閑章

第454話 続々々々・温泉界

 


 岩で囲まれた窪みに溜まるお湯。


 立ち上る湯気。


 しかし、湿気はその場に留まることなく霧散していく。


 湯を囲む壁や天井が存在していない為、それも致し方なき事。


 ここは、所謂露天風呂。


 この湯殿の名はヴァルハラ温泉。


 傷つき倒れし戦士たちを優しく癒す、露天風呂。


 ここは現世か常世か……それを知るものはおらず、ただ湯に浸かるのみ。


 そして今……湯に浸かっている者は四人……。






「最近湯が急激に冷たくならないか?」


「気のせいですよ」


「……実際に湯が冷水になっているわけではないぞ?」


「あぁ。そこは理解出来ていたのですね。とうとう肌感覚まで逝かれてしまったのかと」


「肌感覚までとはどういう意味だ?」


「既に逝っているでしょう?」


「……いや、お前今絶対違う意味で言っただろ?」


「成長されましたなぁ」


「何処に成長感じてんの?」


「死してようやく成長出来るとは……本当に死んで良かったですね」


「何その暴言」


「早く死ぬべきでしたね」


「死後にそんな罵倒する?」


「本音とは得てして辛辣なものです」


「それはここに来てよく理解出来たと思う」


「やはり死後の成長が……」


「それはもう良い!大体本人が死んで良かった等と思うはずがないだろうが!」


「一概にもそうとは言えないのでは?ほら、あそこにも居りますよ」


「もう壊れない!もう治らない!もう痛くない!」


「えぇ、えぇ、その通りですね。因みにどんな壊れ方をしたのでしょうか?」


「あああああああああああああ!クソ虫は!クソ虫は!」


「ふふっ……」


「……いや……まぁ……そういう人もいるだろうが……」


「人の幸せとは一体どこにあるのか。興味深い命題だと思います」


「アレはそういう話か?」


「ああああああああああああああああ!!」


「まぁまぁ、クソ虫さん。大丈夫ですよ、あなたはもう死んでいるのです」


「そ、そうだ!クソ虫は死んだ!」


「えぇ、その通りです。もう終わっているのです、ご安心ください」


「そうだ!クソ虫は終わった!でも生きてる!もう大丈夫だ!」


「いえ、死んでいますけどね」


「もう何もない!これ以上何もない!温泉で気持ちがいい!」


「その通りですね。エインヘリアの方がここに来なければ」


「え、エインヘリア……?」


「えぇ、エインヘリアの方がお亡くなりになり……ここに来なければ、クソ虫さんは大丈夫ですよ」


「エインヘリアあああああああああああああああああああ!?」


「困ったことに、クソ虫さんはもう死んでしまっていますからね。もしエインヘリアの方がここに来たら……もうこれ以上死ぬことすら出来ません」


「あああああああああああああああああああああ!!なんで!?なんでクソ虫は死ねない!?」


「もう死んでいますから」


「いやだああああああああああああああああああ!!」


「ふ、ふふっ」


「ザナロア殿はこれ以上ない程楽しそうだが、英雄殿は……本当に何があったらあんな感じになってしまうのだろうか」


「世の中には知らない方が良い事が多々あります。これはその類のことだと思います」


「そうだな。心の闇を暴いてもロクな目に遭わんだろう。まぁ、ザナロア殿のように刺激しまくって楽しむ者はいるようだが……」


「まぁ、我々に実害はありませんし。人の趣味をとやかく言うものでもありますまい」


「人に迷惑をかけない限りはその通りだと思うが……実際英雄殿は相当被害を受けているように見えるぞ?」


「ふむ、ならば陛下が変わって差し上げては?」


「……生存とはかくも難しいものなのだな」


「一つ大人になったようですな。勿論汚い大人という意味ですが」


「……」


「まぁまぁ、クソ虫さん。皆が皆、死んだらここに来るという訳ではありませんし、大丈夫ですよ」


「だ、大丈夫?エインヘリアは……こない?」


「いえ、そうとは言い切れませんが」


「いやだああああああああああああああああああああ!!」


「ふぅ……さて、クソ虫さんはさて置き、エインヘリアはとんでもない事を成したようですね」


「エインヘリア……私はあまり良く知らないのだが、以前此処にいたランガス殿やザナロア殿、そして英雄殿から聞いた話では、確かに凄まじい事になっているな。とても数千人の集団を率いていた者達とは思えぬ」


「エインヘリアの始まりはそのような物だったのですか?」


「確か、最初にエインヘリアの話を聞いた時はその程度だったはずですな。私が対峙した時には一万五千程まで膨れ上がっておりましたが」


「ルモリア王国との決戦時ですか……その戦いはどのような物だったので?」


「……いやぁ、どうだったかな?」


「ザナロア殿。ハルクレアは戦争開始以前に真っ二つにされているので、戦いの記憶は一切御座いません」


「なんと、そうでしたか」


「だからなんでお前は私を呼び捨てにするのだ?」


「はて?」


「そんな家臣おる?」


「既に国はなく、俸禄も貰っておりませんし、家臣ではないでしょう」


「確かに」


「ハルクレア殿はサルナレ殿の言葉をよく聞き、良く受け入れておられますが……もしはサルナレ殿はエインヘリアとの戦争には出られなかったのですか?」


「いえ、私も参戦いたしましたよ。ハルクレアは私が止める間もなく前に出て、一瞬で真っ二つになりましたからな。はっはっは」


「人が死んだときのこと思い出して笑うの止めてくれないか?」


「相手はエインヘリアの英雄だったのでしょうね。私も苦い経験があります」


「ザナロア殿も真っ二つに?」


「いえ、私の最期は断頭台だったので真っ二つ……いえ、ある意味真っ二つでしたが、英雄相手ではありませんでしたね。私の経験は帝国より借り受けていた英雄が、エインヘリアの英雄によって一瞬でやられてしまった事です。その事態にこちらが動揺している間に先手を取られ、そのまま軍が瓦解……敗走という形でした。こちらの英雄がやられた時点で、私は交渉で捕虜となった英雄を取り戻し、軍は全面的に引かせるつもりだったのですが……恐らくその考えを読んでいたのでしょう。有無を言わさぬ苛烈な攻めで、あっという間に十五万の軍が瓦解しましたよ」


「改めて聞いても信じられない戦いだが……エインヘリアはどれだけ英雄を抱えていたのだろうか?私を斬ったのは女騎士だったよな?」


「えぇ。因みに私の最期は、ハルクレアを真っ二つにした女騎士に突撃を仕掛けた感じです」


「私の仇を取るために……?」


「いえ、そこしか突っ込めるところが無かったからですが」


「……」


「そういえば、帝国の英雄を倒したのも女騎士の英雄でしたな」


「……怖いな。エインヘリアの女騎士」


「ですな。まぁ英雄というのは得てしてそういうものですし、恐らく我々を屠った女騎士と帝国の英雄を倒した者は同一人物と見て良いでしょう。いやぁ、相手が英雄とは……我々も運がありませんでしたな」


「……そういえば、私は自身を英雄王と称した自伝を城に残していたな」


「……軍神だけではなかったのですか?」


「若気の至りというヤツだ」


「陛下、私は今心の底から同情を覚えております」


「なんで今、私の事敬称で呼んだん?」


「城がエインヘリアによって焼かれていたら良いのですが……」


「エインヘリアが侵攻時に何処かを焼いたという話はありませんでしたね」


「陛下……おいたわしや」


「憐れむのやめてくれない?」


「その香ばしさも嫌いではありませんが、もう少し熟成させてからの方が良い感じになりそうですね」


「そっちはそっちで、塩を構えたまま人に傷が出来るの待とうとしてない?」


「いやぁ、はっはっは」


「はっはっは」






 湯煙の向こうに消えていくヴァルハラ温泉。


 成長を喜び、憂い、嘆き、そして楽しむ。


 ここは停滞した世界。


 朗らかな笑い声が響き、悲鳴をこだまさせながら、辺りは白く塗りつぶされ四人を覆い隠していく。


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