第458話 ある日の治安維持部隊・後

 


View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊員 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター






「何かの儲け話ってところか?」


「あぁ。簡単な仕事だ」


 そういってにやりと笑うフリック。


 同席している他の二人は、適当に飲んでいるように見せかけて周囲を警戒しているようだな。


 っていうか、内密に話したいことがあるなら、最初から大声で馬鹿な話してないで大人しくしとけよ。


 これじゃぁ、あからさまに秘密の話をしている最中ですって周りに教えているようなもんだろ。


 犯罪者共がコイツらくらい分かりやすかったら、俺も仕事が楽なんだけどな。


 そんなことを考えつつ俺はフリックの話に耳を傾ける。


「バルタスってハンターが居たの覚えてるか?三十手前くらいの四級の奴だ」


「バルタス……あぁ、ゴブリン殺しか」


「お、よく覚えてるな。そうそう、それが唯一のアイツの自慢話な」


 ゴブリン殺し……今となっては普通に犯罪でしかないが、当時のソラキル王国ではゴブリンは駆除対象だったからな。


 まぁ、今それを武勇伝の様に語ったらマズい事になりかねないが。


 エインヘリアはその国で合法だったことに対して、過去の行いを取り締まったりはしないし、言論統制をしているわけでもない。


 しかし、ゴブリンの排斥については長年常識とされ、刷り込まれた意識と言うものがある為、かなりデリケートな部分ではある。


 ソラキル王国時代の様にゴブリン殺しと吹聴するのは……なんだかんだと理由をつけて拘束されかねないだろう。


「エインヘリアではその二つ名は吹聴しない方が良いだろうな」


「……あぁ、ゴブリンの保護を謳っているんだったか?けっ……偽善者共が。そんなもんより救わねぇといけねぇ奴等はいくらでもいるだろうによぉ」


「……」


 それは……どうだろうか?


 エインヘリア程……所謂弱者の住みやすい国はないだろう。


 圧倒的な治安の良さに、社会的な弱者を救う為の様々な制度、殆ど払っているとは言えない様な税の低さ。


 仕事を選ばなければ……どころではないくらいに仕事が溢れ、仕事を見つけない事の方が難しい。


 子供のいる女性や老人であったとしても、人手として大歓迎されるほどだ。


 更に子供達は未来のために勉学を修め、大人であっても希望者は文字の読み書きや計算を無償で学ぶことが出来る。


 やる気さえあれば、エインヘリアでは未来を掴むことが出来るのだ。


 スラムに住んでいた住人の殆どが、今やかつての王都の民よりも裕福な生活を送り、その人生を謳歌しているだろう。


 勿論、住みにくくなったものも多くいる。


 犯罪を生業として来た者や、弱者を食い物にして私腹を肥やしてきた者。


 そして貴族。


 中にはエインヘリアに順応し、かつての栄光以上のものを手にした者もいる反面、過去の栄光が忘れられず没落していった者もいる。


 まぁ、没落していった者の中には魔物ハンターたちも含まれている訳だが……おそらくフリックの言う、救わないといけない者というのはその辺りの者達の事だろう。


 だが、犯罪者はともかく、魔物ハンターに関しては治安維持部隊への勧誘や別の仕事の斡旋等、国からかなり支援が行われているし、元協会職員の人達も国の機関や民間の商会等への再就職が斡旋されている。


 手が差し伸べられるまで少し時間がかかったことは確かだが、ソラキル王国を併合して国内を安定させるという大仕事を考えれば、そのアフターケアは非常に迅速な対応だったと言えるだろう。


 俺を含めてせっかちな連中は早々に他国へと移動しようと動いたから、その恩恵を知らずに国を出た者も多いはずだが。


 その辺りは……運としか言いようがない。


 素早く行動を起こすことは大事だが、時勢を見極める冷静な目も必要……天才なら一瞬でそれを見抜けるのかもしれないが、所詮凡人である俺達には素早く動くかじっくり見極めるかの二択しか選ぶことは出来ない。


 俺は国境付近でエインヘリア王陛下と出会った……ギリギリの所ではあるが、これ以上ない程運が良かったと言える。


 そしてフリック達は運が悪かった……立場的には俺がフリックの位置にいて、フリックが俺の位置にいたとしてもおかしくはなかったのだから。


「それで、そのバルタスがどうしたんだ?」


「あぁ。半月後くらいにバルタスがこの街にやってくるんだがよ。そいつの荷物検査お前がやってくれよ」


「街門でのチェックか?おいおい、何持ち込もうとしてるんだよ」


「そりゃ秘密って奴だ」


 なるほど。


 治安維持部隊……いや、衛兵を抱き込んで禁制品の持ち込みを企んでいるって訳だ。


 使い古された手ではあるが、知り合いが検査側にいるのであれば手っ取り早く簡単な方法ではある。


「当日俺が門にいるとは限らないぞ?」


「……なんとか出来ねぇのかよ?」


「そうだな……前日までに俺に連絡をくれれば、当日門に立つ奴を抱き込むくらいは出来る」


「分かった。なら前日必ずお前に連絡を入れるとしよう。それでいいな?」


 フリックが安心した様な下卑た笑みを浮かべる。


「待て。何を持ち込んでどうしようとしているかは教えろ」


「あ?何だってそんな事」


「俺以外の奴に声をかけないといけないんだ。相応のリスクを俺は背負わないといけない。詳しい話も知らずにそんな危ない橋渡れると思うか?それに、俺の立場ならその情報はもっと美味しく使えるかもしれないだろう?」


 俺がそうやって笑って見せると、フリックは苦々しい表情を見せた後すぐに笑みを浮かべる。


 俺が話に乗った上、更に利益を求めたことで安心したのだろう。


「ちっ……がめつい野郎だ。運ぶのはソラキル王国時代に流行った薬だ。量はカバン一つ分だが、相当な金額になる。それと売り先にはちょっかい出すなよ?マジント商会だ。知ってるだろ?商協連盟の裏組織と繋がってるって話のでけぇ商会だ」


「薬と……マジント商会か。薬はともかくマジント商会は俺くらいが手を出すのはヤバそうだ」


「命が惜しいんだったら大人しくしとけよ。下手に強請ればあっという間に行方知れずになるぜ?」


「……そうだな。因みに金の話はもうついてるのか?」


「いや、先にこの街に入れる算段をつけてからと考えてたから、まだ商会には行ってない。だが、あそことは俺がソラキルで仕事をしていた時から取引があってな。俺達が行けば二つ返事で買い取ってくれる筈だ。明日商会に顔を出して……お前への報酬はそれからでいいだろ?」


「分かった。だが、俺の方は最低二人分だ。それを忘れるなよ?」


「おいおい、あんまり欲をかくなよ?」


「それはこっちの台詞だな。良いのか?俺はもうお前らやバルタスが薬を持ち込もうとしている事は分かっているんだ。門でしょっ引いて薬を奪ってやってもいいんだぞ?そうすりゃぁ俺は、マジント商会に薬を持って行くだけでその金を独り占めできるって訳だ」


「てめぇ!」


「落ち着けよ。俺は正当な要求をしているだけだ。それに……どうせ今回限りじゃねぇんだろ?」


 俺がそう言うと、フリックは大きく舌打ちをする。


「売値の一割」


「馬鹿言うな、三割だ」


「お前こそ馬鹿言うなよ?こっちは仕入れやその他にも経費が掛かってるんだ。お前一人で三割持って行ったら俺達は赤になっちまう。せめて二割にしろ」


「おいおい、冗談言うなよ。赤になるわけないだろ?俺は治安維持部隊にいるんだぞ?末端価格は勿論、バッグ一つ分の薬を卸すなら大体どのくらいの価格になるかも読めてる。二割五分。抱き込む奴にもそれなりに払う以上、それ以下には出来ねぇよ」


「……分かった、二割五分だな。ちっ……ハンターやってた頃はもう少し可愛げがあったってのによ」


 忌々し気に呟くフリックに、俺は挑発的な笑みを浮かべながら答える。


「こちとら日夜狡猾な犯罪者共とやり合ってるんだ。それなりに色々経験してるんだよ」


「……まぁ、多少は知恵が回ってくれた方がこちらとしても安心出来るってもんだ。今回の取引が上手くいけば次もあるから頼むぜ?」


「おう」


 口約束を交わした俺達は酒の入った器をぶつけ合う。


 それからしばらく他愛のない会話を続けた俺達は連絡先を交換してから解散した。






「あれ?ランディどうした?今日は日勤だろ?」


 俺が治安維持部隊の詰め所に戻ると、書類を書いていたラッツが声をかけて来た。


「あぁ、アホが薬を密輸しようとしててな」


「は?密輸?この街……っていうかこの国に?」


「あぁ。どういうルートで国境を越えるか知らんが、まぁ確実にそこで捕まるだろうな。今街にいる奴等はそれの販売先との交渉に来たって感じだ」


 俺はフリッツ達の顔を思い出しながら、ため息交じりにラッツに語る。


「なるほど。物はまだ国の外か……」


「しかも取引相手はマジント商会らしい」


「……完全に終わったな」


 マジント商会……ソラキル王国時代から存在する大手商会で、表と裏両方に顔の利くソラキル王国時代のアンタッチャブル。


 商協連盟の裏組織とも繋がりがあり、一部の貴族ですら逆らえない程の力を持っていた……のは昔の話。


 商協連盟の裏組織……まぁ、ムドーラ商会の事だが、それが完全にエインヘリアの傘下に収められている事は、ある程度地位を得た治安維持部隊の者なら知っている。


 そして旧ムドーラ商会と繋がりの在った黒い連中は、軒並みお縄についており、その組織はムドーラ商会同様中身がすげ変わっているのだ。


 マジント商会も当然中身は別物になっており、犯罪組織を上手くコントロールするのに使われている状態だ。


「でもなんでその場で捕まえなかったんだ?お前が話を聞いたって事は、大方治安維持部隊員に賄賂を渡して門での調査をパスしようとしたとかだろ?」


「あの連中は多分末端だからな。捕まえたところで上の連中は痛くも痒くもないだろ?」


「国外の組織に喧嘩を売るってのか?」


「それは俺が判断することじゃないが、とりあえず泳がせて情報を吸えるだけ吸うべきだ」


「悪辣だなぁ」


 うへぇといった表情を見せるラッツに俺は笑って見せる。


「ソラキル王国時代に流行った薬としか聞いてないが、アレは薬の調合を得意とした貴族が作っていただろ?その貴族は一族郎党処刑された筈だが……取りこぼしがあったのかもしれんし、製法が流出した可能性もある。調べておくに越したことはない」


「あぁ……確かにそうだな」


 俺が考えを告げると、ラッツも真剣な表情になり考え込む。


「残念なのは、その末端が俺達の知り合いってところだ」


「知り合い?俺達の?……あぁ、魔物ハンターか?」


「正解。多分、くいっぱぐれて向こうの組織の連中に雇われたとか、そんな感じだろうな」


「そりゃなんとも……」


「……一つ間違えれば、俺達があぁなってたかもしれない」


 俺がそう言うとラッツは肩をすくめてみせる。


「お前はそういうタイプじゃないから安心しろ。そっちに走っちまう連中は、少なからず元からそういう気質なんだよ」


「フリックのチームとバルタスだな」


「元からどっちもクソ野郎じゃねぇか。お前が身につまされる必要はねぇよ」


 俺が名前を告げると、ラッツは呆れ果てたというようにため息をつく。


「……とりあえず、報告書を作るか。知り合いだから俺が担当するのは無理だよな?」


「無理だな。といっても、お前が囮として参加するならありじゃねぇの?」


「あぁ、そうか。まぁ、顔なじみのよしみだ。出来るだけ未遂の段階で捕まえられるようにしつつ、可能な限り情報を吸いだすか」


「お前それ……優しいのか容赦ないのか分かんねぇよ」


 苦笑するラッツに、俺も似たような笑みを返す。


 世の中は綺麗ごとだけで回っていない。


 そんな世の中を出来る限り綺麗にすることが俺達の仕事で……俺達の誇りだ。


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