第471話 知り合ってから三年
んっはあああああああああああああああああ!!
やっちまったああああああああああああああああああああ!!
ほぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!
おいおい、おいおいおい、おいおいおいおいおい!!
ちょ、おまっ……いやいやいや!
絶賛身悶え中の覇王は、自室のベッドの上でじたばたしていた。
何かの遊びと勘違いしたルミナが、大興奮でじゃれついて来るけど……正直今の覇王はそれに構う余裕がない。
ベッドの上を転がりつつ、飛び掛かって来るルミナを避け、時に受け止めてわしゃわしゃして、また転がり、ルミナに飛び掛かられ、そのお腹に顔を埋める。
そんな無限ループを繰り返す事小一時間。
なんとか精神がフラットな状態に戻って来た俺は、胸の上に乗っていたルミナを支えながらゆっくりと身を起こす。
……ふぅ。
なんかなーなんだかなー。
精神がフラットになったとは言ったが……正直一瞬でさっきの状態に戻りそうになる。
原因は……言うまでもない。
昨夜……今朝?の事だ。
いや、別に何がどうって訳じゃない。
そうそう、別に大したことではない。
うむ……全然大したことないのである。
俺の記憶の中でも彼女とかいたみたいだし?
精神的には良い大人な俺が今更き……キスの一つや二つで動揺するアレとかないし?
ほんともうね……余裕っスわ!
それに、き、キスとか……アレっスわ……ルミナと毎日五回はしているし、今更動揺とか無いっスわ!
ほんとないっスわ!
あとほら、アレはなんて言うか夢的な奴だしね?
あんなアレは……所謂挨拶的な?
そうそう、アレは挨拶的な……やわ……じゃなく、こうおはようとおやすみみたいな奴だし?
よし、大丈夫だ。
いくらフィオが綺麗で可愛かろうと、力を入れたら折れそうなくらい繊細に感じられるのに何処もかしこも柔らかかったり……やわっ!?
くっ……落ち着け覇王。
お前いくつだと思っているんだ。
今更き、キスくらいで……って覇王三歳だったわ!?
いや、三歳でファーストキスってヤバ過ぎるやろ……あかんて……。
その事を改めて認識した俺は、胸の中が燃えるような熱を帯びたような感覚を覚える。
うぐぐ……駄目だ。
しかも今回はフィオから揶揄われたとかそういうのではなく、がっつり俺から行ってしまっているわけで……ぐぉぉぉぉぉぉ、おもむろに虚空に向けて『神雷』とかぶっぱなしたい!
抱っこしていたルミナをベッドに下ろし、俺は軽く頭を抱えて目を閉じ……脳裏にフィオの顔がアップで思い出されて身悶えしてしまう。
あかーん!!
目を閉じたらフィオのあの時の顔しか出てこねぇ!?
そんな風に身悶えすることさらに小一時間……再び心をフラットに戻した俺は、至極冷静に呟く。
「目を瞑らなければ良いのでは……?」
そう、瞬きすらしなければ、フィオの顔が浮かんで取り乱す様な事にならないのではないだろうか?
そう考えて一分程瞬きをせずに頑張ったけど……フェルズの肉体が優れていても目の乾燥には勝てなかったよ……。
しかしまぁ、アホな事をやったおかげでかなり落ち着いたと思う。
今日は……午前中の書類仕事にも全然身が入らず、正直処理した書類の内容を覚えていない。
……だ、大丈夫かな?
いや、変な書類が混ざっていない事は間違いない。
俺の所に決裁が持ち込まれる以前の段階で、キリク達がしっかりチェックしてくれているからだ。
ぶっちゃけ、読まずにサインしてもエインヘリア的には何も問題は起こらないだろう。
しかし、俺の所まで書類が上がってきている以上、一度は目を通し内容を確認しておかなければ、いざ問題が起こった時になんのこっちゃ?となってしまうし、それでなくとも会議等でその話が出た時に、ほぇ?となるのはマズすぎる。
書類を読んでいれば話が出てすぐに思い至れるだろうし、内容を忘れていたとしても何となく思い出す事が出来る筈だ。
しかし、今日の書類は一切覚えていないし……そもそもサインしただろうか?ってレベルだ。
うん、流石にマズいな。
ブランテール王国の件やエルフ、それにバゼル王国関係の書類があったとしてもおかしくない。
それに決裁関係の書類が基本だけど、報告書系の書類も普通に送られてくるしな。
普段、報告書関係は少し時間をかけてじっくり読むようにしているけど……うん、決めた。
俺は扉を開けて部屋の外に待機していたメイドの子に声をかける。
「イルミットに、今日の午前中に俺の執務室に置いていた報告書や決裁した書類を、もう一度執務室に持って来るように言ってくれ」
「畏まりました」
イルミットや関係部署には非常に申し訳ないけど、ちょっと午前中のやり直しをさせてもらおう。
勿論、一度決裁のサインをした書類をやっぱり却下、みたいなことはしないが……。
そんなことを考えつつ、俺は珍しく午後も執務室で過ごすことを決めた。
「フェルズ様~お待たせいたしました~。こちら本日の午前中に目を通して頂いた書類になります~」
「ありがとう、イルミット。手間をかけさせたな」
どうやったのかは分からないけど俺が自分の執務机に座った直後、イルミットが書類を手に執務室へとやって来た。
メイドの子がイルミットに俺の命令を伝え、イルミットが書類を集め、更にこの部屋へとやって来る……それを、俺が自分の部屋から執務室に移動する間にやってのけるって……ファストフードもびっくりなスピード感だよ?
そんなメイドの子やイルミットのチートっぷりに戦慄を覚えながら、俺は受け取った書類に目を落とす。
「何か問題でしょうか~?」
俺に書類を渡したイルミットが、心持ち表情を硬くしながら尋ねて来る。
余計な心配をさせてしまったようだ……本当に申し訳ない。
ちょっと心が真理の探究に出ていたんです……。
「いや、そうではない。今日の午前は……少々集中力にかけていた様でな。書類の内容をしっかりと確認出来ていなかったのだ」
「も、もしや体調でも悪いのでしょうか~?」
俺の言葉に、イルミットが珍しく慌てたような様子を見せ、扉の横に控えていたリーンフェリアも血相を変えてこちらに近づいてくる。
「いや、そういう訳ではない。心配をかけてしまったようだが、体調は何一つ問題ない。安心してくれ」
「そ、そうでしたか~」
心の底から安心したように胸をなでおろす二人を見て……なんかもう色々と申し訳なさが募る。
「イルミット、それにリーンフェリアも……俺が集中力を欠いていたばかりにすまない。関係部署にも迷惑をかけてすまないと伝えておいてくれ」
「いえ~そんな~」
「簡単に謝るべきではないというのは分かっているが、これは性分なんでな。許せ」
「何も問題ございません~。フェルズ様のなさる事~それが即ち王の振舞いというものです~。それに~フェルズ様のお優しい心は~とても心地良く感じますので~」
いつものように穏やかな笑みを浮かべるイルミットと、真面目な様子で頷くリーンフェリア。
フィオとはまた違う感じにだが……皆にも甘えてしまっているよな。
一瞬フィオの事を思いだした事で、何か色々な感情が呼び起こされてしまったが……今ここでそこに気を取られては午前中の二の舞。
俺は覇王力を全開にして心を抑え込み、急ぎ書類に目を通す。
……。
……。
……良かった。
決裁を求められていた書類も報告書も、特に問題の無い物ばかりだ。
俺は書類を纏め、イルミットに手渡す。
「確認出来た、ありがとう」
「いえ~、問題ありませんよ~」
そうだ、イルミットがいる事だし、フィオの件を伝えておいた方が良いだろう。
……いや、召喚の話だよ?
フィオ自身の事をって訳じゃないよ?
っていうか……フィオの事なんと説明した物か……色々ふわっとしているし、そろそろ本気で考えないとな。
「イルミット。定期的に行っている召喚の件だが、次の召喚は少し時間を空けて、魔石を少々多めに用意しようと思う」
「畏まりました~。どなたを召喚するのですか~?」
「次に召喚するのは……イルミット達の知らない人物だ」
「仕官されていた方ではないと~?」
イルミットが小さく首を傾げているので、俺は頷いて見せる。
「あぁ、彼女はエインヘリアに仕官していた人物ではないが……現在この世界で問題となっている魔王の魔力関係で、非常に頼りになる人物だ」
「……なるほど~研究者ですか~」
一瞬イルミットが何かを考える様な表情を見せた気がしたが……本当に一瞬だったからな。
あー、ケインを始めとして、技術者系ばかり呼び出しているから少し思うところがあったのかもしれない。
もっと文官増やして!みたいな。
ルートリンデを呼び出したとはいえ、文官も圧倒的人手不足だし、そっちも増やさないといけないのは分かっているんだけど……今はどうしてもフィオを優先したい。
この件だけは……フィオにも相談出来ない……絶対自分を後回しにしてくれて良いって言いそうだしな。
「魔石はどのくらい入用ですか~?」
「正確な数字は今度算出しておく。今週中……いや、少し時間をくれ」
「畏まりました~」
すぐに必要数を計算して提出しようと思ったけど、能力値やアビリティに関してはフィオの持っていた物に限りなく近づけたいし、相談する必要がある。
以前能力値はカンストだとかふざけた事を言っていたが……恐らくそれはないだろうしな。
流石にすべてカンストと言われたら、百億貯めても全然足りない。
しかし……あれだな。
言われたら言われたで、何とかしてやりたいと考えてしまう自分がいることに気付いてしまった。
この思考は危険だ。
俺はエインヘリアの王様だからな……しっかり自制しないと、なんちゃって覇王どころか愚王一直線だ。
エインヘリアに住む者達、そしてうちの子達の事を一番に考えつつ、フィオの事も何とかしてみせる。
覇王フェルズとして、そのくらいの我儘は叶えてみせよう。
……その為にも、仕事中に気もそぞろにしているわけにはいかない。
俺は気合を入れて……今日の仕事が終わっている事を思い出した。
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