第478話 エインヘリア訪問記
View of ブロントゥス=ジウロターク バゼル王国大公 ジウロターク大公国盟主
外交の場においてこれ以上ない程の失態だと言えるが、私はエインヘリア王陛下との面談の際にしばし自失してしまった。
しかし、そんな私をエインヘリア王陛下は笑って許して下さった。
正式な会談の場ではなく、個人的な打ち合わせに過ぎない……と。
しかし、此度の面談がそのような軽いものでない事は、私自身が一番理解している。
我々エルフに襲い掛かる理不尽……狂化という抗いようのない現象に、明確な解決策が提示されたのだから。
それにエインヘリア王陛下の広い知見。
まさか大国の王であるエインヘリア王陛下が、林業について殊更造詣が深いとは思えない。
つまりあの知識は広い見識故の物……恐ろしい話だと思う反面、あのエインヘリア王陛下であればと納得出来てしまう気もする。
そこでようやく私は一つの考えに至る。
カイ=バラゼル伯爵と同等の知者とは……エインヘリア王陛下御自身のことではないのかと。
勿論、ただ広い見識をお持ちだからそうではないかと考えた訳ではない。
ただ……あたかも御自身がカイ=バラゼル伯爵と話したかのような口ぶりに、整然としながらも人を惹きつけてやまない言葉。
そして何より……部屋に入った瞬間に感じた、個人によって放たれたとは思えない程の威圧感。
アレは凡そ常人に出せる凄味ではない。
無論……それが知略に優れている証拠にはなり得ないのは理解しているが、私にはエインヘリア王陛下の在り方そのものが、人知を超えたものにしか感じられなかったのだ。
そんなエインヘリア王陛下はあっという間にバゼル王国から通行の許可を貰うと、私がブランテール王国の王都でエインヘリア王陛下と面会をした翌日にはジウロターク大公国に向かい、狂化した者達とその家族、そして私を連れて今度はエインヘリアの王都へと向かった。
エインヘリア王陛下の話では、明日の夕刻あたりにはエインヘリアの王都へと到着するらしい。
ブランテール王国の王都からジウロターク大公国まで半日程度で移動してしまった事も含め、飛行船という乗り物の凄まじい移動速度には驚嘆するばかりだが……エインヘリア王陛下と共にいる限り、この程度の事は序の口と言えるかもしれない。
私はわずか二日ばかりの付き合いながらそんな予感を覚える。
とりあえず、エインヘリアやエインヘリア王陛下についてはバゼル王国やカイ=バラゼル伯爵に報告する必要がある為、しっかりと記録をしておこうと思う。
一日目
聞かされていた予定通り、夕刻より少し早いくらいの時間にエインヘリア王都へと飛行船は到着した。
上空から見た城下町は王城のそれと比べるとあまり大きいようには感じられなかったが、エインヘリア王陛下の話では城下町は現在建設中とのことで、かなりの勢いで拡張を進めていっているところらしい。
住んでいるのはゴブリンとドワーフが殆どで、人族はまだ少ないらしいがこちらも急激にその数を増やしていっているそうだ。
大国エインヘリアの王都……何故まだ発展途上なのかは分からないが、飛行船や魔力収集装置と言ったこの世の物とは思えない程の技術を有した大国の王都だ。
小国であるバゼル王国は勿論、先日訪れたブランテール王国の王都以上にこれから発展していくのだろう。
これは予感などではなく、確信……もはや決定事項と言っても過言ではない。
飛行船の着陸後、すぐに眠ったままの狂化した者達が施設へと運ばれていった。
心配する家族たちも共に行くことを許可してくれた辺りに、我々に最大限配慮してくれている事が伝わって来る。
一番驚いたのは、歓迎の晩餐会は狂化した者達が全て正気に戻ってからで良いか?とエインヘリア王陛下直々に尋ねて来られた事だった。
我々としては恐縮するばかりではあったが、その御配慮に甘えさせていただくことにした。
外征を繰り返す強大な力を有した王。
カイ=バラゼル伯爵ですら見抜くことが出来ないと言わしめた王。
知識、行動力、判断力、威厳と人を惹きつける魅力を兼ね備え、その上で己が力にも立場にも驕る事のない……凡そ、人の上に立つ者としての全てを兼ね備えている王。
人の心を知り、苛烈さと優しさを同居させる王。
百の言葉を尽くしても、エインヘリア王陛下を語るには足りないのではないだろうか?
そんなことを考えてしまう程、エインヘリア王陛下は素晴らしい方だ。
バゼル王国でエインヘリア王陛下について報告する際、どう伝えれば良いのか真剣に悩んだが……端的に、偉大な王だと伝えてみようと思う。
二日目
朝目が覚めると、私の元に涙を流しながら従者が駆け込んで来た。
慌てて私が狂化した者達が運ばれた治療施設に向かうと、そこには正気に戻った五人のエルフがその家族と泣きながら抱き合っている姿があった。
こうして後から思い返し、記録に残そうとして初めて気づいたのだが……その後の事はほとんど覚えていない。
ただ、泣きながら喜ぶ者達と、羨ましそうに……だが、希望に満ちた表情で彼らを見守る他の家族たちの顔。
自身の頬を伝う涙。
記憶に残っているのはこれだけだ。
どのくらい時間が経ったか定かではなかったが、食事を勧められたことで空腹を思い出した我々は、正気に戻った者とその家族を残し食事をとる事にした。
昨夜の食事も非常に美味だったが、本日の食事もまた凄まじく美味であった。
えびふらい……という名の料理だった。
エビに衣をつけて油で揚げた料理とのことだったが、サクサクとした衣と中のエビのぷりぷり感のバランスが非常にマッチしており、更にかかっていた白いソースの酸味が渾然一体となった味わいは、無限に食べられるのではないかと思う程の物であった。
技術的な物でも我々とは隔絶した物を持っているエインヘリアだが、食文化においても我々の遥か先を行く存在のようだ。
気に入った料理のレシピは教えてもらえると聞いた時、思わず使命を忘れその場にいた者達と会議を開いてしまったが……アレは仕方ない事だと思う。
それはさて置き、夜までに二十七名の者が正気に戻り眠りの魔法から目覚めた。
狂化という現象が急激に猛威を振るい始めてから今日まで……これ程までに喜びに満ちた日はなかったように思う。
どれほど感謝し、どれだけの謝意を伝えたとしても……この想いの全てを伝えきる事は出来ない。
だが、例えそうであろうとしても……私達エルフはエインヘリアに感謝し続け、どれだけ時間がかかろうとその恩を返し続けるだろう。
因みに、教えてもらうレシピは……滞在中に色々な料理を味わってから決めようと言う話で落ち着いた。
三日目
狂化した者達は順調に正気に戻っているが、長い間魔法によって眠りについていた為満足に体を動かすことが出来ない者も多い。
エインヘリアはその事を想定してくれており、彼らが元通り体を動かせるようになる為の治療スケジュールを組んでくれているそうだ。
何から何までエインヘリアの世話になりっぱなしで非常に心苦しくはあったが、現状、その御厚情に甘えるより他なかった。
また、エインヘリア王陛下からバンガゴンガ殿という、とてもゴブリンには見えないゴブリンの方を紹介して頂いた。
彼はエインヘリアの重鎮で、彼との出会いが妖精族を保護しようとエインヘリア王陛下が考える切っ掛けになったそうだ。
元は隠れ里の長という立場にあったバンガゴンガ殿とエインヘリア王陛下の邂逅……両者の立場を考えれば、それは恐らく偶然による物に違いない。
しかしその偶然に、私は心の底から感謝をささげたい。
もしこの偶然が神という存在によってもたらされた物であれば、私は……いや、エルフの全てはその神を信奉するだろう。
と言っても、現状我等が信奉する相手はお一人しかおられないが……。
さて、本日の朝の時点で半数近い者が正気に戻り、恐らく後二日程で全ての者が狂化から解放されると言う見立てをエインヘリアの開発部長であるオトノハ様から教えて頂いた。
エインヘリアに来てまだ三日目、初日は夕刻前だったことを考えればまだ二日程度しか経っていないにも拘らず、狂化という絶望から我々はほぼ解放されつつある。
共に来た者達の顔も明るく、我々は失いかけていた未来を取り戻せたと言っても過言ではない。
……エインヘリア王陛下に許して頂けるのであれば、同胞達をエインヘリアへと移住させた方が良いのかもしれない。
バゼル王国には多大なる恩が存在するが、その恩を返せているとは言い難いし、我々があの場に留まればエルディオンとの確執は永遠に続くかもしれない。
それは我々がエインヘリアに移住しても、その矛先がバゼル王国からエインヘリアへと変わるだけなのかもしれないが……。
やはり移住はダメだ。
バゼル王国と同等に我々はエインヘリアに返しきれない程の恩を受けた。
わざわざ争いの火種を持ち込むことは出来ない……。
そんなことを考え悶々としていると、エインヘリア王陛下から狂化も落ち着いて来たので、エインヘリアを案内したいとの申し出を受けた。
転移を体験させていただき、いくつかの街や村を案内して頂きながら、エインヘリアが実施している施策についてバンガゴンガ殿から色々と説明を受けた。
その内容については別紙にて纏めているが、そのどれもがとんでもない代物だったとだけ記載しておく。
明日はエインヘリアの属国となったルフェロン聖王国とパールディア皇国を案内してくれるらしい。
四日目
余りにもエインヘリアの統治が穏やかで、民達をこれ以上ない程の優遇した施策を行っている為失念していたが、エインヘリアは侵略国。
他国を攻め滅ぼし、領地の併呑を繰り返し、たった数年という短い期間で大陸において二番目の版図を誇る国へとのし上がった。
属国という存在を聞かされ、私はその事を思いだした。
そして本日、エインヘリアの属国となった二か国を案内されたのだが……その光景は、エインヘリア領内の街や村を見た時以上の衝撃だった。
一言で言うなら、両国は栄えていた。
属国という言葉の響きからは想像できぬ程、両国は栄え、民は活気に満ち溢れていた。
特にパールディア皇国は、長年に渡る戦いで滅亡寸前まで追い詰められていたそうだが、エインヘリアの属国となり支援を受けた事で急激に国力を回復するに至ったそうだ。
両国の上層部の方とも話をさせてもらったが、建前などではなく本心からエインヘリアに感謝し、心から恭順を誓っているように感じられた。
妖精族であるドワーフやゴブリンがエインヘリアに忠誠を誓うのはよく理解出来るが、人族の国である両国がここまで強い忠誠を示すのは……恐らくエインヘリアという国の強大さを恐れてではなく、その統治……治世が優れた者であるからに違いない。
そうでなければ、ここまで属国であることを受け入れ、ましてや誇らしげに語ったりはすまい。
実際、併呑された国が多い中、属国として独立独歩とは言えないものの国の形を残している彼らの手腕は見事と言わざるを得ないだろう。
属国との関係がこれ程穏やか……いや、経済的にも政治的にもこれ以上ない程に恵まれている姿を見せられれば、これは十分考慮に値するものだと言える。
カイ=バラゼル伯爵であれば、その方向に考えていてもおかしくない。
問題は、国内をどう纏めるか……カイ=バラゼル伯爵は既にそこを考えて動いていたのかもしれないな。
かの英雄の思惑は凡人たる私には未だ計り知れないが、そう遠くない内にその考えは明らかになるだろう。
その答えが、バゼル王国……そしてジウロターク大公国の未来の姿なのだから。
両国を巡る視察を終え、エインヘリアに戻った我々を、わざわざエインヘリア王陛下が出迎えて下さった。
明日には全ての者が狂化より回復する見通しなので、明日の夜にでも晩餐会を開こうと思うとのことだった。
驚いたのは我々上層部だけでなく、狂化した者達の家族も招待して下さるとのことで、マナーなど気にせずに楽しんで欲しいとのことだった。
本当に、エインヘリア王陛下には感謝しかない。
これ程までに民を……他国の民でさえも愛する王を戴くエインヘリアの民達は何と幸福な事か。
そんな風にエインヘリアの民を羨んでいるのは私だけではなく、エインヘリアに訪れた同胞たちの多くが同じ考えを持っている事が言葉の端々から伝わって来る。
明日は昼過ぎまで、今日と同じように視察。
夜は晩餐会となるようだ。
エインヘリアの美食による晩餐会、心が躍らないと言えば嘘になる。
五日目
ひつじが……
六日目
大失態だ。
昨日の記憶が残っていない。
何があったのか記録を読み返してみたが、どうやら記録をつけ始めたところで寝入ってしまったようだ。
恐らく晩餐会にて浮かれるあまり、記憶が飛ぶくらい酒を飲んでしまったのだろう。
慌ててエインヘリア王陛下に面会を申し入れ、謝罪をしたのだが……エインヘリア王陛下がどことなく気まずそうにしているのを見て、とんでもない失態を侵した事を理解してしまった。
平に謝る私に、エインヘリア王陛下は謝られるようなことは一切なかったと言ってくださったのだが……とてもそうとは思えない。
付き人や、晩餐会に出席していた同胞達にも話を聞いたのだが、問題行動は起こしていたようには思えないとのことだったが……本当にそうであれば良いのだが……。
とりあえず、昨日の私をぶん殴りたい気持ちでいっぱいだった。
夜にゴブリン達が営む漁業の村への視察が延期になったことを知らされ……やはり何かしら問題行動を起こしたと思われる。
十日目
エインヘリアは最高だ!
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