第469話 やばいよやばいよ
「ヤバない?」
「そうじゃなぁ」
開口一番俺がそう言うと、向かいに座るフィオが実に気のない返事を返してくれる。
「まぁまぁ、待てよ。そして聞けよ。どう考えてもヤバいだろ?」
「私はその、ヤバいの一言で全てを語ろうとするお主の頭の方がヤバいと思うのじゃ」
「……」
「……」
違うやん?
今そう言うめんどくさいタイプの話題はどうでもええやん?
「……分かるだろ?」
「そういうめんどくさい系の彼氏みたいな台詞はイラっとするのう」
「……私がどうしたら良いか、御教示頂けないでしょうか?」
この事を相談できる相手はフィオ以外には居らず、是非ともアドバイスを戴きたい次第にございます。
なにぶん、当方なんちゃって覇王です故。
「うむ、別にそこまで卑屈になる必要はないんじゃがの?」
「いぇいぇ、拙者ポンコツですのでぇ」
「うむ、そろそろ気持ち悪くなってきたから止めるのじゃ」
「ふっ……」
勝ったな。
「今日はそろそろお開きにするかの?」
「冗談ですよぅ。フィオさんってば真面目なんだからぁ」
「次そんな風にしゃべったら本当に終わりにするからの」
「うっス」
とまぁ、冗談めかしてはいるものの、実際の所かなりピンチだと思うんだよね?
カイ=バラゼル。
キリクとイルミットがあれだけ絶賛する人物だ。
今まで優秀な人にはかなり会って来た。
エファリアやフィリア、クルーエルは当然として、カルモスやヴィクトル、グリエル殿にリズバーンやバークス。
それにキリクが賭けをしてまでエインヘリアに取り込んだレブラントや、三か国を同時に相手にしながら翻弄し、英雄三人を封じ込めたレイズ王太子。
パッと思いつくだけでもこれだけの名前が挙がるし、まだまだ印象に残っている人物はいる。
その誰もがキリク達から優秀だと称されてはいたが、カイ=バラゼル程絶賛された者がいないのも確かなのだ。
そんな人物を前にして……果たして覇王は覇王でいられるだろうか?
キリク達は、色々とフィルターがかかっていて、俺に対する査定がだいぶ甘くなっているけど、カイさんは違う。
優秀だとキリク達が絶賛した目を持って、冷静に覇王という人物を計るだろう。
とてもではないが誤魔化しきれるとは思えない。
「ふむ。お主の懸念は理解したのじゃ」
「な?どう考えてもやべぇだろ?」
「……」
「……ごめんなさい」
フィオの眼がスッと細くなったのを見た俺は、速攻で謝る。
今フィオに見捨てられたら色々な意味で終わってしまう。
「確かに、それだけ優秀な人物であれば、お主の内心を見透かすかもしれぬ」
「……」
「しかし、それがどうしたというのじゃ?」
「いや、どうしたって……色々マズいだろ?」
相談に乗ってくれそうな感じだったのに、何故かフィオは先程までと同じように気のない返事を返してくる。
「そうかの?」
「そうだろ!」
首を傾げるフィオに、俺は若干語気が荒くなる。
俺が見透かされることによって、俺が恥をかくとかそういうのはどうでも良い。
だが、俺が見透かされ……見縊られるという事は、エインヘリアが見縊られるという事。
それはつまり、俺という存在を戴くうちの子達全員が見縊られるという事だ。
それだけは絶対に許せない。
俺みたいな適当な王を陰に日向に支え、エインヘリアを筈か三年で大陸有数の大国にした彼らを侮らせるなど……。
「ふむ。確かにお主は、なんちゃって覇王じゃし、それなりにポンコツじゃし、女子の胸やらふとももやらをチラ見するむっつりじゃし、覇王どころか小市民の類じゃし……」
さっき、俺が恥をかくとかはどうでもいいと言ったな……アレは嘘だ!
余すことなく見透かされ、それを羅列されるととんでもなくダメージがデカい……特にチラ見のところ……。
「じゃが、お主がエインヘリアという大国の王であることは変わらん。お主が先程考えた様に、今のエインヘリアは大陸有数……いや、実質トップの国じゃ。それだけ洞察力があり、先を見る力に長けた人物が、お主の内面に気付いたからと言って、見縊る筈がないじゃろ?」
「……そうなのか?」
「当然じゃろ?優れた指導者の内面が優れた人物であるとどうして言える?王が……為政者が評価されるのは内面ではない。何を成したかじゃ。如何に人格者の王であったとしても、その政治手腕が三流以下ならばそれは愚王よ。後世でその王は、他人の顔色ばかり窺い決断力にかける人物だったと称されるであろう。ならばお主はどうじゃ?三年という歳月で、お主は何を成した?」
俺が成した事……。
「十以上の国を征し、かの帝国と並び立つ大国を築き上げた。妖精族や魔族を狂化の恐怖から救済した。治安を向上させ、理不尽に悲しむ民を可能な限り減らした。貧しき民に仕事を与え経済的な独立を成功させた。孤児を集め国営の孤児院を作り、更に学ぶ機会を与えた……まだまだあるぞ?」
いや、それは確かに俺の功績と言われるものかもしれないけど……それを実際にやったのは俺じゃなくキリクやイルミットな訳で……。
俺がそう反論しようとすると、フィオは深いため息をつきながらかぶりを振る。
「お主のう……それは歴史のテストでなんとか寺を建てたのは誰か?という問題に対し宮大工と答えるようなものじゃぞ?」
フィオがため息をつき、俺は言葉に詰まる……。
「……そう、だな。全て俺が望み、俺が命じたことだ」
もしこの先何らかの問題が発生したら、それは全て俺の責任ということ。
責任逃れをするつもりはなかったのだが、それら全てを俺のしたことじゃないというのは無責任な発言だろう。
「お主はそういうとこ真面目というかなんというか……まぁ、何にせよ、件の英雄がキリク達の読み通りの人物であるなら、お主の内面なんぞ一切関係ないと言えるのじゃ」
「ふむ……」
言われてみれば……一国どころか大陸でもトップクラスの権力者を侮ればどうなるか、理解出来ない奴は相当馬鹿だろう。
記憶の中にある世界であってもロクな事にならないだろうが、この世界だと余裕で自分も肉親も首が物理的に飛ぶ。
結局……覇王的な威厳は大事だが、それが虚勢であるとバレたところで問題ないという事か。
心の中で多少ぷーくすくすされたところで、覇王の心以外は傷つかない。
表に出されなければ覇王の心すら傷つかない。
「そういうことじゃな。そしてお主の言うところの覇王ムーブは……中々見事じゃ。案外その英雄とやらもころっと騙されるかもしれん」
「キリク達が絶賛する程の人物だぞ?いくらなんでも無理だろ」
「どうかのう?意外と……まぁ何にしても、少しは気が楽になったようじゃな」
「そう、だな」
特に何か状況が変わったわけではないけど、確実に気が楽になった……。
完全にフィオに甘えてしまった形だが……。
「ほほほ。お主のこういった面倒をみられるのは私くらいじゃからの。ヘタレでむっつりななんちゃって覇王じゃが、それでもやはりお主は偉大で……そして優しい王じゃ。気を張り続けることが辛い事はよく理解しておる。じゃから……泣きごとくらいいくらでも聞いてやるのじゃ、私にはそれくらいしか出来んしのう」
そう言って優し気な笑みを浮かべるフィオ。
「……ごく稀に、フィオはいい奴だよな」
「……お主は常に失礼な奴じゃ」
「「……」」
いつものように一触即発になりそうな気配を感じた俺は、一度深呼吸をしてから口を開く。
「今日はもう少し話があるから付き合ってくれ」
「……まぁ、別に構わぬがのう」
俺が何を話そうとしているか、当然フィオは理解しているのだろう。
少し真剣味が増したフィオを正面にしながら、俺は口を開いた。
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