第446話 そうだ、〇〇に行こう
View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子
「貴殿等の狙い通り、ゼイオット王国は手薄になったラ・ラガに向けて少数での進軍を開始。その中にはゼイオット王国に所属する英雄の姿もあった。ここまでは貴殿等も把握していたと思う」
今更、なぜ我々の狙いをそこまで正確に把握しているのか等と慌てたりはしない。
無論驚きが無いわけではないが……正直、なんかもう、そうですねとしか言いようがないのだ。
「随分と急いで北上したようでな、今日未明国境の砦を強襲、これを陥落させ、その勢いのまま領土内に攻め込んだとのことだ」
「我々は、北上する軍に英雄がいることを確認出来ておりませんでしたが、状況から考えて英雄がいる可能性は高いと考えておりました。上手く釣れたと喜ぶべきか、間に合わなかったと嘆くべきかは微妙ですが」
今日未明と言っていたが、早馬でも数日はかかる距離の情報を当然の如く知っているのは、とりあえずスルーして……今朝ゼイオット王国が国境を越えたとすれば、ラ・ラガの王都にその知らせが届くまで早くても二日から三日。
そこから北方戦線に連絡がいくまで更に数日……昨日の時点で大砦が落ちた事を考えれば、後方の小砦で足止めに成功したとしても、日数的に後方に抜かれていた可能性は非常に高かったと言える。
抜かれていれば穀倉地帯の被害は甚大なものになっていただろうし、こちらの狙いが成功したとは言い難い。
「英雄相手だった時点で、大砦の陥落は織り込み済みだったのだろう?敵の侵攻速度を考えれば、後方の砦で十分時間を稼げたはずだ」
私の考えよりもこちらの戦略を完全に見抜いたことに、胸中に色々な想いが浮かぶが……それも無視する。
「とはいえ、今回のゼイオット王国の侵攻。彼らとしてはラ・ラガに攻め込んだつもりなのだろうが、既にラ・ラガはエインヘリアが占拠している。当然我がエインヘリアへの敵対行動を、勘違いだからと許容してやるつもりはない。国境を抜けて近くの集落に略奪を仕掛けようとしていた所を返り討ちにしてな。ゼイオット王国の英雄を含め、国境を侵した兵全てを捕虜とした」
「……なるほど」
事も無げに無茶苦茶言うのは止めてもら……いや、大丈夫だ。問題ない。
「攻め込まれたわけだから、当然報復は必要だ。敵軍を撃破したそのまま、我が軍はゼイオット王国に進軍した」
「だ、大丈夫なのですか?」
「問題ない。ラ・ラガの王都には本国から援軍として兵を一万と将を二人送ったからな。ついでに魔力収集装置の設置も始めているし、あと数日もすればエインヘリア本国とラ・ラガの王都は一瞬で行き来できるようになる。まぁそれは抜きにして、ひとまず一直線にゼイオット王都を落とす予定だ」
……ひとまず王都を落とす。
なるほど。
ひとまずで国の最重要拠点とも言えるものを落とすか。
なるほど。
……。
よし、大丈夫だ。
……。
……いや、待て、流石に全然大丈夫じゃないぞ。
「エインヘリア王陛下。ゼイオット王国と戦うのですか?」
「あぁ、向こうから攻めて来たのだ。遠慮はいるまい?」
「それは……そうなのでしょうが……」
少なくともゼイオット王国はエインヘリアに攻め込んだつもりは全く無いだろうし、寝耳に水どころか、寝ている間に荒海に叩き込まれるような感じだろう。
……。
まぁ、ゼイオット王国は我々に攻め入って来ていたのだから、逆に攻め落とされても文句は言えまい。
というか……タイミングが良過ぎる気が。
エインヘリアが王都を占拠し、ラ・ラガを支配下に置いたその翌日未明にゼイオット王国がエインヘリアの物となった領土に攻め込む……何処をどう考えても偶然であるはずがない。
北方戦線の件と言い、ゼイオット王国の進軍と言い……全てがエインヘリアにとって最高のタイミングで事態が動いている。
……本当にエインヘリアは黒幕ではないのだろうか?
そんな思いが一瞬胸中を過るが……エインヘリアが黒幕でなかったとしたら、正直黒幕である以上に恐ろしいことであるという事に気付き背筋が凍った。
「一気に攻め落としてしまえば、余計な戦禍を広げることもないしな。とりあえず、そんな訳だからゼイオット王国方面の戦線も……そうだな、明日には王都を落とせるだろうから、そこから軍を掌握して、五日後には南西方面の戦線も引き上げて問題あるまい」
「……明日ですか」
ちょっと街に買い物に行くくらいの気軽さでエインヘリア王が言う。
いや、エインヘリア王の立場上……敵国の王都を落とすより、一人で街に買い物に出る方が難しいかもしれないな。
ははっ。
「まともに戦えばもう少し時間はかかっただろうが、ゼイオット王国軍の主力は南でにらみ合い。それ以外の軍は南西戦線。そして虎の子の英雄は既に虜囚の身だ。ラ・ラガ同様、ゼイオット王国も殆ど丸裸のようなもの。ラ・ラガに残してきた将達ならば何の問題もない相手だな」
「然様ですか……」
「ラ・ラガもゼイオット王国も……戦争を決断した上層部には責任を取ってもらうが、実際に戦場に出た兵や民達には罪はない。極力彼らに被害は出さず、可及的速やかに制圧することこそ重要と言える。その点、今回は非常にやりやすかったな」
「……」
エインヘリア王の語るそれは……実に理想的な、綺麗な戦争と言える。
無論現実の戦争でそのような事は出来る筈がないのだが……それを言葉通りやってのけてしまうのがエインヘリアなのだろう。
いや、エインヘリアの戦術がどのようなものか分からないが……少なくとも、あの飛行船と複数人いる英雄。
この二つが揃えば、どのような場所でも簡単に陥落させることが出来るし、その被害も最小限に抑えられるだろう。
凄まじい速度で飛来し、王城に複数の英雄を直接降り立たせる……それだけで終わりだ。
無論、上層部の斬首作戦は効果的ではあるものの、その後残った戦力をどうするかという問題もある。
だがエインヘリアの場合、それらを殺すのではなく捕虜として上手く扱い、軍部による反抗作戦等を封じるのだろう。
「さて、その辺りの事はもう良いだろう。そろそろ本題に入るとしよう。既にソイン子爵から話を聞いているだろうが、我々としては貴国が窮状を脱する為の手伝いをしたいと考えている。まぁ、成り行きで二つ程国を落としてしまったが……まぁ、遅かれ早かれ潰していただろうし、誤差みたいなものだな」
成り行きで潰される方は堪ったものではないと思うが……二国……いや、エーディン王国を含めた三国は、我々ブランテール王国に対してそれ相応の事をしてきたし、同情するつもりはない。
……つもりはないのだが……いや、やはり少し気の毒に思ってしまう。
「我々としては、此度の戦争に対する軍事同盟ではなく、恒久的な同盟という形を取りたいと考えている。細かい内容については……今後詰めていくことになるだろうが、我々として最優先で通してもらいたいものがある。魔力収集装置の設置だ」
随分と重たい前菜が終わり、ついに主菜を出してきたようだ。
先程までよりも些か真剣な表情になったエインヘリア王の言葉は、物理的な圧力をもってのしかかってくるように感じられる。
やはり、この王にとって他国を潰すというのは何という事のない茶飲み話程度の感覚のようだ。
それは明らかな危険思想であるのだが……何故か私自身、このエインヘリア王と話しているとラ・ラガやゼイオット王国の事が本当に些事に感じられるから不思議だ。
それと同時に、エインヘリアが魔力収集装置の件をどれほど重要視しているかが伝わって来る。
「……エインヘリア王陛下。魔力収集装置ですが……少々我々にとっては無視できない機能があります。狂化を防ぎ、魔物そのものの発生率さえ下げるという魔力収集装置の効果は素晴らしくありますが、常に喉元に剣を突きつけられているとも言える状態は、果たして同盟関係として健全と言えるでしょうか?」
「ふむ。その言葉はもっともだ。勿論我々としても、貴国をそういった風に扱うつもりは毛頭ないが、事実としてそのような状態になってしまう事は理解している。これに関しては、我々を信じてもらうより他ないのだが、流石に今日初めて顔を合わせた相手にそれを求めるのは酷であろう?」
口元を歪ませながら言うエインヘリア王の言葉に、当然私はかぶりを振ってみせる。
「そのような事はございません。エインヘリア王陛下の事は信用出来る御方だと、この場にいる全ての者が考えております。しかし、エインヘリア王陛下の事を直接知らない者達にとってはそうではありませんし、我が国の大多数のものがエインヘリア王陛下の事を直接知ることが出来ません」
「民の心の平穏の為に受け入れがたい。そういう訳だな?」
「……恐れながら」
エインヘリアにとって、これは言われて当然の指摘であるはずだ。
だからこそ、交渉はこの先にあるはず。
「その想いは当然のものだ。しかし、お前達自身は魔力収集装置の有用性は理解してくれるか?」
「それは勿論。魔物による被害……特に街道の安全性というものは何物にも代えがたい魅力がございます」
街壁に囲まれた街中ならいざ知らず、簡易な柵程度しか設置されていない村や各集落を結ぶ街道は、けして安全な場所ではない。
寧ろ危険の方が多く、個人での移動は勿論、護衛を雇い隊列を成した移動であっても、野盗や魔物の襲撃によって無事目的地に辿り着ける保証がない。
それらは当然人の移動を阻害するものであり、人が移動しなければ金も物も移動せず、金と物資のない地方はいつまでも貧乏なまま。
経済は停滞し、何らかのイレギュラーが発生した時点で、その地方ごと滅びかねないのが現状だ。
勿論そういった地域を見捨てることはせず、有事の際は国から援助を行うが……焼け石に水であることも少なくはない。
もし魔物被害だけでもなくせるのであれば、街道の安全性や利便性は向上し、停滞している経済活動も活発化するだろう。
「転移機能や通信機能については、危険という事以外に意見はないのか?」
エインヘリア王は少し訝しむようにそう口にする。
「転移や通信ですか……?」
遠くへ一瞬でいける事は便利だとは思うが……国としての利点と言われると……。
「あぁ、なるほど。実際体験していない以上、想像することすら難しいのだな。いや、すまない。これはこちらのミスだな」
エインヘリア王が初めて苦笑するような表情を見せる。
同時に、やはりフィリア達は凄いなと呟いたのが聞こえてきたが……フィリアとは?
「分かった。では、一度魔力収集装置の件は後に回そう。一応、転移機能や通信機能を排除した簡易版の魔力収集装置と言うものも存在するが、まずは転移や通信機能を実際に体験してもらい、我が国がどのように運用しているかを解説しよう。そうだな……三日後に設置完了するラ・ラガ王都の魔力収集装置でも良いが……流石に、数日前まで戦争していた所に乗り込ませるのはまずいか。よし、会談を始めておいてなんだが、予定を変更したい」
「え、エインヘリア王陛下?」
突然我が国に来訪したエインヘリア王は、またも突然予定を変更したいという。
凡そ国同士のやり取りとは思えないが……この王に文句をつけられる存在が、果たしてこの大陸にどれだけいるのか。
当然我々は頷くしかない立場だ。
「まずは先ほど言っていたブランテール王の治癒を。その後、王太子を含む幾人かをエインヘリアへ招待させてもらおう。実際に目にして体験する方が何倍も分かりやすいからな。その上で再びこの件について話そうではないか」
凄まじい勢いでとんでもない事が決まりだした。
これから我々がエインヘリアに……?
「数日国を開けさせてしまう事になるが、エーディン王国の事もある。緊急時にはすぐに戻れるように手筈は整えておく故安心されよ。キリク、お前はここに残り、魔力収集装置以外の件に関してブランテール王国と協議して話を進めておけ」
「はっ」
「そういう訳だが、どうかな?」
「……エインヘリア王陛下。申し訳ありません、少しだけ……家臣達と協議する時間を戴けないでしょうか?」
「あぁ、勿論だ。ならば我々は控室に戻っておくとしよう」
そう言ってエインヘリア王は立ち上がり、こちらに背を向ける。
あまりの展開に、そのまま飲み込まれてしまいそうになったが、辛うじて大臣達と話をする時間を得ることが出来た。
エインヘリア王達が退室してすぐに大臣達と意見を出し合ったが、正直、誰もがエインヘリア王という存在に飲まれており、積極的な意見は出ず……結局、エインヘリア王の要求を受け入れることが決定した。
ここまで、全てを受け入れる心持ちになっていたが……展開が急すぎて、胃が爆発しそうだ……。
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