第470話 誓い



「フィオも知っているだろうが、今回捕獲した三人の英雄……彼等には魔王の魔力を利用した魔道具が埋め込まれていた」


「……うむ」


 俺の言葉に神妙な面持ちで頷くフィオ。


 あまりやりたい類の話ではないけど、調査を命じている以上俺自身も出来ることはやっておく必要がある。


「まず聞きたいのは、英雄についてだな。魔王の魔力を利用した魔道具を埋め込むことで只人が英雄になっていた……恐らくそんな単純な話ではないのだろうが、少なくとも人工的に英雄を作る要因として魔王の魔力が使われていたことは間違いない。つまり、リズバーン達のような英雄は魔王の魔力をその身に宿した人族という事なのか?」


「……それに関しては、私には分からぬ。私が生きていた時代には英雄という存在は確認出来ておらんかった。勿論、私が知らないだけで当時からいた可能性はあるが……少なくとも私は知らぬ。今の私では儀式で生み出されたお主たちの事ならともかく、外のあれこれを調べたり研究したりすることは出来ぬからのう」


「昔は英雄がいなかったのか……」


 フィオの以前の魔王のあれこれで人口が激減していたみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないか。


「引きこもりじゃったしのう」


「いや、閉じ込められていた奴は引きこもりとは呼ばんだろ……」


 引きこもりとは自らの力で閉じこもる人の事で、他人の力で閉じ込められている奴はそう呼ばない。


 だから、天照大神は引きこもりでモンテ・クリスト伯は虜囚だ。


「まぁ、それはともかく……人族も狂化するわけじゃから、魔王の魔力の影響で強くなったとしてもおかしくはないのう」


「魔族が魔神になるみたいな感じか」


「アレよりはかなり穏やかな変化じゃな。魔神となるには一度狂化せねばならんしのう。いや、この実験によって、彼らも一度狂化した可能性はあるか……」


「以前、ギギル・ポーで狂化したドワーフ達を調べるために魔王の魔力を調べる装置をオトノハが使っていたが、あれで英雄を調べれば何か分かるか?」


「どうじゃろうな?少なくとも人工的に英雄にするにはその方法が使えるのかもしれぬが、お主は英雄という存在について調べたいわけではないじゃろう?」


 フィオにそう言われて、そう言えばそうだと思いだす。


 英雄の件はあくまでとっかかり、本題は……。


「今気にするべきは魔法大国が魔王の魔力を研究、利用しているという点だな」


「その手の研究は昔も行われていたが、当時は成果と呼べるようなものは無かったのじゃ。それを考えれば、見事と言えるのう」


 あまりにもあっさりしたフィオの言葉に、俺は少し違和感を覚える。


「……気にならないのか?」


「……全くならないと言えば嘘になるが、私も研究者の一人として、魔王の魔力を実用レベルで利用したことは素直に称賛したいと思ってしまうのじゃ。まぁ今の所、平和利用には程遠い代物の様じゃが……これが切っ掛けで素晴らしい技術が生まれる可能性もあるからのう」


「……」


 確かに兵器に使われていた技術が生活に根差したものに応用されることは珍しくないし、技術の発展は兵器と医療と……後はエロと言われているしな。


 魔法大国が平和的な技術流用をするかどうかは甚だ疑問だが……。


 それよりも……俺はフィオの考え方に驚いてしまった。


 フィオにとって魔王の魔力は、人々を苦しめ、自身の仇とも言えるものの筈だ。


 だからこそ、それを無力化することは考えても、魔王の魔力を利用することを考えているとは思わなかった。


 いや……情が深く、それでいて合理的なフィオらしいとも言えるか。


「じゃが、流石に魔法大国の実験は看過できんのう」


「そうだな。ギギル・ポーの件もそうだし、今回の英雄の件。それに……商協連盟では違法な妖精族奴隷を集めたりしていたな。後は、あの妖精族の力を抑制する首輪……あの時バンガゴンガには作成者の意図は分からないと言ったが、どう考えてもキナ臭いよな」


「……」


「そろそろ本格的に魔法大国と事を構えるべきなのかもな」


 ギギル・ポーで若干疑いを持ってから、ずっと怪しいとは思っていたんだけど……明らかにめんどくさそうだから後回しにしてきたんだよね……。


 しかし、流石にこれだけはっきりと魔王の魔力関係で動いているのを見てしまっては……放置は出来ん。


 エルフの件が終わったら、次は魔法大国だな。


「……本格的にと言いながら、微妙に後回しじゃな」


「……いや、それはほら……あの……複数の国の問題を同時に当たるのは、あれやん?」


「まぁ、分からんでもないがの」


「とりあえず外交官に動いて貰う。今まで、基本的に伝聞でしか魔法大国の事を知らなかったからな。純血主義とは聞いているが、それがどの程度の物なのか。文化、思想、技術、軍事力、経済力……その辺りをしっかり調べ、魔王の魔力についてどの程度知っていて、どの程度研究をしているのか。そして、魔王の存在の有無」


 自分で言っといてなんだが……調べないといけないことが山盛り過ぎるな。


 これは……完全に後回しにしたツケのような気がする。


 魔王の魔力の件を思えば、後回しにするべき相手ではなかったな……。


「そう気にせんでくれ」


 魔法大国を面倒だからと後回しにしたことを少なからず気まずく思っていると、フィオが苦笑しながら言ってくる。


「確かに魔法大国の件は面倒が多そうじゃが……お主はは今まで普通では考えられん速度でことを進めてきたのじゃ。限られた人手で、ミスを一度もせずにの。これは驚嘆に値することじゃし、私は心の底から感謝しておる。魔法大国を後回しにしたのは、怠惰からではなく、周囲の状況から堅実に事を進めて来たからじゃ。直接相対することが無かった魔法大国が後回しになるのは当然と言えよう。正直……三年前、儀式が完遂しお主たちが生み出され、私自身が自我を取り戻した時は、ここまで早く事が進むとは想像も出来なかったのじゃ。まぁ、いつも言っておるがの?」


 フィオは微笑みながら立ち上がり、テーブルを周り込んで俺の前に立つ。


「のう、フェルズ。お主はいつも私に感謝していると言ってくれるな?」


 ゆっくりと手を伸ばし、座っている俺の頬に触れながらフィオが言う。


「あぁ。俺はフィオに感謝している」


 頬に手を添えられながら、俺はフィオを見上げるように見つめ返しながら答えるが……少し緊張を覚える。


「……私も。私も、フェルズに感謝しておる」


 そう言って……フィオは少しだけ寂しげに微笑む。


「じゃが、この感謝をお主にどう返せばよいじゃろうか?どれだけここで感謝を伝えようと……こうしてお主に触れようと、所詮は夢。幻に過ぎぬ私では、お主に何一つ返すことが出来ん」


「……今まで新規雇用契約書を使った実験をしてきただろ?アレはリーンフェリア達の家族を呼ぶ為の物でもあったが、お前を外の世界に呼びだす為の物でもあった筈。もしかして……結論が出たのか?」


「……いや、出ておらん」


 フィオの返答に、俺はほっと胸をなでおろす。


 妙に深刻な雰囲気だから、無理だったって話かと思って少し緊張したけど……違ったのか。


「じゃが、恐らくこのまま実験を続けたとしても結論は出ないのじゃ。レギオンズのゲーム、そしてお主という個人の人格を儀式は情報として取り込み、五千年間溜め続けた魔力によって現実のものとした。そしてお主たちと同様に、私自身も存在そのものを儀式に取り込まれ、情報として蓄えられたと見て間違いない。ここまでは以前にも話した通りじゃ」


「あぁ」


 だからこそ、フィオ自身を新規雇用契約書で呼び出すことが出来るのではないかという発想に至ったわけだからな。


「恐らく、フィルオーネ=ナジュラスという人物を新規雇用契約書で呼び出すことは可能じゃ」


「そうなのか!?」


 思わず俺は喜びの声を上げてしまったが、何も問題が無いのであればフィオがこんな風に思い悩んでいる姿を見せる訳が無いと気付く。


「……すまんのう。問題はの?そうやって呼び出されたフィルオーネ=ナジュラスが、今ここでこうしてお主と話している私であるとは限らんのじゃ」


「……どういうことだ?」


 フィオを呼び出したのにフィオじゃない……?


「呼び出した者達の記憶は……いつ呼び出してもゲームのエンディングを迎えた瞬間のものじゃったじゃろ?」


「あぁ」


 その問いかけで、なんとなくフィオの言いたい事を理解した。


「……データのバックアップを取った時点の存在として呼び出されるということか?新規雇用契約書で呼び出したフィルオーネ=ナジュラスは、儀式を行った直後の……五千年前儀式に取り込まれた瞬間のフィオであって、俺とこうして今日まで三年会って来たフィオではないと?」


「可能性は十分……いや、寧ろその可能性の方が高いと言えるのじゃ」


「……」


 フィオは儀式を行った後の五千年間を、意識が希薄なまま過ごしたと以前言っていた。


 五千年前の……儀式を行った直後のフィオであったとしても、恐らくフィオはフィオだろう。


 だが、そのフィオは……俺と過ごした三年を知らない、別のフィオという事でもある。


「……」


「じゃが、これに関しては、レギオンズの者達と私では決定的に違う部分もある。私は儀式発動後もこうして意識だけじゃが、時間を進めておる。それに対してレギオンズの者達はゲームのデータである以上時間を進められない」


「確かに、その違いはありそうだが……儀式その物は三年前に発動してしまったわけだろ?」


「……うむ」


 ……口に出してから自分の失敗を悟る。


 そんなことわざわざ口に出さずとも、フィオは気付いている。


 だからこそ、こうやって俺に説明をしてくれているのだから。


 フィルオーネ=ナジュラスを新規雇用契約書で呼び出すことが、必ずしも今ここで俺と会話をしているフィオの意識そのものを移動させるとは限らない。


 五千年前の儀式に飲み込まれた直後のフィオかもしれない。


 三年前の儀式が発動した瞬間のフィオかもしれない。


 今ここで俺と話しているフィオかもしれない。


 レギオンズの子達とフィオでは、根本的な在り方が違う……故にこれ以上実験を重ねても、俺達が望んでいる答えを得ることは出来ない。


 ……これはそういう話だ。


「……」


「……」


「……ま、まぁ、そういう訳じゃから、私を呼び出すというのは少し考え直すべきではないかの?さ、流石に私も、自分と同じ人格を持った者が外で動き回るのは……色々切ない物を覚えそうじゃし……」


 そう言ってフィオは思い出したかのように俺の頬から手を離し、気まずそうに眼を逸らしながら空笑いをする。


 そんなフィオの姿を見て、俺は立ち上がり……思わずフィオの事を抱きしめてしまった。


「なっ!?」


「フィオ」


「な、なななな、なんじゃ!?」


 身長差から、抱きしめたフィオは俺の胸あたりに納まっている。


 いつもは揶揄われた俺が狼狽えさせられる側だが、今日はフィオの方が慌てふためいているようだ。


 その事に少しだけ満足感を覚えつつ、俺は言葉を続ける。


「俺は……絶対にお前を呼び出す」


「っ!?」


 腕の中でフィオがびくりと肩を震わせる。


「一か八か……そんな事はしたくないが、フィオを呼び出すことを俺は絶対に諦めない」


「……」


「だから……俺は次の新規雇用契約書で、フィルオーネ=ナジュラスを呼び出す」


 抱きしめたフィオの体は細く、フェルズの体で力を込めたら簡単に壊れてしまいそうに感じる。


 だから俺は……赤子でも抱き上げるかのようにそっと、しかし少しだけ腕に力を込めた。


「もし……もし、今ここにいるフィオ自身を呼び出せなかった時は、絶対に……すぐに俺の事をここに呼んでくれ」


 こう伝えておかないと……失敗した時、フィオは二度と俺の事をここに呼ばない気がするからな……。


「……それでどうするのじゃ?」


「謝る」


「……それだけかの?」


「その後で、エインヘリア……いや、この大陸全ての力を使って、お前を呼び出す方法を研究させる。先に呼び出したフィルオーネ=ナジュラスにも研究させる」


 俺と話した記憶が無かろうと、フィオの人格は変わらない。


 事情を伝えれば、絶対にフィオは協力してくれるだろう。


「……結局人任せかの?」


 フィオが小さく笑いながら言う。


 残念ながらフィオの顔は俺の胸に押し付けられている感じになっていて、俺からは見えないが。


「くくっ……知らなかったのか?エインヘリア王ってのは、そういう存在だぜ?」


 他力本願で全てを成し遂げる覇王様よ?


「……知っておる。この世界の誰よりも……お主の事は良く知っておる」


 フィオはそう言って肩を震わせる。


「フィオ……お前を外の世界に呼びださせてくれ」


「……はい……貴方が呼び出してくれる日を、お待ちしております」


 顔を上げたフィオは涙に頬を濡らしていたが、とても穏やかな笑みでそう口にした。


「約束だ。絶対に……魔王の魔力による苦しみの無い世界を、お前自身の目で見せてやる」


 その宣言に……フィオは微笑みそっと目を閉じ、俺はゆっくりと顔を近づけ……唇を重ねた。


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