第473話 請い願う

 


View of ブロントゥス=ジウロターク バゼル王国大公 ジウロターク大公国盟主






 ブランテール王国の上層部への面談は王都到着後すぐに叶う事となった。


 こちらとしては非常にありがたい限りだが、恐らく何かしらの意図が働いているのだろう。


 その意図がカイ=バラゼル伯爵の物かどうかは分からぬが……少なくともここですぐに対応して貰えること自体は、かの英雄の予定通りではある。


 ここで私の対応に出てくるのはレイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 そこで訪問の理由を伝えれば、すぐにエインヘリアに取りなしてもらえるとの事。


 カイ=バラゼル伯爵の読みではここでの足止めは長くとも二日。


 その間に、出来る限りエインヘリアとエインヘリア王について情報を集めておくようにとのことだった。


 幸いというか、レイズ=オリアス=ブランテール王太子とは面識がある。


 五年ほど前になるだろうか?


 レイズ王太子が外遊でバゼル王国を訪問した際、ジウロターク大公国にも訪問してくれたのだ。


 バゼル王国とジウロターク大公国はエルディオンという国のせいで、大陸東側にある国としてはかなり微妙な立場なのだが、それでもブランテール王国は正面から我々と友好を結んでくれた相手。


 レイズ=オリアス=ブランテール王太子本人も優秀かつ非常に好感の持てる人物で、彼が王太子である以上ブランテール王国は次代も安泰だろう。


 過日の戦争では何の手助けも出来ず心苦しく思っていたが、バゼル王国は常にセイアート王国に狙われており、他所に意識を向ければ必ずその隙を狙ってくることは明白……それ故、支援することは出来なかった。


 その事に引け目はあるが、今の私は使者……自分達よりも力ある相手とはいえ、図々しく行かせていただこう。


「ようこそ、我が国へ。ジウロターク大公」


 案内された部屋に入った私を出迎えたのは、カイ=バラゼル伯爵の予想通り、レイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 記憶にある姿よりも若干老けたように感じられるが、その身から感じられる活力は以前よりも力強いものとなっている。


「ご無沙汰しております、レイズ=オリアス=ブランテール王太子殿下。此度の戦の終結、並びに貴国の勝利をお慶び申し上げます」


「ありがとうございます。少々思い描いていた物とは違った終結となりましたが、民に大きな被害を出すことなく終戦を迎えられた事を嬉しく思っております」


 レイズ=オリアス=ブランテール王太子は苦笑するように言うが、この戦争は口で言う程簡単なものではなかったはずだ。


「レイズ=オリアス=ブランテール王太子殿下の采配の素晴らしさは、我が国のカイ=バラゼル伯爵も舌を巻いておりました」


「ははっ、英雄カイ殿を驚かせるような働きはしていないと思いますが、少しでも感心して頂けたのであれば嬉しいですね。私はカイ殿の英雄譚のファンですので」


「ふふっ。彼がそれを聞いたら物凄く微妙な顔をすることでしょう」


 カイ=バラゼル伯爵は英雄と呼ばれることを嫌がっているからな。


 特に彼自身を題材とした演劇の事は、かなり疎ましく思っているようだ。


 しかし、士気高揚の為にしかたなく上演を許可しているという状態であり、新作が公演された日は朝から非常に苦々しい顔をしており、彼の本心が垣間見える貴重な日とも言える。


「カイ殿のそんな表情は是非見て見たくはありますね。ところで、ジウロターク大公……現在貴国はかなり激しい攻撃を受けているようですが……」


 心配そうな表情を見せるレイズ=オリアス=ブランテール王太子。


 そう、彼の言うように……現在バゼル王国はセイアート王国から大規模な侵攻を受けているのだ。


「えぇ。敵軍が動いたのは、まだ私がバゼル王国領内を移動中の事でしたから存じております。私は開戦前からこの戦局について説明を受けておりましたので……心配はしておりません」


「そうでしたか……やはりカイ殿が?」


「えぇ。彼の予定通り、ですね。かつてない規模……いえ、はっきり言いましょう。エルディオンが本格的にセイアート王国に戦力を貸し出して攻め込んで来たようです」


 私の歯に布を着せぬ物言いに、レイズ=オリアス=ブランテール王太子は先程までの柔らかな様子から真面目な面持ちへと変わる。


「エルディオン……やはり、英雄の存在が?」


「私は開戦前に出立したのでそこまで詳しい情報は持っていませんが、彼はそれが出てくることを確信していたようです」


「……やはりカイ殿は全てお見通しだったわけですね」


 何をとは言わずに、レイズ=オリアス=ブランテール王太子は深くため息をつく。


 先の戦争時、ブランテール王国が慎重に動いたのは三国に英雄の影を見たからだとカイ=バラゼル伯爵は言っていた。


 そしてその裏にはエルディオンがいることも。


 現在の我が国の状況は、先日までのブランテール王国と同じ……いや、我が国の場合はよりあからさまにエルディオンは動いているとも言える。


「仮にですが、セイアート王国の此度の進行を退けた先に、エルディオンによる本格的な侵攻が始まったら、バゼル王国……カイ殿にはそれを跳ね除ける手立てが?」


「彼の心の内は、凡人である私では全く読めません。そして、彼は先の事について多くを語る事はしないので……」


 彼がもう少し我々に見解や予測を伝えてくれれば、もう少し……いや、かなり我々も心穏やかでいられると思う。


 ……恐らく。


 いや、とんでもない絶望的な状況だけ伝えられれば……それはそれでキツイかもしれぬが。


「我々と同じ物を見ながら見えている物が違う……演劇の中でも多くの賛辞を受けるカイ殿ですが、この言葉は非常に端的にカイ殿という人物を表現していますね。どんな風に世界が見えているのか、一度で良いので同じ物を見てみたいものです」


「……あまり、お勧めは出来ないかもしれませんね。カイ=バラゼル伯爵が二人になったら、周りの人間が潰れてしまいかねません」


 私が肩を竦めながら言うと、レイズ=オリアス=ブランテール王太子は苦笑しながらも納得したように頷く。


 アレは一人だからまだ何とかなるのだ。


 カイ=バラゼル伯爵のような人物が二人も三人もいたら……この大陸の全て……明日の天気ですらその者達の思いのままと考えてしまうかもしれん。


 そんな風に暫く談笑を続けていたが、そろそろ本題に入らねばなるまい。


 私は姿勢を正し、レイズ=オリアス=ブランテール王太子にゆっくりと頭を下げる。


「レイズ=オリアス=ブランテール王太子殿下。本日は貴国にどうしても願いたきことがありお目通り願いました」


「……対セイアート王国の援軍でしょうか?」


 真剣な表情で尋ねて来るレイズ=オリアス=ブランテール王太子にかぶりを振った私は、本題を切り出す。


「いえ、我々バゼル王国、そしてジウロターク大公国が求めるのは……エインヘリア。かの国との繋ぎをお願いできないでしょうか?」


「……」


 この願いは、中堅国であり昔から付き合いのあるブランテール王国の事を侮っているともとられる。


 セイアート王国の後ろにいるのが大国エルディオンであるとはいえ、我が国とは比較にならぬ程の国力を持つブランテール王国を前にして、別の国を紹介してくれといっているのだから。


 仮に……ブランテール王国の援軍とカイ=バラゼル伯爵という英雄の頭脳が合わされば、エルディオンを押し返すことは不可能ではないかもしれない。


 だが……。


「我々は貴国を軽んじてはおりません。相手がエルディオンであるならば、貴国を頼った事でしょう。ですが、私が真に救わなければならないのは……ジウロターク大公国、そこに住む同胞達。今この瞬間も狂化という現象に恐怖するエルフ達なのです」


「……」


「エインヘリアには妖精族を襲う狂化という現象への対抗策がある。カイ=バラゼル伯爵はそう推測しています」


 私は目の前のテーブルに額をつけんばかりに頭を下げる。


 もし……今この瞬間、私が狂化する様な事があれば……全てが終わるだろう。


 その危険を負ってでも、エルフという種の窮状を知る私自らがここに来なければならなかった。


 エルフでなければダメなのだ……実際にその恐怖に脅かされていなければ、レイズ=オリアス=ブランテール王太子は勿論、エインヘリアの者達にもこの想いは伝わらない。


 だからこそ、複数の国を危険にさらしてまで、私はここに来た。


 ブランテール王国からすれば、身勝手な話だろう。


 しかし、それでも……私でなければならなかったのだ。


 レイズ=オリアス=ブランテール王太子が再び言葉を発するまで、私は頭を下げ続けた。


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