十二章 新緑の国と我覇王
第461話 控室にて
「くっ……腹が痛くなってきたような」
「その気持ちは分からんでもないが、残念ながらもうトイレに行く時間は無さそうだな」
いつもの事のように腹が痛くなっているのは……残念ながら俺ではない。
「だ、だがよ?少し遅れる方が、式の最中にとんでもない事になるよりマシだと思わないか?」
過去にないくらい情けない事を言っているのは、我等がバンガゴンガの兄貴である。
「それはそうだが……はっきり言うぞ?お前がトイレに行くのはもう五度目だ。いい加減、内臓くらいしか出ないだろう?」
「くっ……」
ここまで残念なバンガゴンガは初めてだな。
浮遊マントを使ってギギル・ポーに行った時ですら、もう少しシャキッとしていたと思う。
とはいえ、流石にこうなってしまうのも仕方ないだろう。
今日はバンガゴンガとリュカーラサの結婚式だ。
しかもただの結婚式ではない。
なんだかんだと規模が大きくなり、ほぼ国家行事になってしまっている結婚式だ。
帝国皇帝であるフィリアやフェイルナーゼン神教教皇であるクルーエルが是非参列したいと言ってきたのだが、流石にこの二人を呼んでしまっては国賓としてもてなさざるを得なくなるし、主役であるバンガゴンガとリュカーラサよりも俺達の方が前に出る事になってしまいかねないので遠慮してもらった。
……表向きは。
エインヘリア式の結婚式をどうしても見たいという二人の熱に負けて、こそっと見学することだけは許可したのだ。
因みにルフェロン聖王国の聖王であるエファリアや、パールディア皇国の皇女であるリサラも一緒に見学するらしいが……仲良いね。
そういえば、昨夜フィオも楽しみにしているとか言ってたな。
やはり、どこの世界でも女の子は結婚式とか好きなのかしらね?
俺の記憶を参考にすると……同僚の結婚式は表向きの祝福と本音の怨嗟に塗れていたように思う。
やはり、ご祝儀というよく分からない仕組みが良くなかったのではないだろうか?
なんで休みの日にめんどくさい行事に参加して、強制的に祝わされて、更にその上お金まで出さないといけないのか……はっきり言って拷問である。
おっと……なんか心の闇みたいなものが漏れたな。
うん、記憶の中の結婚式はどうでも良いとして……バンガゴンガ達の結婚式は本当に、心の底から祝福できる行事だ。
まぁ、その祝福される本人は……なんか今にも吐きそうになっているけど。
「フェルズ……俺はもうダメかもしれん」
「安心しろ、バンガゴンガ。恐怖によって死ぬことはあっても緊張によって死ぬ奴はいない」
「……それを聞かされたところで、安心出来る要素が一つもねぇよ」
俺の軽口も、余裕のないバンガゴンガには全く響かない。
まぁ、俺が逆の立場だったらイラっとするだろうし……ツッコミを入れて来るだけバンガゴンガは大人だと思う。
「リュカは大丈夫なのか?」
「向こうには家族もついているし、ぎりぎりまでドレスや化粧なんかの準備で忙しいだろうからな。こちらの様にこうやってゆっくり緊張している時間なんて無いだろうよ」
「そ、そうか……それはそれできつそうだな」
「そういえば、ウェディングドレスは見たのか?」
あまり緊張させっぱなしというのも可愛そうなので、俺は適当な話題を振る事にした。
「あぁ、いや……なんか、俺はドレスを着た姿を見たらいけないらしい。当日まで我慢しろとかなんとか」
「ほう?」
そういえば、なんかそういう風習があるんだっけ?
式の前にお互いの衣裳姿を見せてはいけない的な……つまりこの世界において……いや、エインヘリアにおいてはそれがナチュラルスタンダードになるという事だな。
ということは……。
「バンガゴンガ。リュカーラサのドレス姿は式が始まってから見ることになるはずだが、一言……短くて構わんから絶対に褒めろ」
「お、おう?」
「式の最中だからリュカーラサにだけ聞こえるように短く、小さくで問題ない。だが素直な想いで褒めろ、それが出来れば何も問題はない」
「わ、分かった」
俺の言葉にバンガゴンガの表情がより一層強張る。
あれ?
緊張から気を逸らす為に話しかけたのに、余計緊張させてしまったような……。
こういう時は……趣味の話とかで盛り上がるのが良いのだろうけど、生憎バンガゴンガは仕事一筋でプライベートの楽しみっていうのをあまり聞かない。
リュカーラサと普段何をしているのだろうか?とか聞くのもあれだしな……一番バンガゴンガの気を引けそうな事と言えば仕事の話だけど……結婚式当日の控室で仕事の話って、無粋にも程があるというか、クソ上司というか……。
むぅ……どうしよう。
「しかしあれだな。バンガゴンガとの付き合いも三年になるわけだが、あっという間だった気もするし、思い返せば随分前の事のようにも感じるな」
話題が見つからなかった俺は、とりあえず思い出話をすることにした。
先日……俺は三歳の誕生日を迎えた。
つまりこの世界に来て三年が経過した訳だ。
随分色々なことをやり、多くの人と出会ってきたが……その中でも一番付き合いが長いのがバンガゴンガだ。
俺が想像していたゴブリン像とはあまりにもかけ離れた存在だったが、初めて会ったゴブリンがバンガゴンガで本当に良かったと思う。
バンガゴンガという存在が無ければ、ゴブリン達は勿論、他の妖精族達とも今のような友好的な関係を築くのは難しかっただろう。
うちの子達とフィオを別枠とするなら……バンガゴンガこそ、俺が一番頼りにして同時に感謝している相手だ。
だからこそ、リュカーラサとの結婚は我がことのように喜ばしいし、心の底から祝福したいと思っている。
「そうだな。初めてお前が村に来た時は、こんなことになるとは予想も出来なかったが」
「くくっ……あの時は俺も殆ど情報がなかったからな。ゴブリン……それに狂化か。バンガゴンガと出会った事でアレ以降の方針が一つ決まったわけだ。しかし、思い返してみても、本当にアレはぎりぎりといったタイミングだったな」
「初めて会ってから数日後……このエインヘリア城下町への移動中に狂化したからな。フェルズ達が数日遅ければ……騎士団に討伐されていたか、狂化していたか。どちらにせよリュカと再会することは出来なかっただろうな」
そう考えると、本当にすごいタイミングだったよな。
フィオの事からこれが始まっていると考えれば、五千年にも及ぶ儀式の果てに……完璧なタイミングでバンガゴンガと出会ったわけだ。
フィオめ……伊達に神様として祀られてないな。
「そうかもしれんな。本当に偶然の出会いではあったが、良き出会いであった。おめでとう、バンガゴンガ。お前がこうしてリュカーラサと新たな家族となり、未来を紡いでいく姿を見られることを嬉しく思う。末永く幸せにな」
「ありがとう、フェルズ。お前にはいくら感謝してもしきれない。俺自身の事、リュカの事、ゴブリンの事、妖精族全体の事……本当に言葉もないくらいだ。俺が思っていたよりも遥かに偉大で、遥かに優しい王。人族も妖精族も魔族も関係なく、分け隔てなく慈しむ王。誰よりも強くありながら、人の心に寄り添う王。俺はお前に仕えることが出来たことを誇りに思う。そしてこの命続く限り、全力でお前に恩を返していきたい」
その言葉を受け……俺はいつも通り皮肉気な笑みを浮かべ、バンガゴンガは凶悪な笑みを浮かべる。
そして……バンガゴンガとリュカーラサの結婚式が始まった。
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