第463話 じゃんぷ



 無事バンガゴンガの結婚式が終わり、エインヘリアには日常が戻って来た。


 とはいっても、バンガゴンガ達の結婚式はかなり受けが良かったようで、冠婚葬祭事業を任せた部署は問い合わせが殺到しているらしい。


 今はまだエインヘリア王都でのみ行われる結婚式だが、事業は全国に拡大していくことになるだろう。


 チャペルに飛行船の発着場……エインヘリアの建設ラッシュはまだまだ終わらないね。


 まぁ、仕事が回り経済が回るのは良い事だ。


 飛行船の定期便が本格稼働し始めたら人の動きも今まで以上に活発になるだろうし、これが上手くいったら帝国やブランテール王国とかにも発着場を作って国際便とかを飛ばすのも良いかもしれない。


 少なくとも属国には定期便を飛ばすだろうしね。


 流石にフェイルナーゼン神教の聖地には発着場は作れないだろうけど、北方諸国にならありだろう。


 流石にこれはまだもう少し先の話になるし、今後の楽しみってところだね。


 さて、事業だなんだはイルミットやレブラント達に任せておけば良い。


 俺は俺でやらないといけない事があるしね。


 ……俺は腰を落とし、下半身にぐっと力を入れて両腕を広げる。


「ルミナ!ジャンプ!」


 俺がコマンドを出すと、少し離れた位置にいたルミナが俺に向かって走って来てジャンプ。


 腰を落とし、空気椅子状態になっている俺の膝に飛び乗りもう一段ジャンプ!


 俺の胸へと飛び込んだルミナを両手でしっかりと抱きかかえる。


「よーしよしよし!ルミナジャンプ上手なー!凄いなー!賢いなー!強いなー!」


 胸に抱いたルミナを両手でわしゃわしゃしながら、盛大に褒めて褒めて褒めまくる。


「よっしゃしゃよっしゃっしゃ!」


 これでもかというくらいルミナをわしゃる覇王。


 そんな覇王の事を迷惑そうな顔をせず、寧ろ大はしゃぎでぺろぺろと嘗め回すルミナ。


 うむ、ルミナは今日も可愛い!


 ……いや、覇王がやらないといけない事ってルミナを愛でる事ではありませんよ?


 これはちょっと遠出する前のスキンシップって奴ですので……。


 というわけで、大興奮のルミナを一通りわしゃった俺は、まだ遊び足り無さそうなルミナの様子に後ろ髪を引かれつつ自室を後にした。


 今日の午後の仕事はちょっと面倒なんだけど、今後の為にはやっておかなければならない仕事でもある。


 俺は若干の憂鬱さを覚えつつ、部屋の外で待機していたリーンフェリアを連れて魔力収集装置の下へと向かった。






「ようこそおいで下さいました、エインヘリア王陛下」


「忙しいところ時間を取らせてすまないな、レイズ王太子」


 俺が案内された部屋に入ると、既に部屋の中にいたブランテール王国の王太子であるレイズが立ち上がり俺を出迎える。


 本日の俺の仕事……それはブランテール王国への訪問だった。


 先の戦争で、一方的に三か国から攻め込まれ一年もの間耐え続けたブランテール王国は、民にこそ大きな被害は出ていないものの、軍の損耗はそれなりに大きく、再編に苦労しているという話は聞いている。


 まぁ、ブランテール王国は属国ではなく同盟国だからね。


 向こうから支援を求められれば当然応じるつもりではあるけど、こちらからその状況に対してどうこう首を突っ込むつもりはない。


 今日俺がここに来たのはそういう理由ではないからね。


「ブランテール王の様子はどうかな?中毒に関してはもう問題ないと思うのだが」


「はい。陛下より頂いた万能薬、それと魔力収集装置のお陰で体調の方は何一つ問題ありません。ですが、この二年床に伏していたこともあり体力がなくなっておりまして」


 リハビリ中という事か。


 ポーションは体力回復をしてくれるけど、衰えた筋力までは回復してくれないようだね。


「なるほど。暫くは体力回復に専念という事だな」


「はい」


 一応戦争も終わったということで、ブランテール王は退位してレイズ王太子が即位することがほぼほぼ決まっているようだ。


 まだ発表前なので、俺がそれを言うのは色々とマズいし何も言ったりはしないけど。


 まぁ、病に伏したまま王位を譲らなかったのは、今回の戦争の責任を取る為っぽかったし、騒動が落ち着いたのなら早いところ王位を譲りたいというのがブランテール王の本音だろうしね。


 ブランテール王はまだ六十手前だけど、レイズ王太子もそれなりに良いお歳だし、王となっても全然問題ないと言えるだろう。


 少なくとも、エファリアが十になる前から聖王をやっている事を考えれば、至って健全な王位交代と言える。


「失った体力の回復には、それなりの時間と苦労が求められる。知識的なものにしろ、技術的なものにしろ、相談したい事があれば気軽に声をかけてくれ。勿論医療以外の分野でも構わないがな」


「度重なる心遣い感謝いたします、エインヘリア王陛下。エインヘリアの御助力がいただけるというだけで非常に心強くあります」


 あまりこちらの手は借りたくないと考えてはいるだろうけどね。


 神妙な顔で頭を下げるレイズ王太子を見ながら俺はそう考える。


 一応同盟関係とはいえ、ブランテール王国としてはこれ以上こちらを頼り、借りを作りたくないだろう。


 近々に差し迫った危機があるわけでもないしね……そんなことを考えていたのだが、レイズ王太子が続けざまに口を開く。


「我が国の軍が現在再編中であることは、陛下も御存知かと思います」


「うむ」


「ですが、大怪我を負った者や我が国に殉じた者達の穴を埋めるのは容易ではなく……街の治安維持はともかく、街道や地方の村まで手が回っていないのが現状なのです」


 あれ?


 これってエインヘリアに戦力を出して欲しいって話?


「為政者として実に情けない限りではありますが……」


「ふむ。まだ魔力収集装置も各地に設置は出来ておらず、即応は厳しいだろうしな。そうなると必要なのは純粋に人手というわけだが、今はその人手が捻出できないか」


「はい。しかし、魔物にはそんな事情は関係ありませんし、野盗の類に至ってはこれ幸いと活動を活発にしております」


 国内が荒れれば野盗たちにとっては稼ぎ時だからな。


 今のブランテール王国……いや、戦時中から野盗連中がハッスルするのは仕方ないことだろう。


「ふむ、貴国の事情は理解した。しかし、我々に何を求める?」


「何卒、国内安定の為にエインヘリア軍の力をお借りしたいのです」


 やっぱりそういう話なの?


 うちとブランテール王国は五分五分の関係……いや、今の所こちらが一方的に支援している状態ではあるけど、条約の上では対等な同盟関係となっている。


 しかしこの申し出は……。


「国内におけるエインヘリア軍の自由裁量権を認めます。街や村等の集落外での裁量権と但し書きをつけさせていただきますが」


「随分と信用してくれたものだが、流石にそこまで言われてしまっては迂闊な事が出来ないな」


 俺がそう言って肩をすくめてみせると、レイズ王太子もにやりと笑みを浮かべる。


 ……少し印象が変わったか?


 いや、以前は長く続く戦争によって精神的にも疲労していたのだろう。


 寧ろ今が普段通りのレイズ王太子と見るべきか?


 それとも、王位継承が正式に決まって少し在り方が変わったのか……以前より表情や動きにも力強さを感じるな。


 しかし……その言葉の内容は、ブランテール王国がエインヘリアの風下に立つと宣言するものだ。


 うーん、何かを狙っている……ってことはないよな。


 いや、狙ってたとしても、それはうちをどうこうしようって事じゃないだろう。


 同盟国とは言え、他国の軍に自由裁量権……その気になればエインヘリアは街道を塞き止める事も出来るし、運搬している荷物を徴収することだって可能だ。


 いや、絶対にしないけどさ。


 ……初めて会った時はこちらをかなり警戒しているように見えたけど、エインヘリアに招待してからはその態度はかなり軟化していた。


 しかし、今日はその時と比べてもかなり大きく踏み込んで来ている……覇王的にちょっと困る。


 出来れば、キリクかイルミットあたりとそういう話はしていただけると助かるのですが……。


 ……とはいえ、ここにいない子達を頼っても仕方がない。


 俺が判断せねば……落ち着いてレイズ王太子の要求を吟味してみよう。


 この要求を受け入れた場合のメリット……ブランテール王国との関係強化とブランテール王国内の治安向上。


 良からぬことを考えている輩への牽制にもなる。


 ではデメリットは?


 現在我々は新しく併合した三国分の治安向上に力を入れているところ。


 当然アランドールを始めとする武官たちは忙しく動き回っているし、他の地域の巡回も当然必要だ。


 とはいえ、治安維持に関しては人手不足ということはない。


 召喚兵だけでも対応出来る部分はあるしね。


 人手の面よりも対外的な印象の方かな?


 同盟国と言いながら実質占領しとるやんけと言われてしまう可能性……まぁ、事実無根であるし言われたところで痛くもかゆくもないか。


 それに、帝国やフェイルナーゼン神教はそんな事言わないだろうし……魔法大国が言ってきたところで問題はない。


 そうだな……どうせなら全力で貸しを作る事にしよう。


 その貸しはキリク達が上手い事使ってくれるだろうしね。


「大変お手数をかけるとは思うのですが……」


「いや、問題ない。現時点で我々の手が足りていないという訳ではないしな。では、暫く集落の外の治安維持を我々が請け負おう。そこにかかる費用も気にしなくて良い。全て我々が面倒を見る」


「そ、そこまでしていただくわけには……」


「いや、その方がこちらも気兼ねなく全力を出せるというものだ。他人の財布だと何処までやって良いか加減が分からないのでな。その辺りの事を気にせずに全力で治安維持活動に力を入れたいのだ。貴国は手も足りていないだろうが、国庫の方も苦しくないとは言い難いだろう?」


 まぁ、うちは遠征費用ってほとんどかからないけどね。


 治安維持なら一部隊数百人だし、それを十部隊用意したとしても一週間で魔石五千も必要ない。


 五週でも二万前後ってところ……はっきり言って今の収入からすれば誤差ですらないレベルだ。


 後必要なのは……一週間分の食事……十部隊なら最大でも十人分だ。


 我が国の事ながら酷い話だね……どんな国でもとにかく頭を悩ませる軍事費が、お弁当代くらいで賄える。


「……ありがとうございます、エインヘリア王陛下。お言葉に甘えさせていただきたいと思います」


「あぁ、任せてくれ。明日、こちらに責任者となる人物を送ろう。彼と治安維持計画を練って欲しい」


 アランドール……いけるかな?


 新たに領地にした場所の治安維持もあるけど……いや、人員配置の事もあるし、やはりアランドールが適任だな。


「畏まりました」


 レイズ王太子が頷き、とりあえずこの話はこれで終わりだね。


 細かいところはうちの大将軍に任せよう。


 とりあえず、前座にしては随分と重い話になったけど、そろそろ本題に入らせてもらうとしますか。


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