第492話 目が怖い



View of パルコ=ヒューズモア 元セイアート王国将軍 バゼル王国総司令補佐






 私がカイ=バラゼル……いや、カイ殿との戦いに敗れ恭順を誓ってから数日後、国を裏切った私には過分すぎる程の地位に任じられた。


 総司令補佐。


 私に命を下せるものは総司令であるカイ殿とバゼル国王だけで、実質私の上に立つ者はカイ殿だけということになる。


 祖国を裏切った将の扱いとしては破格にも程があるというものだったが、突然そんな重役に抜擢された私を見る周りの目は……何処か同情めいた物のように感じられた。


 その理由は深く考える間でもない……バゼル王国内におけるカイ殿の扱いとは、つまりそういう事なのだろう。


 同情も多分に含まれていたが、長年バゼル王国を攻めていた将である私に対して、バゼル王国の者達が殆ど敵愾心を見せなかったのは……恐らくカイ殿の手回しによる物なのだろう。


 前線からバゼル王国王都に向かう際、カイ殿の今回の戦争における策、そしてエインヘリアから仕掛けられた策について説明を受けた。


 その中で逆侵攻をかける際足かせとなる我が軍は、その殆どを殺す予定だったと聞いたが……私をバゼル王国に迎え入れる準備をしていた辺り、どこまで本気だったかは不明というところだ。


 トリバンダル将軍や私の副官を含め、侵攻軍に居た優秀な人材には一通り声をかけ、バゼル王国へと寝返らせるのは、私が思っていたよりも遥かに簡単だった。


 やはり昨今の文官中心のやり方に、武官たちの鬱憤が相当溜まっていたのだろう。


 家族の安堵をカイ殿とバゼル王の名において約束すると言ったところ、殆どの者が次の瞬間首を縦に振っていた。


 職業軍人とはいえ、そこに忠誠があるかどうかは別問題……貴族である私でさえ、家族や身近な者達以外はどうでも良いと考えてしまうくらいだ。


 彼らが二つ返事で寝返るのも無理はない。


 しかし、そうやって優秀な者達を勧誘し終わった後、そこまで人材不足という訳でもないバゼル王国に、多くの仕官を取り込むことに疑問を覚えた私がカイ殿に尋ねると……多少はやり返さないと気が済まないという返事をもらった。


 恐らく、人材をエインヘリアから奪ったということだろう。


 せこい仕返し……とは思わない。


 自分で言うのは少し面映ゆいが……人材は大事だし、優秀な部下は多いに越したことはない。


 エインヘリアからすれば、あの広い領土を維持するために優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいはず……それを仕返しとして奪ったのは……属国としてありなのだろうか?


 普通に考えればかなりアウトよりだと思うが……まぁ、宗主国からすれば寄こせの一言で終わる話だから、目くじらを立てる程ではない気もする。


 恐らくこれも、エインヘリアと接していく中でのカイ殿の策なのだろう。


 その辺りの事はさて置き、総司令補佐としての私の初仕事は、カイ殿と共にエインヘリアへ訪問することであった。


 いや、その前に一つ……エインヘリアの参謀と名乗るキリク様とカイ殿の面談にも同席したが……アレは、無理だ。


 カイ殿に匹敵する……あるいは越える先見を持った人物がエインヘリアにいることは知っていたが……まさかあれ程とは。


 私如きではカイ殿との優劣は分からなかったが、会談が終わった後……部屋を出たカイ殿が冷や汗を流しながら呟いた一言とその表情を、私は一生忘れられないだろう。


 その会談の中で、私達はエインヘリアに向かいエインヘリア王陛下へと謁見することを伝えられたのだが……まさか、その日のうちに空を飛ぶ船に乗せられエインヘリアに向かうとは思ってもみなかった。


 私としてはセイアート王国がどうなるのか……そして私を含めた皆の家族がどうなるのか気になって仕方なかったが、カイ殿がその事については既にキリク様に伝え保証してもらったと教えてくれた。


 保証してもらえたのは嬉しいのだが……問題は、会談の中でそんな話をした記憶が一切ないところだ。


 恐らく、二人の間でだけ分かる様なやり取りがあったのだろうが……傍から見ていて、私は一切それが分からなかった。


 正直、カイ殿の補佐として……これからエインヘリアとのやり取りが増えると言うのであれば、不安しか残らないと言える。


 そんな感じでこれから先の未来に全力で不安を感じていたのだが……エインヘリアに到着後外交官であるシャイナ様に案内され、エインヘリア国内の視察をさせてもらった事で色々なものが吹き飛んでしまった。


 そこに広がる光景は……信じられない程の平穏だった。


 ゴミ一つ落ちていないのではないかと思うような表通りに、陰鬱さを一切感じさせない裏通り。


 街の清潔さと比例するように住人の心まで綺麗になったのか、何一つ危険なんて存在しないのではないかと思える程の治安。


 経済の成長とそれに伴う好景気は貧富の差を拡大させ、持つ者は更にその富を膨れさせ、持たざる者は二度と光差す場所に這い上がれない……そんな常識をあざ笑うかのように、孤児や浮浪者はおろかスラムその物さえも街から姿を消してしまった。


 いや、それどころではない。


 カイ殿が言うには、エインヘリアでは犯罪組織でさえも統制されている節があるそうだ。


 国と犯罪組織は切っても切れない縁がある。


 彼らにとって優先すべきは自身でありその利益。


 商人達と同等かそれ以上に利に敏感で、甘い汁を見つけ出すことにかけては上層部に巣食う古狸以上の物がある。


 当然愛国心なぞ存在せず、利があれば他国にすり寄り自国を食い物にし、敵国に情報を売り自国を危機にさらす……そういった忌むべき連中であると同時に、他国の犯罪組織の介入を防ぐ守り手でもある。


 だからこそ扱いの難しい連中なのだが……そんな連中を国が管理していると言うのは……もはや冗談を通り越して気持ちが悪いレベルだ。


 これ以上ない程綺麗な国を作りつつ、汚れを残し清濁併せ呑む……などと言う話ではない。


 完全に統制された世界……国全体を綺麗にして、その上で汚す場所は国でしっかり管理、指示を出して汚す……エインヘリアは組織犯罪さえも国の管理下で行われているという事だ。


 そんなことを考え、現実に構築し運用してしまっている……異常と言うより他ない。


 まともな人間から出る発想ではないし、それを実現してしまっているエインヘリアという国はもっとあり得ない。


 だというのに……エインヘリアという国とその民は、これ以上ない程幸福を与えられその生を謳歌している。


 これが作られた幸福だと、偽りの幸福だと言うつもりはない。


 だが、エインヘリアという国の在り方に心底恐れを抱いたのは確かだ。


 ……恐らく、セイアート王国はそう遠くない内にエインヘリアに併呑されるだろう。


 エインヘリアに来るまでは、エルディオンに侵略されるかもしれないと恐れていたが……あの飛行船という船の圧倒的速度と輸送力であれば、エルディオンの侵攻速度に後れを取る事はあり得ない。


 我々の家族はエインヘリアの民となった方が幸せなのではないだろうか?


 いくら、カイ殿に保障されているとはいえ、属国の民となるよりも……私と離れエインヘリアで暮らす方が良いのではないだろうか?


 エインヘリアの視察を進めれば進める程、私そんな思いを抱いてしまう。


 カイ殿の補佐は……正直色々な意味で苦労は多いが、私の性に合っている。


 まだ数日ではあるが、彼とのやり取りは非常に刺激的で……油断は出来ないが非常に面白いのだ。


 だが、エインヘリアの施策を知ってしまった今、家族には何不自由なく暮らせるエインヘリアで過ごしてもらう方が……どうしてもその想いを拭い去る事が出来なかった。


 ……エインヘリアの属国となったパールディア皇国やシャラザ首長国を訪れるまでは。


 エインヘリアの植民地政策が非常に穏やかであると言う話は事前に聞いていたが……現地を見た私からすれば、それは非常に穏やかという言葉さえ控えめな表現である言えた。


 エインヘリアの要求の殆どが、属国とその民を栄えさせるもので、搾取のさの字すらそこには存在していなかった。


 ただ、一つだけ反発の大きい施策もあった。


 それは軍の解体だ。


 エインヘリアは属国に対し、貴族制は残したまま軍の解体を要求している。


 これにより貴族達は私兵を持つことが出来ず、その権力は有名無実化されつつあるようで、エインヘリアの進めている代官政策に近い中央集権化が属国でも進んでいる様だった。


 魔力収集装置を使った通信機能や転移機能もそれを後押ししており、今まで善政を敷いてきた貴族は遇され、逆に悪政を敷いてきた貴族は窮地に立たされ、廃爵されるものも出ていると言う。


 権力の根幹である財力と暴力……その片方を剝がされた貴族は脆い。


 その上で、エインヘリアとの繋がりが強い中央は力を増しているという訳だ。


 そしてエインヘリアに習い、各属国も民を厚く遇した施策を進めているらしく、属国の民とは思えぬ程、生き生きとした姿を見ることが出来た。


 しかし、パールディア皇国やシャラザ首長国の上層部と話をした感じ……彼らは、いずれエインヘリアに併合してもらおうと考えているのではないかという印象を受けた。


 特にシャラザ首長国は、どこかエインヘリア王陛下を崇拝しているような雰囲気さえ感じられたのだが……カイ殿にその事を尋ねてみたところ間違っていないとのことだった。


 恐ろしい事に……我々よりも先にエインヘリアに訪れていたジウロターク大公……彼からもシャラザ首長国の面々と同じような雰囲気を感じる。


 彼らがこれ程までに敬服……いや、信奉の域まで達しているエインヘリア王陛下。


 私は……そんな人物に謁見しなければならない事を思い出し、カイ殿との戦争前夜並みの不安を覚えた。


 

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