第489話 登用
View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍
この男と相対するたびに毎回思うのは……本当に私は自分の意思で行動していたのか?ということだ。
結果を見れば、最初から最後までこの男の都合の良いように考え、そして動いているようにしか見えない。
時には内通を疑われるほどに。
実際それで投獄された将も過去にいた。
それくらい鮮やかに、このカイ=バラゼルは全てを操る。
だから、この男が二か月で王都を落とすと言ったのであれば、間違いなく二か月後に王都は落ちているだろう。
現時点で侵攻軍がほぼ無力化されている訳だから、余程の愚将でもない限りセイアート王国は落とせるだろうが……。
そんな、恐らく大陸史にその名を刻むであろう人物は、自分の二の腕を枕にしつつ頭をかきながら憮然とした面持ちで言葉を続ける。
「ですがまぁ……流石に私が前線に出て指揮をとらないと難しそうだったので、王都にはエインヘリアから使者が来たらこちらから属国の打診をしてほしいと伝えておいたんデスヨ」
「……」
カイ=バラゼルの指示であれば、バゼル王国の上層部は従ってしまうだろう。
属国になる事自体は既に決めていたとのことだし……予言のように未来で起こる事を言い当てるカイ=バラゼルの指示に従わないという事は、まずありえない。
そして、読み通りエインヘリアの使者がやってくれば……カイ=バラゼルの指示通りに動き、属国の話を持ちだす。
だが……。
「属国となる事をあらかじめ決めていたとしても、動きが早すぎませんか?」
国家間のやり取りが、初顔合わせで即決などという買い物感覚で行われる筈がない。
バゼル王国側は戦争が始まる前にカイ=バラゼルがしっかりと準備や根回しをしておいたのだろうが、エインヘリアはそうではないだろう。
……いや、そもそもエインヘリアは何をしにバゼル王国に来た?
エインヘリアがエルディオンと事を構える為にバゼル王国を利用しようとしているのは明白……ならばエインヘリアの使者は最初からバゼル王国を取り込むためにやってきたと考えるべき。
そこにバゼル王国からの申し入れがあれば二つ返事で受け入れることも……あり得るか?
いや、流石にその判断を一介の使者に出来る筈が……そこに思い至った瞬間、私は心臓を握りつぶされたかのようなゾッとする程冷たい感覚を覚えた。
エインヘリアは使者を出した時点で、バゼル王国が属国の申し入れをして来ることが分かっていた?
どこまで……?
どこまでエインヘリアは把握してそうしたのだ?
カイ=バラゼルの名は当然エインヘリアも知っているだろう。
もしエインヘリアがカイ=バラゼルとやり合うつもりだったのなら、相応の知者を派遣している筈。
そういう者が全権を任せられてバゼル王国に訪れていたというのであれば……カイ=バラゼルが読みを外したという事以外は納得できる。
しかし……もし、カイ=バラゼルの不在とその指示をエインヘリアが読んでいたとしたら?
その上で、これ以上ない程致命的なタイミングでバゼル王国を訪れていたとしたら?
「お気づきの通りデスヨ。だからこそこうして不貞腐れているわけです」
つまり……全てを読み、そして操り、最善の結果を得てきたこの男が、逆にその思考を読まれ良いようにしてやられたと……。
「一度も会った事の無い相手を読み切り、更に複数の国の思惑を利用して致命的な一手を最大効率で打つ……まるでバラゼル総司令殿のようですね」
「私はそんなのじゃないですよー。たまたま上手くいきそうだなーって事をやってみたら上手くいっているだけです。でもエインヘリアのこれは……はぁ、完全にこっちの思惑を読み切られて、その上を行かれちゃいましたね」
エインヘリアが全てを読み切っていると言うならば、自分達の力を一切使わずにバゼル王国が我が国を滅ぼし、その領土を受け取るほうが良い筈だ。
無論、エルディオンとの戦いにおける橋頭堡ということなら、譲渡された占領地であるセイアート王国領よりも属国となったバゼル王国領の方が使い勝手は良いだろう。
最前線が占領地となれば、敵側からすれば付け入りやすいことこの上なく、自分達は足元を注意をしながら前面の敵にも注意を払わなければならない。
属国を利用するのとどちらが手堅いか、比べるべくもないだろう。
「エインヘリアにとって、その程度は苦にもならないと思ったんですけどねー」
「占領地を安定させるのがそんなに簡単な仕事だと?」
私の考えていたことに対する返事と受け取り、私は思考の続きをそのまま疑問として口に出す。
「えぇ。エインヘリアにとっては、ですけどねー。ヒューズモア将軍もエインヘリアが異常な速度で領土を広げた事はご存知でしょう?」
「はい。五年にも満たない歳月で大陸二番目の巨大な領土を持つ国となった。ですが、我々はそこまでエインヘリアという国の情報を持っておりません」
しかし、国内が荒れて統治もままならないと言ったような話は聞いたことが無い。
普通に考えれば、これ程までに敵を作り領土を広げた国が安定するはずがないにも拘らずだ。
つまり、エインヘリアの占領地政策は完璧なものなのだろう。
「……まぁ、これから嫌という程見せつけられると思いますよ?」
「……あの、バラゼル総司令殿?最初に聞いたと思うのですが……私はこれからどうなるのでしょうか?」
部下達の安全が確保されるならば我が身の処遇は委ねる……その考えが変わったわけではないが、そう考えていた当初とはかなり趣が異なってきている。
「ヒューズモア将軍とトリバンダル将軍のお二人は……バゼル王国に仕官してもらいます。勿論、お嫌でしたらそれはそれで仕方ないので諦めますが……その場合、将軍達はエインヘリアと戦う事になりますね。セイアート王国軍として」
「……」
そうだ。
我等セイアート王国はエインヘリアの属国となったバゼル王国と戦争中……当然宗主国であるエインヘリアが出張って来る。
今エインヘリアが出て来ていないのは、本当に属国になったのがこの数日中の事だから……バゼル王国を守るという大義名分を得たエインヘリアは、確実に軍備を整えセイアート王国へと侵攻を開始するだろう。
カイ=バラゼルの口ぶりからして、仕官を断ったら解放されるのは間違いない。
しかしその結果……エインヘリアと戦う事になると。
そもそも相手になるどころの話ではない……こちらにはまともな戦力さえ既にないのだから。
カイ=バラゼルの当初の目論見とは違うのだろうが、それでも我が国を丸裸にするという大仕事はやってのけている。
エインヘリアへのアピールという点では、目的を既に達成していると言っても過言ではないだろう。
そして、丸裸にされた我が国はエインヘリアによって蹂躙されつくされるのみ……それだけは絶対に避けねばならないが、私が国に戻ったところでその未来を避ける事は出来ない。
唯一エインヘリアを止める可能性があるとすれば……。
私は目の前でだらけきっている、味方となればこれ以上ない程頼もしい男に視線を向ける。
「当然、仕官の話を受け入れてくれるのであれば、セイアート王国の処遇に関しては全力で手助けさせていただきますよー」
「……」
その言葉は先程までと変わらず、ぐったりと一切やる気がないように……いや、違う。
先程までの話は本心からの言葉だったと思うが……今の言葉は妙に胡散臭さが感じられた。
取りなすつもりが無い……そういう感じではない。
何かもっと根本的な何か……例えば、既にセイアート王国への対応が決まっているような……。
「どうです?うちに仕官してくれます?それともエインヘリアと?」
「……」
確かに、カイ=バラゼルは常人では考えられない程の功績を既に上げている。
多少であれば融通が……一国を侵攻するというのは多少の話ではないが……それでもカイ=バラゼルという存在には一定以上の発言力があるだろう。
「御家族の事も……いえ、一族と関係者全ての安堵も約束しましょう」
「……」
「うーん、警戒される気持ちは分かりますがー、口にしたことは絶対に守りますよ?念書を認めた上で私が約束を違えた場合、それをエインヘリアに提出してもらっても構いません」
「……英雄と呼ばれる貴方と投降した将である私では、契約不履行を訴え出たとしてももみ消されるだけではないでしょうか?」
「では、国王陛下にも連名してもらいます。それでどうですか?」
王の名まで連名で入れるとなれば、もし契約不履行となった場合、流石のカイ=バラゼルであっても処刑は避けられないだろう。
そして、エインヘリア相手に自国の王の名を使ってまで不確かな約定を持ち出すとは思えない。
つまり……家族の安堵は、カイ=バラゼルからすれば確定している事柄と見て間違いない。
恐らく、エインヘリアと交渉するまでもなく。
カイ=バラゼルであれば、私にそれを悟らせることなく頷かせることが出来た筈……それをしない理由は……。
私が断っても別に構わない……いや選択肢を与えようとしている?
「あ、一つ言い忘れてましたが……この誘いに乗ると、凄く苦労しますよ?そして断った場合は……多分かなり楽になると思います。あ、死ぬって意味じゃないですよ?」
「……普通、勧誘するなら逆じゃないですか?」
「私のモットーです。策以外で嘘はつきません」
「なるほど……全て策って言えば許されると思っていませんか?」
どんな時でも嘘はつくと言っているのと同義だからな。
私の指摘に、気にした素振りも見せずカイ=バラゼルは言葉を続ける。
「ツッコミが早いのは頭の回転が早い証拠ですねー。で、どうします?」
「普通は俸禄がどれくらいとか、待遇はどんなものだとか……そういう話をするのでは?」
「必要ですか?」
「……私は貴族ではありますが、セイアート王国そのものに忠誠はありません。大事なのは家であり家族です。そして、彼らを養っていくには先立つ物が必要ですので」
国を捨てる以上領地も捨てることになる……そうなれば当然収入はなくなり、生活もままならなくなるだろう。
しかし、ここで首を振ってセイアート王国に戻った場合……エインヘリアに潰されるかエルディオンに潰されるか分からないが、結局領地と……命や家族も失う可能性が高い。
カイ=バラゼルはそうならないと考えているようだが、流石に賭けのテーブルに自分の命以外は置く気になれない以上、選択肢は存在していないと言える。
国を裏切る事は別に問題ない。
エインヘリアとエルディオンに挟まれた以上、もはやセイアート王国領が焼け野原とならない事を願うくらいしか出来ない。
しかし、家は違う。
たとえ仕える国が変わろうとも、ヒューズモア家を存続させる責務が私にはあるのだから。
「そうですねー能力に見合ったものは出しますよ?まぁ、断った方がもっと貰えるようになる可能性は高いですけど」
「……バラゼル総司令殿は、本当に仕官させたいのかさせたくないのか分かりませんね」
「薄給とは言いませんが、苦労に見合った金額かと問われれば首は傾げますね。ですがまぁ、我々にとっては面白いと思いますよ?ヒューズモア将軍は私と同じくらい性格が悪そうですからね」
「……私に何を望んでいるのですか?」
私がため息をつきながらそう尋ねると、にんまりとした笑みを浮かべるカイ=バラゼル。
「では、もう一歩踏み込んで説明しましょう。あ、とりあえずですね……将軍は私直属の部下という事で、これから私と共に王都に戻ってエインヘリアの方と会ってもらいます」
……新参にいきなり物凄い事させようとしているな。
「暗殺でも狙ったら、バゼル王国ごと無くなりそうですが?」
「ヒューズモア将軍は無駄な事がお嫌いでしょう?その行為に何の意味が?」
「……今度の上役はとても理解があって素晴らしいですね」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。私……一緒に働く人に好かれるの初めてデスヨ」
「……」
「さて、じゃぁこれから王都までの道すがら、全部説明しますねー」
こうして……私の所属はセイアート王国からバゼル王国へあっさりと変わってしまった。
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