第480話 インターバル II



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「先日の結婚式は凄かったな。特に花嫁のエルフの着ていたドレス……あれは……なんというか、美しいと表現するほかないな」


「フィリア様のおっしゃる通り、どのような賛辞も陳腐に感じてしまう程綺麗でしたわ」


 私が先日招待……いや、ちょっと無理を言って見学させて貰ったバンガゴンガ殿の結婚式を思い出しながら言うと、私の向かいに座るエファリアもどこかうっとりとした様子で続ける。


「あの美しさは、着ている方による部分も大きかったかと存じます。リュカーラサ様はとてもお美しい方ですが、それ以上にあの幸せそうなご様子がよりいっそう美しさを引き立てていたかと」


 右隣に座るリサラの言葉に、私達は頷く。


 確かに……言われてみれば、花嫁の姿で一番印象に残っているのは彼女の笑顔かもしれない。


「あのように幸せそうな結婚は……あまり見たことが無いな」


「そうですわね。私達が招待される結婚式は……基本的に政略結婚ですし」


 私の言葉に、エファリアが苦笑しながら同意する。


 私達の中で結婚式は家同士の繋がりを内外に知らしめるためのもので、結婚する当人達がどういう関係で、何を思っている等は特に重要な事柄ではない。


 結婚式とは、両家の繋がりによってお互いを……あるいは片方の家を利用し、利益をどのように分配し、これから先どういう展望を持って家を盛り立てていくかそれを語り、或いは探る場でしかない。


 あのような、混じりけを一切感じさせない純粋な式は……あまり見たこと無いどころか、間違いなく初めて見たと言うのが正しいでしょうね。


「中には幼い頃からの婚約者等で、お互いに思い合っている方々の結婚式もありますが……我が国では、エインヘリアのように儀式めいた結婚式というものは行いませんし」


「そうだな。帝国でも基本的には普通のパーティと大して変わらぬ。結婚式の主役はあくまで家同士の繋がりであって個々人ではない。だが、エインヘリアの結婚式は……結婚する二人の為といった色が強かった」


「これも、エインヘリアの方針が故なのでしょう」


 私とリサラの会話に、この席に着く最後の人物が口を開く。


 フェイルナーゼン神教教皇、クルーエル=マルクーリエ。


 私とは非常に相性の悪い女狐だが、何故かちゃっかりこのお茶会に参加している。


 鬱陶しいことこの上ないが、エファリアと妙に気が合っている感じなのよね……。


「エインヘリアの方針ですか?」


「はい。エファリア様も御存知の通り、エインヘリアでは民を優遇した政策を行っており、貴族という存在はおりません。そして一般の民にとって結婚というのは個人の繋がりであって、家同士の結びつきという意味合いは薄くなります」


「なるほど……確かにクルーエル様のおっしゃる通りですわね。家の為ではなく個人の為の式……だからこそバンガゴンガ様とリュカーラサさんは、あれ程までに輝いて見えたのですね」


「えぇ、本当にお幸せそうでした。あやかりたいものです……」


 少しうっとりしながら言ったリサラの言葉に、私は一つ思い出す。


「あやかると言えば、フェルズが式の最後に何か面白い事を言っていたな?ブーケトスだったか?」


「あぁ!リュカーラサさんの持っていた花束を投げると言う……参加したかったですわ」


「えぇ、私もです」


 私もだ……だって……。


「見事花束をとることが出来た方は次に結婚できるという話でしたね。非常に興味深いと言わざるを得ませんでした」


「結局、誰が受け取ったのでしょう?」


「リュカーラサの友人のハーピー達が空を飛んでキャッチしたそうだ。ゴブリンの女性達からかなり文句が出たとフェルズが笑っていたな」


 まぁ、私もその場にいたらゴブリンの女性と同じように怒ったでしょうけど……。


「それは……確かにちょっと狡いですね」


 リサラが苦笑しながら言うと、エファリアもクルーエルも頷いている。


 恐らく内心では私と同じように思っている事でしょうね。


「エインヘリア式の結婚式は……憧れてしまいますわね」


 エファリアの言葉に全力で同意したい所だったけど、私は笑みを浮かべるに留める。


 ここには厄介な女狐がいることだし、迂闊な事を言えば面倒事が倍増するかもしれない。


 そんな女狐は私の方を見ながらうっすらと笑みを浮かべているみたいだけど……その小奇麗な顔の中心にお茶をティーカップごと叩きつけてやりたくなるわね。


「フェルズ様はあの結婚式を一般化しようとしているそうですよ。まずは新しい公共事業として民から申し込みを受け付けるのだとか」


「流石フェルズね。抜け目ないわ……」


 クルーエルの発言に私は唸ると同時に、なんでこの女狐がエインヘリアの内情についてそんなに詳しいのか疑問に思う。


 まさかフェルズから直接……?


 こ、この女狐……本当に油断できないわね!


「まずは今回結婚したお二人の知人友人……それからアーグル商会の関係者を使って各地で結婚式を行い、徐々に浸透させていくおつもりのようですが……」


「費用にもよるでしょうが……今エインヘリアの民は驚く程裕福ですからね。多少高額であったとしても、あっという間に広がっていくのではないでしょうか?」


「そうですわね。ですが、フェルズ様の事です。恐らくかかる費用は可能な限り抑えるのでしょうね」


 でしょうね。


 あれだけ税金を安くしておきながら、どうやってあんなに公共事業を展開できるのか……エインヘリアの財源は謎ね。


 まぁ、あのとんでもない農場を思えば……他にも何か隠し玉がありそうな気はするけど……。


「留学生の間でもかなり話題になっていますね。帝国の……伯爵家の方がかなり興味を持っておられましたよ」


「伯爵家……?確か男だったと記憶しているが……」


 エインヘリアに留学生と送った伯爵家は一つしかない……確か三男とかだったはず。


 確かに愛する二人が主役の式ではあったけど、どちらかと言えば女性の方があれに憧れるのではないかしら?


「えぇ、その方です。奥方に迎え入れ……いえ、婿入りしたい家があるみたいで」


「ほう。三男であれば伯爵家であっても婿入りは問題ないだろうが、留学生として選出されるくらい優秀な者であれば中枢で働いて貰いたいものだが……」


 というか、その為の留学なのだけど……その留学生がいきなり婿入り希望というのは……。


「リサラ……それは他国にだろうか?」


「いえ、お相手は同じ帝国の貴族。アプルソン子爵ですよ」


「ヘルミナーデか……」


 アプルソン領の秘密を嗅ぎつけたか?


 いや、いくら優秀であってもそれは考えにくいわね……。


 どちらかと言えば、私の直臣として陞爵したヘルミナーデを身内として取り込もうとしているといった方がありえるかしら?


 ヘルミナーデやあそこの執事であれば抜かりないと思うけど、今度確認しておいた方が良さそうね。


「ありがとうリサラ、面白い話だった」


「あ……フィリア様。伯爵家の三男……カインベルさんは恐らく純粋にアプルソン子爵の事を想っておられるだけかと存じます。その……可能であれば、あまり荒立てずに進めて頂ければと……」


「そうなのか?ではその辺には十分配慮しよう」


 少し心配そうな表情になったリサラだったけど、私の返答を聞きほっとした様子に変わる。


 ……留学生同士、想像しているよりも良い関係を育んでいるようね。


 留学生同士の恋愛というのは少し想定の範囲外だったけど、次代の幹部候補たちが良好な関係を築いているというのは……フェルズの狙い通りね。


 まぁ、それで優秀な人材が婿入りしてしまうのはちょっと本末転倒なのだけど……。


「皇帝陛下は恋愛よりも謀略の方がお好みなのですね」


「……どういう意味かな?教皇」


「いえ、帝国という大国を取り仕切り……特に先代によって荒れに荒れた国内を完璧な形で抑え込んだ陛下の偉業を讃えたまでです。即位してから十年以上、脇目を振る暇もなかったのでしょうね」


 にっこりと行き遅れを指摘してくる女狐。


 あんただって私と五歳くらいしか変わらないでしょ!?


 ……ご、五歳くらいしか……五歳……。


 そ、そういえば……エファリアもなんだかんだでもうすぐ成人よね……見た目が初めて会った時から殆ど変わってないから物凄く違和感あるけど。


 私が成人したのって……何年前だったかしら……?


「そういえば、結婚式以降少し気になる事があるのですが……」


 女狐のせいで若干空気がピリッとしていたのだけど、エファリアが空気を変えるように口を開く。


「結婚式についてですか?」


 リサラがすぐにエファリアの話に乗る……うん、かなり申し訳ない気がしてきたわね。


 私がちらりと女狐の方を見ると、若干彼女も気まずそうにしている。


 そうなるなら最初から仕掛けて来るなと文句を言いたい所だけど、ここはエファリアの話に乗ることにしましょう。


 といってもリサラが質問したので今は何も言えないけど。


「いえ、フェルズ様です」


「フェルズ?何かあったのか?」


 フェルズの名が出た事でそんな建前とかが吹き飛んでしまう。


「その……確信があるわけではないのですが……何かこう、浮かれていると言いますか……」


「フェルズが浮かれる?想像がつかないわね……」


 どちらかというと、事が思い通りに運んで愉悦を湛えるって感じだけど……まぁ、それも浮かれていると言えばそうなのだろうけど……。


「そうですか?フェルズ様は結構無邪気な所があると思いますが……」


「無邪気……」


 私と女狐はフェルズが無邪気と言われて首をかしげるが、リサラはエファリアの言葉に納得するように頷いている。


 ……エファリア達の前ではフェルズは気を抜いて、私達の前では気を引き締めている?


 いや、確かにエファリアはフェルズの妹的なポジションに滑り込んで、甘える様な姿を見せる時があるけど……フェルズの方も懐かれて気を許しているってことかしら?


 くっ……エファリアはそういう所如才ないというかというか、本当に上手いわね。


「ですが、いつもとは少し雰囲気が違うのですよね……なんというか、女性の影を感じます」


「「っ!?」」


 エファリアがとんでもない話をぶち込んで来たわ……。


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