第479話 くっころ



 大公さんのエインヘリア訪問はつつがなく終了……してはいない。


 いや、問題が起こったって意味では無いよ?


 ……ま、まぁ、ちょっとした……そう、本当にちょっとしたアクシデントのようなものはあったが、アウトかセーフで言うなら、アウトよりのセーフだと思う。


 終了していないと言ったのはそういう事ではなく、大公さんやエルフの方々がまだ絶賛エインヘリアに滞在中という意味だ。


 大公さんはエインヘリアのあれやこれやにいたく感動してくれたらしく、視察に訪れた際多くの事を質問し、その一つ一つに色々と感じ入っているそうだ。


 まぁ、暫くはエインヘリアという国をしっかりと見てもらって、生きた情報を持ち帰ってもらうとしよう。


 うっかりアレをアレしてしまったことは、どうやら都合よく忘れてくれたみたいだし……別に流布して貰っても今となっては、大丈夫だと思うんだけど。


 まぁ、見た目のインパクトが凄いからな……丁度収穫日だったのがよろしく無かったね。


 記憶のすっ飛んでいる大公さんを見て、急遽漁業の方は見学会を中止したのだけど……翌日の様子から察するに、大公さんはどうやら晩餐会でお酒を飲み過ぎて記憶をすっ飛ばしたと誤解しているようだった。


 いや、まぁ、俺の知る限り……ドワーフ達と同じペースでものすんごい量のお酒を飲んでいたから、普通に記憶飛ばしている可能性もあるけどね。


 多分……忘れたい物でもあったのでしょう。


「とまぁ、そんな感じでジウロターク大公国やエルフ達とは良好な関係を築けている訳だな、うん」


「ふ、ふむ。良い事じゃな」


「あぁ……」


「……」


「……」


「「……」」


 うん……気まずっ!!


 先日のアレした一件から……本日は久しぶりのフィオとの邂逅である。


 大丈夫だ、問題ない。


 俺は冷静だし、フィオも……まぁまぁ、冷静だろう。


「ふ、ふん。動揺しておるのは、お、お主だけじゃ。私はもう……なんというか、よ、余裕じゃな!」


 何故か明後日の方向を見ながらどもる魔王。


「……」


 因みに覇王は覇王で明々後日の方向を向いているので、今日はお互い殆ど顔を合わせていない感じだ。


「……エルフの件はそんな感じで上手くいきそうだ。やはりハーピーやドワーフと同様に、当事者とのやり取りは話が早くて助かるな。北方諸国は教会の通達があるとは言え、上層部にとっては他人事って感じであまり真剣味がなかったし……クルーエルがちょっとキレ気味だったな」


「ま、まぁ、仕方ないのじゃ。人は己の身に災いが降りかからぬ限り、危機感を感じられぬからのう」


 困ったものじゃとでも言いたげにフィオがかぶりを振る……気配がした。


「為政者がそれじゃ色々と困るんだがな。しっかりと資料を用意してやっている訳だし……」


「為政者が求めておるのは小難しい資料よりも要約した内容じゃよ。お主だって環境問題に対するデータなんぞ渡されたところで、だから結局どうなるの?って感じじゃろ?」


「そりゃそうだが……いや、そこまで難しい資料は渡してないぞ?魔王の魔力による狂化の危険性。人族、妖精族、魔族、魔物が狂暴化して暴れ出すって程度の代物だ」


「将来的な危険性よりも、目の前に差し迫った問題に気を取られるのは仕方ない事じゃ。北方諸国はあまり豊かではない上に、エインヘリアが手を伸ばしてきたとあっては思考も停止するじゃろ」


 そう言われてしまうと、一気に文句が言えなくなってしまうが……。


 いや、相手が俺達だからこそ真剣に取り合って欲しいと思う部分もあるが……それでも目の前に黒船がいる状態で来年の地震を心配することは出来ないか。


「まぁ……それもそうか。うちに恭順すると言っても北方とうちの間には帝国があるし、帝国を刺激することになるのではないかって考えるのは当然。そうなった場合エインヘリアが助けてくれるかどうかは未知数。いくらフェイルナーゼン神教が北方で力を有していても、尻込みするのは当然という事か」


「実際は帝国もエインヘリア寄りじゃから要らぬ心配なんじゃが、当然北方諸国はそんなこと知らんしのう」


「帝国との関係を表立って見せていないからな。キリク達の考えだが……まぁ、釣りの一種だろうな」


 いや、釣りというよりも、相手をかく乱するための一種ってところか。


 反エインヘリアを考えた時、そう言った連中が頼りにする先は間違いなく帝国だ。


 光明を残し、そこに誘導してコントロールないし殲滅……帝国を誘蛾灯にしているってことだね。


 大陸最大の国を誘蛾灯って……キリク豪胆すぎるでしょ。


 帝国が強大だからこそ、その光が大陸全土に行き渡るのだろうけど……。


「まぁ、帝国云々はさて置き、北方諸国も聖地に近いところから徐々に魔力収集装置の設置を進めていっとるのじゃろ?」


「あぁ、フィオの実家近くから設置していってるな」


 俺が鼻で笑いながら返事をすると、フィオの方から舌打ちが聞こえて来る。


 フェイルナーゼン神という名で祀られてしまっているフィオだが、あれだな……フィオを外に呼び出すことに成功したら、フェイルナーゼン神教にとっては現人神の爆誕という事に……。


「おい、止めるのじゃ。どうせ誰も信じぬじゃろうが、お主がそれを口にしたら結構洒落にならんことになるからの?」


 かなり真剣な声音で釘を刺された俺は、少し真面目に考える。


「……まぁ、そうだよな。宗教関係はちょっと洒落にならないし、冗談でも言うのはマズいよな」


「うむ。迂闊な発言は世界を滅ぼすのじゃ。お主の今の立場はそういうものと心得よ」


「……」


 冗談を考えたら割とガチ目に注意されてしまったが……フィオの言う通りなのでぐうの音も出ない。


 俺の発言一つで世界が滅びる……あながち大げさとも言い切れないだけの権力が今の俺にはあるんだよな。


 まぁ、今更だけどね。


 エインヘリアの王フェルズとなった時点で、それこそ「やれ」の一言で全ての国を滅ぼせるくらいの戦力を有していた訳だし、俺単体であっても何も考えずにまっすぐ進んでエリア系の魔法ぶっ放すだけで大体の国は潰せる。


 いや、やらんけどね?


 エインヘリアの力の源はこの世界に住む人たちから回収する魔石。


 魔石が無かったら召喚兵も出せなければ魔法も撃てない。


 飛行船も動かなければ御飯も食べられない。


 エインヘリアが機能を十全に使う為には、多くの人の協力が必要不可欠。


 無駄に人口を減らす様な戦争を起こすわけにはいかないのです。


 平和が一番。


 皆が隣人を尊重し慈しめば、争いなんて起こらないのにね。


「侵略国の王とは思えぬ程、脳内お花畑じゃな」


「冗談だ。人が楽をしたいと考える限り争いは絶えない。例えエインヘリアが大陸全土を支配しようとも小さな争い……それこそ個人同士の争いは永遠に続くものだ」


「その諦念もどうかと思うがのう……」


 極端から極端に走った俺にため息をつくフィオ。


 さてさて、真面目話をしたので我々も冷静に……心が落ち着いたことだろう。


 そろそろフィオの方を向いて話を……んぐっは!!


 フィオの姿を目にした瞬間、一瞬にして頭が沸騰した俺はテーブルに突っ伏す。


 だ、ダメだ!


 やっぱりまともにフィオが見れねぇ!!


「お、お主止めるのじゃ!お主がそんな……なんか、アレな感じじゃから、こっちも妙に意識して変になるんじゃろうが!」


「うぐぐぐ……」


 ここにルミナがいれば!


 全力でそのお腹に顔を埋めてもふもふするのに!!


「あ、あれからどれだけ経ったと思っとるんじゃ!ヘタレもいい加減にするのじゃ!」


「お、お前だって!今日一回もこっち見てねぇだろうが!」


「そ、それはあれじゃ……寝違えたんじゃ!」


 ……フィオって寝てんの?


 アホな言い訳よりもそっちの方が気になってしまう……いや、もしやこれこそ魔王の策略なのでは……?


 そんなアホな言い合いを続ける事しばし……いやかなりの時間言い合った気もするが、そもそもここに時間の概念はあまりないから至極どうでも良い今日この頃いかがお過ごしですか?


「いや、そんなこと尋ねられてものう……」


「さて、フィオを外に呼び出す件だが……能力的にどんなものが必要だ?」


 ようやく正面からフィオの姿を見られるようになった俺が強引に話を切り替えると、フィオは少し考えるようなそぶりを見せる。


 因みに俺が見ているのはフィオの鎖骨辺りなので、その表情はあまり見えなかったりする。


 いや、別に鎖骨が好きな訳じゃないよ?


「そうじゃのぅ……そもそも私が使っていた魔法は、レギオンズのそれとは違うし、その辺の適正は無くても良いじゃろうな。ゲーム的に言うなら、統率力や指揮、武力は低め、知略は……まぁ、研究者であったからそこそこ高めと言ったところかのう?」


「ふむ。アビリティは開発研究系を持たせる感じか。他には?」


「レギオンズの魔法ではないが、魔法関係のアビリティで……『魔力効率化』『詠唱高速化』『魔法威力増加』『魔法射程増加』この辺りは、私の適正に似ておる感じじゃな」


「なるほど」


 『魔力効率化』は魔法発動時の消費魔力を半分にする効果で、『詠唱高速化』は戦争パートで魔法を撃つ時のキャストタイムを短くする効果。


 威力と射程は……そのままだ。


 当然これら全てをカミラは完備している。


「一応研究者寄りの魔王じゃったからな。魔法の扱いは結構長けておる」


「そういえば、最初の頃黒い槍みたいなので攻撃して来たよな。理不尽に」


「お主が失礼極まる存在じゃったからお仕置きしたまでよ。まぁ、針でチクチク刺す程度の児戯じゃがな」


「いや、結構殺意マシマシだった気がするが……」


 当時受けた攻撃を思い出しつつ俺は顔を顰める。


「そんなことはないのじゃ。子犬がじゃれついておる程度の代物よ」


「……」


 うちのルミナはあんなことせんけど……いや、犬ではないが。


「あえてレギオンズの魔法で分類するなら、私が得意なのは幻属性かのう?」


「幻か」


 レギオンズの魔法は基本的に属性ごとに単体、壁、範囲、対軍、属性専用といった攻撃系の魔法しかない。


 その中で聖と幻だけはそれに捕らわれず、聖は回復魔法系、幻は強化、弱体といったと特殊な種類の魔法も存在している。


「一応幻だけ適性を付けておくか」


「そうしてくれるかの?まぁ、私としてはこの世界の魔法が使えるかどうか試してみたい所じゃが」


「なるほど。その辺りは設定の方に色々書き込む必要があるかも知れないな。設定に書き込む内容については別途相談する機会が欲しい。ここでメモをとっても現実に持って行けないのは辛いところだ……起きたらすぐにメモしないとな」


「とりあえず今回は必要魔石数を出したかったんじゃろ?」


「あぁ、イルミットに報告しないといけないからな。とりあえず、知略以外は初期値、知略は……75もあればいいか?」


「いや、お主より低いとかありえんじゃろ?」


「は?」


「は?」


 覇王と魔王の戦いが今再び……。


「……と言いたい所じゃが。流石に贅沢は言えんからのう。特徴として知略よりの能力値にしてくれれば良いのじゃ」


「そ、そうか」


 ……始まらなかった。


 く……なんか、負けた感じが……。


「……他にはなんかあるか?」


 そんな思いを押し殺しつつフィオに尋ねるが……まぁ全部筒抜けだし、なんか視界の端で口元がニヤニヤしている感じに歪んでいるのが見える。


 そんな性悪魔王としばし能力やアビリティに関して話を続け、概ね形が出来上がったところで俺は腰を上げる。


「よし、じゃぁ忘れないうちに向こうでメモしておかないとな。もし足りないものがあったら早めに呼んでくれ」


「うむ。恐らく問題はないと思うがの」


 これを基に必要魔石数を算出してからイルミットに渡せば、フィオ召喚の準備の第一段階は完了だな。


 ざっと見た感じそこまで大量に魔石を必要としない感じだし、案外早い段階で呼び出すことが出そうだ。


 寧ろ設定の方が時間かかるかも知れない。


 それと合わせて、フィオを皆になんと紹介するかだな……。


「まぁ、その辺りは追々だな」


「そうじゃな。急ぐものでもないし、じっくり進めていくとするのじゃ」


 そう言って俺と同じように立ち上がったフィオが、テーブルを周り込んできて俺の前に来る。


「では、今日はこれでおしまいじゃな」


「あぁ」


 立ち上がった俺に対し、正面に立つフィオ。


 ……心なしか、いや、確実にいつもより半歩程距離が近い。


 ……こ、これは……。


「……な、なんじゃ?」


 うっすらと頬を朱に染めつつ……フィオが上目遣いでこちらを見て来る。


 ……本日、初めてフィオの顔をまともに見るのですが……その破壊力たるや……。


「……なんぞ言いたい事……したい事でもあるのかの?」


「……う」


 完璧にこちらの心を読んでいるからこそのこの攻勢……いやフィオさん、流石にそれは卑怯じゃありませんかね?


「使えるものは全て使う……勝つ為ならば当然じゃな」


 一体この魔王は何に勝とうとしているのか……あ、覇王にか。


「とは言え、流石にこの手の事でこれは些か卑怯に過ぎるかの」


 そう言ってフィオは更に一歩俺に近づいてきて……俺はそれを抱きとめるように手を伸ばした。


「……ふ、ふむ。な、中々これも悪くないの」


「……そうか」


 俺の腕の中で少し身じろぎをするフィオ。


 対する覇王はもう……柔らかいし、いい匂いだし、柔らかいし、あと柔らかいしで……いっぱいいっぱいで候。


 そんなことで頭をいっぱいにしていると、俺の背中にフィオの手が回ってきて……みみみ、密着度が色々アレして、ふにっとぽよよんがアレな感じでふぁーーーーーーーーーーーーーー!!?


「お主のテンパり具合は悲惨の一言に尽きるが……ほほ、面白いのう」


「……何がだ?」


「普通なら気持ちわる……と思うところじゃが」


 ぐっふ!!


 魔王から物凄い一撃頂戴しました……覇王はもうダメかもしれん。


「……あばたもえくぼというヤツじゃな。お主に色々思われるのは……まぁ、わ、悪い気がせんのじゃ」


「っ!?」


 くっ……殺される!


 はにかむような笑みを浮かべるフィオに、俺は戦慄……いや、これは戦慄とかそういうのではなく、なんか所謂、アレな感情を覚える。


「そこははっきりと愛おしいと言って見せよ。ヘタレめ」


 ぐふ……。


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