第475話 エルフの魔法



 遠く、バゼル王国から長旅をしてきたエルフのお偉いさん……ジウロターク大公が、ようやくブランテール王国の王都に辿り着いたとのことで、早速俺は会いに出かけることにした。


 普通であれば仲介求めてブランテール王国の王都にやって来たお偉いさん相手に、こっちから会いに来たんでどうぞよろしく……とは行かないだろうけど、発表はまだとはいえ、ブランテール王国はうちの属国となることが正式に決まっており、結構な無茶も二つ返事で受け入れてもらうことが出来る。


 勿論、覇王的にはあまり迷惑をかける様な事はしたくないのだが、エルフの件に関しては出来る限り迅速に行動したかったのだ。


 キリク達から聞いた限りでは、今回ジウロターク大公がブランテール王国までやってきたのは、エルフの今後の為なのはもちろんそうなのだが、どちらかと言うとバゼル王国の今後の為という側面の方が強いそうだ。


 ジウロターク大公を派遣して、エインヘリアに敵対する意思がない事とエルフという妖精族を派遣することでエインヘリアの事をしっかりと理解しているというアピール、更に使者が移動する時間でセイアート王国と自分達の力だけ戦う時間を稼ぎ、軍事力のアピールもするつもりなのだとか。


 よくもまぁ、国交をこれから結ぼうという使者を派遣するだけでそれだけの意図を含ませるものだとは思うが……覇王的にはそこをじっくりやるメリットがあまりない。


 国同士のやり取りであれば、カイさんのやり方が正しいのだろうし、その意図を読んでキリク達がそれに合わせるのか、それともその意図を越えてこちらが有利な展開を作るのかなどと言った駆け引きがあるのだろうけど……俺としては、それよりもとっととエルフを保護したい。


 キリク達の予測したカイさんの考えと動き、そしてそれに対するエインヘリアの対応を会議でキリクから説明を受けて双方の狙いは理解したが、その上で俺は出来る限り早くエルフを助けたいと思うと発言した。


 いや、内心キリク達の狙いに異を唱えることにばっくばくだったし、そもそもキリク達の狙いも殆ど理解出来ていなかった。


 いや、なんとなくは分かってるけどね?


 カイさんは自身の優秀さ、そしてそれを含めた自国の力をしっかりと見せつけた上でエインヘリアに恭順する道を選ぼうとしているのに対し、キリク達はそれをやってみせろという感じだ。


 ざっくり言うとこんな感じのはず……。


 それでまぁ……会議の時に、それはそれとしてエルフを早めに保護したいんじゃが?と俺が言ったところ、キリクとイルミットがしばしの間考え込むようにした後……二人同時に目を丸くしながら俺の事をハッとした様子で見て来たとですよ。


 これはもうあれね?


 覇王の隠された意図的なものにキリク達が気付いてしまった……そういう事ですよ。


 そうなったらもう後はトントン拍子……決まっていた予定が全て白紙に戻り、あれよあれよという間にプランが再構築されていきましたとさ。


 当然……覇王に隠していた意図なんてありゃしません。


 覇王は、エルフの件もうちょい早くやってあげられないかしら?そのくらいのつもりである。


 しかし、その一言にうちのツートップは何を見たのか、これ以上ないくらいに生き生きと……うっきうきで予定を修正していったのだ。


 その結果……当初の予定よりもかなり早い段階で、こうしてエルフの代表の方とお会いすることになった次第にございます。


 エルフの件は……こうして顔を合わせてしまえば後はさくっと話は進むだろうけど、問題はバゼル王国ですよ。


 わたくしと致しましては……バゼル王国の英雄であるカイさんとは、あまり顔を合わせたくない次第でありました。


 ですが……キリクが眼鏡をクイっとしながら自信満々に次なる動きは……と語ってくれた感じからすると……顔合わせは避けられそうにない。


 もはやどうしてこうなったのか理解不能ではあるが、こうなってしまった以上後はアレしかない。


 流れに沿って臨機応変に……明日の覇王が頑張る。


 所謂、いつも通りというヤツだ。


 そんな風に他所の家で憂鬱ながら覚悟を決めていると、レイズ王太子がナイスミドルな感じのエルフを連れて部屋にやって来た。


「初めまして、ジウロターク大公国盟主、ブロントゥス=ジウロターク殿。俺がエインヘリアの王、フェルズだ」


「御初御目にかかります、エインヘリア王陛下。私は、バゼル王国にて大公位を授かっております、ブロントゥス=ジウロタークと申します。御挨拶が遅れたこと、伏して謝罪させていただきたく」


 部屋に入ってすぐ俺の姿を見て硬直していたエルフの大公さんに声をかけると、深々と頭を下げながら挨拶と謝罪を同時に行ってきた。


「気にする必要はない、正式な場という訳ではないからな。偶然、同盟国であるブランテール王国へとやって来ていた所に、我が国への仲介を望む貴殿が現れたので折角だから会ってみようと思っただけの事。楽にしてくれて構わない」


「はっ……」


 絶対に誰も偶然だなんて言葉を信じちゃくれないだろうけど……まぁ、建前は大事だろう。


 カイさんが組んでいたであろう予定をぶっ壊しちゃってるわけだしね……。


「レイズ王太子も、我儘を言って迷惑をかけてしまったな」


「とんでもございません。偶々我が国を陛下が訪れていた折に、こうしてエインヘリアへの仲介を求めるジウロターク大公がやってこられたのは、もはや天命とも言えましょう。なるべくしてなったということですね」


 レイズ王太子の返事も空々しいというか……ちょっと怒ってる?


 いや、多分気のせいだろうけど。


「とりあえず椅子に座ると良い。折角の機会だ、立場を気にせずに言葉を交わそうではないか」


「……お心遣い、感謝いたします」


 滅茶苦茶がっちがちに固まりながら、大公さんが俺の向かいへと座る。


 こんなにがっちがちになった人って、今までいたっけ……?覇王以外で。


 というか、よく考えてみれば……初めて会う人って基本的に謁見か会議室みたいな場所で会談することが殆どだから、こういう応接室みたいな場所を使って至近距離でやり取りするのって初めてかもしれん。


 今までは若干距離があったから気付かなかっただけで、お偉いさんであっても緊張はするという事だろう。


 なんだ、緊張していたのは俺だけじゃなかったという事か。


 そんなことを考えつつ、俺が内心ほっとしていると大公さんが口を開いた。


「恥ずかしながら、大公という地位にありながら国の外に出ることは殆ど無く、外交の経験も殆どありません。無作法があるとは存じますが、何卒ご寛恕いただければと……」


「くくっ……気にすることはない、ジウロターク大公。もとより俺は礼儀作法なぞ対して気にしてはおらん。大切なのは形ではなく心だ。相手を慮る心さえあれば、その身振り手振りがどうであれそれを咎める様な事はせん。形に拘り、無作法だと相手を咎める様な奴は、敬意というものが形や態度で示されなければ分からんと言っているに過ぎん」


 そんな事を言ってみたが……勿論、形や態度で敬意を示すと言うのも大切な事だとは思う。


 ぱっと見で分かるからね。


 しかしですよ……傅かれる立場からしたら、はっきり言って冗長に過ぎる。


 めんどくさい事この上無しって感じですよ。


 それされたからってこっちの気分が良くなるわけでも無し……とっとと本題に入ろうぜって感じである。


 でもまぁ、流石にこれだけ緊張している人相手に、じゃぁとっとと本題入ろっかとは中々言い辛い……ここは一つ他愛もない話でもして緊張をほぐす……いや、何の話したらええんや?


「そう言っていただけると、とても助かります。バゼル王国では貴族位を頂いておりますが、領地に戻れば私も斧を振って木を切り倒したり、鍬を振って大地を耕したりしております無作法者故」


 俺が内心困っていると、大公さんからいい具合にパスが飛んできた。


 これはもう、乗るしかないな!


「ほう?そういえば林業や木工が盛んだと聞いていたが」


「はい。バゼル王国も我等ジウロターク大公国も非常に良質な木材が採れます。木彫り物から建築資材まで、幅広い用途で使える為他国でも人気のある物となっております」


「なるほど。しかし大公自らそういった労働に従事しているとは意外だったな」


「大公国と申せども、その実態はいくつかのエルフの集落が寄り添い合って過ごしているようなものです。バゼル王国の庇護下でようやく体裁を整えられていると言った感じですね」


「ふむ」


 元々国とは呼べない程とは聞いていたけど……俺が思っていたよりも更にもう一回りくらい規模が小さそうな感じがするな。


「我々エルフは特殊な魔法が使えまして、その魔法で林業を支えているのです」


「特殊な魔法?」


「はい。樹木の育成を促進させることが出来ます」


「ほう?それは凄いな」


 樹木の育成促進……植樹したものを一気に成長させたり?


 それは木材を売りにしているバゼル王国からすれば、手厚く保護したくなるよね。


 っていうか、この世界でもう植樹とかやってるんだな……林業って聞いて、森から木を切るだけってイメージだったんだけど。


「……驚きました」


「ん?」


「エインヘリアでも林業が盛んなのでしょうか?」


「……いや、特にそう言ったことはないな。勿論盛んな地域はあるが、国として力を入れているという事はない」


 少し驚いた様子を見せる大公さんに俺は答えるが……なんか変な事言ったか?


「なるほど……因みに先ほど言った魔法なのですが、木を一気に成長させると言ったような代物ではなく、あくまで成長を促進すると言った程度の物で、木材として使用できるようになるまで十年くらいの歳月が必要となります」


「十年?」


「ほう。かなり早くなるのだな」


 大公さんの言葉に興味深げに話を聞いていたレイズ王太子が声を上げ、俺もそれに続くように感想を言う。


「え?」


「ん?」


 何故か俺の感想を聞いたレイズ王太子が首を傾げながらこちらを見る。


 あれ?


 俺はまた変な事言ったか?


「申し訳ありません、エインヘリア王陛下。十年と聞いてずいぶん時間がかかるものだと思ったのですが、早いのでしょうか?」


「ふむ。俺の知る限りではあるが、木を育ててそれを木材とするならば、早くても三十年くらいはかかるものだったかと」


「さ、三十年ですか!?」


 レイズ王太子が目を真ん丸にしながら叫ぶ。


「三十年でも早い方だったと思うがな。レイズ王太子が生まれた時に植えていれば、丁度伐採しても良い頃合いじゃないか?」


 俺が皮肉気な笑みを浮かべながら言うと、レイズ王太子は何とも言えない表情になる。


「俺達が普段意識せずに使っている木材だが、人の半生に近い……あるいは一生に近い時間をかけてようやく生み出された物という訳だ。森というのは気の遠くなる程の年月をかけてようやく出来上がった物。木を切り倒すのは大仕事だが、木を育てるというのはそれとは比較にならぬ程の時間を要するというわけだな」


 森が消えるとかなんだとかのドキュメンタリーを見た記憶があって、そこからの知識だけど……レイズ王太子は相当衝撃を受けているようだね。


 まぁ、木材は身近な素材ではあるけど、木が育つまでにかかる時間とかあまり意識することはないよね。


 この世界では特に……あっちにもこっちにも木はわんさか生えているわけだし。


「だからこそ、先程ジウロターク大公が言われた魔法……十年で伐採が出来るようになると言う話に驚いた訳だ」


「……エインヘリア王陛下の知見の広さには感服するばかりです。そもそも我が国では木を育てるという考え方が存在せず……果実の取れる木は栽培しておりますが、木材となりますと……」


「森というのは何処にでもあり、途方もなく広いからな。それに生活圏を広げ、道を作り、田畑を作る……その中でやはり障害となるのが森や山だ。目に見えて大量にあるから、無限に木を獲れると錯覚してしまうが、木材も鉱物と同じだ。いずれは取りつくし枯れ果てる。鉱物と違うのは植樹で増やすことが可能な点だな。そういった意味で、十年という歳月で成木に成長させられるエルフの魔法は非常に価値ある物だと言えよう」


 俺がそう締めくくると、レイズ王太子は真剣な表情で頷き……大公さんは何かを堪えるようにしながら口をつぐんでいる。


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