第465話 オスカーなんて目じゃないぜ



「彼に関する逸話は事欠きませんが……カイ殿がバゼル王国の歴史に初めて登場したのはおよそ二十年ほど前、当時はバゼル王国とセイアート王国の国力差は然程ではなく、今でこそ嫌がらせとも呼べる定期的な戦いですが、当時は大規模な戦争と呼べるものでした」


 レイズ王太子がバゼル王国の英雄、カイ=バラゼルについて語り始める。


 どんなことが語られるか分からないけど、ただの力自慢ではなく頭のキレによって英雄と呼ばれた存在……全力で相対したくない。


 ……バゼル王国はキリクかイルミットに丸投げしようかな。


 もしくはルートリンデに研修がてら……凄まじいOJTだな。


 キリク達に提案したら、嬉々としてルートリンデにやらせそうなところがなお恐ろしい。


 でもなぁ……。


 妖精族に関することは俺がやりたいから進めている案件だ。


 王という立場上、俺の方針が国の方針となるのは当然なのだろうけど……この件に関しては俺自らが動きたい……そんな、よく分からない意地みたいなものがある。


 ゴブリンもドワーフもハーピーも、基本的に俺が率先して動いた。


 魔族とスプリガンに関しては、状況や彼ら自身の生き方から積極的に動くことは出来なかったけど、それでも最優先で俺が取り組んでいたことには違いない。


 勿論周りには多大な迷惑をかけたとは思うが……ここまでやって来て、一人会いたくない人物がいるからと最後の妖精族であるエルフを人任せというのもな。


 俺が内心そんなことを考えている間にも、レイズ王太子の話は続けられている。


「そんな戦況の中、最前線より少し離れた村にセイアート王国が部隊を送り込みました。当時のバゼル王国の方々は見落としていたようですが、その村の位置は最前線を守るバゼル王国軍にとって急所となり得る位置にありました。カイ殿はその村に住む少年だったのですが、幼いころから大人顔負けの賢さを有しており、当時十歳程度ながら村において中心人物とも言える人物だったそうです」


 転生チート系主人公かな?


「彼の初陣は、前線の裏に回り込み村へと攻め込んで来たセイアート王国軍との戦いです。数は二百程度でしたが正規軍ですからね、村一つ相手にするには過剰戦力とも言えます。セイアート王国軍としては村を奪い、そこを拠点として少しずつ兵を送り込み、ある程度の数を揃えてからバゼル王国軍の背後を突くつもりだったようですが……カイ殿がその村に居たせいでその計画は頓挫することになります」


 十歳で正規軍相手に勝ったって事かよ……。


「セイアート王国軍二百に対し、村の戦力は精々男衆が三十人前後。当然相手にもならない状況ですが、カイ殿は事前に村がセイアート王国軍に攻め込まれることを予見しており、狩猟で使う罠などを駆使して、この二百の軍を撃退してしまったのです」


 ……初陣からやべぇな。


 十歳で村人を統率している事もやべぇし、子供が戦術を理解しているのもやべぇし、二百対三十で撃退しちゃうのもやべぇ。


 一番やべぇのは、地図すらまともに見たこともないであろう村の子供が、遠く離れた地で敵国の戦略的意図を読んで自分の住んでいる場所が襲われると推測する……ループでもしてんのかってくらいありえないな。


「勿論撃退したとは言っても一時的な事。セイアート王国軍としてはバゼル王国に気付かれる前にその村を奪取してしまえば良いだけです。すぐにでも追加の軍が送り込まれてくることを読んだカイ殿は、軍の撃退後すぐに村長と共に一帯を治める領主の所へ行き、事の次第を報告しました。彼にとって運が良かったのは、彼の住んでいた村を治める領主が話の分かる人物だったという事ですね。勿論、実際に軍を撃退してみせたという功績を用意してから向かったカイ殿の用意周到さ故のことではありますが。とても村に住む十歳の子供の発想ではありません」


 御多分に漏れず政治力もしっかりあると……絶対ループしてるか前世の記憶あるでしょ……如才なく立ち回り過ぎてる。


 怖いわー、絶対オスカーとは別ジャンルの主人公補正持ってるわー。


「結局、その領主によって村の防備は強化され、セイアート王国軍の目論見は失敗。領主に気に入られたカイ殿はそこから領主の下に仕官し、多くを学ぶことになる……これがカイ殿の始まりですね」


「なるほど。まるで物語のような語り口だったが、もしかして……」


「えぇ。英雄カイ殿については多くの演劇が公演されておりますので。バゼル王国は勿論、我が国でも人気のある演目ですよ」


 俺が指摘すると、レイズ王太子は若干照れた様に笑いながら答える。


 ……演劇か。


 微妙に心がざわりとするというか……今エインヘリアで流行っている歴史を大きく歪曲した覇王の物語は……民達にも大人気だ。


 ……そう考えると、件の英雄の話も大筋はともかく細かいところは脚色されていると考えるべきだな。


 当然だけど、情報化社会には程遠いこの世界。


 自国の英雄に対するプロパガンダは過剰なくらい話を盛っていてもおかしくない。


 そう考えると、バゼル王国に行くのが少し気が楽に……はならないな、うん。


 今の話がほぼフィクションだったとしても、年齢までは誤魔化せないだろう。


 つまり、現在その英雄さんは三十歳くらいってことで、その年齢で戦略、戦術方面で英雄と呼ばれる切れ者であることは確かなのだ。


 正直なんちゃって覇王には荷が重い相手だろう。


「カイ殿が正式にバゼル王国に採用されるのはそれから四年後、当時両国の戦いは激化しておりましたからね……あっという間に軍内部で頭角を現したカイ殿は、総司令という軍全体の総轄の立場になります。それ以前は一進一退……いえ、バゼル王国は苦境に立たされていたと言っても過言ではありませんでした。しかしカイ殿がバゼル王国軍全体の指揮を執るようになってからは、面白いくらいに連戦連勝。総司令就任から僅か二年程で、セイアート王国軍を立ち直れないくらいにボロボロにしてしまいました」


「中々剛毅な話だな」


「はい。カイ殿が現れるまでは、元々はセイアート王国優勢で戦局は推移していたのですが状況は一変。カイ殿の戦略によって徹底的に叩き伏せられたセイアート王国は、それ以降はいかにエルディオンの意に従う属国的立場と言えど、小競り合い程度の戦力を出すのがやっとといった有様で」


 どんだけぼっこぼこにしたんだ、カイさんは。


「その功績でカイ殿は貴族となり、バゼル王国の守護者という意味を込めてバラゼルの名を与えられたそうです」


 それは……カイさんはともかく、子々孫々に凄まじいプレッシャーを与えていく名前だね。


「カイ=バラゼルの名前はセイアート王国では蛇蝎の如く嫌われ、表向きは関係ないと装っていますが、エルディオンにおいても相当警戒されているという話です」


「エルディオンとしては気に入らない相手を匿う連中に、それを指揮する目障りなボスといったところか。しかし、それでもエルディオン自体は自ら手を出すことはないのだろう?」


「はい。カイ殿が総司令となった以降も、一度たりとてエルディオンが直接介入したという事はありません」


 本気で潰す程ではないけど気に入らないって感じか。


 攻められるバゼル王国も、攻めさせられるセイアート王国にもいい迷惑だな。


 逆恨みと上に逆らえない下っ端の悲哀ってところかね。


「エルディオンは自分達で動くことをあまり好まないようだな……」


「恐らくですが……純血種たる自分達がわざわざ手を下すまでもない、そんな風に考えているのではないでしょうか」


 少し……いや、かなり皮肉気に言うレイズ王太子だが……随分とエルディオンには苦労させられたのだろうな。


 あ、エルディオンと言えば……。


「そういえば、貴国に攻め寄せて来ていた三国の英雄だが、彼らはエルディオンの者ではなく、それぞれの国で生まれ育った者であったことが分かった」


「そ、そうなのですか?では、同時期にそれぞれの国に英雄が誕生したのは偶然だったと……?」


「いや、その可能性は低いだろうな。なんせ、三人が三人とも同じ時期……貴国と開戦する一年半程前に失踪しているからな」


「……三人が同時に?」


「細かい日付は違うだろうが、同時期に三人とも失踪している。そして次に姿を見せると英雄になっていたという訳だ」


「……」


「三人は元々何の変哲もない人物だったそうだ。二人はただの村人、もう一人はスラムでゴミアサリをしていたような人物だ。スラムで暮らしていた者も村人だった二人も家族はおらず、天涯孤独……急にいなくなったとしても多少噂になった後すぐに風化する……そんな者達だったそうだ」


 自らの意思で失踪したのか、それとも何者かに拐かされたのかは分からないけど……連中からすれば、都合の良い相手だったことは確かだろう。


「そして、三人には腹部の同じ位置に手術痕があった」


「手術痕……とは?」


 そういえば、外科手術とかまだないんだし、手術痕とか言っても伝わらないか


「腹を切って、それを縫い合わせた様な傷跡だ。切り傷を糸で縫い合わせたりすることはないか?」


「あぁ、なるほど。そういうことですか……」


 俺の説明に、得心がいったように頷くレイズ王太子。


「彼らの腹をかっさばいて中身を見た訳ではないが、何かを埋め込んでいるのではないかと考えている」


「……それはつまり、人工的に英雄を作ったという事でしょうか?」


「その線が濃厚だろうな。そして十中八九、それをやったのは……」


「エルディオン……ですか」


 深刻な表情でレイズ王太子が呟く。


 うちの子達からしたら大した相手ではなかったけど、エルディオンの隣国としてとてもではないけど看過できない話だろう。


 もし俺達の予想が当たっていて、あの三人がエルディオンによって人工的に造られた英雄だったとしたら……あの三国、そしてこのブランテール王国はエルディオンにとって実験場だったという事になる。


 その実験の先に何があるのか……過剰に戦力を貯め込んだエルディオンが何をするのか……今のところは何もわからないけど、エルディオンのやり方を聞く限りとても平和的な話とは思えない。


「……」


 暫く黙り込んでしまったレイズ王太子に声をかけることはせず、俺も黙ってその姿を見ていたのだが、やがて考えが纏まったのかレイズ王太子がゆっくりと頭を下げながら口を開く。


「エインヘリア王陛下、貴重な情報を教えて下さり感謝いたします。無礼を承知で、一つエインヘリア王陛下にお願いしたい事がございます」


「ふむ?とりあえず聞かせてくれるか?」


「陛下……ブランテール王に会っていただけないでしょうか?」


 ゆっくりと頭を上げたレイズ王太子の真剣な表情を見て、俺はそこはかとなく嫌な予感を覚えるのだった。


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