第477話 何処にでもいます
「カイ=バラゼル伯爵も、魔力収集装置についてそこまでの情報は有していない筈です。拠点間の通信機能に転移機能……事がジウロターク大公国内だけの話で済むのであれば二つ返事で設置をお願いしたい所ですが……」
まぁ、そうなるよね。
いくらカイさんの読みが深く鋭くとも、その辺り……魔力収集装置の機能については完全に情報をシャットアウトしている筈。
外交官の子達を突破できるだけの実力が無ければ、魔力収集装置に関する情報は得られないだろう。
恐らく、魔力収集装置が狂化を防ぐものだと当たりくらいはつけているのだろうけど……転移とかは突拍子もなさすぎるからな。
いや……もしかしたら俺達の不自然な移動速度を訝しんで見抜いている可能性も……うん、疑い出したらキリがないな。
少なくとも、大公さんは知らなかったわけだし……とりあえず話を進めるか。
「ここまで魔力収集装置の機能が強力なものだと、バゼル王国の意向を確認しなければ判断出来ない。そういうことだな?」
「……はい」
さて、この展開……どう見るべきか。
キリク達の話では、カイさんは今回のセイアート王国の侵攻を自分達で処理して自分達の力を俺達に示すと同時に、エルディオンの本格的な侵攻から身を守るためにエインヘリアの傘下に加わりたいと考えている。
欲しているのは、こちらの歓心を買う事……その為に力を見せる時間が必要。
……最終的にうちの傘下に加わる事が目的なら、魔力収集装置の設置は断らないよな?
っていうか、断った上で傘下に加わるとかありえないから……絶対にそうなる。
つまり、ここで大公さんがどう答えようと、最終的に魔力収集装置はジウロターク大公国は勿論、バゼル王国にも設置されるという事。
……じゃぁ、もう設置して良くね?
とは行かないのが国家の面倒な所だ。
しかし……カイさんの狙いはこちらに良い印象を与えることな訳で、判断出来ないので一度持ち帰り……なんてことは望んでいないだろう。
事情が事情だから俺は理解出来るけど、相手が横柄であれば決定権の無い奴を交渉の場に立たせるなとか言い出しかねないしね。
となると、やはりここで何らかの進展があった方がカイさん的にも良いのではなかろうか?
それにほら……キリク達がエルフを優先したいと言った俺に賛成してくれたからね。
この際カイさんがどうとか気にせずに、ジウロターク大公国の方を推し進めても良いのではないだろうか?
「確かに、バゼル王国を無視して事を進めるのは問題があるかもしれん。だが、貴殿が危険を承知でここまで来たのは、狂化という理不尽に今この瞬間も怯えている同胞を救う為では無かったかな?」
「そ、それは……!」
「無論、バゼル王国に義理立てする気持ちも分かる。だから、今ここで魔力収集装置を設置するという話を進めるつもりはない。だが……最低限、救わなければならない者達がいるだろう?」
俺がそう言うと、大公さんはハッとした表情を見せる。
うむ、大公さんは何を考えているか非常に分かり易くて良い。
まぁ、本人も外交とかあんまりしたことないからって言ってたけど……考えている事が顔に直結しているんじゃないかってくらい、表情がコロコロ変化するよね。
「それはもしや……」
「あぁ。眠らせている者が百名程いるのだろう?彼らを正気に戻し起こしてやるくらいは、してやっても良いだろう?」
「そ、それは……いや、ですが……どうやって……?」
「簡単な話だ。エインヘリアに連れて行ってやればよい」
百人位なら……その家族も含めて飛行船でさくっと連れて行ってしまえば良いだけだ。
何だったら、正気に戻すだけならエーディン地方に運べば事足りる。
まぁ、設備的にエインヘリア王都に運んだ方が良いだろうけど……寝たきりだと、正気に戻った後も色々問題が出るだろうしね。
エルフはドワーフみたいに理不尽な頑丈さは無さそうだし……ちゃんとした設備でしっかり様子を見守った方が良い筈だ。
「ですが、エインヘリア王陛下。百余名もの人数をエインヘリアまで移動させるとなると、彼らを運ぶ馬車だけでも相当な数になりますし、何より彼らが長距離の移動に堪えられるとはとても……」
「くくっ……バラゼル伯爵から聞いているのではないか?エインヘリアには空を飛ぶ船があると」
「た、確かに、そのような話は聞いておりますが……」
「飛行船と言ってな。輸送量も速度も馬車とは比べ物にならないぞ?狂化した者とその家族くらい、二日で我等の王都まで運んでやろう」
多分二日もかからないと思うけどね。
「よ、よろしいので?」
「構わん。狂化した者の受け入れは慣れているからな。一人の取りこぼしもなく救って見せよう」
俺がそう言った瞬間、大公さん瞳から涙が一条流れる。
大公さん、声もなく泣いてらっしゃるのだが……。
一度零れた涙は留まる事を知らず、声もなくはらはらと涙を零す大公さんは何かを言いたそうにしているが……とりあえず俺は言葉を続ける。
「だが、いきなり飛行船でジウロターク大公国に向かう訳にはいかんからな。一度バゼル王国に通行の許可をもらう必要がある。戦時中に余計な心労をかけるわけにはいかぬからな」
連絡もなしに領内を飛行船で移動するのは……まぁ、今更ではあるんだけど、戦争でピリピリしている時にそれをやるとあまりよろしくないよね。
ブランテール王国や南西諸国……?知らない話ですね。
「こちらから使いを出せばすぐにでも返答は貰えるだろうし、まさか許可されぬという事もあるまい」
なんだったら今日中に返事が貰えるだろう。
俺が肩を竦めながら言うと、涙をぬぐった大公さんがようやく言葉を発する。
「我等は……救われるのでしょうか?」
「無論だ。俺はその為にここに来たのだからな」
あれ……?偶然ここに来たって設定だったっけ?
自分で口にしながら自分にツッコみを入れる……いや、もしかしたらレイズ王太子辺りは偶然来たって設定は?とか冷静に考えている可能性があるけど……。
しかし、言われた大公さんは拭った意味が無くなるほどの大号泣。
「とりあえず、準備は必要だな……ウルル」
「……はい」
大号泣する大公さんをとりあえず放置してウルルの名前を呼ぶと、当たり前の様に何処からともなくウルルが姿を現す。
流石の可愛い外交官さんである……エインヘリアの城の中じゃなかったとしても呼べば出て来る不思議。
突然現れたウルルにギョッとした反応をするレイズ王太子を華麗にスルーして、俺はウルルに命じる。
「イルミットとエイシャ、オトノハに百名以上の狂化対象者の受け入れ準備をするように通達。それとバゼル王国に領内を飛行船で通過する許可を取ってくれ。目的は狂化したエルフとその家族の移動だ」
「……了解です」
俺の言葉に頷いたウルルは現れた時と同じように、どこへともなくスッと姿を消す。
相変わらずのフットワークの軽さ、見習いたいものである。
そんな仕事のとりかかりの早いウルルの消えた辺りを凝視していたレイズ王太子が、若干恐る恐ると言った様子で口を開く。
「え、エインヘリア王陛下。今の方は……?」
「あぁ、紹介したことはなかったか?彼女はウルル。エインヘリアの外務大臣だ」
「外務大臣!?」
ウルルの役職に驚きの声を上げるレイズ王太子。
まぁ、外務大臣にも拘らず一度も外交の場に出て来なければそうなるよね……いや、外務大臣が突然現れて突然消えた事に驚いたのかも……それともこうして姿を見せたにもかかわらず挨拶をしなかったこと……うん、恐らくそれら全部をひっくるめてってところだろうな。
「彼女の非礼は詫びよう。何分、我が国でも一二を争うくらい多忙な人材故な」
多忙な筈だけど……俺が名前を呼んだら何処にでも現れるのは……果たしてどういう仕組みなのだろうか?
常に俺の事見守ってる……?
……俺の私室とかでウルルを呼んだらいつも通り出て来るのだろうか?
いや、それヤバいな……。
ルミナとのあれこれや、最近ではベッドの上で身悶えしている所までばっちり見られている事に……え?やばいどうしよう?
「い、いえ。また機会がありましたら、その時にでも紹介して頂ければ……」
レイズ王太子とは違った意味で戦々恐々としながら、俺達は暫く空虚な会話を続けた。
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