第460話 覇王と姉妹



 訓練を終え、ジョウセン達と別れた俺はリーンフェリアと共に城下町へとやって来ていた。


 特にこれといった用事があったわけではないのだが、微妙に時間が空いたこともあり何となく足を延ばしてみたのだ。


 城下町もこの三年程でかなり発展したとは思うけど、まだまだ他国の王都に比べればこぢんまりとしている。


 ただ一つ一つの建築物は、レギオンズ産の建材を使いドワーフの職人やその弟子となったゴブリン達の手で非常に素晴らしいものが建てられており、エインヘリアの技術力の高さを遺憾なく見せつけていると思う。


 城下町の建設に関しては無秩序さを完全に排除して、イルミットが作り上げた完璧な都市計画を基に拡張されて行っている為、開発途中ながらも非常に整然とした街並みとなっている。


 先日竣工式を終えた飛行船の発着場はまだ、エインヘリアの王都とベイルーラ地方にしか存在していない為正式稼働には程遠いが、現在各地で飛行船の発着場が建設されているので、半年から一年後くらいには各都市を繋ぐ飛行船の定期便が一般にも公開される予定だ。


 鉄道よりも空路の方が先に開通してしまうけど……まぁ大量輸送はやっぱり鉄道だよね。


 飛行船は富裕層向けの移動手段ってところに落ち着きそうだし。


 その為にも早いところ列車を開発して貰いたい所だけど……中々上手くいかない。


 まぁ、別に急かしているつもりはないし、これに関してはじっくりと時間をかけて進めていってもらいたいと思う。


 急ぎのやっつけ仕事は求めていない。


 安全性を第一に、是非新幹線の事故率を目指してもらいたいものだね。


「式場は完璧だな」


「はい。とても素晴らしい式場です」


 俺が視線を向けた先にあった建物を見ながら言うと、リーンフェリアもどこか憧れのような物を滲ませながら言う。


 純白の建物は派手過ぎず、大きすぎず……所謂チャペルって感じの建物だ。


 清楚でありながらもどこか可愛らしさを感じるデザインだが、あそこで行われるのは礼拝ではなく挙式のみ……宗教色よりもどこか現実とは乖離した幻想的な雰囲気を重視されて作られている。


 式場の建設にはうちの子……女性陣の意見が全力で盛り込まれている為、この世界の建築様式とは趣の異なる物となっているのだが、中々良い感じのものになったと思う。


 まぁこちらの世界の人達にとってみれば、現実離れした幻想的な雰囲気というものを存分に味わえるものになっているだろう。


「リュカーラサやバンガゴンガは予行練習やらで相当忙しそうにしているがな」


「リュカーラサはとても楽しそうにこなしていますが、バンガゴンガの方は少し疲れが見えますね。普段の仕事以上に気を張っている様です」


「国家事業の走りとして喧伝する事になったからな。二人には申し訳なさもあるが……その分こちらは全力で良き思い出となるように尽力してやりたい」


「はい。エイシャやマリーを筆頭に、女性陣が本気で準備を進めております。私は無骨者故あまり力になれませんが……」


「くくっ……リーンフェリアが無骨だと?面白い冗談だ。俺はリーンフェリアの細やかな配慮や気配りにいつも助けられている。リーンフェリアをそんな風に言うものがいたら、俺はその者を誅さねばなるまい」


 俺が肩を竦めながら言うと、リーンフェリアは珍しくクスリと笑いながら言葉を続ける。


 偶に見ることが出来るこのリーンフェリアの笑顔は、物凄い破壊力があるよね……。


「でしたらクーガーをお願いします」


「よし、説教だな」


 長期出張中のクーガーの説教が決まった。


 まぁ、クーガーの事だから冗談なんだろうけど、女性に向かってその手の事は言ってはいけない。


 しっかりと言い含めておくべきだろう。


 まぁ、クーガーの事はそれでいいとして、バンガゴンガの疲労については少し考えるべきだな。


 色々と仕事を振っている俺が言うのもなんだが、バンガゴンガは元からかなり忙しいのに更にこの結婚式のあれこれで、更に忙しさが増している。


 休みをあげたいところだけど、休みになれば別の予定を入れるのがバンガゴンガだ。


 上の人間としてはとても助かるし頼りになる反面、ほんとしっかり休んでね?と心配にもなる人材だ。


 とりあえず、バンガゴンガには上級ポーション辺りを差し入れてやろうと思う。


 市場には出回っていないドラゴンの血を使った高級品だ。


 まぁ、普通のポーションで過剰回復ってくらい回復するから、上級である全く必要はないのだけど……気分の問題だ。


 そういえば、この世界に来て最初の頃に見たドラゴン以外、これだけ大陸のあちこちで戦っているのにドラゴンって見かけないよな。


 アレがこの世界最後のドラゴンだったりしないよね?


 そういえば、前クルーエルから聞いたけど、今の枢機卿の一人がドラゴンスレイヤーらしいけど……もしかしたら北の方にはまだドラゴンがいるのだろうか?


 っていうか枢機卿って随分パワフルだよな。


 ドラゴンスレイヤーの人もだけど、うちに入り浸ってマッドサイエンティストやってる人も枢機卿だし……教会の仕事は大丈夫なのか?


 枢機卿の一人はやらかして捕まって、もう一人は現在クーガー連れて逃避行中。


 一人はエインヘリアに入り浸り……あれ?枢機卿って全部で何人なんだっけ?


 マジでクルーエル大丈夫か?


 問題があるって話は聞こえて来ていないけど……今度確認しておくか。


 そんなことを考えながら引き続き街をぶらぶら……もとい、視察していると、建設途中の建物の前で図面と思しき紙を手にしたルートリンデとドワーフが話をしている場面に遭遇した。


「ルートリンデか。早速色々と仕事をしてくれているみたいだな」


「はい。キリクやイルミットをサポートしつつ忙しくしている様です」


 リーンフェリアの言葉は少しルートリンデと距離があるように感じられたが、まぁ、二人とも大人だし、ジョウセン達の所とは距離感が違って当然か。


 そんな事を思いつつルートリンデの方を見ていると、ドワーフとの話が終わったのか、手にしていた紙をくるくるっと巻いたルートリンデが俺達の方へ一直線にやって来る。


 俺達に気付いた素振りは見えなかったけど……気付いていたのか?


「これはフェルズ様。私に何か御用でしょうか?」


 リーンフェリアの方には一瞥も淹れず、俺に向かって頭を下げながらルートリンデが言う。


「いや、これといった用事はない。視察の途中で偶々見かけたのでな」


「然様でございましたか」


 顔を上げたルートリンデは微笑を浮かべているが、どことなく強張っているようにも見える。


 これは基本的に新しく呼び出した子達に共通する感じだ。


 俺と一緒にこの世界に来た子達と違い、後から新規雇用した子達は俺に対し緊張している様子がうかがえるのだ。


 イズミはそうでもなかったけど、ケインやルートリンデは俺相手だと緊張してしまうらしい……まぁ、気持ちは良く分かるけど。


 俺も他国のお偉いさんと会う時は未だに相当緊張しちゃうし。


 妙に体に力とか入っちゃうよね……うん、よく分かる。


 しかし、後から呼び出したとはいえ、ルートリンデ達もうちの子であることに違いはない。


 出来れば他の子達みたいに緊張せずに接して貰いたい所だけど……これは俺が言ってどうにかなる問題じゃないしな……。


「こちらでの暮らしや仕事はどうだ?何か不自由だったり苦慮している事があったりしていないか?」


「いえ、何一つ不自由なく過ごさせて頂いておりますし、仕事も大変やりがいのあるものを任せられており、非常に充実した日々を送らせて頂いております」


「そうか」


 ……なんか社長とか会長が平社員に仕事はどうかね?と尋ねて最高です!と言わせたみたいな感じになってしまった気がする。


「……そういえば、ルートリンデは元々国立博物館で学芸員をやっていたのだったか?」


 以前姉について尋ねた時に得た情報で、呼び出すときの設定にもしっかり書き込んだ事柄だ。


「はい。フェルズ様が踏破されたダンジョンから発掘された品々を展示、復元する仕事に就いておりました。特に四大国で見つかった四色遺跡には現地調査にも参加させていただき、大変興味深い仕事をさせていただきました」


「ほう。四色遺跡か……懐かしいな」


 レギオンズ時代の国、エインヘリアは白の国という完全エディット用の小国だったが、それ以外の選択可能な四国はそれぞれ赤青緑黄色の旗を掲げていた。


 そしてその旗の色と同じ名前の遺跡がそれぞれの領内にあり、それらをすべて攻略することで北の大陸にある魔王軍……黒の国に攻め込めるといった感じだったのだ。


「歴史的な価値は当然として、個人的にも非常に面白い仕事でした。特に……フェルズ様自ら攻略された遺跡は、未発見の物であれば当時の姿をほぼ完璧に残した状態で踏破されています。その美しさ……驚嘆に値するものです」


「ふむ、そうだったかな?」


 まぁ、ダンジョンを破壊したりできるゲームじゃなかったしな……壊して進む系のギミックもなかったし。


 そう思いはしたが、物凄くキラキラした目で見られると野暮な事は言えないよね。


「それにあの国立博物館……フェルズ様の歴史への敬意が感じられる素晴らしいものでした」


 その国立博物館も……人口増加イベントの一環だったから建てただけだし、ゲーム的にはそれ以上何もなかったからなぁ。


 ちょっとどころじゃなく居心地が悪い。


「ふむ……今は文官として働いて貰っているが、ルートリンデはやはりそういった仕事に就きたいか?」


「いえ、確かに学芸員は素晴らしい仕事でしたが、今は文官としてエインヘリアという国のために働けることを嬉しく思っております。出来ますれば、このまま文官として使っていただきたく」


「そうか。まぁ、今この王都には博物館や美術館の類はないからな。城の宝物庫にある物を展示するというのも些か問題があるし、暫くその手の施設を用意するのは難しいか」


 宝物庫にある一品物のアイテムも倉庫にある汎用アイテムも、この世界基準で考えればとんでもないアイテムばかりだ。


 そんな物を展示すれば、良からぬことを考える輩がぽこぽこと発生すること請け合いだろう。


 元からの犯罪者や敵国を釣るには良いかもしれないけど、効果の凄まじさから善良な民達にも要らぬ考えを呼び起こしかねないからな。


 それにしても……ルートリンデもリーンフェリアも一切目を合わせないな。


 姉妹仲は良いと聞いているけど、リーンフェリアが物凄く真面目と称するだけあって、仕事中は完全に私事を切り離すという感じか。


 若干、好きな物の話には興奮を見せたけど、あくまで常識の範囲内って感じだしな。


「今は文官の数が圧倒的に足りないから、ルートリンデの働きには期待している。だが、今後そういった物を展示するような施設が出来たら、ルートリンデに任せるのも良いかもしれないな」


「ありがとうございます、フェルズ様。ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」


 うん……やっぱり超堅いね。


 リーンフェリアも非常に真面目で堅いけど、その彼女に真面目が服を着た人物だと言わしめるのがルートリンデだからなぁ。


 文官としては物凄く頼もしいと思うが……もう少し肩の力を抜いてくれてもいいんじゃよ?


 ルートリンデと仲良くするなら、遺跡とか歴史とかそういった物を絡めて話をするのが良さそうだけど……あまりそういったジャンルには今のエインヘリアは力を入れてないというか……他国もあまりそういうのに興味が無さそうなんだよね。


 歴史的遺物の話って聞いたことないし……。


 でもフィオの件から考えて、数千年単位の歴史や過去の遺跡なんかは見つかってもおかしくないよな?


 ふむ、そっち方面の探求も進めて良いかもしれないな。


 学問の発展は興味から……今後の事を思えば幅広く知識を求めるべきだろう。


 クルーエル辺りなら歴史関係も色々知ってそうだし……今度話を聞いてみても良いかもな。


 これだけ近くにいるのに一切会話することのない姉妹を見つつ、俺は今後についても色々と思いを巡らせた。


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