第490話 イキってやがる
雨かぁ。
うん、雨だなぁ。
俺は膝の上でへそ天状態で眠るルミナのお腹を撫でながら、ぼーっと窓の外を眺める。
しんしんと降り続ける雨は、ただでさえ静かな俺の部屋の中をより一層静かなものへとかえる。
いや、雨音が聞こえるから音的には普段より煩い筈だけど……雨音って部屋の中に切り取ったような静けさを作り出す様な気がするんだよね?
今部屋の中から聞こえるのは……ルミナのいびきくらいだ。
しかし……ルミナのこのだらけっぷりというか安心しきった態度……とても最初の頃警戒しまくって水すら飲もうとしなかった子とは思えないな。
撫でられているのに普通に寝てるし……警戒心何処に捨ててきたの?
本当に野生の欠片も感じられない……だがそれが良い!
俺はもふもふの中に隠されたぷにぷにを撫でながら物思いにふける。
大公さんがうちに来て十日程……狂化したまま寝かされていたエルフ達は皆正気を取り戻し、今はリハビリを頑張っている。
それは別に良いのだけど……なんかこう、リハビリを受けてる人たちとその家族の様子がちょっとおかしいと言うか……鬼気迫る感じというか、ワールドカップの決勝くらいの熱量でリハビリとその応援をやっていると言うか……とにかく凄いのだ。
ジウロターク大公はエイシャにべったりというか、いつ会いに行っても真剣にエイシャと話をしている事が多い。
恐らくエインヘリアの医療について色々レクチャーを受けているのだろうけど、彼もまた物凄い熱量をもってエイシャと話をしている。
自ら林業をやるって言ってた大公さんだけど、医療関係にも並々ならぬ情熱を持っているようだね。
まぁ、集団のトップとして医療関係はとても大事な事だし、多くを勉強してもらいたいと思う。
ポーションや万能薬は確かに凄いけど、それだけに頼っていては技術が向上しないからね。
医療関係だけではなく、全てにおいて、更にその先、更なる便利を……それを追求していってもらいたいと思うし、基礎研究の分野にも予算を惜しまずがんがん投資する所存です。
オスカーやドワーフ達は鉄道の為に色々頑張ってくれているけど、その副産物としてこの世界産の新しい魔道具がどんどん誕生している。
特に安価で産出量の多い無属性の魔石を使った技術は革新的で、オスカーは魔道具技師達の中でカリスマ的存在になっているらしい。
しかし、そのカリスマ的存在は……あのオスカーである。
当然それに付随するように女性がらみのイベントが発生して、まぁまぁ面倒な事がちょいちょい起こっていた。
少し前の俺であれば……オスカーのオスカー爆発しろ!というような事を考えたかもしれないが、最近の覇王は些か余裕を持った態度でオスカーに接することが出来る。
ふっ……今の覇王は新バージョン……いや、シン・覇王と言っても過言ではない。
慌てず、騒がず、動じず……大人の階段を登り始めた覇王には、もはや世界が違って見えるのだよ。
俺は声を大にして世の男達に言いたい……余裕、それで全てが変わるのだよ?と。
「ふっ……」
俺は優しくルミナのお腹を撫でつつ、偶に他の部分を撫でる。
リズムが変わると気になるのか、その度にルミナは目を開けて前足で俺の両手を捕まえようとするが、暫くそのまま撫でているとゆっくりと目を閉じてまた寝入ってしまう。
非常に可愛らしくて、このままずっと寝かせてやりたいのだけど……そろそろ仕事に行かねばならん。
まぁ、仕事と言っても大したことはない。
エルフをエインヘリアに輸送するにあたって、バゼル王国に上空の通行を許可してもらう為に出した使者……キリクが帰って来るので、その報告を聞く予定なのだ。
しかし、随分と長い出張だったよな。
通行の許可はあっさり出たっていうのに、キリクは何をしていたのだろうか?
キリクの事だから問題はないと思うけど……バゼル王国がとんでもない事になっている可能性は否めないな……キリクの事だから。
まぁ、向こうは戦争中だし……もしかしたら件のカイさんと協力して、あまり犠牲が出ない様に策を練ってくれているってところかな?
敵も味方も……うちにとっては大事な資源の供給源だからね。
戦争とかで大きく数を減らされるのは、ちょっと色々面白くない。
後普通に人死には少ない方が良いに決まってる。
キリクであれば、俺のその辺の考えを汲んで上手い事やってくれている……のではないだろうか?
それと……多分、魔力収集装置の設置も受け入れさせているんじゃないかな?
エルフを早めに何とかしたいって伝えてあるし……その事を思い出した瞬間、俺は会議中にキリクとイルミットの二人が見せた何かを察したかのような表情も思い出してしまい、急激に不安になる。
なんか……やべぇ事になっている気がする。
俺はキリクが向かって来ているであろう東の方に視線を向ける……雨足が強くなってきた気がした。
「長旅ご苦労だったな、キリク」
「ただいま戻りました、フェルズ様」
泣く泣く膝の上で眠るルミナをベッドに寝かし、断腸の思いで執務室へと向かった俺は早速帰還したキリクと会っていた。
とりあえず、ほっとしたのは……キリク以外に誰もいなかったことだ。
いや、本当に良かった。
ちょっと怖かったんだよね……こちら、カイ=バラゼルです。みたいに当たり前の如くカイさんを引き抜いて俺に紹介してくるんじゃないかと。
しかし、どうやらそういう訳ではなさそうだ。
まぁ、絶賛戦争中の国から最高責任者を引き抜いて来るとか、いくらキリクでもやらんよね?
レブラントをげっちゅうした時とはわけが違う。
国の重鎮にして英雄である人物をほいほいヘッドハンティングされては、バゼル王国もブチ切れるってもんですよ。
良かった良かった、キリクがそこまでぶっ飛んだことしてなくて。
……いや、分かっている。
そうやって俺を油断させといて、後から部屋に呼んで紹介を始めたりするんだろう?
覇王知ってる。
しかし、シン・覇王は違う。
そういうの先回りして潰しちゃうからね!
「ん?キリク一人か?」
「はい。まずはフェルズ様への報告を優先するつもりでしたが……イルミットを呼びますか?」
「……いや、まずは話を聞かせてくれ」
ふぅ……邪推し過ぎたようだな。
まぁ、いくらエインヘリアがこの世界の常識をぶち抜いて来たとしても、俺の常識をぶち抜いたりはしないよね。
多分、バゼル王国とセイアート王国の戦争についての報告とかだろう。
時間がかかっていたのは戦局をしっかり見極める為……とかかな?
うちの戦争じゃないんだし、開戦後即終戦とはいかんだろうしね。
「畏まりました。では、まず今回属国となったバゼル王国ですが……」
んぴょ?
「他の国同様、殆どの条件を受け入れました」
え?何だって?雑穀?
「ですが一点、現時点では受け入れられない条件があります。軍の解体です。属国となった以上エインヘリアが責任をもって兵を出すと言う話は受け入れておりますが、今日に至るまでずっと前線に立ち続けてきた彼らをいきなり解体するのは感情的に、そして状況的に難しいという風に言われました」
……うん、知ってた。
属国ね、属国。
でたよ、属国。
いまいちどう扱って良いか分からん属国……。
増えたよ属国……ってちょいとお待ちなさいよ!
なんで増えるんだよ!
キリクおま……お前バゼル王国に何しに行ってたんだよ!
あれやぞ?
俺は、ちょっと上空通行するからよろしくって言いに行ってもらったんやぞ?
それが何で属国が増えることになっとんの?
工事中につきご迷惑おかけします……って言いながら隣の家更地にする感じじゃない!?
もはや意味不明なんじゃが!?
……とまぁ、そんなことを叫べるはずもないシン・覇王はこう言う訳ですよ。
「くくっ……その点は仕方あるまい。だが、状況はすぐに変わる。そうだろう?」
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