第488話 掛け違い
View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍
「エインヘリア……?」
「そう、つい先日……正確に言うと、セイアート王国軍が国境付近に到着したその翌日……バゼル王国はエインヘリアの属国となりました」
ついに気怠そうというのを通り越し、捕虜とは言え敵将である私の目の前で、テーブルにだらしない恰好で頬杖をつきながら話しを続けるカイ=バラゼル。
そんな態度でいいのかと思う反面、その口から出てきた言葉は考え得る限り最悪な物で……当然意識はそちらに向かう。
「バゼル王国が……エインヘリアの属国に?しかも我々が攻め込む直前?」
それはつまり……我が国はエインヘリアに喧嘩を売ったも同然……。
そして、わざわざこのタイミングでバゼル王国を属国にする理由なぞ一つしかない。
バゼル王国の背後にはエインヘリア、そして我々セイアート王国の背後にはエルディオン。
エインヘリアは……エルディオンとやり合うつもりだ。
我々に代理戦争をさせる……?
いや、エインヘリアはともかく、エルディオンが我々を使って本格的に代理戦争をすることはないだろう。
エインヘリアが出てきた時点で、エルディオンが我々を見捨てるのは確実……いや、最悪エルディオンが我が国に侵攻する可能性も……。
エルディオンに併合された場合……エインヘリアとの戦場は……我が国とバゼル王国だ。
いや、この場合元我が国の領土と言った方が正しいか。
「まぁ、そういう事です。まぁ、エインヘリアの下に着くのは決定事項だったんですけどね」
「……エルディオンは一手遅かったということですか」
エルディオンとしては、エインヘリアがその手を伸ばしてくる前にバゼル王国を潰し、エルフをどうにかするつもりだった筈。
しかし、その目論見は一瞬で覆されてしまったようだ。
「あー、一手どころじゃないデスヨ。とりあえず話を聞いて貰えます?説明するのって面倒で嫌いなんですけど、将軍相手だったら最低限で伝わりますし……あ、将軍は絶対に死なせるつもりないんで、そこだけは安心して下さい」
そんなだらけた態度で命を保証されてもとは思うが、この期に及んで一体何の話があるのか気になりはする……しかし、それよりも優先すべきことがある。
「私としては、我が命より部下達の処遇を保証してもらいたいのだが」
「了解です、そっちもご安心を。妙な行動を起こさない限り無事を約束しましょう。総司令の名において」
一瞬、本当に一瞬だけ真面目な表情をして宣言したカイ=バラゼル。
まぁ、信用できない訳ではない……寧ろ、我が国の上層部よりも約束事に関しては信用して良い相手だろう。
「感謝します。それで……話とは?」
部下達の事を任せることが出来た以上、この話を聞かねばなるまい。
どうやらカイ=バラゼルは私をこの話に巻き込むようだし……何より今は情報が足りなさすぎる。
それに見たところ……カイ=バラゼルは本気で現在の状況に頭を抱えているようだ。
私は長年この男と敵として相対してきた。
だからこそ、本気でこの男が想定外の状況に立たされている事が分かる。
いつ如何なる時でも、自身の思うがまま……直接やりとりをしたわけでもない相手を良いように動かしてきたカイ=バラゼルからすれば、現在の状況は未知の体験というヤツだろう。
それを成した相手が誰かは分からないが、少し胸がすくと同時にこの男を越えるかもしれない化け物の存在にゾッとした物を覚える。
「今回の戦争、そちらの上層部はうちを完全に潰すつもりでしたよね?」
「……えぇ。それが可能だったかどうかはさて置き、上層部はそのつもりでしたね」
「デスヨねー。だからまぁ、こちらとしても丁度良い機会だったので、セイアート王国を吞み込むつもりだったんデスヨ」
もはや頬杖ではなく、腕を枕にするような形でぐったりしながら言うカイ=バラゼル。
今まで、バゼル王国はどれだけ優位に立とうと一切侵攻してくることはなかったが……今回はそれをするつもりだったのか。
バゼル王国が長年に渡り守る事だけに専念してきたのは、エルディオンの存在があったからだ。
仮にセイアート王国を滅ぼしてしまえば、バゼル王国はエルディオンと国境を接することになってしまう。
それは、エルフを抱え込んでいるバゼル王国としては絶対に避けたい事態だ。
セイアート王国とは、バゼル王国にとっても盾であり……利用価値のある存在だった。
だからこそ、多少のやんちゃは大目に見られていたのだ。
まぁ、上層部はその事を正しく理解していたわけではないが……それでもエルディオンを恐れて自分達に手出しが出来ないくらいの認識は持っていた。
しかし、ここに来てセイアート王国を潰すつもりだったとカイ=バラゼルが口にした……。
エインヘリアという強大な後ろ盾を得た事で?
いや、そうではない。
そうであれば、カイ=バラゼルが今のような態度を見せる筈がないのだ。
何処かに計算違いがあったからこそこうしている……しかし、どこに?
「エインヘリアに先に動かれては、我が国が対エルディオン戦争の最前線にされてしまいますからね。自力でセイアート王国を落として、それをエインヘリアに献上。矢面に立つのは避けたかったのでそういう風に予定していたんですよ。実際エインヘリアもやってみせろって雰囲気だったんですけどねー」
「属国となる事は決まっていたので……?」
「えぇ……あ、エインヘリアの人達と話し合った訳じゃないですけど、概ねその方向でお互い考えていましたよ」
「……」
相手と話さずにどうすれば属国化の話が進むのだろうか?
そんな疑問は浮かんだが……この男がそういうのであればそうなのだろう。
しかし何故だ?
規定事項である筈なのに、何かが決定的に間違っている……。
「バゼル王国の力だけでセイアート王国を倒し、エインヘリアにセイアート王国領を割譲……属国となる際の手土産ということですか。自分達の有用性をアピールしてそれなりに優位に立とうと」
「そんな感じですねー。それがどうしてこうなったのか……」
納得いかないと言った様子のカイ=バラゼルに、私はそんな状況でないと分かっていても笑みを浮かべてしまう。
「うんうん、ヒューズモア将軍も良い感じに性格が悪くて私も嬉しいデスヨ」
「ははっ……失礼しました」
私が喜んだことを指摘するカイ=バラゼルだったが、そこに悪感情は感じない。
……いや、寧ろ同胞を見つけたかのような……いや、どちらかと言えば道連れを見つけたと言いたげな喜びのようなものを感じる。
「まぁ、私達以上に性格の悪い人がエインヘリアには居るみたいですけどねー。エインヘリアの人達は苦労してそうデスヨ」
「……」
「我々が役に立つところを見せた上で領土を割譲……その予定を思いっきり壊してくれたのは、エインヘリア王陛下御自身です。しかも一番嫌なタイミングで……もう、それを知らされた時は崩れ落ちそうになりましたよ。私が総司令になった時から温めていた策もこれで全部おじゃんです」
投げやりな感じで言うカイ=バラゼルの言葉で、ようやく私は掛け違ったような違和感の正体に気付いた。
「……バゼル王国がエインヘリアの属国になったのは、我々が国境付近に到着した翌日と言っていましたか?」
「えぇ、しかもご丁寧に朝一番ですよ。その日の未明に我々はセイアート王国の国境を越えて夜襲を仕掛けた訳です」
「……」
本当に最悪なタイミングだ。
今回の戦争、対外的に見てもセイアート王国側が始めた戦争で、バゼル王国は被害者と言える。
バゼル王国が攻め込まれた側で撃退する側……普段であればその通りだし、今回もほぼ同じなのだが、一つだけいつもと違う事が起こっている。
カイ=バラゼルは、今回に限ってセイアート王国の国境を越えて先制攻撃をしてしまっているのだ。
我々の戦いは毎回宣戦布告をするようなことはない……常時戦争中とも言える状態だからだ。
無論開戦の狼煙は常にセイアート王国側から上げられているし、我々が十割加害者と言える状況で夜襲を受けたとしても仕方がないと言える。
しかし、そこにエインヘリアが絡んでくるとなれば話は別だ。
理由はどうあれ、先制攻撃をしてしまったのはバゼル王国。
しかもその直後にエインヘリアの属国となってしまった。
これは非常にマズいどころではない。
攻め込まれている状態であれば、庇護を求めて属国となったと言えるだろうが、先制攻撃してしまってはそんなことは言えないだろう。
「一つ疑問なのですが、何故このタイミングで属国に?バラゼル総司令殿の予定では我々との戦いに決着がついてから属国となるはずだったのでは?」
「そうなんですよね。そこがそもそもの失敗だったと言うか……今回我々は一気に将軍達の軍を無力化しましたよね?」
「……えぇ。決めに来ているとは感じました」
「はい。今回の侵攻軍二万を無力化……そのまま一気にセイアート王国に攻め上がり、王都まで二か月で落とす。そんな予定だったんデスヨ。侵攻軍に戦力のほぼ全てをつぎ込んでくることは分かっていましたから、カウンターで一気にって感じです」
全軍投入は事実その通りだし、それが破られれば碌な抵抗も出来ずに王都が落とされるのも間違いないが……当然の様に語られると、色々と心に来るものがある。
開戦から今に至るまで……いや、今回の相手の策を考えれば開戦よりもはるか以前から、我が国はこの男の掌の上だった。
何故我が国はこんな化け物を相手取ってしまったのか……。
初めて直に聞くカイ=バラゼルの戦略……いつ立てたものか分からないが、少なくともこちらの陣容の見立ては完璧だし、事実このままカイ=バラゼルがセイアート王国に進軍していけば、確実に王都は落ちるのだからぐうの音も出ない。
やはり、この化け物相手に被害をなるべく出さない様に立ち回ろうとした私は……上層部と同じくらい愚かだったと言えるな。
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