第462話 結婚式
チャペルの入口から祭壇まで真っ直ぐと続く道……所謂バージンロードの中間地点でバンガゴンガが凶悪……いや、緊張した面持ちで入口の方を見ている。
背筋を伸ばし過ぎて若干反っている感じになっているが、それを指摘する者は誰もいない。
まぁ、当然だ。
バンガゴンガはこの結婚式の主役ではあるが、真の主役とも言えるべき人物がもうすぐ入場してくるのだから。
なんだかんだ言っても、結婚式の主役は花嫁だよね。
といっても、まだエインヘリアには結婚式という文化が無いからな……女の子の憧れとなれるかどうかは、この結婚式、リュカーラサにかかっていると言っても良い。
まぁ……下種な事を言うのであれば、国が流行らそうとしている以上、一発目がダメだったとしても二の矢三の矢と打ち続ければ、自然と流行る。
流行っていると錯覚させることが出来る立場だからね、こちらは。
そんな結婚式という舞台に相応しくない感じでそろばんを弾いていると、ゆっくりと扉が開かれ、純白のドレスを身に纏ったリュカーラサが姿を見せた。
うちの女性陣が全力でコーディネートした白いドレスは華美でありながら、ウェディングドレス特有の清楚で可憐な感じをこれ以上ない程に体現している。
それを身に纏うリュカーラサだが、その表情は薄いヴェールに隠されはっきりと見る事は出来ない。
その横を歩くのは、リュカーラサの父親であるカリオーテ。
着ているのは燕尾服だけど、ハーピーである彼の腕の部分は羽になっているので袖がない。
リュカーラサをエスコートしてバージンロードをゆっくりと進んでいるようだが、エスコートされているリュカーラサよりもカリオーテの方が緊張しているように見える。
やはり、いざという時は女性の方が度胸があるという事だろうか?
まぁ、カリオーテはハーピーの村の代表とは言え、こんな大勢の人に注目されるなんてことはないだろうし、緊張しても仕方がないと思うけどね。
披露宴の乾杯の挨拶を任されてガッチガチになる人も結構いるしな……。
バージンロードを歩くプレッシャーは間違いなくアレ以上だろう。
そんなことを考えつつ、カリオーテの事を若干気の毒に思っていたのだが、リュカーラサを連れてバージンロードの中ほどで待つバンガゴンガの下に辿り着くと、カリオーテは穏やかな笑みを浮かべながらリュカーラサの手をバンガゴンガへと渡した。
リュカーラサの手を取ったバンガゴンガはカリオーテに小さく目礼をした後、何かをリュカーラサに告げてから正面の祭壇へと向き直る。
リュカーラサはバンガゴンガの肘あたりに手を添えて、ゆっくりとバンガゴンガにエスコートされながら祭壇の方へと歩みを進めていく。
どことなくリュカーラサが嬉しそうにしている気がするし、恐らくバンガゴンガは俺のアドバイスを実践して見事成功させたのだろう。
次第に離れていく二人の後ろ姿を見ながら、カリオーテは誇らしげにも、寂しげにも見える……しかし、優しい笑みを浮かべる。
その胸中は……子供のいない俺では計り知れないが、万感の思いがその優し気な瞳には込められているように感じられた。
一方で見送られる側である二人……真剣な表情で祭壇を目指し一歩一歩進んでいくバンガゴンガと、寄り添うように歩を進めていくリュカーラサ。
リュカーラサを待っている時は緊張しているように見えたバンガゴンガも、今やその動きに緊張は見られず、実に堂々とした姿で足を進めている。
やがて祭壇の前までたどり着いた二人は胸に手を当てつつ、祭壇の前にいる我が国の大司教……エイシャへと一礼をする。
祭壇は二人が進んで来たバージンロードよりも二段ほど高い位置にあるのだが、我がエインヘリアでも一二を争うくらいちんまいエイシャと、我がエインヘリアでも間違いなくトップの身長を誇るバンガゴンガでは、二段程度の高さで目線の位置が逆転することはなかった。
本来で見れば仰ぎ見る相手であろう大司教を、バンガゴンガは完全に見下ろしてしまっている。
まぁ、その隣のリュカーラサも、目線の高さはエイシャとほぼ同じくらいの位置のようだが。
しかし……バンガゴンガと並ぶと、エイシャは人形にしか見えないな。
そんな若干微笑ましい光景を見ていると、エイシャが身振り手振りをしながら二人と参列者に向かって何かを話しているのが伝わって来た。
実は、現在俺がいるのは聖堂から少し離れた位置に作られた貴賓室で、この部屋まではエイシャ達の言葉は届かないのだ。
バンガゴンガやリュカーラサの親類縁者は一般人だからね。
いくら何でも、この国の王である俺が一般参列者と同じ場所に居ては彼等も気は休まらないだろうし、規模こそ大きくなってしまったものの、公人としてのバンガゴンガ達ではなく私人として皆に祝われてほしかったのだ。
この貴賓室であっても何かを言っている程度の物は聞こえてきているが、その内容までは把握できないといった感じだね。
貴賓室は聖堂内を斜め上から見下ろす形に作られている為、式の様子は具に見ることが出来るけど、如何せん距離がある為声は流石に聞こえてこない。
因みに貴賓室には俺の他に護衛としてリーンフェリアと……フィリア、エファリア、リサラ、クルーエルと各国のお偉方が一堂に会している。
まぁ、なんだかんだで皆顔見知りだし、比較的気楽な付き合い方をしている様なので特に問題はないだろう。
というか、四人……いや、リーンフェリアを含めて五人とも式が始まってから一言もしゃべらず、真剣に……食い入るように式を見ている。
俺プロデュースではないし、色々尋ねられたりしてもちゃんと答えられないから、無言で見てくれるのは非常に助かるけど、若干全員の眼が真剣過ぎて怖い。
しかし、リーンフェリアは別として、他の四人は結婚式に憧れているというよりも、自国にこれを取り込んで、良いビジネスチャンスになるのでは……的な事を考えているような気がするんだよね。
彼女たちの立場から考えれば、至極当然の考えだとは思う。
もしそっち方面の話になるようであれば、後程エイシャ達と話をして貰えば良いだろう。
特にクルーエルにとっては、寄付金集めの良い手段と言える。
彼女達の様子を見る限り、他の国の結婚式とは随分と趣が異なるのだろう。
他の国の結婚式がどんなものなのか若干興味はあるけど、みんな集中して見ているみたいだし、邪魔をしてまで聞いてみたいわけでもないからね。
そんなことを考えていると、祭壇の方から低い声が響いた。
ふむ……どうやら誓いの言葉をバンガゴンガが言ったのだろう。
続けてエイシャの物とは違う高い声……リュカーラサの誓いの言葉だ。
となると次は……と俺が式の段取りを思い出していると、祭壇に向かっていたバンガゴンガ達が向かい合わせになり、エイシャがその隣に立って祭壇に置かれていた一抱え程の台を二人に向かって差し出す。
「アレは……?」
俺の隣にいたエファリアが俺に聞いたわけではないのだろうが、ぽつりと漏らす。
流石にアレは俺でも分かる。
「結婚指輪の交換だな。事前に用意しておいた指輪をお互いの指に嵌めるんだ」
ここからだと少し距離があって、あの台に置かれた指輪は見えないだろう。
恐らくエファリア以外にも何をしているか分からないだろうし、俺は軽く説明をする。
因みにフェルズの身体能力だと、ここから指輪もばっちり見えているが……。
「なるほど、そうでしたか。ありがとうございます、フェルズ様」
ちらりとこちらを見てお礼を言ったエファリアだったが、すぐにバンガゴンガ達の方に視線を戻す。
小さくても女の子ということか……そう思ったところでふと気付く、そう言えば……エファリアってあと半年くらいで十四歳になるのか?
最初にあった時が十一歳になる直前だったから間違っていない筈……うわぁ、子供が大きくなるのって早いわぁ……。
この世界は十五で成人と見なされるみたいだし……エファリアが結婚式に興味を持っても全然おかしくないってことだよね。
うーん、俺が三歳って言われると早いもんだって感じがしないのに、エファリアが十四歳って言われると滅茶苦茶早いなって感じるのは何故だろうか?
しかし……エファリアは見た目があまり成長していな……
「フェルズ様?どうかしましたか?」
真剣に式の様子を見ていた筈のエファリアが、くるりとこちらを向いてにっこり……何処か威圧感を感じる笑みを浮かべる。
「いや、何でもない。そろそろ式も大詰めだな」
当然覇王は華麗にスルー……何か言いたげだったエファリアもこれには逆らえず、再び視線をバンガゴンガ達の方に戻す。
すると俺達の視線の先で、バンガゴンガがリュカーラサの顔を覆っていたヴェールをゆっくりと持ち上げていく。
む……。
そ、そうか。
式が終わるってことは、これがあったか。
いや、神聖な儀式という事は理解していますよ……?
でもなんか……エファリアの横でこれを見るのは妙にむず痒いというか、居心地が悪いというか……。
そんなことを考えていると、バンガゴンガがリュカーラサの肩に手を乗せ、それに合わせるようにエイシャが大仰な身振りで手を動かした。
次の瞬間、バンガゴンガとリュカーラサの上から光が降り注ぎ、キラキラとした光の粒子が発生する。
あれは……エイシャの聖属性魔法……最上位の回復魔法だな。
そんな使い方するんだ……。
思いもしなかった魔法の使い方に俺が驚いていると、バンガゴンガがゆっくりと身をかがめ、リュカーラサは顎を上に向けて目を閉じ……誓いの口づけを交わす。
「「わぁ……」」
エファリアだけでなく、他の誰かからも感嘆の声が漏れ聞こえて来た。
エイシャの回復魔法のお陰で、微妙な気恥ずかしさは霧散したけど……どうやら貴賓室にいた女の子たちの受けは良かったようだ。
やがて回復魔法のエフェクトも消えて、バンガゴンガ達も若干恥ずかしそうにしながら身を離すと、エイシャが一言二言何かを言い、聖堂内で大きな拍手が生まれた。
ヴェールを上にあげたリュカーラサの笑顔は、本当に幸せそうで、普段から美人ではあったが、今この瞬間は世界中の誰よりも美しいのではないかというくらい綺麗だった。
そして……バンガゴンガ達は拍手に包まれながらゆっくりと聖堂から外に出て行く。
当然、俺達も貴賓室で拍手をした……まぁ、この拍手はバンガゴンガ達の元まで届かないが、これは祝福の拍手だからね。
問題はない。
「これで終わりですか?」
満足気なエファリアが尋ねて来たので俺はかぶりを振る。
「いや、これから参列者達がチャペルの外に出て、新郎新婦を参列者がフラワーシャワーで送り出してやるんだったかな?その後ブーケトスだな」
「フラワーシャワーとは?」
「新郎新婦に花びらを撒いてやるんだ。確か花の香りによる厄除けとかだったかな?」
「そんな風習もあるのですね……あとブーケトスというのは?」
「花嫁が持っている花束を後ろ向きに参列者の方へ放り投げるんだ。それを受け取った人が次に結婚する……と言われている」
「「え!?」」
室内から予想以上の反応が返って来る。
皆さん、中々真剣なご様子で……。
「フェルズ様……それは私達が参加しても……」
「残念だが今回は諦めてくれ。皆には貴賓室で見学という形をとってもらったのと同じ理由だ」
エファリアの言葉に俺がかぶりを振ってみせると、室内の空気が一気に落ち込んだ。
って、リーンフェリアお前もか。
俺はそんな女性陣から視線を外し、チャペルの外へと繋がる扉の方へと視線を向ける。
今は参列者達がぞろぞろと外へ向かって出て行っているところで、当然視線の先にバンガゴンガ達の姿は無いが……。
おめでとう、バンガゴンガ、リュカーラサ。
末永くお幸せに。
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