第466話 信頼できる信用できない奴



View of ヘルザン=ラーポリス バゼル王国伯爵






 私がバゼル王国総司令の執務室の扉を開けると、そこにはだらしなく口を開けたままベッドの上で両手両足を投げだし、ぼーっと天井を見つめているカイの姿があった。


 これが巷で英雄と呼ばれる男の姿かと思うと頭が痛くなるな。


「カイ……何度も言うが、執務室であまりだらけた姿を見せるな」


 まぁ、執務室にベッドが置いてある時点で今更な感じはするが、彼が子供の頃から付き合いのある身としてはどうしても小言が多くなってしまう。


「あー、領主様。いらっしゃい」


「何度も言っているが、私はお前の領主ではない。お前と私は同格の貴族だ」


「そんな事無いデスヨ。歴史あるラーポリス伯爵家と成り上がり者の伯爵では家格が全然違います」


「仮にそうだとしてもお前は既に私の領民ではないし、軍総司令として私の上司に当たる人物だ」


「故郷が無くなってしまったようで悲しいですね」


 そう言いながらベッドから身を起こすカイ。


 世間からは英雄と呼ばれ、自国のみならず周辺国でも名の知れた国防の要。


 その瞳は千里を見通し、彼の前では一切の企みが意味を成さず、その神算鬼謀は全ての敵を打ち砕き、守るべきものを必ず守り通すと謳われる。


 過大評価と言い切れないところが何とも微妙な気分にさせられるが、基本的にカイはこのだらけた感じがデフォルトだ。


 まぁ、総司令となってからはぎりぎり……本当にぎりぎりのラインで外面を取り繕っているが、劇の演目となっている様な凛々しい青年からは程遠い存在と言えるだろう。


 今も体を伸ばした後に大あくびをしているし……。


 やる時はやるのだが……ここ数年、セイアート王国も力を失い、同時にこの男もその智謀を存分に発揮する場を失ったと言える。


 勿論、セイアート王国による侵攻は今もなお定期的に行われており、それをカイが完全に封殺しているわけだが……。


「そんな事よりもカイ。エーディン王国がエインヘリアに落とされたそうではないか」


「えぇ、落ちましたねー、それも笑えるくらいあっという間に。初めてその話聞いた時、思わず飲んでたお茶吹き出しちゃいましたもん」


 ……それは面白かったから吹き出したわけじゃないだろう?


「エインヘリアは、南下してくるか?」


「こちらを降すつもりがあるかどうかは今の所分かりませんが、間違いなく接触はして来るでしょうね」


 ベッドを離れ、執務机へと向かいながら軽い様子で言うカイだったが、流石にその言葉は穏やかに聞けるものではない。


「侵略ではなく接触?」


「えぇ。我が国にはジウロターク大公国がありますからね」


「ジウロターク大公国?まさかエインヘリアもエルフに対して何かあると?」


 まさかエルディオンの連中と似たような思想を……?


「エルフというよりも妖精族に関係がありますからね、エインヘリアは」


「妖精族に?」


「えぇ、ご存知ないですか?エインヘリアが積極的に妖精族を保護しているという話」


 そう言われた私は、エインヘリアについて知り得る限りを思い出そうとするが、その情報はあまりにも少ない。


 カイによって新設された我が国の情報局は非常に優秀で、カイの耳目として情報を集め、カイの手足として策を実行する最も恐ろしい機関だが、その情報局をもってしてもエインヘリアについての情報は殆ど入手出来ていないのだ。


 そんな中、僅かばかり漏れ聞こえて来る情報の中に、ゴブリンの保護をしているという話があったような気がする。


 それを聞いた時は、他国に戦争を吹っ掛ける為の口実だと考えたのだが、カイが今それを持ち出してくるという事は、ゴブリンの保護はポーズなどではなく本気だったという事か?


 妖精族は大きな問題を抱え込んでいる……それを承知の上で保護しているのだとすれば……。


「……エルディオンとは仲が悪そうだな」


 人族であっても純血の天人しか人として認めないような連中だ。


 その主張はひと欠けらも理解出来ないが、本気でそう考えている事だけは十分以上に理解出来ている。

 エインヘリアの保護という意味が、極一般的なものであるならば……両国はけして相容れない思想を持っているという事になる。


「ですねぇ。早いところぶつかって欲しいところです」


「そうだな。それで両国の力が削れてくれるならありがたい限りだ」


「あはは、両国の力が削れるってことはないデスヨ」


 愉快そうに笑いながらカイが言うが……どういうことだ?


「大国同士が全力でぶつかり合うことはないということか?」


「いや、遠からず全力でぶつかると思いますよ。エインヘリアの思想はエルディオンとしては絶対に認められないでしょうし、エルディオンが妖精族に対して何をしているかエインヘリアが知れば、必ず動くでしょう。どちらが先に動くかは……まだ分かりませんがね」


「大国同士の大戦か……かなり厄介だな。巻き込まれでもしたらひとたまりもないぞ」


「巻き込まれる心配はありませんよ。というか、大戦と呼べる代物に発展することはないデスヨ……」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味です。まぁ、そちらは今の所どうでもいいのでお気になさらず。それよりもエインヘリアについてですが、このまま何もしなくても向こうから接触してくるとは思いますが、こちらとしてはそれはちょっとマズいので……そうなる前に使者を送ろうと思います」


 接触はこちらからか……まぁ、向こうから接触してくることが確実であるなら、小国である我々の方から挨拶に向かう方がエインヘリア側の心証もよくなるだろう。


「そうだな。国境を接することになったわけだし、こちらから接触した方が良いだろう。となると、誰を送るかだが……」


「あ、エインヘリアに行っていただく方は既に決めています」


「お前がか?」


「えぇ、陛下から許可は貰っています。といっても私が指定するのはお一人だけなので、他の使節団のメンバーはラーポリス伯爵の方で選出して頂ければと」


「ふむ?因みにお前は誰を推薦したのだ?」


「ジウロターク大公閣下デスヨ」


「大公閣下を?」


 それは……色々マズくないか?


 ジウロターク大公閣下は貴族に叙されてはいるが、厳密にバゼル王国に仕えているとは言い難い。


 勿論、バゼル王国の為に動いてくれないという意味ではない。


 寧ろ全力で力になろうとしてくれるだろう……しかし、大公閣下はそれ以上に優先する事柄がある。


 何より、総司令とはいえ、伯爵が大公爵に他国に使者として向かえと命令するのは、考えるまでもなくよろしくない。


「はい。我が国の貴族で、ジウロターク大公閣下が一番エインヘリアと円滑に話を進めることが出来ます。それに……」


「それに?」


「あー、こっちはまだ確証がないので」


 そう言いながら机の引き出しから書状を二つ取り出すカイ。


 確証がないのに口に出すという事は、ある程度確信しているがその上で確たる証拠がないという状態だろう。


 コイツの考えが外れるところを、二十年に渡る付き合いで一度も見たことは無いが……この言い回しをするという事は話す気が無いという事だ。


「……カイ。確証を得るまで話したがらないのはいつもの事だが、思わせぶりな事をわざと言う癖はいい加減直してくれないか?気になって仕方ないだろう?」


「あはは、すみませんねぇ」


 申し訳なさそうに笑うカイだが、本心から謝っているわけではない。


 というか、思わせぶりな事を言ってこちらを思い通りに動かそうとしているのだ。


 長年の付き合いで分かって入るが、腹立たしい事は腹立たしい。


 しかし、結果的にそれが良い方に転ぶことも分かっているので何とも言えないもどかしさがある。


「本当にお前は相変わらずだ。それで、私に何を求める?」


 そして毎度のことながら、私が折れるのだ。


「こちらの書状をジウロターク大公閣下へとお渡しいただけますか?片方はジウロターク大公閣下を説得する為の書状で、もう片方には使者の件を了承して頂いた際にお渡しいただきたく」


「……分かった。他には?」


「エインヘリアの訪問に関してですが、旧エーディン王国領を抜けてブランテール王国に向かい、そこでエインヘリアに取り次いでもらうようにしてください」


「わざわざエインヘリアを一度抜けてブランテールに行くのか?」


「えぇ。その方が都合が良いので」


 ……意味が分からん。


 王都からエーディン王国領までは馬車で二十日もあれば辿り着けるだろうが……ブランテール王国の王都ともなれば二か月以上は優にかかる。


 エーディン王国領は既にエインヘリアなのだから、そこで取り次いでもらい、エインヘリア国内を移動していく方が確実に良い筈。


 わざわざブランテール王国に向かった方が良いというのは……手続き等を考えると、仲介があった方が結果的に早くなるという意味だろうか?


 いや、ブランテール王国から使者がエインヘリアに向かう事を考えれば、下手をすれば半年どころではない時間がかかる可能性も……。


「まぁ、騙されたと思って……」


「それもいつもの口説き文句だが……まぁ、お前の言葉に従って失敗した試しはないからな。了解した」


 カイの面倒を見る……カイに付き合う事は、私に課せられた最上の優先事項だ。


 子供のころから面倒を見て、幾度となく窮地を救われ、実の息子のように思う反面、コイツが実の息子じゃなくて本当に良かったと安堵する……そんな存在だが、悪い奴ではない。


 性格は悪いと思うが……。


「いつもすみませんねぇ」


「そう思うならもう少し説明して欲しいんだがな?」


「すみません、自分に自信が無いもので……」


 そう言ってにこにことするカイ……はっきり言って、こういう時のコイツは信用できない。


「とりあえず、エインヘリアに関しては当面これで良いでしょう。それよりも差し迫った問題があるのデスヨ」


 エインヘリアについて話していた時はどことなく楽しげな雰囲気を漂わせていたカイだったが、今度は心底面倒くさそうにため息をつきながら口を開く。


「差し迫った……?何かあったのか?」


「何かあったというか、これからあるって感じですね。エインヘリアのせいといえばエインヘリアのせいなのですが……エインヘリアは何一つ悪くないんですよね、これがまた」


「何が言いたいのだ?」


 要領を得ないカイに私が尋ねると、げんなりした様子で何も書かれていない紙を用意しながらカイが口を開く。


「エインヘリアが三国を潰してブランテール王国と同盟を結んじゃいましたからね。セイアート王国を使って純血主義者共が今度はこっちに仕掛けてきますよ。十中八九英雄を投入してね」


「……馬鹿な」


「まぁ、三国がブランテール王国に仕掛けた辺りからいずれこうなるとは分かっていましたからね。一応対策は練っておきましたが、エインヘリアの介入で時期が早まった感じはあります。まぁ、動きは読みやすくなったとも言えますが……」


 全然慌てる様子の無いカイの姿は実に心強いが……遂にエルディオンが我々に本腰を入れるという情報は、いくらカイという英雄がいたとしても一筋縄ではいかないことが誰しも理解出来るだろう。


 小国に過ぎない我々が、果たしてどれだけエルディオンという大国の攻撃に耐えられるのか……圧倒的な物量、そして圧倒的な武力の前に、カイの智謀は何処まで食らいつけるのか。


 これから来るであろう苦難の日々に私が内心震えていると、書類を書き始めていたカイが顔を上げて普段通りの覇気のない笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。決着までの道筋は見えています。残念ながら犠牲は少なくありませんが……それでも我々の勝利は揺るぎない。とりあえず、ラーポリス伯爵はジウロターク大公閣下の件を急ぎお願いします」


「分かった」


「それと今日の夜に緊急招集がかかると思うので、そのつもりでいて下さい」


「了解した」


 私は書類作成に戻ったカイに返事をして、すぐに執務室を後にした。


 大公閣下は普段自領に籠っているのだが、先日王都へと何らかの報告にやって来ていた筈だ。


 本当に……カイが全ての黒幕だと言わんばかりのタイミングだな。


 私は頼もしくも恐ろしい……それでいて覇気のない英雄の姿を思い出し、一人笑みを浮かべながら足を速めた。


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