第457話 ある日の治安維持部隊・前
View of ランディ=エフェロット エインヘリア治安維持部隊員 元ハンター協会ソラキル王都本部所属四級ハンター
「おう、ランディ!こっちだ」
昔の知り合いに誘われた俺は、仕事を終えて指定された酒場へとやって来たのだが……店に入ってすぐ、物凄い声量で自身の名前を叫ばれて羞恥に顔を赤くしつつ声の聞こえた方へ顔を向ける。
酒場の隅の方に陣取った知り合いが大きく手を振っている姿を見て……更に羞恥が増したが。
あー、既に出来上がっている感じか?
同じテーブルに座っているのは三人……全員知り合いだが、テーブルの上には既に酒が並んでおり、全員がそこそこ飲んでいる事が窺い知れる。
治安維持部隊としてこの街で仕事をするようになってそれなりに時間の経っている俺は、それなりに知人も多く、この店にも何度か来たことがあり顔なじみの者もちらほらと見える。
そんな中大声で名前を呼ばれるのは若干恥ずかしかったが……酔っ払いにそんな道理は通じない。
俺は苦笑しながらも三人の座る席へと心持ち急いで向かった。
「すまん、遅くなった」
「久しぶりだな、ランディ!どのくらいだ?」
酔っ払い特有の……頭の中で考えた言葉を省略しながら尋ねて来た男はフリック。
以前の仕事の同業……魔物ハンターだ。
「二年ぶりくらいじゃないか?ソラキルで仕事がなくなってきたから拠点を変えるって話をしたのが最後だろ?」
こいつとその話をしたかは正直覚えていないが、同業の連中とまともにやり取りをしたのはその辺りが最後だし、多分フリックもその辺りの時期が最後の筈だ。
「んあー、もうそんなに経つのか。俺達はソラキルから出てから散々だったからな。日々に追われて時間感覚なんて無くなっちまったよ」
そう言って器に残っていた酒を一気に飲み干す。
まぁ、散々な日々と口では言っているが、こうして酒を飲み、装備もしっかりした物をつけている以上困窮しているという訳ではないだろうな。
だが、コイツが愚痴る気持ちもが分からないという訳でもない。
ソラキル王国がエインヘリアに滅ぼされて以降、エインヘリアの軍によって徹底的な治安維持活動が行われ、けして絶滅することはないと言われていた魔物や野盗が誇張抜きでいなくなってしまったのだ。
魔物ハンターにとって飯の種であったそれらが数を減らし、当然俺達は仕事にあぶれ、各々新天地を目指して移動していった。
俺も相棒のラッツと共に新天地を目指していたのだが、その途中でとある人物と遭遇したことで生き方をガラッと変えることになったのだ。
その人物とは……。
「ったくよぉ、エインヘリアのクソ共のせいで、こちとら商売あがったりよ。魔物がいなくなるっておかしいだろ!?」
「おいおい、フリック。ランディは今そのエインヘリアの公僕だろう?侮辱罪とかでしょっ引かれちまうぜ?」
フリックの仲間がそんなことを言いながらゲラゲラと笑う。
酔っ払いの言葉に一々反応する程心は狭くないつもりだが、エインヘリアという国や俺達の仕事を馬鹿にされるのは正直面白くはない。
「そんなことくらいで捕まえてたら、留置所がいくつあっても足りないだろ?聞かなかったことにしてやるからとりあえず一杯奢れよ」
「かっ!公僕様は俺達の税金でおまんま食ってるってのに、心が狭くていらっしゃる!ここは普通お前が奢る場面だろう?」
フリックがそういうと、周りの連中もそうだそうだと囃し立てる。
「お前が誘っておいて奢れって……どんなたかり方だ」
俺はため息をつきながら適当に軽い酒を給仕に注文する。
正直昔なじみとはいえ、悪酔いしている雰囲気のあるこいつ等とあまり酒を飲む気にはなれなかったが、知り合いの近況自体は気になった為もう少し付き合う事にした。
「俺達がこんなに苦労してるってのに……ほんと良い御身分だよな!ラッツの奴も一緒なんだっけか?」
ラッツはドライな様で結構喧嘩っ早いからな……今日ここに来てたら面倒な事になっていたと思う。
「あぁ。ラッツは今日夜勤だから来られないがな」
「へっ!忙しそうで何よりなこってすわ!だがよぉ、ここは天下のエインヘリア様だろう?衛兵っていっても、仕事もロクにせずに暇つぶししてるだけでえ金が貰えるんだから……ほんとお前ら上手い事やったよな!」
「俺達が暇ってのはいい事だ。それだけ街が平和ってことだからな」
まぁ、実際は……俺達はかなり忙しい。
治安維持部隊が取り締まるのは重犯罪から軽犯罪まで多種多様なものだが、その取り締まりの対象があり得ないくらいに広いのだ。
殺人や盗み、放火は当然としても……個人の喧嘩や無銭飲食、はたまたゴミのポイ捨てなんかも取り締まり対象だ。
流石に相当悪質な物でもない限りゴミのポイ捨てくらいで留置所に叩き込んだりはしないが、結構きつく注意したりする感じだな。
エインヘリアは衛生面にかなり厳しいので、只ごみを捨てただけとは思えないくらいの注意が入り、再犯の場合は普通に留置所行きとなる。
他にも、馬車の事故や詐欺、誘拐といった難しい犯罪捜査や、最近はほとんど見なくなったが孤児の保護なんかも俺達の仕事だ。
魔物ハンターをやっていた頃は、魔物や野盗が居なくなるわけがないから仕事がなくなることはないと思っていたが……正直治安維持部隊の仕事は、そんなレベルじゃない。
人が集団で生活している限り、俺達の仕事は絶対になくならない……どれだけ善人、聖人だけが集まったとしても絶対に俺達の出番はある。
そう断言できるものだ。
まぁ、それをコイツ等に語ったところで意味はないし、コイツ等自身聞きたくもないだろうから話すつもりはないが。
「フリック達は帝国に行ったんだったか?」
「いや、その手前のサレイル王国だ」
なるほど、だからこの街に来たのか。
ここはエインヘリアのソラキル地方の北西部。
サレイル王国との国境に一番近い街だ。
恐らく何かの依頼でエインヘリアに来たのだろう。
「サレイル王国か、向こうの魔物ハンター協会はまだ稼働しているんだな」
「当然だろ?この国の協会は国に潰されちまったが……本来俺達のような勤勉なハンターがいるからこそ、地域の安全は守られていたんだ。それを追い出しちまうなんて、完全に馬鹿だよな?」
「全くだぜ。今まで被害を受けた連中や護衛を頼みたい奴が、自分達の金を使って俺達ハンターに依頼してたんだ。それなのに今は税金で軍を動かして対処しているんだろ?税金の無駄遣いって奴だぜ」
「ほんとそれな!被害を受けてない俺達の税金も使っちまってるんだろ?ふざけんなって感じじゃね?俺達は俺達で対処出来っから、その分金寄越せって感じだよな!」
そもそもお前らはエインヘリア国民じゃないし税金は払ってないだろうとか、魔物ハンターと治安維持の仕事は全く別物だとか、そもそもお前らの中だけで正しい……見当はずれな持論を他所にも聞こえるような大声で展開して、同席している俺を巻き込むなとか……色々と思うところはあったが、まぁ、酔っ払いの戯言だ。
狂信的な連中に聞かれなければ問題はない。
偶にいるのだ……狂信的なまでにエインヘリアを信奉する人達が。
ソラキル地方にはあまりいないが、南の方は熱狂的な地方も少なくはない。
治安維持部隊員は一つの街に常駐しているのではなく、いくつかの街をローテーションするようになっている。
勿論俺達の仕事には土地勘も必要なので、全然知らない街にいきなり配属という事はないが、長期で抱えている仕事が無い限り十日おきくらいに別の街に移動するのが普通だ。
常に緊張感をもって仕事に臨むためと言われているが、これは不正防止のためでもあるのだろう。
犯罪組織と衛兵の癒着なんてのは何処の街でも良く聞く話だ。
勿論、エインヘリア以外では……だが。
そんな訳で俺も南の方に赴任したことは何度もあるが、その熱狂ぶりは凄まじいものがある。
まぁ、エインヘリア王陛下のカリスマ性は物凄いし……正直、熱狂する気持ちが分からないでもないのは、自分でも怖いところだ。
俺とラッツが帝国へと向かう道すがら、魔物に怯える村に立ち寄ったことがあった。
話を聞き首を突っ込んだ俺達は、魔物の数と強さに死を覚悟するような事態に陥ってしまったのだが……そこを助けてくれたのが、エインヘリア王陛下だった。
その時のことがきっかけで、俺は治安維持部隊への入隊を決めたのだが……いや、偶然森で国王陛下に助けられるってかなりおかしい話だとは思うが……何故かこの国の王様はお忍びで魔物退治をするのが趣味らしい。
しかもその強さが半端ない……恐らくあれが英雄と呼ばれる存在なのだろう。
その立ち居振る舞いに、俺は惚れこんでしまったと言っても過言ではない。
治安維持部隊に入隊してから、陛下にお会いすることは出来ていないが……もし機会があったら改めてあの時の事、そして治安維持部隊に誘ってくださったことにお礼を言いたいと思っている。
まぁ、そんな機会は訪れないとは思うが。
それはさて置き……エインヘリアについて大声で批判するような事は、そろそろ止めないとヤバイ。
ソラキル地方に熱狂的なエインヘリア信者がいないとは言い切れないのだ。
酒場を出た瞬間いきなりブスリという可能性は十分ある。
「あー、悪い事は言わないから国の批判はそこまでにしておけよ」
「おっと、公僕様に見咎められちまったな」
「へへっ、すいやせんね、お犬様。こちとら育ちが悪いもんでね」
馬鹿にするように言ってくるこいつ等を見ていると、流石に苛立ちが勝って来た。
「俺を馬鹿にしたいだけならそろそろ俺は帰るぞ」
「おいおいおい!久しぶりだってのに冷たい野郎だな!冗談だろ、冗談!まぁ、待てよ!今日声をかけたのはよ……大事な話があるんだよ」
「大事な話?」
「あぁ、損はさせねぇ。いや、お前にとってもかなり美味しい話だから……まぁ、聞けよ」
そう言ってフリックは手にしていた酒をテーブルに置き、声のトーンを数段下げながら勿体つけるように口を開く。
限りなく嫌な予感しかしないんだが……。
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