第459話 覇王と兄妹
兄弟姉妹。
双子や義理の間柄でない限り、基本的に年齢が同じであることが無いものの、めちゃくちゃ年が離れることもあまりない……基本的に一番歳の近い家族だ。
しかしその関係性は千差万別……仲の良い兄弟がいれば仲の悪い兄弟もいる。
切っても切れない間柄だという姉妹もいれば、お互いが存在していないかのように振舞う姉妹もいる。
兄が妹の面倒を見ることもあれば、妹が兄の面倒を見ていたり、弟を溺愛する姉がいれば、姉には絶対に逆らえない弟がいたりもする。
見た目も中身もそっくりな兄弟もいれば、見た目も中身も正反対な姉妹もいる。
俺の記憶の中にはそういった兄弟という存在はおらず、一人っ子だったようなので……本当の兄弟姉妹がどんなものなのかは想像しか出来ないが、単純に兄弟姉妹だからと一括りに出来るような間柄は存在しないだろう。
この世界における兄弟として印象に残っているのは……ルモリア王国のルバラス家の姉弟だな。
しっかり者というか……切れ者の姉に守られる感じの弟。
だが、ここぞという時に弟は前に出て姉を守る姿を見せた。
二人の性格や人柄……姉弟としての信頼と関係性、そういった物が非常に分かりやすく見せつけられた感じだったな。
まぁ、ソラキル王国の王子や王女達みたいに、王の座を巡ってガチで殺し合う兄弟姉妹もいたが……まぁ、あれは一部のロイヤルな人達特有の間柄だろう。
戦国時代とかだって、兄弟でバチバチやりあるのなんて珍しくもなんともなかったしね。
さて、何故兄弟姉妹について考えているかというと、先日俺はリーンフェリアとジョウセンへの褒美として、彼等の姉と妹を新規雇用契約書によって呼び出したからだ。
玉座の間での再会は……俺の予想以上に壊れたジョウセンが全てを持って行ってしまったが、あの後それぞれの家族と水入らずで再会を楽しんだようだ。
もっともルートリンデやイズミにとっては、リーンフェリア達程長い間離れ離れだったという実感がないので、温度差はあったかもしれないが。
何にしても、二組の家族が再会し、その仲も非常に良好とのことで覇王的にはほっと胸をなでおろしていた。
これはそんなある日の出来事だ。
俺が普段通り午前中の書類仕事を終えてリーンフェリアと共に訓練所に行くと、そこにはジョウセンとイズミ、それから帝国が誇る『至天』その第一席であるリカルドと最近席次が随分と上がったらしいエリアス君がいた。
王城の中にある訓練所に、他国の最大武力が普通に居るのって……毎回思うけどおかしくない?
リカルドがその気になったら……なったら……誰かしらに瞬殺されるだろうし、危険はないのかもしれないが。
というか、さらっと流したけど……訓練所にイズミがいるのはなんでだ?
「ジョウセン、今日は……訓練か?」
「おぉ、殿。勿論訓練でござるよ。今日はリカルドだけでなくエリアス殿も参られたので、丁度良い機会と思いましてな」
俺が声をかけると、ジョウセンは朗らかな笑みを浮かべながら言い、その横でイズミが深々と頭を下げる。
「イズミは見学か?」
「いえ、わたくしも兄さまに稽古をつけてもらう為に来ました」
頭を上げたイズミがりりしい表情でそんなことを言う。
見た目十歳くらいの少女であるイズミが訓練所で稽古……ランニングとかだろうか?
「ふむ。怪我をせぬように、しっかり準備運動をしてから励めよ?」
「はい!」
ハキハキと返事をするイズミに、顔が綻んでしまいそうになったが覇王としてそこはぐっと堪える。
リカルド達がいなければ多少緩んでいたかもしれない……ジョウセンが控えめに言って天使とか言ってた気持ちが分かってしまうな。
しかし、イズミは能力的に初期値。
アビリティはサポート系の物を少々、魔法は闇と聖をとりあえず使えるといった所、それとジョウセンから剣を嗜む程度にと言われたので剣術も低ランクで取得させ、兵種は剣兵に。
勿論、うちのちびっこ組と同様に、能力がどれだけあろうと戦場等の危険な場所に送り込むつもりはないので、あくまで護身用にって感じだ。
まぁ、将来的に成長したらその限りではないだろうけど……俺達って肉体的に成長するのだろうか?
寿命は百五十年くらいあるって話だったけど……百五十年見た目変わらないってことあるのか?
その辺今度フィオに聞いておいた方が良さそうだな。
それはさて置き、イズミの訓練か。
メイドの子達も訓練所を使って訓練しているのは知っているが、基礎能力値を伸ばしておくのは悪い事ではない。
結構頻繁に訓練所に来ているのだけど、メイドの子達が訓練しているところに一度も遭遇したことが無いのは物凄く疑問ではあるけど……でも能力値は上がっているんだよね。
エインヘリアの七不思議に入れても良いかもしれない。
一応イズミもメイドではあるけど……何となく別枠な気もするし。
どんな訓練をするかは気になるが、重度のシスコンっぽいジョウセンが無茶な訓練させるとは思えないし、問題はないだろう。
「では、リカルド。いつも通り軽く手合わせから始めるでござる。エリアス殿はイズミと手合わせを」
「「え……?」」
ジョウセンの出した指示に、リカルドとエリアス君が同時に声を漏らす。
因みに同じタイミングで覇王も声を漏らしそうになったが……。
「し、師匠?その……イズミさんがエリアスと手合わせをすると聞こえたのですが」
「如何にも。イズミはまだ幼い故身体能力には優れておらぬが、エリアス殿は今技術の方を重視しておる故、イズミとの手合わせは良い訓練となろう」
「しかし、手加減を間違えて万が一があっては……」
パワー系の英雄であるエリアス君が手加減を間違えるととんでもない事になる。
まぁ、ジョウセンだったらギリギリのタイミングでも助けられるのかもしれないけど……そんな緊張感のある訓練するの?
「確かに、リカルドが懸念するように未熟故手加減を失敗することもあるだろう。だが、エリアス殿であればイズミの攻撃が多少当たったとしても問題はありますまい」
「え、いや……あの……」
ジョウセンの言葉にリカルドが動揺する。
うん、イズミがやってしまう心配じゃなくって、エリアス君がイズミに当てちゃう心配をリカルドはしたんだと思うよ?
リカルドも、おそらくエリアス君も俺と同じ意見だと思うが……ジョウセンとイズミは平然としており、剣聖ジョーク等ではないことが伝わって来る。
いや、確かにイズミは剣術の適正を初期値よりは上げてるけど、それは微々たるものだ。
確かにエリアス君は力押しタイプで技術的には大したことないらしいけど……でもだからこそ、うっかりやっちゃう可能性があるやん?
イズミをあれだけ溺愛するジョウセンが危険な事はさせないと思うが、それと同時にイズミ相手だとジョウセンの眼が曇りまくっているという可能性もある。
このままやらせて良いのか?
リカルドもエリアス君もかなり困惑しているようだけど……。
「ふぅ、リカルド……それにエリアス殿も。確かにイズミは可愛らしい……いや、可愛すぎる。天使と見まごうばかりの愛らしさだ。だが、だからと言って彼女も一端の剣士……その愛らしい手に剣を握っている以上、油断することは愚の骨頂でござるよ」
「それはそうなのですが……」
ジョウセンの言葉にリカルドは言い淀む。
当然だが、彼が言い淀んでいるのはジョウセンがイズミの事を可愛いと連呼しているからではない。
確かに武器を手にしている相手である以上油断をするのは良くないと思うが……仮にも彼らは帝国の英雄。
それが年端も行かぬ少女に対して油断するなとは……中々難しいだろう。
しかし、俺的にそれ以上に気になったのは、これだけ愛らしいとか天使とか連呼されていてもイズミが全く表情を変えない事だ。
これは、自分が可愛いと思っているとかではなく……ただ単にジョウセンに言われ過ぎていて完全にスルーしてしまっている状態なんだと思う。
ジョウセン以外の人に可愛いとか言われたら滅茶苦茶照れてたしな。
「ふむ、こう言っても納得出来ぬでござるか。では、イズミ久しぶりに拙者と手合わせをするでござるよ」
「はい、兄さま。ですがひとつ訂正を、兄さまとの手合わせは今朝も致しました」
「おっと、これは早速一本取られたでござるな!」
そう言って呵々大笑するジョウセン。
……うちの剣聖は、もうダメかもしれん。
そんな兄妹のやり取りを、リカルド達も微妙な表情で見守っている。
「では、イズミ。来るでござる」
「はい!」
ジョウセンがそう宣言した瞬間、イズミの小さな体がブレ……遅れて派手な剣戟の音が訓練所に鳴り響く。
どっしりと構えたジョウセンに対し舞うように斬りかかるイズミの姿は、まるで妖精のようであったが……手にしている得物とそれを振り回す一撃一撃が凶悪過ぎて、可愛らしいとはとてもではないが言えない。
妖精というよりも物の怪の類だ。
覇王の身体スペックがあるからイズミの剣捌きがしっかりと見えているけど、これ絶対普通の人はイズミの体ごと見失う類の動きだよね。
そんな現実感の薄い剣戟は、ジョウセンがイズミの手にしていた剣を絡めとり弾き飛ばした事で唐突に終わりを告げた。
「ふむ。最初の踏み込みは中々良かったでござるよ。続く足さばきも中々、しかし反面その足さばきに上半身がついて行っておらぬでござるな。もう少し自身の背中と腰を意識して力を剣に伝わらせると良いでござる」
「御指導ありがとうございます、兄さま!」
「うむうむ。イズミならすぐに拙者に追いつけるでござるよ。まぁ、兄として易々と追い抜かれはせぬが」
「兄さまに追いつけるようにこれからも精進致します!」
そんな兄妹のやり取りを少し離れた位置で見守っていると、感想戦が済んだのかイズミが弾き飛ばされた剣を拾いに行き、ジョウセンがこちらへとやって来た。
「どうでござったかな?」
「……流石は師匠の妹君。正直、これほどまでに自分の目が曇っていたとは……恥ずかしい限りです」
「ジョウセン殿の言うように、確かに身体能力というか……力では私の方が上なのでしょうが、技術的には圧倒的に私が劣っていると感じました」
ジョウセンの上機嫌な様子に、呆気に取られていた感じの二人が言葉を返す。
「うむうむ、理解して貰えたようで何より。エリアス殿に比べまだ体が出来ておらんから、力や持久力といった点ではかなり劣るでござるが、瞬発力や技術……特に力が無いなりの体の動かし方は、エリアス殿にとって学べるところが多いでござろう」
いや……強すぎるでしょ?
え?初期能力値であんなに強いの?
俺イズミと戦ったら……剣術勝負なら負けるんじゃない?
……設定……設定とは一体……。
「殿、イズミはどうでござったかな?」
「あぁ、流石はジョウセンの妹だな。見事な動きだった」
自慢気なジョウセンに声をかけられ、俺は一瞬で意識を切り替える。
「はっはっは、まだまだ未熟故、殿に見せるには早いかと思ったのですが……辛抱できなかったでござるよ」
……あぁ、妹を自慢したくて仕方なかったのね。
いや、それは別にいいんだけど……俺が今受けてる衝撃は、多分リカルド達よりも上だと思う。
「ですが、もうしばし直接褒めて頂くのは待ってもらえるでござるか?殿に褒められたら舞い上がってしまいます故」
「くくっ……イズミは舞い上がったからと言って、修行に身が入らぬようなタイプではあるまい?」
見ていて気持ちが良いハキハキとしており、非常に真面目そうな娘だ。
正直、慢心して手を抜く様な娘には見えない。
「はっはっは、いや、むしろ逆でござる。今殿に褒められたら色々やり過ぎてしまうでござるよ」
あぁ、張り切りすぎちゃうってことか。
「分かった。そういう事ならば、賞賛の言葉を今は飲み込んでおこう」
「殿、感謝するでござる。いずれ時が来た時は、めいいっぱい褒めてやって欲しいでござるよ」
「あぁ、そうしよう」
俺が頷くと、ジョウセンが深く頭を下げる。
その後……イズミの剣技にエリアス君どころかリカルドまでもが翻弄されるのを遠目に見つつ、俺は訓練所でリーンフェリア相手に汗を流し、その場を後にした。
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