第444話 必要なのは冷静さ



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 エインヘリア王……。


 ランバルから聞いていた通り……いや、それ以上に凄まじい雰囲気を身に纏った人物だったと言える。


 しかしそれと同時に、想像していたよりも遥かに理知的というか、話が通じるというか……イメージと違う部分もかなりあったように思う。


 悪い意味ではないが……。


 迎賓館までエインヘリア一向を送る間、馬車に同乗した私達は当たり障りのない会話をしばらく続けた。


しかし、話をしている間もエインヘリア王は興味深げに街並みに目を向けており、その胸中は伺い知れなかったが、遠く街並みを見つめるその瞳は真剣な色を帯びていて、次第に会話は途切れ途切れになっていった。


 暫く無言で馬車に揺られ、気のせいか時間と共にエインヘリア王の表情が硬い物になっていく気がしたが……一体何があったのだろうか?


 気になった私が迎賓館に到着する直前に尋ねてみたのだが、エインヘリア王は少し気になることがあっただけだと言葉を濁した。


 正直、我が王都に何か問題があるのかと不安になったのだが……大したことではないから気にしなくて良いと言われてしまっては、流石にそれ以上聞くことは出来なかった。


 しかし、放置するわけにはいかないからな……ランバルに伝えて王都で何か問題がないか調べてもらうことにしよう。


 ひとまず、エインヘリア王達を迎賓館に送り届けた後、明日の会談での再会を約束して私は王城に戻って来た。


 王城では大臣達が会議を続けており、当然私もすぐにそれに参加した。


 会議室の椅子に座った瞬間、凄まじい疲労感に襲われたが……どうやら、エインヘリア王との邂逅は自分が思っていたよりも遥かに負担だったようだな。


「……王太子殿下。大丈夫ですか?」


 私の疲労に気付いた宰相が気遣わしげに尋ねて来る。


「あぁ、問題ない。話はどうなっている?」


「ソイン子爵の報告とリンダーエル将軍から聞いた戦場での働き、既にラ・ラガの王都を陥としてきたという話が真実かどうかはまだ分かりませんが……それでもエインヘリアと敵対するべきでないというのが結論です」


 周りに疲労を悟られぬように背筋を伸ばし、宰相に席を外していた間の事を尋ねると、すぐに要約した内容を教えてくれる。


「私が出迎えに出る前から意見は変わっておらんという事だな」


「はい」


 予想通りではあるが……。


「魔力収集装置の件については?」


「……まだ意見が纏まっていません。やはり転移という機能に対しての危機感が強く、魔王の魔力……いえ、魔物や妖精族達の狂化という現象への対応策として効果的と言われましても、その効果が確認できていない以上積極的に受け入れ辛いという意見と、エインヘリアの要求を受け入れ条約という形でその機能に制限をかける方向で動くべきという意見が拮抗しております」


「……ふむ。エインヘリア王を間近で見て来た私としては、双方ともに見通しが甘いと言わざるを得ないな。まず前者だが……効果が確認できていないと言っているが、そのようなあやふやなものを交渉のテーブルに乗せる程甘い相手だと思っているのか?もしそんなほらを吹いて効果が無かったと実証された場合、エインヘリアの国としての信用は地に落ちるのだぞ?」


「……」


「そして後者だが……条約を交わすのは当然だとしても、エインヘリア相手に、果たしてどれほどこちらの意見が通るかな?そもそも魔力収集装置の仕組みは向こうが完全に握っているのだ。お前達が危惧している事をエインヘリアが企んでいた場合、条約に効力があると思うか?」


「……」


 私の放った言葉に室内が水を打ったかのように静まり返る。


 その様子を見て、私は肩の力を抜いて笑みを浮かべる。


「……すまんな。私もつい先程までであれば、お前達と同じように考えたと思う。だが……先んじてエインヘリア王と会ってしまったのでな。王太子として情けない限りだが、ひと目見ただけで色々悟ってしまったよ。だが、お前達も気付いていて目を背けているのだろう?」


 私はけして卑屈に見えぬように苦心しながら言葉を続ける。


「諦めているわけではない。だが、あの飛行船が飛来し、見せつけられた圧倒的な技術力。北方戦線でリンダーエル将軍が目の当たりにした、エインヘリアの軍事力の一端。我が国との差は改めて口にするまでもない事だろう。だが、迎合すると言っているわけではない。私達にとって一番大事な事は何であるのかを忘れてはならない」


「……王太子殿下」


「何より、あまりにも色々あり過ぎて、すっかり頭から抜け落ちてしまっているようだが……エインヘリアは我が国の窮地を救ってくれた大恩ある国だぞ?エインヘリアという国の力を考慮しなかったとしても、けして無下に扱って良い相手ではない」


 私が普段の会議で見せるように軽い様子で肩を竦めながら言って見せると、会議室に居た数人がハッとした表情を見せる。


「先触れもなくやって来たことから、少し我々も慌てていた……いや、勘違いをしていたと言っても良い。ソイン子爵やリンダーエル将軍を通じて、エインヘリアは我々に要求を突きつけて来ているのだと。だが、恐らくそうではないのだ。エインヘリアはまだ条件を提示して来ているに過ぎない。ならば、それに対しこちらの条件を伝える。今はまだその段階なのだ。勿論先を考えることは大事だし、けして怠ってはならない。だが、それに縛られて目の前の大事なものを取りこぼしてしまっては、本末転倒と言うものだ」


「「……」」


「長きに渡る会議で、さしものお前達も頭が凝り固まっているようだな。ここは一度休憩を入れて気分を入れ替えよう。実は、ここに戻って来る前に食事を用意するように言ってある。休憩がてら頭にも栄養を回してやると良い。あぁ、満腹になって会議中に居眠りをする奴がいたら、城の天辺から吊るすからそのつもりでな?」


 冗談めかして私が言うと小さく笑いが起こる。


 時間をかければ良い考えが浮かぶというものではない。


 寧ろ、考えが凝り固まって自身の考えこそ正しいと思い込んでしまう原因にすらなりかねないと言える。


 ただ休憩を入れるというだけでは、上手く頭を切り替えられない者もいるし……飲食をしながら歓談をして、一度頭をフラットな位置に戻すことが重要だ。


 今後の行く末を決める大事な局面だからこそ、彼らにはその優秀な頭脳を最大限に生かしてもらわなければならない。


 エインヘリアの求めていることが明白で、その力があまりにも強大だからこそ……エインヘリアという国そのものを、恐怖というヴェールを通して見てしまっている。


 はっきり言ってエインヘリアの行いは無茶苦茶……いや、我々の常識から乖離し過ぎている。


 しかし、だからと言って会話が出来ない相手ではない。


 直接エインヘリアの言葉を聞き……それを理解しながら話を進めていく。


 いくらエインヘリアが規格外だからと言っても、基本的な事を飛ばして交渉を進めることはあり得ない。


 お互いを知る事。


 お互いの要求を理解すること。


 その上でぶつかり合う意見に対し妥協案、または折衷案を探り、お互いにとって最適な落としどころに持って行く。


 勿論、両国の力の差を加味すれば、エインヘリア側が有利であることは間違いない。


 しかし、だからと言って一方的に意見を押し付けてくるような真似はしてこないだろう。


 それに、向こうの要求は既に聞いているのだから……これ以上こちらが理解出来ない様な話をしてきたりはしない筈だ。


 今一番必要なのは、冷静になるための時間だ。


 会議室から出て行く大臣達を見ながらそんな風に考えを巡らせた私は、自身も頭を切り替えるために入浴をすることを決めた。


 その後軽く食事をとり……スッキリした状態で会議を再開するとしよう。






「まずは、貴国の王。ブランテール王と面会させて貰えないだろうか?」


 会談が始まった直後に告げられたエインヘリア王の言葉に、私は初っ端から頭を抱えた。


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