第491話 上がり過ぎたハードルは普通に下をくぐれると思う
「はい。バゼル王国が我々の属国となった場合、侵略の恐れがあるのはセイアート王国との領境……それと海側。水軍と呼べるような戦力を保有している国はありませんが、そちらも警戒しておくことに越したことはないでしょう」
とりあえず、いつもの含み笑いと共にバトンに熨斗を付けてキリクに送り返すと、キリクはバトンを受け取った持ったまま走り出す。
キリク的には覇王が用意したトラックをランニング程度で走っているつもりなのだろうが、残念ながらそのトラックは俺が用意した物ではない。
はっきり言って、覇王には見えない空路的な物を音速でぶっ飛んでいるようにしか見えないのだが?
しかしそれはそれ、覇王として三年もの月日を歩んできた俺に死角はない。
「くくっ……ならば話は簡単だな?」
「はい。セイアート王国は直接我々が制圧します。サリアに準備するように言ってありますので、明日にでも併合してまいります」
「……予定通りだな」
明日国を一つ制圧してくるって言うた?
まだ一回も戦ってない……っていうか開戦すらしてないのに、明日潰すの?
そんな予定通りある?
……いやまぁ、今更だな。
そもそもうちの戦力だったら、一日で敵国の王都を更地にするくらい訳ないし……まぁ、間違いなく更地にするより制圧する方が苦労するだろうけど。
とりあえず、大丈夫だ、問題ない。
想定の範囲内……ではないけど、大丈夫だ。
だって、よくあるもん……使者が帰ってきたら領土とかが増える事。
「いえ、私達の予定では、まだ時間がかかるはずでした」
……あれ?
今回の件って予定外なの……?
嘘ですやん?
キリクが想定していなかった事態なの?
それって……カイさんの仕業ですか?
マジで……?カイさん、キリクを越えてきたの……?
内心ばっくばくの冷や汗ダラダラ状態で俺がいると、キリクが珍しく苦笑するように口元を歪ませながら口を開いた。
「流石はフェルズ様です。これ以上はないタイミングで、真に致命的な一打を放つ。こちらに来てから多くを考え実行してきましたが……フェルズ様の打たれる一手には本当に敬服するばかりです」
……カイさんの策略ではなくフェルズさんの策略でしたか、なるほど、一安心……出来ないんじゃが!?
俺のしたことって……あれやろ?
エルフやろ?
ちょっと予定を早めてエルフを保護することを決めたやつやろ?
それ以外何もしてないよね?
何かしたっけ?
何でエルフ保護をキリク達の予定より早くしただけで、属国が増えた上に一日でその隣の国が滅びるん?
なんも関係ないやん?
「……大したことではない。そもそもキリク達の計画でも何も問題なく、バゼル王国とセイアート王国を手に入れることが出来ただろう?」
確かそういう計画を立てていた筈だ。
「はい。ですがそれは時間をかけ、カイ=バラゼルの手でセイアート王国を潰させるというものでした。エインヘリアの戦力を使わない以上、後二か月はかかる予定でしたし、それなりに被害も出たことでしょう」
「ふむ……」
「ですが今回フェルズ様の一手によって、カイ=バラゼルは攻めてきたセイアート王国軍にのみ注力することが出来ました。当初の計画では侵攻軍を撃破後、カイ=バラゼルはセイアート王国に逆侵攻をかける予定だったので、侵攻してきた敵軍を根切りにする必要があったのですが、フェルズ様のお陰でその必要が無くなり、侵攻軍の大半を捕虜とすることが出来ました」
「……」
なるほど、理解出来ない。
「結果、セイアート王国を潰し、大量の戦死者を生み出し、その憎しみを一身に請け負うつもりだったカイ=バラゼルは、最初の夜襲以外の戦場で、味方はおろか敵兵でさえも殆ど殺すことなくセイアート王国を無力化。結果、積年の恨みはともかく、今回彼に向く憎悪は微々たるものとなりました。本来であれば、泥をかぶった事を含め、我々と交渉する予定だったのですが……ふふっ、見事にご破算という訳ですね」
……うん、俺が何をしてそうなったのかは分からなかったけど、キリクやカイさんの元々の計画は何となく分かった。
バゼル王国とカイさんは、独力でセイアート王国と戦いその実力をアピールすると同時に、セイアート王国の民達から向けられる恨みを一身に背負う。
その上で、エインヘリアの属国になって……もしかしたらセイアート王国領は俺達に譲るつもりだったのかな?
絶対にエルフを許さないマンのエルディオンと国境を接する事を考えれば、俺達に譲って防波堤になってもらった方がバゼル王国としては楽だろうしね。
それに長年戦い続けてきたバゼル王国とセイアート王国は、お互い相当恨み合っているだろうし……バゼル王国領とするにはリスクが大きすぎる。
そこに今回の戦争でぼっこぼこにする予定だったとあっては……落とすだけ落として手放したいってのは、切実に思うところだろう。
そもそも、バゼル王国はセイアート王国にちょっかい出されなければ、国内は非常に安定しているみたいだしね。
セイアート王国領を取っても、百害あって一利なしって感じだ。
うちとしては殆ど労力を使わずにセイアート王国領を手に入れ、バゼル王国も傘下に加わり……カイさんの実力の程も知ることが出来る。
エルフを助けるまでに少し時間がかかるものの、狂化したエルフは魔法で寝かすことが出来るから殆ど問題はない。
バゼル王国は積年の恨みを晴らしつつ、隣国がエルフに友好的なエインヘリアという大国になり、エルディオンがちょっかいを出せなくなり万々歳。
エインヘリアとしても、カイさんが恨みを買いまくったおかげで、こちらに面倒な感情が向くことが無く……なんだったらセイアート王国民はエインヘリア民となることで、属国であるバゼル王国よりも上位者的な感じになって優越感さえ覚えるかもしれない。
セイアート王国上層部とエルディオンのずぶずぶ感は、恐らく既に調査済みだろうし排除はさくっと終わるだろう。
新しい領土の統治なんて今更悩む必要はないけど……アランドールがまた忙しくなるな。
まだブランテール王国やその周りの三国も安定してないのに、更にセイアート王国領も追加か……。
アランドールにもなんかしっかり褒賞出さないと……やっぱり、甘いお酒かなぁ……?
っと、アランドールの事はさて置き……とりあえずこれが当初の目論見だとしたら、それが今回どうなったんだ?
えっと……エルフは予定より早く狂化が治った。
カイさんは敵兵を皆殺しにする勢いでやるつもりだったけど、逆侵攻する必要が無くなったから敵兵を殺さずに捕虜にした。
家族を殺された憎しみをカイさんに向ける筈だった人たちは、家族が無事に帰ってきてハッピー。
バゼル王国は、単独でセイアート王国をほぼ潰したと言える状態にした為、自分達の有用性をしっかりアピール出来た。
ついでに、元々かかるはずだった遠征費が丸々国庫に残った。
うち的にはセイアート王国を潰す手間は増えたけど、敵軍はほぼ残っていないから制圧自体は大した手間じゃない。
どちらにせよバゼル王国が制圧した後こっちに渡されることになっていたのだから、ひと手間増えたところで大した違いはない。
……いや、一国を潰すって話が大した手間じゃないってのは色々アレだけど……それはもう今更だ。
となると……うん、当初予定していたことはほぼ完遂している。
寧ろちょっと良い感じにすらなっているように思えるね。
これは、カイさんがうちの事を完璧に把握出来ていなかったからってのが大きいのかな?
んで、キリク達はカイさんが何処まで出来るか見たかった……だから最初の策を進めようとしたけど、覇王がエルフと騒いだ為計画を一部修正。
結果として元の予定よりも各方面に優しい結末になったと言う訳だね。
まぁ、覇王の仕業と言えばそうなのかもしれないけど……偶然もいいとこですやん?
ってか、キリク達は俺がエルフが―って言ったタイミングでこの結末まで一気に考えたって事?
そうでなかったら、あの時凄く良い笑顔になったりしないよね……?
いや、もう、ほんと怖いんだけど……俺がちょっと予定外の事言ったら、それを計画に組み込んで元の計画以上の結果出すのおかしくない?
しかも、それが俺の仕業って考えるのはもっとおかしくない?
一から十まで全部貴方達の仕業デスヨ?
「カイ=バラゼルはどうだった?」
色々納得は出来ないけど、とりあえずキリクの語った内容を消化した俺は、カイさんの感想を聞いてみる。
キリクはカイさんをかなり評価していたし、間違いなく会っている筈だもんね。
引き抜いたりした可能性もあるけど……属国から人材って引き抜いてよいものなのだろうか?
「こちらの想定通りの人物でした。武力は召喚兵どころか一般兵にも劣る程度でしょうが、その知略は間違いなく一級品。内政よりも軍事に長けた感じではありますが、内政もそれなりにこなすようです。権力や金に興味はなく、策を巡らせ周りを動かす事を好む人物ではありますが、愛国心……いえ、自らが生まれ育った地を愛している様です。それを守るためならば誰を敵に回しても良いという考えを持っています」
「ふむ」
「そして……今回フェルズ様の打たれた一手には、かなり参っていたようですね。彼にとって、自らが良いように転がされると言うのは初めての経験だったようで、その一手を打ったのがフェルズ様だと知って中々良い顔をしていましたよ」
……キリクのドSが顔を出したようだ。
なんとも言えない耽美な笑みを浮かべている……いや、ほんと怖い。
うん、でもまぁあれね……キリク以上にカイさんに会いたくない。
何かキリクがハードル上げちゃってるし……絶対に会いたくない。
キリクが登用したいって言うなら、しても構わないから俺に会わない方向で調整してもらいたいと思う。
大体、いつ俺が良いように転がしたってのよ……俺が転がせるのはルミナくらいのもんですよ!
「今はシャイナに任せてエインヘリア見学に行かせていますが、謁見の日取りはいつになさいますか?」
……。
……。
……。
……ほ?
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