第449話 南方戦線にて
View of パランシア=アピナス エーディン王国将軍
私は整列した自軍の兵を物見台から見下ろしながら物思いにふける。
本当に面倒な限りといった感じだな。
ゼイオット王国の馬鹿共が邪魔をしなければ、我々は今頃ブランテール王国の王都を攻め落とせていただろう。
本当に忌々しい奴等だ。
奴等のせいで折角我々が押し込んだ戦線は後退し、現在の戦線は国境より若干押し込んだところといった感じだ。
まぁ、弱卒であるブランテール王国に押し戻されたわけではなく、ゼイオット王国の横撃のせいで後ろに下がらざるを得なかったわけだが……私はこの状況を逆手に取り、ブランテール王国に対し致命的な罠を仕掛けることにした。
私は後退した前線から大半の軍を削り、ゼイオット王国への報復として国境付近に差し向けたのだ。
そうやって隙を見せれば……我々がゼイオット王国にかかずらっている隙に、間違いなくブランテール王国は大規模な反攻作戦仕掛けて来るだろう。
負け続けのブランテール王国はここで大きく勝ちたいと考える。
だからこそ大規模な軍を戦線に投入する……そこをこちらの切り札である英雄で刈り取る策だ。
英雄の存在はひた隠しにしてきたからな、ブランテール王国の連中は予想すら出来ないタイミングで大きな被害を受ける事になる。
敵の規模が大きければ大きい程、相手の被害を大きくすることが出来るこの策は今このタイミングで打つのが最適、上手く嵌ればブランテール王国軍の半数近くを潰す事さえ可能だろう。
……だというのに、このタイミングでラ・ラガの大馬鹿共が大規模攻勢を仕掛けるという愚を犯したのだ。
おかげでブランテール王国は我々のいる南の戦線ではなく、北側の戦線に主力と援軍を投入してしまった。
奴等が余計な事をしなければ奴等自身も楽が出来たというのに……大方ゼイオット王国の連中が我々の方に兵を向けたのを好機と見て攻勢に出たのだろうが……はっきり言って時勢を読めていなさすぎる。
我々とゼイオット王国は本気で対峙しているわけではない。
寧ろお互い、他所の部分に目を向けていると言える。
私達はブランテール王国、そしてゼイオット王国の本命はラ・ラガだ。
見事にゼイオット王国の策略にまんまと嵌められている様は、愚かとしか言いようがないのだが……ラ・ラガがゼイオット王国に滅ぼされようと、我々としてはどうでもいい事だ。
その間に我々はブランテール王国を落とし、次に散々邪魔をしてくれたゼイオット王国を潰す。
ゼイオット王国を苦しめる為にラ・ラガと同盟を結んでやるという手もあるが、既にラ・ラガはゼイオットの策に嵌められている事を考えると、今更手を差し伸べたとしても間に合うまい。
それに、ラ・ラガにブランテール王国北部を取られるわけにはいかないからな。
ブランテール王国は、南側よりも北側に重要な物が多い。
穀倉地帯に鉱山、それにエルディオンとの一番大きな交易拠点も北側に存在する。
対する南側には、大陸南東部との交易拠点があるくらいで、北に比べると旨味は半分以下だ。
ラ・ラガと我々が組んだ結果、ブランテール王国を落とした場合、厚顔無恥なラ・ラガの連中は必ず北の所有権を求めて来る。
我々としては当然そんな要求はのむことが出来ない。
となれば、次に起こるのは武力衝突……結果、力を温存していたゼイオット王国を利する事になってしまう。
まぁ、英雄を所有している我々が有利なのは間違いないし、最終的な勝者に我々がなるのは決定事項ではあるが、大事なのは勝ち方だ。
勝利が決まっているのであれば、我々がしなければならないのは効率化。
どれだけ金や労力を使わずに勝利することが出来るのか……それこそが有能さの証明と言えよう。
今回私の仕掛けた策は、残念ながら馬鹿共のせいで最高効率を叩きだすことは出来なかった。
しかし、真の知恵者というのは一つの策に固執せず、二重三重……いや、十重二十重に策を巡らせるものよ。
ゼイオット方面に展開させていた軍は既に数を減らし、こちらの戦線に移動させ始めた。
合流までにはまだ半月程はかかる予定だが、この事はブランテール王国にも伝わっている事だろう。
だからこそ今英雄を使い、油断している奴等の腹を食い破り一気に攻め上がるのだ。
合流予定と思わせている軍は、その実、我々と合流することが目的ではなく……我々が突き進んだ後を占拠することが目的だ。
後ろは遅れてくる軍に任せ、私達は一気に敵王都まで攻め上がりこれを陥落させる。
退路を断たれれば我々が窮地になりかねない危険な策だが、今この時であれば必ず成功する。
何故ならラ・ラガの馬鹿共のお陰でブランテール王国の目は北に向いている。
そして主力の軍もだ。
ラ・ラガの連中がゼイオット王国の企みに気付き自国に引き返すまで、数日の猶予がある。
そこからブランテール王国が我々の動きに気付き軍を動かしたとしても、少数で動く我等の行軍速度には適うまい。
我々がブランテール王国を取る際に一番厄介だったのはゼイオット王国だが、奴等はラ・ラガの領地を掠め取る事に専心していて、ブランテール王国の連中以上に我々の動きに対応出来ないだろう。
今この時こそ、我々が最小の労力で最大の成果を得る事の出来る千載一遇の機会なのだ。
そう……この前進こそが、我等エーディン王国を大国へと押し上げる第一歩となる。
ブランテール王国、ラ・ラガ、ゼイオット王国。
この三国を飲み込み、更に大陸南東部の小国共を飲み込めば、我々はあの高慢ちきなエルディオンの連中を越え、大陸第三位の大国となれる。
いや、ゆくゆくはエルディオンすらも飲み込み……エインヘリアとかいう新興国を潰し……あの大帝国とも伍するだけの力を得ることが出来るのだ!
全てはここから始まる!
さぁ、ブランテール王国よ……戦争を始めよう。
私は手を真っ直ぐ前に伸ばし、全軍に号令をかけるために大きく息を吸い込み……。
「そこのエーディン王国の者共よ。諸君らは我等が盟友であるブランテール王国の国境を侵しているでござる。疾く軍を退き、責任者は出頭するでござる。今ならばまだ温情をかけてやれるでござるよ?」
そんな私の出鼻をくじくように一人の男が我が軍の前に立ち、訳の分からない語尾で訳の分からない事をのたまう。
なんだ?
新手の自殺志願者か?
「ブランテール王国は寛大故、今ならば賠償だけで許してやると言っているでござる。諸君らの蛮行から鑑みるに、これは甘すぎる裁可と言えよう。拙者としては、忘恩の徒にはきっちりとその愚かさを身に刻んでやるのが優しさだと思う所でござるが……盟友の頼みとあらば致し方無し。責任者の首を差し出し、兵達は下がるというのであれば、その背中を討つような真似はせんでござる。返答や如何に?」
「……あの者はなんだ?何を言っている?」
私は副官に尋ねる。
良い気分で号令を出そうとした所を邪魔されて不愉快ではあったが、だからと言って状況把握を疎かにするつもりはない。
「降伏勧告……でしょうか?」
降伏勧告?
はぁ……時勢の見えていない馬鹿がここにもいたか。
いや、英雄の存在を知らぬのだから、その強気な態度も致し方無しという事か?
「なるほどな。自分達の方が国力が上だと今もなお考えているという事か」
「中堅国としての傲慢さですね」
「正面から戦ってあれだけ戦線を押し込まれたというのに、まだ理解できていなかったとは……もはや警戒する必要はないな。踏みつぶしてしまえ。何なら狂犬……いや、英雄を出すか?早く暴れさせろとうるさいし、あの無礼な馬鹿を見せ締め……いや、我等の進軍の狼煙代わりに使かってやるとしよう」
「なるほど……畏まりました。ではそのように命令を出します」
「うむ」
にやりとした笑みを浮かべながら言う副官に、私は頷いて見せる。
これですべてが終わる……いや、ここから始まるのだ。
「あー、因みに。そこより一歩でも前に出たら、相応の対応をするでござるよ?勿論、殿に言われているので殺しはしないでござるが……」
未だに訳の分からない事を喚く馬鹿の姿にため息が出ると同時に、ある意味感心してしまう。
数が少なめとはいえ、一軍を前にして随分と余裕のある態度だが……その飄々とした顔はすぐに絶望に染まるだろう。
何故なら……。
「はっ!やっと俺の出番かよ!あれか!?アレをやって!その後後ろの奴等もやっちまえばいいんだろ!?な!?そうだろ!?」
少し離れた位置から大音声の品の無い叫びが聞こえる。
私の元につけられたにしては品性の欠片もなく、扱いにくいことこの上ないが……その力は私も認めざるを得ない。
狂犬……我が国の英雄が、ついに他国に認知される時が来たのだ。
「っしゃ!おらああああああああああ!!」
もう少し話が通じれば良いのだが……命令は一応聞くが、一度暴れ始めると満足するまで手が付けられないからな……。
「ふむ、仕方ないでござるな。では、殿の御言葉通り始めるとするでござるよ。殿曰く……峰打ちだから大丈夫!でござる!」
そして絶望が始まった。
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