第443話 王太子の邂逅



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 ランバルからエインヘリアとその考えについて……そしてエインヘリア王について多くの話を聞いた私は、会議室でリンダーエル将軍の話を聞く大臣達と合流し、今後の事について打ち合わせをすることになった。


 しかし、流石に王都外にいるエインヘリア王をいつまでも放置するわけにもいかず、ひとまず大臣達が最優先で準備させた迎賓館へと案内する必要があった。


 出迎えには、当然私が行かねばならない。


 会議は大事だが、それ以上にエインヘリア王の心証は大事だ。


 会合前の前哨戦と言った感じではあるが、ランバルからその人となりを聞いている以上、下手を打つ事はあるまい。


 一つ厄介なのは……ランバルから、直接会わなければ分からないと思うが、相当覚悟を持っておかなければ確実に気圧されると言われたことだ。


 今まで会ったことのある全ての王が霞むくらい、圧倒的な存在感があるらしい。


 王族として四十年近く生きて来た身としては、侮るなと言いたい所だったが……わざわざそんな忠告をランバルがして来るという意味を考えて、その忠告を受け入れた。


 魔力収集装置の件は流石にまだ結論は出ていないが、概ねエインヘリアの事は受け入れるという話で大臣達とは話がついている。


 しかし、エインヘリアの要求が魔力収集装置の設置である以上、早々に結論を出す必要はあるし、そこに決着がつかなければ話は一切進まないだろう。


 魔力収集装置がただの戦略兵器であったなら、この同盟に意味はなかったが……ただそれだけでない事はランバルの説明によって明らかにされている。


 魔王の魔力とその対抗手段……。


 確かに、今回の戦争が始まる前から、各地で魔物による被害が増加しているという情報はあった。


 それも、魔物ハンター協会の精鋭ですら苦戦するような強さの魔物の目撃情報が散見されたことを考えれば、魔王の魔力による被害というものは、そうと知らないだけで目に見えている物なのかもしれない。


 我が国には妖精族や魔族の定住は個人的なもの以外ないが、スプリガンの商人や南東に住むエルフとの取引は行っている為、妖精族の狂化についても他人事ではない。


 それを考えれば、魔力収集装置の設置は渡りに船とも言えるのだが……やはりそこに搭載されている機能が問題だ。


 転移か……。


 実際ランバルが体験していなければ俄かには信じがたい機能だが……実在しているとあってはな。


 しかし、その技術が事実であるからこそ……エインヘリアが誠実であることが分かる。


 そのような技術……知らされなければ分からない……いや、想像すら出来ない代物だ。


 魔力収集装置を魔王の魔力への対抗手段とだけ宣伝してしまえば、我々は間違いなくそれを二つ返事で受け入れただろう。


 だというのに、その機能の話を最初にこちらに伝えたのは、誠意以外の何物でもない。


 勿論、その機能を隠したまま設置してしまえば後々大問題となるが……エインヘリアと我々の力の差は、その程度の騙りなどいくらでも握りつぶせるくらい格差がある。


 型破りというか……その行動は無茶苦茶の一言に尽きるが、誠実さを感じるやり方は……正直好感を持てる。


 ランバルが妙にエインヘリア王を気に入っていたのは、その辺りのこともあるだろう。


 そこまで考えた私は、普通の馬車のものよりも大きく作られている窓の外に広がる街並みに視線を向ける


 ……国賓を迎え入れるというには非常に慎ましやかな歓迎と言えるな。


 私は街の正面大門から王城へと繋がっている目抜き通りを行進しながら、私は内心苦笑する。


 エインヘリアの飛行船の接近に伴い、民達には室内に籠るように布告した。


 危険はとりあえず去ったとは思うが、その命令は解除していない。


 本来であれば国賓であるエインヘリア王を王都に迎え入れるにあたって、盛大な歓迎式典やパレードを行うべきなのだが、今回の来訪は急というのも烏滸がましい程の物だったので、当然それらの準備は出来ておらず、その状態では安全確保や混乱を鎮圧するだけの十分な警備すら出来ない。


 そんな状況で民に自由行動を許せば、混乱……下手をすれば暴動すら起こりかねない。


 故に、民達に不安と不便を強いてしまうが、未だ外出禁止令を出したままとなっている。


 まぁ、今は戦時中であるし、体裁を整えることすらままならないといった有様なのは仕方ない……いや、正直前もって先触れが来ていれば、もう少しと言わずに歓迎のパレードを行うことが出来ただろう。


 当然エインヘリア側もそれを理解しているからこそ、こちらの事はあまり気にする必要はないと言っているのだろうが……国同士そういうわけにはいくまい。


 とはいっても……本来であれば、これから国交を始める相手。


 侮られない様にこちらの威容をしっかりと見せつける必要があるのだが……たとえどれだけ我々に余裕と時間があったとしても、エインヘリア相手に効果があるとは思えん。


 しかし、だからと言って手を抜いて良いわけではないし、今後の事を考えても出来る限り侮られることは避けるべきなのだが……無い袖は振れないというしな。


 私がそんなことを考えていると、馬車は正面門前の広場を通り過ぎ大門をくぐっていく。


 窓があるのは側面だけなので見えないが、私の遥か後方には王城が……そして正面には王都の外の世界が広がっている。


 王太子として執政を取るようになって二年以上……父が健康だった時とは違い殆ど王都の外に出ることが無くなっていたが、まさかこのような形で王都の外に出ることになるとはな。


 勿論、外に出ると言ってもほんの少し……本当にただ出ただけという距離ではあるが。


 その事実に小さく苦笑していると、元々ゆっくり進んでいた馬車の速度がさらに落ちたのを感じる。


 ゆっくりと旋回して停止した馬車の目と鼻の先に、エインヘリアの飛行船が停泊しているのが見えた。


 これが空を飛んできたのか……なんというか、エインヘリアに関する物は、どれもこれも実際目にしなければ中々信じがたい物ばかりだな。


 馬車から降りた私が一歩前に出ると、近衛がその後ろに並ぶ。


 するとそれを待っていたかのように……いや、実際待っていたのだろうが……飛行船からタラップが下ろされ、そこから数人の人物が降りて来る。


 黒いロングコートに目元を隠すマスクをした男に、巨大な斧を背負った少女。


 着崩したローブから妖艶さを匂い立たせる女性と青い髪の眼鏡をかけた男性。


 その誰もが只者ならざる気配を纏っているように感じられるが……彼らはどういった人物なのだろうか?


 護衛の兵が一切いない事に不自然さを感じるが、私が気にすることもないだろう。


 四人が地面に降り立ち……突如周囲の空気が質量を持って体を締め付けて来るかのような、未だかつて味わった事のない感覚に陥る!


 背筋が凍る様な冷気……一体何が!?


 脈絡もなく襲いかかった感覚に私が動揺していると、背後からも小さくない動揺が伝わって来た。


 つまり、これは私だけが感じている事ではないという事だが……だからと言って今この場で動揺を見せるのはマズい。


 現に……飛行船から降りて来たエインヘリアの者達は一切の動揺を見せず、自然体といった様子だ。


 私は心持ち背筋を伸ばし……タラップを降りて来る人物を正面から見据える。


 その人物を目にした瞬間……周囲に存在していた様々な音の一切が消え、完全な静寂の世界が生まれた。


 いや……違う。


 普段は感じない心臓の音が耳元で大きく鳴っている。


 そしてもう一つ……その人物がタラップを降りてくる足音が世界に広がるように響き渡っている。


 一体何が起きているというのだ……?


 魔法か何か……まるで世界に私とあの人物だけしか存在していない様な……。


 一瞬そんな、とりとめのない事を考えてしまう程、私はあの人物が纏う雰囲気に飲まれていた。


 そこらの王とは一線を画す圧倒的な存在感……あぁ、ランバル……本当に的を射ているな。


 勘違いできるはずもない……アレがエインヘリア王だ。


 早くもなく遅くもない……余裕のある様子で一歩一歩タラップを降りて来るその姿は、陸の上に浮かぶ船という、けしてあり得ない代物から降りて来たからか、神々しささえ感じられる。


 ゆっくりとタラップを降りて来たエインヘリア王が地面に降り立った時……その姿が見えなくなったことで、初めてエインヘリア王を先導する女騎士が居た事に気付くと同時に、私は呼吸することを忘れていたことに気付いた。


 久しぶりに吸い込んだ空気に咽ない様にゆっくりと呼吸を再開すると、女騎士が脇に移動し……再びエインヘリア王の姿が見える。


 そのままゆっくりとこちらに向かって進んで来たエインヘリア王が適度な位置で立ち止まり、おもむろに口を開く。


「俺がエインヘリアの王、フェルズだ。歓迎感謝する」


 怒鳴られたわけではない。


 寧ろ、穏やかで涼やかな声音だったと言える。


 だというのに、すぐに返礼をしなければならない私は、最初の一歩が踏み出せない事に困惑しつつ全力で顔の筋肉を酷使して笑みを作る。


 一歩だ。


 一歩踏み出すことが出来れば、後は流れでいける筈だ!


「……遠路遥々ようこそお越しくださいました、エインヘリア王陛下。私は病床の父に代わり執政を任されておりますブランテール王国王太子、レイズ=オリアス=ブランテールと申します」


 恐らく、エインヘリア王は二十かそこらといった年齢……対する私は三十八。


 およそ私の半分程度しか生きていないであろう人物相手に、王太子として多くの大人物と接してきた私が、ありきたりな挨拶をするだけで精一杯とは……情けないにも程がある。


 だが同時に痛い程理解出来てしまう。


 これが歴史に名を刻む英傑と、父の善政をなぞる事しか出来ない王太子との決定的な差であると。


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