第474話 繰りし者

 


View of ブロントゥス=ジウロターク バゼル王国大公 ジウロターク大公国盟主






 私が頭を下げたまま、部屋の中は暫く静寂に包まれていたのだが、レイズ=オリアス=ブランテール王太子が口を開いたことでその静寂は破られた。


「頭をお上げください、ジウロターク大公。エインヘリアへの取次ぎは問題ありません」


「感謝いたします、レイズ=オリアス=ブランテール王太子殿下。私に出来る事でしたら何なりと……我々エルフはこの御恩を絶対に忘れません」


「大げさ……と言えないくらいの状況なのでしょうが、どうかお気になさらず。確かにエインヘリアとの仲介はさせていただきますが、それは大した手間ではありません」


 ゆっくりと頭を上げた私に笑いかけるレイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 気負いのない、非常に柔らかな様子で言っているが、国家の仲介とはそんな単純な話ではない。


 紹介する側にもかなりリスクのある行為……しかも相手は圧倒的な国力をもつエインヘリア。


 機嫌を損ねようものなら、間違いなく碌な事にはならないだろう。


「それでも、感謝させていただきたい」


「……分かりました。貴殿の感謝受け取らせていただきます。ですが、本当に大した話ではないのですよ。実はエインヘリアから既にこの件について話しを聞いておりまして……」


 そう口にするレイズ=オリアス=ブランテール王太子は、少なからず驚いたような表情を見せる。


「エインヘリアから……ですか?」


「えぇ、バゼル王国から我が国に使者が訪れ、エインヘリアへの仲介を求めて来ると。そしてその使者はジウロターク大公であるとも」


「……やはりそうでしたか」


 カイ=バラゼル伯爵は、私がブランテール王国へ仲介を頼むことをエインヘリアが読んでいると書状に書いていた。


 本当に、味方ながら恐ろしい人物だ。


 書状を認めていた時点では、私はまだエインヘリアの話すら聞いていなかったというのに、その時点で遠く離れた国の事を正確に読み切る……頼もしさよりも恐ろしさが先行してしまっても無理ないというものだろう。


 しかし、こうして自ら旅をしてきた今は、何故カイ=バラゼル伯爵がその考えに至ったかは理解出来ているつもりだ。


 エインヘリアは諜報力に優れている。


 そして私はエインヘリアの統治下となった旧エーディン王国領を縦断する形で旅をしてきた。


 馬車には当然ジウロターク大公家の家紋がついているし、ずっと馬車の中で過ごしていたわけではないので私自身の顔も多くの者に見られている。


 エインヘリア国内を移動しているにも拘らずエインヘリアに接触をしようとしないのであれば、向かう先はブランテール王国しかありえない。


 ならばその理由は……?


 妖精族を保護し、その内情をよく理解しているエインヘリアならば、エルフの代表である私が何を求めているか想像するのは容易いことだろう。


 誰しも、能動的に動く際、その結果どうなるかを考えて動く。


 当たり前だ。


 自分が行動を起こした結果、どのような事になるかを考えずに動く者は……獣にも劣る知能と言える。


 無論、人の世は複雑怪奇。


 自ら行動を起こしたからと言って望みの結果を得られることは多くないし、思ってもみなかった結果になる事も少なくない。


 結果に至るまでの道程が長ければ長い程、望みの結果を得られることは困難極まるし、成功率も下がる。


 カイ=バラゼル伯爵の恐ろしいところは、数多の情報から非常に確度の高い未来を予測することと、どう行動を起こせば最善に辿り着けるか完璧に把握しているところだろう。


 そのキレは遠く離れた大国相手でも一切鈍ることが無いようだ。


「いや、本当に……恐ろしいものです。私がこの話を聞いたのは二か月以上前の事ですからね」


「二か月以上……?」


 レイズ=オリアス=ブランテール王太子の台詞に私は首を傾げる。


 二か月以上となると……わたしはまだ国を出る前……まだカイ=バラゼル伯爵から書状を受け取っていないのではないか?


 そんな段階から、カイ=バラゼル伯爵がどう動くかを予測してみせた?


 私は心臓が大きく鳴るのを感じる……。


 まさか、エインヘリアにはカイ=バラゼル伯爵を越える頭脳の持ち主が存在する?


 いや、違う。


 カイ=バラゼル伯爵は書状で、エインヘリアはこちらがどう動くか理解していると書いてあった。


 それはつまり……エインヘリアの何者かがカイ=バラゼル伯爵の動きを読むとカイ=バラゼル伯爵が読んだ……?


 そしてカイ=バラゼル伯爵がそれを読むことをエインヘリアの何者かは読んだ……自分で言ってて訳が分からなくなって来たが、これはつまり……。


「先程、カイ=バラゼル伯爵が二人になったらという話をしましたが……これはそういう事ですか?」


「……本当に、恐ろしい話です」


 苦笑というよりも、もはや呆れ果てた様子で言うレイズ=オリアス=ブランテール王太子の姿を見て、恐らく私は真実へと至った。


 今私が感じているこれは怖気か悪寒か……少なくとも好ましい感情でない事だけは確かと言える。


 今回の件は……カイ=バラゼル伯爵とエインヘリアの何者かが、お互いの頭の中だけで相手と相談して決めた道筋という訳だ。


 どちらかが企て、どちらかがそれを読み切り利用した……そうであった方がまだ心穏やかでいられたかもしれない。


 お互いがお互いを読み切り、示し合わせたかのように振舞う……こんなもの、人の成せる技ではない。


「ははっ、いや、良かった。実はジウロターク大公が本当に王都に向かって来ているという報告を聞いた時は、あまりの恐怖に気絶しそうになったのですよ」


 同志を見つけたとばかりに顔を綻ばせるレイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 いや、その気持ちは理解出来る。


 余りにも人知を超え過ぎている現象を前に、立ち向かうのではなく、唯々怯えて肩を震わせる仲間を見つけたことに安心を覚えているのだ。


「……エインヘリアに行くのが怖くなってきました」


「それは何というか……申し訳ないとしか言えませんね」


 私とレイズ=オリアス=ブランテール王太子は力なく空笑いをする。


 恐らく既に色々と理解させられているに違いない……カイ=バラゼル伯爵がそうであったように、エインヘリアにいる者もまた相手の全てを絡めとり、完膚なきまでに心を折っていくスタイルなのだろう。


 選択肢を与えつつ、実質決まったルートしか選べない様にする……その先に待つのが考え得る限りの最高の結果であるから質が悪い。


 自分の意思で行動しているつもりでも全てが手のひらの上、何をしようと彼らの書いたシナリオからは外れることが出来ないと思い知らされるのだ。


 それを壊そうと突拍子もない行動をとると……どうやったかそれさえもシナリオに組み込まれている恐ろしさ。


 もはや体も精神も全てが彼等の思うがまま……そんな気さえしてくるのが彼らのやり方。


 敵だったら恐ろしいが味方となると頼もしい……良くそんな話を聞くが、はっきりいって敵でも味方でも恐ろしい人物、それが彼等という存在だ。


「ジウロターク大公……先程の謝罪は、実はもう一つ理由がありまして……」


「謝罪の理由……ですか?それは一体」


 私が遠き地にいながら全てを駒でも動かすかのように操る者達に戦々恐々としていると、レイズ=オリアス=ブランテール王太子が殊更申し訳なさそうな表情を見せる。


「先程ジウロターク大公は、エインヘリアに行くことに恐怖を覚えるとおっしゃられていましたが……実は、既に公が来られることを待たれておられます。この城で」


「……今何と?」


「申し訳ありません、ジウロターク大公……これより、ご案内させていただきます」


「お、お待ちを!」


 立ち上がるレイズ=オリアス=ブランテール王太子に、私は慌てて声をかける。


 既にエインヘリアの者がこの王城に?


 馬鹿な……カイ=バラゼル伯爵の予定ではエインヘリアの者との邂逅はまだ先の筈。


 それなのに何故……。


「エインヘリアの方が来られているというのは……私と話をする為に?」


「えぇ、その通りですが……もしや、カイ殿の予定にはなかった事態で?」


 驚いた表情で問いかけて来るレイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 しまった……カイ=バラゼル伯爵は全知全能でなければならないのに、その予測から外れた事態に動揺して英雄の名に傷を付けてしまった。


「となると……やはり……」


 自ら犯した失態に内心歯噛みしていると、考え込むようなそぶりを見せた後レイズ=オリアス=ブランテール王太子は真剣な面持ちで口を開いた。


「ジウロターク大公をお待ちの方は……」


 その名を聞いた私は、目の前が一瞬暗くなるのを感じた。






「初めまして、ジウロターク大公国盟主、ブロントゥス=ジウロターク殿。俺がエインヘリアの王、フェルズだ」


 レイズ=オリアス=ブランテール王太子に案内された部屋には、人の形をした何かが愉快気に笑みを浮かべながら座っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る