第476話 多機能すぎて困る
「ジウロターク大公、間違っていただろうか?」
物凄い目力とぶるぶると唇を震わせる大公さんに俺が問いかけると、ゆっくりとかぶりを振りながら大公さんが口を開く。
「いえ、間違っておりません。ですが、本当に驚きました。農作物の様に木を増やすという考え方は、林業の盛んなバゼル王国でもまだあまり理解していない者が多い話です。それに、私達の魔法は育成を早めると言っても、十年という長い月日が必要な物……その有用性はバゼル王国内でも広く認められているとは言い難いので」
「くくっ……皆、せっかちな事だ。そもそも、十年に一回植樹する訳ではないのだし……良質な木材とするにはそれなりにコストもかかる。そこにかかる三十年から五十年といった時間が短縮されるのであれば、当然儲けも増えるというのに」
「今はまだ、植樹を進めずとも木を切る事は出来ますが、木が育つペースより伐採するペースが速いのは事実。我々の世代では問題ありませんし、子の世代でもまだ問題は顕在化しないかもしれません。ですが、孫の世代はどうでしょうか?その頃にはいくつかの森が姿を消していてもおかしくありません。孫の孫……さらにその先は?」
「採るだけではいずれそうなるだろうな。その事に気付いた時、慌てて始めてもどうにもならないのが植樹というものだ。遠く先を見据えてやらねばな……」
環境問題にしろ何にしろ……物凄く先を見据えて動くってのは難しいもんだよね。
この世界は重機とかはまだないけど、魔道具によってそれなりに便利な暮らしをしているし、農作業や狩猟に関しても色々と便利な道具があるようで、俺の記憶にある世界程ではないにしてもそれなりに大量生産が可能となっているらしい、
多分林業についても三世代で森が消えているかもしれないって話をするってことは、何かしら便利な魔道具があったりするのだろう。
「ところで、疑問があるのですが……失礼ながら、エインヘリア王陛下は何処でそのような知識を得られたのですか?」
「……以前林業について書物で読んだ時にな。聞きかじっただけの知識なので、その道のプロであるジウロターク大公の前で語るには浅い話だったと思うが」
「いえ、そのような事は。寧ろエインヘリア王陛下の深い知見に感服致しました。バゼル王国の貴族の中にも陛下程の知見を持っている者は少ないでしょう」
そう言う大公さんの様子は、どこか悔しげにも見えた。
木の育成を促進する魔法……即効性はないかもしれないけど、かなり有益に思える。
しかし、大公さんの様子を見る限り……バゼル王国で保護されていると言っても、結構肩身が狭い思いをしているのかもしれないな。
まぁ、エルディオンに目を付けられる要因でもあるわけだし、疎んじられてもおかしくはないか?
「ジウロターク大公国のエルフか……因みに人口はどの位なのか聞いても?」
「大体二千五百といったところです。三百から八百程の集落が四つですね」
思ったより数が少ないな。
ドワーフに比べるとかなり少ない……ゴブリンと同じくらいだろうか?
まぁ別に昔と違って人口はそこまで重視してないけどね。
「……狂化の頻度は?」
「……月に四、五人です。今は魔法によって眠らせておりますが……百名ほどが眠りについております」
「……そうか。では、そろそろ本題に入るとしよう」
俺の言葉に、大公さんの表情が引き締まる。
「まず最初に伝えておこう。貴国の英雄……バラゼル伯爵の予測は正しい。我々エインヘリアには狂化を防ぎ、そして治癒する方法が存在する」
「っ!?」
一番聞きたかったであろう言葉を俺が発すると、大公さんが腰を浮かし身を乗り出してきた。
因みに、カイさんがこちらの事をまるっとお見通ししている体で話しをさせてもらう……キリクがそうした方が話が早いって言ってたからね。
「そして、我等エインヘリアは妖精族や魔族……いや、全ての者を狂化という理不尽から救いたいと考えている。国家という垣根無くだ」
「お、おぉ……」
大公さんの目が潤み、キラキラと光を反射し始める。
しかし……唯光を反射しているだけでなく、以前どこかで見た様な不思議な色を帯びているような……どこで見たんだったか……。
「だが、問題が無いわけではない」
俺は胸中に湧いた疑念を振り払うように言葉を続ける。
「も、問題ですか?」
「あぁ。狂化を治療ないし防ぐには魔力収集装置と言うものが必要になる。狂化の治療だけであれば、魔力収集装置の傍で数日過ごせば基本的に皆正気を取り戻す」
「な、なんと……」
恐らく大公さんも狂化については色々と調べ、治療方法が無いか模索したことだろう。
それでもどうする事も出来ず、同朋が狂化に侵されていく姿をただ見ているだけしか出来ない無力感や絶望感……それは俺如きが理解出来るようなものではない。
そんな理不尽を相手に、数日で治るよと言われれば……そりゃ絶句するよね。
記憶の中の世界に置き換えるなら、癌を二、三日で正常な細胞に戻せるよと言われれば……絶句するか泣き出すか、まぁそのどちらかだと思う。
「だが、狂化を防ぐという事に関しては……この先ずっと、魔力収集装置の傍で暮らす必要がある」
「この先ずっと……ですか」
「あぁ。ただしこれに関しては民達はあまり意識する必要はないし、彼らに不自由を強いるようなものでもない。一つの集落に魔力収集装置を一台設置すれば良いだけだからな。因みにこのブランテール王国の王都にも既に設置してある故、ジウロターク大公が狂化する可能性は一切ないと言える」
「なっ……」
「王都だろうと地方の寒村だろうと、一台設置すればその集落全域をカバーすることが出来る。ジウロターク大公国であれば、四台で全てのエルフを守ることが出来ると言う訳だな」
「エインヘリア王陛下!」
俺がそう言った瞬間、突如直立した大公さんが、腰を九十度曲げながら非常に大きな声量で俺の名前を呼ぶ。
ホラー物を見ている時に急にガッと来られてビクっとなる……今回覇王がそうならなかったのは奇跡に近かった。
レイズ王太子はビクってなってたしね。
「どうか……どうか、その魔力収集装置なるものを、我が国にも設置して頂けないでしょうか!?対価は如何様にもお支払いさせていただきます故、何卒!」
「ジウロターク大公、落ち着いて欲しい。ひとまず魔力収集装置について一通り説明をさせてくれ。それをすべて聞いた上で、設置するのか……それとも、移住するのかを決めてもらいたい」
バゼル王国にはカイさんがいるからね……魔力収集装置の設置を反対するということにはならないだろうけど、流石に国内の有力者たちが諸手を上げて歓迎するとも思えない。
その意見を統一するためにあーだこーだとしている間にも新たな狂化被害者は出る訳で、それならば一時的にでも移住してしまう方が手っ取り早い。
しかし、それもこれも、とりあえずは説明をしてからだ。
「……申し訳ありません、事を急いてしまいました。大声を上げた事謝罪いたします」
下げていた頭を上げた大公さんは、再び頭を下げてから椅子へと座り直す。
まぁ、興奮する気持ちは流石に分かるからね……咎めるつもりはない。
ぎりぎりビクっとならずに済んだしね。
さて、それじゃぁ、魔力収集装置についての説明をするとしよう。
俺は魔力収集装置の機能を一つ一つ丁寧に、包み隠さず説明していく。
最初はその機能に驚嘆の声を上げていた大公さんだったが、次第に……その機能の危険性が理解出来て来たのか、真剣な表情で頭を抱えてしまう。
まぁ、そうなるよね。
毎度毎度思うもん……魔力収集装置を他国に勧めるの難しいって。
でも今回に関しては……どれだけ悩もうともジウロターク大公国としては断れるはずがないからね……。
大公が頭を悩ませているのは、バゼル王国にどう伝えたらよいかという事だろう。
エルフとしては絶対に魔力収集装置が必要だけど、余計な機能が多すぎて、バゼル王国的には自治区とは言え国内に独断で設置するには危険すぎる代物だ。
独断で事を進めれば碌な事にはならないだろうが、迅速に事を進めたいのもまた事実。
カイさんがどこまでそれを読んでいるかにもよるのだろうけど……。
黙り込んでしまった大公さんを見ながらそんなことを考えていると、真剣味を増した大公さんがゆっくりと顔を上げて口を開いた。
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