第468話 震える覇王



「大陸南東部の国は二つ。バゼル王国とセイアート王国。両国の細かい説明は省きますが、バゼル王国からはそう遠くない内に接触があるでしょう」


「ふむ。バゼル王国の方から接触を?」


 キリクがさも当然といった様子で言うと、アランドールが覇王の心情をそのまま口に出してくれる。


 とってもナイスだ、アランドール。


「えぇ、恐らく使者はエルフの……ジウロターク大公と言ったところですね」


「大公?いきなり随分と大物を寄越すのじゃな」


「大公と言っても小国ですしね。エインヘリアへの使者として考えるのならば妥当な地位でしょう」


 ……いや、流石にそれはどうだろうか?


 うちに来た小国の使者といえば……エファリアとか、リサラとか……あれ?大公より上だな?


 小国ではないけど、帝国は……先走った男爵だか子爵だかがきたけど……その後に来たのはリズバーン。


 教会からは最初に司教……その次は教皇であるクルーエル。


 うん、考えてみれば……かなりのお偉方がうちに使者としてやって来てるな。


「しかし、今回ジウロターク大公がエインヘリアに訪れるのは、国の意向というよりも一人の人物の入れ知恵と言ったところですね」


「ふむ?」


「カイ=バラゼルか」


 覚えたての人物の名前を、俺は何気ない様子で呟く。


 あくまで何気なく、何気なくである。


「フェルズ様のおっしゃるとおり……かの国にて英雄と呼ばれるカイ=バラゼル。中々面白い人物ですが、彼の考えによってジウロターク大公がエインヘリアを訪れます」


 何故カイさんはジウロターク大公を?


 いや、エインヘリアの関係者なら意図は分かる。


 エルフのトップであるジウロターク大公はエインヘリアとの繋がりを早く持つべきだろうし、関係性を考えると向こうからこちらに接触した方が良いだろう。


 だがそれは、エインヘリアの事を良く知っているからそう考えるのであって、普通その発想は出てこないだろう。


 ジウロターク大公はバゼル王国の重鎮でもあるのだろうが、エルフの代表でもある。


 他国へ使者として向かう人材としては適格とは言い難い。


 それなのにカイさんはジウロターク大公を指名した……それはつまり……。


「カイ=バラゼルは我々の事をよく理解していますね。私達は極力他国には情報は流さないようにしていますが、民の移動まで制限しているわけではありません。諜報員を使った調査では何も調べられなかったという情報を与えるだけですが、民や商人からの聞き取りは……玉石混交ではありますが、上手く玉を拾い集めることが出来た様ですね」


 満足気な笑みを浮かべながらキリクが言い、その隣にいるイルミットもいつも以上ににこにこしている気がする。


「彼は当然エルフたちが狂化という現象に苛まれている事を知っていますし、エインヘリアが妖精族の保護を進めている事も知っています。その上で、エインヘリアに狂化を防ぐか治療する……もしくはその両方の手段があると読んだのです。ゴブリン達を保護し、ギギル・ポーを傘下に加え、ハーピーやスプリガンが穏やかに暮らし、北方から魔族達を呼び寄せ保護している。その辺りの情報からその答えに至ったのでしょう」


 キリクが眼鏡をクイっとやりながら、カイさんがどうしてエルフの代表をエインヘリアに送り込んだのかを解説する。


 それは、自分が用意しておいた問題に対し見事正解者が現れた事を喜んでいるように見える。


 これはアレか?


 レブラントの時みたいな……いい子見つけた的な……あれですか?


「優秀な方は今までも何人かいましたが~今回の方はかなり良いですね~」


「えぇ。とても良いですね。我々の事を警戒する国は、帝国との戦い以降少なくありませんでしたが、それは帝国との戦いや現在の版図あっての物。我々の事を良く知ったからこその警戒と言うものではありませんでした。ですがカイ=バラゼルは違います。自身の知り得た情報から限りなく真実に近い推察をしております」


「紛れ込ませている偽の情報をしっかりと排除出来ているのも素晴らしいですね~。やもすれば偽の情報の方を真実と思いたくなるよう操作していたのに~ばっさりと切り捨てていましたからね~」


 どうやら、覇王の知らないところで高度な情報戦が行われていた模様。


 恐らくキリク達のそれは、バゼル王国に向けて行ったものではなく、エインヘリアが対外的に取っている方策なのだろうけど……噂のカイさんはそれを突破して、エインヘリアの核心に迫ったという事……かな?


 やべぇよ……ほんと油断できない……いや、覇王が油断しようが本気出そうが歯牙にもかけないくらい優秀みたいだよ?


 少なくとも覇王の知略では、キリクやイルミットの仕掛けに気付くなんて百パーあり得ないからね。


 大丈夫?


 なんちゃって覇王バレてない?


 俺の覇王力でカバーできる段階なの?


「こちらの意図も正確に読んでいるようですからね。いえ、こちらとしてもそこまで気付いてくれる人材がいればという思いで仕掛けていた訳ですし、当然気付けるようにはしていましたが……予想を上回る優秀さですよ」


「えぇ~、ほんとうに~」


 二人が嬉しそうにカイさんについて語る反面、覇王は内心冷や汗かきながらガクブルなんじゃが……帰っていいですか?


 いや、でもキリクの予想はある意味光明だ。


 うちに使者としてくるのはカイさんではなく、エルフのジウロターク大公との事。


 妖精族であるジウロターク大公であれば、こちらには魔力収集装置という切り札がある。


 当然、こちらのペースで話を進めることが出来るし、最終的には現在新婚休暇中のバンガゴンガの兄貴によろしくお願いすれば良い。


 更に、バゼル王国の使者としてやってくるのであればそちらの話も、ジウロターク大公と進められるわけだし……悪くないんじゃないかな?


 それに、俺自身がバゼル王国に行くことになった……あるいはカイさんがエインヘリアに来ることになったとしても、その応対はキリクかイルミットに丸投げしてしまえば良い。


 初回の使者とは俺が会う必要があるだろうけど、実務レベルの話になれば俺抜きでも構わないしね!


 ……。


 ジウロターク大公の側付きに扮して、カイさん自ら潜り込んできたりしないよね?


 そういう破天荒なタイプじゃないよね?


 ……マジそういうの止めてね?


「視野を広く持っているところも良いですね。我々の事だけに注視して足元がおろそかになっていない。寧ろ、我々の事を最大限利用して差し迫った脅威に対抗しようとしている」


「ジウロターク大公を使って繋ぎを作ると同時に~自分達の価値を高めようと~敢えてぶつかろうとしているし~いじらしいわね~」


「敢えてぶつかる?」


 何か不穏当な言葉が聞こえて来たので、思わず俺は呟いてしまった。


「はい。ジウロターク大公がエインヘリアに来るよりも先に、バゼル王国とセイアート王国はぶつかる事になります」


「ほう?」


「そして、今回は小競り合いでは済みません。ほぼ確実に魔法大国が絡んできます。恐らく、先日捕獲した英雄。あれと同等の存在を複数セイアート王国に配備するはずです」


 うわ……。


 魔法大国、なりふり構わずバゼル王国を潰しにかかるのか。


 このタイミングでそういう方針に変わったってことは……うちとバゼル王国を接触させたくないって事かな?


 うちが妖精族の保護をしているという話は市井にも広げているし、魔法大国がそれを知っていてもおかしくない。


 エルフを目の敵にしている魔法大国が、それに先んじてバゼル王国を潰そうと乗り出す……俺達は何一つ悪くないが、バゼル王国が攻められる原因は俺達ということでもある。


「救援を出さなくて良いのか?」


「はい。バゼル王国は、英雄を差し向けられても戦うことが出来る。それを各国……主に私達に見せようとしているのです。自分達の価値を見てもらい、最大限高く買い取ってもらおうと考えているわけです」


 ……買い取らんよ?


「くくっ……そういうことか。ならば、我等はしっかりと品定めをさせてもらおう」


「はい。まぁ、現時点で十分過ぎる程価値は見出していますが、恐らくカイ=バラゼルは、自身ではなくバゼル王国その物に価値を見出して欲しいと考えているのでしょう」


 とりあえず、カイさんがなんか凄いのは理解した。


 その上で小国であるバゼル王国が英雄を跳ね返すだけの力があると証明したい……今後のうちとの関係を考えて、ってことだろう。


 正直、ブランテール王国での戦いを見る限り、英雄って多少の小細工でどうこうなる様な戦力差ではないと思うんだけど……まぁ、危なくなるようだったらうちが横やり入れればいいし、どうとでもなるか。


 それに……カイさん本人だけじゃなく、バゼル王国の価値を上げようとしている点は悪くない気がする。


 うちはこんなに優秀なんですよってアピールするってことは、エインヘリアに頼らなくても独立独歩の国としてやっていけると喧伝するという事だもんね?


 まぁ、魔力収集装置は意地でも置いて貰うけど……その辺はエルフの……ジウロターク大公としっかり話を詰めていけば良い話だ。


「ならば我々は、ジウロターク大公がどのような話を持って来るか楽しみにしておくとしよう」


「畏まりました。それでは今後は、ひとまず見に回るという事で」


 キリクの言葉に全員が頷き、今日の会議が終わろうと……ってちょいとお待ちください!


「キリク、ブランテール王国の件はどうなっている?」


「はっ!ブランテール王国の属国化の件は滞りなく進めております」


 ……それだけ?


 軽すぎない?


 なんか知らんけど、同盟国だったはずのブランテール王国……中堅国が属国になるって言ってきたのよ?


「そうか」


「要望通り、少し時間をかけ段階的に進めていく手筈となっております。治安維持と経済支援をエインヘリアから手厚く行い、国民感情を軟化させておきます。同時に段階的に情報操作も行い、現王の最期の政策として属国化を宣言。国内の安定を見届けてからエインヘリアの承認を受け、王太子に譲位するといった流れですね。一年程度で完了する予定です」


「……そうか」


 あの日……王と会って欲しいとレイズ王太子に言われた俺は、ベッドの上でリハビリに勤しんでいたブランテール王から属国化の打診を受けてしまったのだ。


 何で急にそんな話になったのか……いや、恐らくブランテール王とレイズ王太子の間では決まっていたことなのだろうけど……まぁ、ベイルーラ地方みたいにいきなり併合してくれって言われるよりはマシだけどさ。


 属国って何なん?


 なんでそんなもんになりたがるの……?


 いや、多分魔法大国がやべぇってんで、エインヘリアに守ってもらいたいって事なんだろうけど……同盟でいいじゃない!


 ベイルーラ地方と違って、ブランテール王国だったら独立独歩の国としてやっていけるでしょ!?


 って思ったんだけど……どうしてこうなったのか。


 キリクやイルミットにその事を伝えた時、俺の胃がどれだけキリキリしたことか……。


 そしてそれを伝え終わった瞬間「あ、はい。予定通りですね」くらいのリアクションしかもらえなかった覇王がどれだけ動揺したことか……。


 ほんともう……色々訳分らんですよ……。


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