そして敗れた後畏怖と共に呟くそれと全く同じであった。


 そんな人物が絶賛する人物が一体どれ程のものなのか……。


「まぁ、ここまで来た以上会うしかないのですが……好材料があるとすれば、敵対する必要はなく恭順を示せばよいという事、それとジウロターク大公が既にエインヘリアと良い関係を構築してくれている事ですねー。いやー、心の底から良かったと思いますよ」


 確かに、エインヘリア王陛下……そしてこのエインヘリアと敵対することに比べれば、既に傘下に加わりその挨拶をしに来ただけなのだから少しは気が楽というものだ。


 カイ殿の台詞に私はそんなことを考えて……その楽観が心底愚かな考えだったとすぐに思い知らされる。


「俺がエインヘリアの王、フェルズだ。歓迎しよう……英雄、カイ=バラゼル」


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