第447話 王の目覚め
View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子
「なるほど。この症状は以前見たことがあります」
目を瞑っているようにしか見えない少女……エインヘリアの大司教であるエイシャ殿がベッドに横たわる父の容態を確認した後にそう口にする。
「一体どういった病なのだろうか?我が国の治療師達では原因すら分からなかったのだが……」
私がそう尋ねると、エイシャ殿はこちらに向き直る。
どう見ても十歳前後といったエイシャ殿だが、その立ち居振る舞いから大司教という地位が伊達や酔狂による物でないことがはっきりと分かる……のだが、やはり子供にしか見えない。
「ブランテール王陛下の病は、魔力……厳密には魔王の魔力による中毒症状です」
「魔王の魔力の中毒?」
「はい」
「……それは、妖精族がなるという狂化という症状の?」
「少し違います。狂化とはその身に取り込んだ魔王の魔力が許容量を超えた時に発現するものですが、中毒症状は魔王の魔力に当てられて体調を崩すといった感じです。体内に保持している魔力が極端に少ない人族に稀に見られる症状です」
「……」
魔王の魔力……そのせいで父は……。
「対処法は既に確立しているので問題ありません。万能薬でも治りますが、魔王の魔力自体は目に見えぬ空気の様に蔓延している物なので、時間が経てばまた中毒症状に苦しむことになります」
「根治するには……」
「魔力収集装置の傍で過ごす事です。この国には魔力収集装置はありませんので、エインヘリアで療養することをお勧めします」
「……魔力収集装置か」
……あまりにもエインヘリアに都合の良過ぎる話だが、父が病に倒れたのは二年ほど前の事。
全てがエインヘリアの企みと考えるのは無理があり過ぎる。
これはどう考えるべきか。
まず、病名を偽っている可能性。
我々は原因不明と言っているし、騙っていてもおかしくはないだろう。
しかし、これは以前私が会議の場で言った事と同じ話だ。
エインヘリアは父の病を魔力収集装置によって根治出来ると言った。
もし魔力収集装置を設置した後に再発したり、同様の症状の患者が現れれば……後は言うまでもないだろう。
ならば、エインヘリアが魔王の魔力と語っている物の原因が、エインヘリア自身にあるとすればどうだ?
原因がエインヘリアにあれば、治すも侵すも自在だろう。
魔王の魔力という物自体は各所に影響を及ぼしている事から、でっちあげではないだろうが……それをエインヘリアが魔力収集装置を設置するために蔓延させているという可能性は、否定出来ない……。
そこまで考えた私は表には出さずに苦笑する。
私は何をくだらない事を考えているのだろうか?
これまで何度もエインヘリアに対して邪推を重ねたが、最終的にはこの一言に尽きるのだ。
エインヘリアにそんな小細工は必要ない。
真正面から我々をねじ伏せるだけの力があって、このような中途半端な小細工をする意味がない。
ただ迂遠なだけだろう。
「くくっ……まるで我等が謀ったかのような話だな」
「……お戯れを」
まるで心を見透かしたかのようなタイミングで……いや、実際考えている事が読まれたに違いない。
だからこそ、軽い雰囲気で笑いながら告げて来たのだろう。
……エインヘリア王の前で迂闊な事を考えるのは危険だな。
今回は許して貰えたようだが、あまり良い印象は持たれない……というよりも、打算はあるのだろうが、エインヘリアは完全に好意で父の容態を診断してくれたのだ。
そこに感謝こそすれ疑心を覚える等、人道にもとる行為と言えよう。
「先程、陛下の病……いえ、中毒は体内の魔力が低かった故の事だと言っていたが、同じような症状の者が他にも多くいると見るべきなのか?」
「エインヘリアでは魔力収集装置が普及しているので、あまり中毒に関する研究が進んでおりません。私が以前同じ症状を見たのは、まだエインヘリアに組み込んだばかりの元商協連盟の勢力圏で一人。それと大陸南西部のシャラザ首長国で一人。ブランテール王陛下で三人目ですね」
症例はかなり少ない……いや、魔力収集装置の傍で過ごすことで治るという事であれば、エイシャ殿が把握していないだけで患者自体は存在していた可能性はあるか。
「どの程度の魔力であれば中毒となるのかは判明しておりません。ですが、時間と共に症状が重くなっているようなので、もし私の知らない患者がどこかにいるとしたら……早急にエインヘリアの勢力圏。魔力収集装置の傍に患者を移動させるべきですね」
「なるほど……感謝する、エイシャ殿」
「いえ、
……ん?
今、何か……不思議な呼び方をしたような?
「エイシャ。ひとまずブランテール王に万能薬を使って良いのだな?」
しかし、その事を聞き返す前にエインヘリア王がエイシャ殿に薬を使用して良いか尋ねる。
そうだ、今は父の中毒状態を癒すことが先決だ。
「はい。魔王の魔力による中毒はゆっくりと時間をかけて進行していくようなので、一度万能薬を使って中毒症状が出る前の状態に戻すことが可能です。しばらくしたら中毒状態に戻ってしまいますが、今よりも遥かに体は楽になります」
「ならば使わぬ手はないな。王太子殿、万能薬は飲ませても良いし体にかけても良い。まぁ、小さな瓶とはいえ、ベッドの上で振りかけたら後が大変かもしれんが……」
「……今日はあまり調子が良くないようなので、起こして飲んでいただくのは難しいかもしれません」
「ならば、服をはだけさせて頭から上半身に向かってかけてやると良い。効果はすぐに出る」
使い方を説明してくれたエインヘリア王が、万能薬の入った小瓶を手渡してくる……流石にメイド達にそんな事させるわけにはいかぬよな。
「では、我々は部屋の外に出ていよう。問題はないと思うが、何かあったら声をかけてくれ」
「ありがとうございます、エインヘリア王陛下。それにエイシャ殿も。すぐにこの薬を使わせてもらいます」
私が礼と共に頭を下げると、エインヘリア王は何も言わず私の肩を軽く叩いた後、エイシャ殿と共に部屋から出る。
ふっ……何というか……自分の半分程度しか生きていないであろう相手にここまで貫録を感じてしまうとはな。
二人が部屋から出て行ったのを確認した私は父の服を脱がせ、言われた通り頭から上半身にかけてゆっくりと万能薬をかけていく。
小瓶の中身はすぐに空になり、ベッドの上でびしょびしょになった父を見て……本当にこれで大丈夫なのか不安になったのだが……薬をかけてから少しして、父がゆっくりと目を開けた。
「……まさか水をかけられて起こされる日が来るとは思わなかったな」
「陛下……」
目を開けた父が、自分の顔や体を触ってから何とも言えぬ表情で体を起こす。
最近では、調子の良い時でも自分でベッドから身を起こすことが殆ど出来なかった父が、ごく自然な様子で上半身を起こしたことに私は目を剥いて驚く。
これが万能薬。
エインヘリア王達があれ程自信を持っていた薬だから、効果があることは疑っていなかったが……まさかこんな一瞬で。
「あぁ。いたずら小僧というには些か歳がいっているようだが……私は生きているのか?妙に体が軽いのだが」
「す、すみません陛下。これは薬で……それと、大丈夫です。陛下は……生きておられます」
その言葉を聞き目頭が一気に熱くなった私は、手で目を押さえつつ答える。
父の回復を心から望んでいたが、それでも心のどこかでこの病は癒すことは出来ないと諦念していた部分もあった。
だというのに……こんなあっさりと……。
「これ程体軽いのはいつ振りか分からぬが……これはアレか?ろうそくが尽きる前の一瞬といった感じなのか?」
「いえ、陛下……陛下の病は治りました」
「ふむ。随分といきなりな話だが……何があったか聞かせてくれるな?」
「はい」
私は心を落ち着けながらエインヘリアの件、そしてエイシャ殿から聞いた父の病について話した。
真剣な表情で私の話を聞いた父は、すぐに扉へと視線を向ける。
「状況は理解した。では、扉の外でエインヘリア王が待たれているのだな?」
「はい」
「ではすぐに入って貰え。このような恰好ではあるが、挨拶をしよう」
父はサイドテーブルに置いてあった布で顔と体を拭いてから服や髪を整えてそう言った。
「分かりました」
私は目が赤くなっていないか若干不安を覚えつつ、扉に向かいエインヘリア王達を部屋へと招き入れた。
エインヘリア王は私の顔を見てにやりと皮肉気な笑みを見せたが、何も言わずに部屋の奥へと進んでいった。
……どう見てもバレているな。
「このような恰好で失礼いたします、エインヘリア王殿」
「気にすることはない。それよりも、無事声が聞けて嬉しく思う、ブランテール王殿」
「これもエインヘリア王から頂いた薬とエイシャ殿の診断あっての事。なんとお礼を申せばよいのか」
そう言って父は頭を下げようとしてバランスを崩し倒れ込みそうになった。
「これはお恥ずかしい。すっかり体が弱ってしまっているようですな」
「長い事寝たきりであったのなら仕方のない事だ。万能薬といえど、流石に衰えた筋肉までは戻せないからな。リハビリをすれば以前の様に動けるようになるだろうが、この病について聞いているか?」
「はい。なんでも魔王の魔力と言うものの中毒であると」
「あぁ。現在は薬によって中毒状態を脱しているが、このままでは再び体が蝕まれていくだろう。我々としては、魔力収集装置の設置してある街へ一時的に療養という形で移動して貰いたい所だな」
エインヘリア王の提案に、父は少しだけ考えるそぶりを見せた後真剣な面持ちで口を開く。
「……この王都に魔力収集装置を設置することは可能でしょうか?」
「ふむ。ブランテール王国側が飲んでくれるのであれば、五日ほどで設置は可能だが」
「……流石に今日まで寝たきりでいた私に、周囲の反対を押し切って設置を決めることは出来ません。ですが、自身の病がなかったとしても、魔力収集装置の設置はして貰うべきだと私は考えております」
「っ!?」
父の放った言葉に、思わず私は声を上げそうになってしまう。
王同士の会話に口を挟む様な真似をするつもりはないが……残念ながら私が反応したことは父にバレてしまっていたようだ。
「レイズ。お前達がこの国を守るために、今日まで多くの苦難と向き合ってきたことは理解しているつもりだ。私は偶に話を聞き、意見を言うだけだったが……いや、苦難の中心に居なかったからこそ、現状を冷静な目で見られていると言えよう。私はエインヘリア王殿の提案は受けるべきだと思っているが、この決定は私がするべきではない。だからまず、もう一つの提案を受入れ、お前を含む代表者がエインヘリアへと向かい、その姿を直接見聞きしてくるのだ。お前達なら、それで全て理解出来る筈だ」
「畏まりました」
父には何が見えているのだろうか?
宰相や大臣も含め……私達はエインヘリアの危険性が最初に目に付いてしまっていて、大事な物を見落としている?
分からない……しかし、父の力強い瞳にははっきりとした意思が見える。
ならばその言葉を受け入れ、私は全力で見極めなければならない。
「……エインヘリア王殿。お手数をおかけしますが、何卒お願いいたします」
「あぁ。しっかりと歓待しよう」
「申し訳ありません、よろしくお願いいたします。それと……」
父が申し訳なさそうな表情を見せると、エインヘリア王がかぶりを振る。
「病み上がりなのだ、気にする必要はない。中毒については、数日で悪化するようなものではないからゆっくり休むと良い」
「お心遣い感謝いたします。レイズ、後は頼んだぞ」
「はい」
中毒が治ったとは言え、寝たきりだった父に無理をさせ過ぎてしまったようだ。
顔色が悪いというよりも、疲れた様子を見せる父の背中を支えつつ、ベッドにゆっくりと寝かせ、私はエインヘリア王達と共に部屋から出る。
廊下に出た私は、エインヘリア王達の案内を控えていたメイドに頼み、ランバルと話をする為にその場を辞した。
エインヘリアの事は冷静に受け入れ、評価していたつもりだった。
だが、父の様子から見て、何か致命的に勘違いしている事があるのだろう。
恐らくランバルであれば、父と近い視点でエインヘリアの事を認識しているはず。
エインヘリアに向かう前に、一度腰を落ち着けた状態で話を聞いておくべきだろう。
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