第448話 王太子の理解

 


View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 父に万能薬を使い、その考えを聞いてから私達はエインヘリアに向かうことを決めた。


 まぁ、それ以前にエインヘリア王から誘われていた時点で断るという選択肢はなかったのだが、それはそれだ。


 それよりも、父が魔力収集装置の設置に肯定的だったことに重臣たちの間で衝撃が走った。


 父はまだ五十半ばを越えたあたりといった年齢ながら、名君と名高き王。


 病床に伏していたとは言え、その智謀が衰えていない事は皆が知っている。


 勿論、現状を全て完璧に把握しているわけではないし、エインヘリアの事も正確に知っているわけでもないだろう。


 しかし、私の説明を聞いただけで魔力収集装置を受け入れた方が良いといったのだ。


 エインヘリアの危険性は、父でなかったとしても聞けばすぐに理解出来る。


 それでも魔力収集装置を受け入れるということは、確実に父には私達に見えていないものが見えているということ。


 それが何なのか……おそらくランバルは気付いているはずなのだが、エインヘリアに行っても理解が出来なかったら教えてやると言われてしまった。


 これは、行けば分かるし、自身で理解しないと意味がないという事なのだろう。


 父とランバルの態度からそう理解した私は、エインヘリアへと共に向かうものを選定し、飛行船にのってエインヘリアを目指した。


 飛行船は……離陸する時に今までに味わった事のないような、気持ちの悪い感覚に陥った事以外は実に快適だった。


 いやそれどころか、初めて見る空の上からの景色に驚き、それ以上に楽しんだと言える。


 そして、その景色以上に驚いたのは、圧倒的な移動速度だった。


 馬車で移動すれば二か月近くかかるであろうラ・ラガの王都まで、一日と掛からず移動してしまった際は眩暈がしたものだ。


 たしかエインヘリアは飛行船を使って一万の兵をラ・ラガの王都に送り込んだと言っていたが……飛行船を何艘くらい使ったのだろうか?


 それなりの大きさの船だとは思うが、流石にこの船一艘で運べる人員は数百から千程度だろう。


 ということは十艘以上ということになるが……エインヘリアは一体どのくらい飛行船を保持しているのか……いや、エインヘリア王に尋ねたら普通に答えてくれそうだが。


 普通は国家機密と言われそうなものだが……エインヘリア王ならば恐らく……。


 まぁ、それはさて置き……私達は一日半ほどで空の旅を終え、エインヘリアまでたどり着いた。


 上空から見たエインヘリアの王都は、お世辞にも大国の王都とは思えない程の規模で、おそらく我がブランテール王都の三分の一程度の広さしかないだろう。


 しかし、そこはやはりエインヘリア。


 空から見た時は分からなかったが、改めて王都の街並みを案内された際、その建築物の素晴らしさに目を奪われた者は少なくなかった。


 どうやら主要な建物の多くはドワーフ達の手で建てられているらしい。


 話によるとドワーフ達だけに頼るのではなく、王都に多くいるゴブリン達もその技術を習得しているようで、今も王都をどんどん拡張しながら技術を磨いて行っているようだ。


 今はまだ我々の王都の方が立派と言えるが……数十年、いや十数年後には、エインヘリア王都は大陸有数の大都市になっていてもおかしくはない。


 いや、寧ろそうならない可能性の方が低いだろう。


 エインヘリアの国力……技術力に経済力。


 王都に人が集まらない訳がない。


 エインヘリア王から聞いたところによると、現在各地の主要都市に飛行船の発着場を建設しており、将来的には飛行船を一般の民達の交通手段の一つとして提供するらしい。


 流石に魔力収集装置による転移を一般には解放していない様だが、それでも飛行船による移動が一般化されれば人の移動が恐ろしく容易になり、経済は凄まじい勢いで動いていくだろう。


 私達がエインヘリア王都へと着いた日の晩餐会では、山の幸に海の幸……様々な地方の数々の食材によって作られた料理が所狭しと並び、そのどれもがかつて味わった程が無い程の美味であった。


 これらも全て飛行船の輸送……もしくは転移による恩恵なのだろう。


 それから約十日にかけて、私達はエインヘリアの各地に視察に行き、多くを見学して、エインヘリア王が進める政策の数々を聞き……そしてその効果を実感していったのだった。






「どうだった?」


 エインヘリアへの訪問から十日が過ぎ、私達使節団はブランテール王都へと戻って来た。


 飛行船での旅は帰りも実に快適で、長旅の疲れなぞほとんど感じる事の無かった私は、城に戻ったその足で自分の執務室へとやってきたのだが……そこにいたのは妙ににやにやしたランバルだった。


「本人不在の執務室に入るのはどうかと思うな」


「誰にもバレていないからそこは許してくれ。というか、早く話したいんじゃないかと思って待っていたんだから、感謝してくれても良いんじゃないか?」


「……確かにその通りだが、そのにやにや顔がムカつくな」


 私はため息をつきながらランバルの向かい側のソファに腰を下ろす。


 接客用というよりも打ち合わせ用のソファなので、そこまで高級なものではないのだが……先程まで座っていた飛行船の椅子に比べると随分と座り心地が悪いように感じる。


 ……たった十日で、すっかりエインヘリアに毒されてしまっているようだな。


「ははっ!レイズ、随分と顔色が良くなったな」


 私の顔を見ながら満足そうに笑うランバルに対し、私はこれ見よがしに大きくため息をつく。


「向こうに行った初日は、大臣達と共に顔色を真っ青にしていたと思うがな」


「それは良かった。私も最初は生きた心地がしなかったから、仲間が出来て嬉しいよ」


「……私がエインヘリアに向かう前に情報を寄越さなかったのは、それが目的か?」


「人聞きの悪い事を言わないでくれ。私は帰還した際、出来る限り君に話はしたつもりだ。勿論、時間的な余裕が無かったから、事細かにとはいかなかったがね?」


 そう言って笑みを浮かべるランバルは……うん、間違いなく確信犯だ。


「まぁ、それはいいじゃないか。もう過ぎたことだ。それより、これからの話をするべきだ。そうだろう?」


「……既に結論は出ている。魔力収集装置は全面的に受け入れ、各地に設置してもらう」


「……」


 私の出した結論に、さして驚いた様子も見せずにランバルは頷く。


 いや、彼からすればこの結論は当然のものだろう。


「エインヘリア王が差し出した手を握らないという事はあり得ないし、魔力収集装置を利用しないというのはもっとあり得ない」


「うん、その通りだね。良かったよ、その結論に達してくれて。エインヘリアと事を構えるなんて正気の沙汰じゃないからね。もしそうなっていたら、私は亡命するところだったよ」


「情報部の長が一番に亡命なんかしたら、それこそ終わりだな。まぁ、あれを見てしまった後では、その気持ちも分かるというものだが」


 私が肩をすくめてみせると、ランバルは少しだけ意外そうな表情を見せる。


 大方私がもう少し卑屈な様子で言うとでも思っていたのだろう。


「レベルが違い過ぎて、卑屈に感じる事さえ烏滸がましいってところだったな」


「ははっ!私はエインヘリアに潜入しようとして失敗した時に、同じ心境になっていたよ」


「相手が凄すぎて、そう言ったマイナスな感情すら浮かばないんだ。きっとあれだな。戦場での英雄の暴れっぷりを見て、なぜ自分にもあれが出来ないのかと悔しがる気持ちが浮かばないのと同じだ」


「なるほど。確かにその通りだな」


 私のたとえ話に納得したように頷きながら、ランバルはサイドテーブルに置いていた酒をグラスと共にこちらに差し出してくる。


「まだ日も高いんだがな?」


「それに、まだ戦時中だ。いらないか?」


「……貰おう」


 グラスを受け取ると、ランバルが酒を注いでくれる。


 芳醇な香りが執務室全体に広がっていく……どうやら中々良い酒のようだ。


「……エインヘリアで貰った酒は美味しかったな」


「……秘蔵の酒を開けた私の前でそれを言うのかい?」


 互いに酒を一口飲んでからそんな言葉を交わす。


 しかし、恐らくランバルも私と同じことを思っている筈だ。


「技術力、軍事力は言わずもがな、経済力や文化、思想……酒に料理に娯楽……ありとあらゆるものがこの世のものとは思えぬ程だったな」


「あぁ……」


「それに、魔力収集装置。あれがあったからこそ、エインヘリアは短期間で広大な土地を支配するに至り、そして完璧な統治を敷けているのだな」


「そうだね」


 王の言葉が即日国の隅々まで行き渡り、その意思が即座に反映される。


 何か問題が発生すれば、それがすぐに王都に伝わり対応が成される。


 災害が起これば即日軍が派遣され救助活動が行われ、魔物が発生すれば即座に討伐部隊が組まれる。


 街や村の治安は凄まじく良く……夜でも女子供が出歩けるほどだ


 街灯の整備も進んでおり、村でさえも夜完全な暗闇に包まれることが無い。


 魔物はおろか野盗の類も殆ど存在していないらしく、馬車で旅をする際も殆ど護衛が必要ないという話さえある。


 エインヘリアに組み込まれて日の浅い地方では魔物や野盗がまだ存在するようだが、それらも急激に数を減らしているとのことで、野盗と魔物は永遠に駆除しきれないという各国の常識が崩れ去ろうとしていた。


 そんな治安の良さもさることながら、私がそれ以上に興味深かったのは政治的な地方の風通しの良さだ。


 名君と呼ばれる父の統治であっても、腐敗や癒着というものは中央から離れれば離れる程目が届きにくく、発生してしまう物だった。


 勿論、足元である王都であっても、不正を行うものがいないという訳ではないが……とりわけ地方ではその傾向が強かった。


 しかし、エインヘリアは魔力収集装置によって地方の隅々まで中央の目が行き届いており、更に複数ある諜報機関によってしっかりと統治する側の者達も監視されているらしい。


 実際、不正を行おうとした者は幾人もいたそうだが、行動を起こした瞬間に捕らえられ、処罰されるとのことだ。


 ともすれば支配者側の権威を損なうようなやり方だが、エインヘリア王という絶対者が君臨するエインヘリアからしてみれば、さしたる問題ではないのだろう。


「私としては……エインヘリアの次代教育も非常に気になったな」


「孤児を含めた子供達に無償で学問を教えるというヤツか?」


 今エインヘリアの民達は経済的にかなり余裕が生まれ、子供達が働かずとも生活を十分できるようになっているらしく、その空いた時間を使い子供達に様々な勉学を教えているらしい。


「指導内容を教えてもらったが……そこらの貴族の子息達よりも教育水準が高そうだった。下手したら高位貴族の子息達といい勝負になるんじゃないか?」


「……今回は学習内容までは確認出来なかったが、そんな高度な事を教えていたのか?エインヘリア王は、簡単な読み書きや計算等の基本的な事から始めていると言っていたのだが……」


「エインヘリア王の簡単や基本が、俺達にとっての簡単や基本と同じでない事は十分理解出来ていただろう?」


「……分かっていても中々捨てられないのが常識というものだろう?」


「確かにな」


 苦笑するランバルを見ながら、私はグラスに残っていた酒を飲み干してから口を開く。


 ただの民にそれほどの教育を施す……十年後にはそれら高度な教育を受けた者達が社会を動かしていくことになる。


 エインヘリアだからこそ出来る政策だが、下手をすると周辺国はエインヘリアと戦わずに衰退していくことになりかねないな。


「やはり、敵わぬな」


「ん?」


 小さく呟いた一言にランバルが首を傾げる。


「父……陛下にな」


「あぁ」


 納得したように頷いたランバルは、手に持っていたグラスを置き、酒の入った瓶をこちらに差し出してくる。


 私がグラスを差し出すと、ランバルはゆっくりと酒を注ぎ……何も言わずに自分のグラスに口をつけた。


「陛下はエインヘリアの事を殆ど知らなかった。だが、私が説明した情報だけで魔力収集装置の受け入れをするべきだとおっしゃった。私が説明した内容だけでだぞ?当然だが私の知っている情報以上の物はそこにはない……判断材料は私が伝えた言葉だけだ。だというのに出した結論は全く違うもの……いや、私がエインヘリアという国を実際見た上で出した結論と同じ物だ」


「……そう悲観することはないさ。陛下は確かにお前から聞いた情報だけでそれを判断したのだろうが、レイズ自身知っている情報を一から十まで説明したわけじゃないだろう?要点だけを伝えた結果、陛下はそう判断された。お前がその結論に至れなかったのは、他にも多くの情報を有していたからだ」


「……しかし、要点だけを伝えたのは、私が情報を自身の中で纏めたからだ。ならばその時点で同じ結論に達することも出来た筈」


「まぁ、落ち着けよ。冷静な状態で要点を聞いた陛下と、戦争に頭を悩ませている最中に突然来訪して来た大国の王の対応をすることになったお前じゃ、そもそもスタートラインが違うだろう?客観的な立ち位置であれば物が良く見えるのは当然の話だ」


「……」


「それに、最終的に出した答えは同じ物なんだから問題ないだろう?反省するところはあるのかもしれないが、卑屈になるのは違うよ」


 穏やかな笑みを浮かべながら言うランバル。


 王太子として判断を間違えることは絶対に許されないことだ。


 しかし……エインヘリアの件に関して、私は何度も間違えている。


 ギリギリのところでそれを回避することが出来たのは父のお陰であり、そして目の前にいるランバルのお陰だ。


「ありがとう……ランバル。君のお陰で今こうして反省するだけで済んでいる。君が居なかったら、反省することすら許されない状況になるところだった」


「ははっ!主を支えるのが下の者の務めさ。陛下は名君として名高き方だけど、人の意見を聞き、己の間違いを認め、そして自己を更新していける君ならば、間違いなく陛下と並び立つ人物と呼ばれるようになるさ。まぁ、私としては陛下を越えて行って欲しいところだけどね」


「……あぁ。必ず、君が誇らしく思える王となってみせる」


「では、私は影として一番近くでそんな君を支え続けよう。さて、出来る忠臣から一つこの先について質問なのだが、エインヘリアの件はひとまず決着がついたとして……エーディン王国はどうするんだい?そろそろ動きそうだけど」


「あぁ、エーディン王国なら……」


 私は帰りの飛行船でエインヘリア王から聞いた話を思い出しながら、ランバルにそれを伝えた。


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