第487話 道連れ



View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍






 砦が包囲されていることを確認した私は、すぐに斥候に命じ周囲を偵察させた。


 結果、我々を追って来ている軍と砦を包囲している軍の他に、敵影はないとの事。


 とはいえ、砦を包囲している軍と背後から迫ってくる軍……両方合わせれば恐らく一万程度に対し、こちらは三千程。


 三倍強の戦力に加え、こちらは食料や装備も殆ど無い……何より強行軍でここまで来たにも拘らず、砦で補給するはずだった水すら得られない以上、開戦すればあっという間に崩れるだろう。


 しかし……何故狼煙が機能しなかった?


 その事に疑問を感じた私は、包囲されている砦……そして私達が引き返してきた道をそれぞれ眺め、ようやく気付く。


 要所要所に置いていた狼煙用の兵達……撤退中という事でしっかりと所属確認が出来ていなかったが、アレは恐らくバゼル王国の兵だ。


 我々が狼煙要員として配置していた兵を制圧、なりすまして異常が無いように誤認させた。


 そしてこちらに合流後、偽装していた者達はすぐに離脱したのだろうが……良いようにやられているな。


 狼煙を潰すのではなく兵を偽装する……つまり、カイ=バラゼルは我々をここまでおびき寄せたかったという事。


 その上で包囲される砦を見せつける……なるほど。


 つまり、そういう事か。


 私は追って来ているであろう軍の方に目を向けた後、副官に向かって指示を出す。


「砦を囲んでいる軍に軍使をだす。門を開け放ち降伏する故受け入れて欲しいと」


「……畏まりました」


 硬い表情で私の指示を了承した副官は、すぐに手配を進める。


 これが最後の指示になるかも知れないな……そんなことを考えた私が苦笑すると、副官は痛みを堪えるかのような表情になる。


 恐らく私が考えていたことが伝わってしまったのだろう、付き合いが長いと言うのも考え物だな。


「まぁ、責任を取る時はお前も道連れだと思うがな」


 一つ笑みを深くしながら私が言うと、副官は力を抜き……その後げんなりした表情を見せる。


「それは遠慮したい所ですね……娘に子供が出来たそうですし」


「そうだったのか?ついこの前成人すると聞いたばかりだと思っていたが……結婚していたのか?」


「それが……成人と同時に結婚すると言い出しまして……半ば家から飛び出す様に……」


 副官の表情が先程よりも暗いものになる。


 まぁ……娘の事だからな。


 私の事よりもよっぽど大事なのは分かる……。


「いえ、私も反対したわけではないのですよ……?ですがこう……まだ早いのではないかと……」


 副官は誰に弁明しているのか、ブツブツと言っているが……副官は平民だし、貴族の様に娘が成人したてで家を出た事に色々と思うところがあるようだ。


 貴族の家であれば成人前に婚約者の家に入る事も珍しくはない……それに、私には娘がいないから彼の気持ちは想像することしか出来ないが……この状態を見れば、反対したわけではないと言うのも何処まで信じられるか。


 とりあえず現実に戻って来てもらおう。


「仕方ないな。流石にそんな話を聞かされてしまっては道連れにするのも心苦しい。なんとか私の首だけで納得してもらうとするか」


 私が肩を竦めながら言うと、副官はバツが悪そうな表情になる。


「将軍……」


「安心しろ。必ず家族の元に返してやる……まぁ、凱旋とはいかんがな」


 陣から離れていく軍使の後ろ姿を見ながら言うと……再び副官が悲し気な表情を見せたので、私は笑って見せる。


 私が交渉をする相手は、あの砦を包囲している軍ではない。


 恐らく後ろから迫って来る軍、そこに交渉相手となる者……あの男がいる筈だ。


 厄介な相手だが……話の通じない相手ではない。


 そんな予想を立てながら、私は最後になるであろう自由な時間を過ごした。






「お久しぶりですねー、ヒューズモア将軍」


 案内された天幕の中、気の抜けた挨拶をして来るのはバゼル王国の英雄、カイ=バラゼル。


 相変わらずふざけた態度だが、近年この男ほどセイアート王国の者に憎まれた者はいないだろう。


 同時に、恐れられている者も。


「お久しぶりです、バラゼル総司令殿。相変わらず見事な手並みに翻弄されっぱなしでしたよ」


「いやー、ヒューズモア将軍の相手は本当に大変ですからね。疲れましたよ」


 そう言って肩や首をほぐす様に回すカイ=バラゼル。


 こうやって気を抜いている姿からは、セイアート王国を一人で翻弄し続けている人物の片鱗さえ伺えないが……カイ=バラゼルは自分を小さく見せる事に腐心している節がある。


 今更そのポーズに騙されたりはしない。


 そもそも疲れたの一言で済まされてしまっては、私も立つ瀬がないというものなのだが……これが挑発でも何でもない事は分かっている。


 突き抜けた人物が何処かおかしいのはよくある事だ。


 いや、人の考えを読みきり操るこの男が、人の心が分からないと言うのはおかし過ぎるが……事実そうなのだから気にしても仕方ない。


「英雄である貴方を少しでも困らせることが出来たなら、私も捨てたものじゃないかもしれませんね」


「私としては、ヒューズモア将軍とトリバンダル将軍のお二人と戦うのはしんどいので避けたかったんですけど、今回お二人とも出てこられたでしょう?もう無茶苦茶疲れましたよ」


「……トリバンダル将軍は?」


 その名が出てきたことで南がどうなったか気になった私は思わず尋ねる。


 普通は教えてもらえないだろうが……この男であれば気にせず教えてくれそうな気がしたのだ。


「南の方を攻めてこられた軍でしたら、徹底的に兵糧を潰して身動きを取れないようにしました。村の井戸は大きめの石を大量に投げ入れすぐには使えないようにして、ついでに毒を入れておきました」


 さらっととんでもない事を言うカイ=バラゼル。


 自国内の井戸に毒……求心力を失うどころの騒ぎではない。


 例え英雄と呼ばれるカイ=バラゼルの策だとしても、到底受け入れられるものでは……。


「毒と言っても三日ほど腹を下す程度のものですよ。まぁ、行軍中の兵達からしたらとんでもない苦痛でしょうがね」


「……」


 いや、それはかなり洒落にならない。


 兵糧を徹底的に狙ったという事は、水も奪われているという事……その状態で井戸が使えない。


 普段より水分を多く必要とする者が増える一方で水が手に入らない……恐らく南を攻めた軍は相当凄惨な状態になったに違いない。


 しかも井戸を石で埋めた上にその中に毒を仕込む……性格が悪いにも程があるだろう。


「軍を維持することが出来なくなった段階で三千くらいの軍を向けたところ、治療することを条件に全員投降しましたよ。トリバンダル将軍も含めてね」


 ……将軍も捕虜となっているのか……これで我が国は軍事的に丸裸という訳だな。


「いや、私としても井戸を潰したりとかはしたくなかったんですよ?でも、こう……急がないといけなくなったと言うか、予定通りに進んでいた計画を乗っ取られたと言うか……」


 気の抜けた様子ながら、どこか悔し気に言うカイ=バラゼル。


 計画を乗っ取られた?


 カイ=バラゼルの立てた計画を……乗っ取る?


「いやぁ……ほんと、本物の英雄ってやっぱり凄いですよね。かなり考えてことを進めたのに、一手で全部ひっくり返されちゃいましたから」


「何の話ですか……?」


「これから苦労するなーって話デスヨ」


 気怠そうに言うその姿は……少々新鮮に映る。


 面倒くさがりで覇気のない姿を普段から見せているこの男だが、その明晰な頭脳を全力で回し最小効率で最大効果を得る事に非常に長けており、その為に必要な労力を惜しむ人物ではない。


 そんな人物が、ある意味でお手上げというような諦観のような物を滲ませているのだ。


 一体何が……?


「あ、苦労するのはヒューズモア将軍も一緒デスヨ」


「……私は処刑されるのでは?」


「あはは、ダメですよー。優秀な人にはしっかり働いてもらわないと……」


 笑いながらも、どこか絶対に離さないといった凄味を感じさせる様子で言うカイ=バラゼル。


「どういう事でしょうか?私としては、投降した兵や将達に慈悲を与えて欲しいという要求が通るのであれば、我が身の処遇は全て任せる所存ではありますが……」


 どんな過酷な最期を迎えようと、この要求だけは何としても通さなくてはならない。


 難しいとは理解しているが、それでもこの身はある程度地位を持った貴族だ……利用価値はそれなりにあると言える。


「あー、それは大丈夫デスヨ。セイアート王国の兵達も出来る限り丁重に扱わなくてはならないので……」


「それはありがたい……」


 礼を口にしたところで、私はカイ=バラゼルの言葉に疑問を覚える。


 丁重に扱わなくてはならない?


 どういう意味だ?


「さてさて、そろそろ話を始めましょうか、ヒューズモア将軍。これはセイアート王国にとっては最悪で、私にとっても頭を抱えたくなるような情報です」


「……」


 憂鬱そうなカイ=バラゼルの様子に、頭の中で警鐘がかき鳴らされる。


 この先の言葉を聞いてはいけない……聞きたくない……そんな願いが届くはずもなく、カイ=バラゼルは絶望的な一言を発した。


「バゼル王国は……現在エインヘリアの属国です」


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