第442話 フルコース



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 王都の傍に降り立ったエインヘリアの船から、ランバル達……我が国から派遣した使者の一団が姿を見せたと報告があった時、ゼイオット王国がラ・ラガに軍を派遣したという報告を受けた時よりも私はほっとした。


 しかし、やってきたのは使節として送った者達だけでなく、何故かまだ北方戦線で指揮を取っているはずのリンダーエル将軍まで戻って来てしまったのは……何があったのだ?


 エインヘリアの船が見えた時点で大臣達を招集して喧々諤々な会議をしていた私としては、すぐに彼らをその場に呼びたかったのだが、ランバルから先に私に話がしたいという事でまずは別室で話を聞くことにした。


「大臣達にも状況を知らせる必要があるんだが」


「すまん、そっちはリンダーエル将軍とザンバール君に任せてある」


「そうか……」


 ザンバールとは……リンダーエル将軍の御息子だったな。


 この局面を任せるという事は……道中でしっかりと鍛えたという感じだろう。


「ならば、急ぎ報告をしてもらえるか?リンダーエル将軍の方も気になるしな」


「それについても俺から報告させてもらう。だが、正直かなり突拍子のない内容になるから気をしっかり持ってくれ」


「エインヘリアの船が飛んできた時点で倒れそうなんだがな?」


 げんなりしながら私が言うと、ランバルはかぶりを振りながら言う。


「残念ながらそれはただの入り口だ。とりあえず、最初に伝えておくことがある」


 見たことどころか、想像したことすらなかったような空を飛ぶ船が、王都の真横まで飛んできたことが入口か。


 なるほど。


 心の底から聞きたくない。


「聞きたく無さそうな表情をしているところ悪いが、そんな状況ではないのでな」


 しかし、無情にも我が友人は、至極冷静な様子で言葉を続ける。


「あの船に乗ってきているのは、エインヘリア王だ」


 ……なんて?


「大臣達は今頃全力で受け入れの準備を始めているだろうな」


「……いや、待て。どういうことだ?」


「そのままの意味だ。今王都の外に停まっている船……飛行船というらしいが、アレの中にはエインヘリア王がいる」


「……冗談だろ?一国の……いや、大国の王が、今まで国交すらなかった国に先触れもなくやってきただと?」


「あぁ。嘘偽りなく、そして冗談でもなく……来ているぞ」


「……今すぐ対応を協議……いや、そもそも出迎えに出なくては……」


「待て。慌てるのは分かるが落ち着け。今の状態でエインヘリア王に会っても、何を話せばいいか判断出来ないだろう?エインヘリア王から直々に突然の訪問故、こちらへの配慮は最低限で構わない。まずはしっかりと情報共有をして来るようにと言われている」


「いや……だからと言って……」


 気にしない訳にはいかないだろう?


 友人宅に約束無しで訪れたとかいうレベルの話ではないんだぞ?


「もう一度言うが、落ち着いて話を聞け。エインヘリア王の言葉だが……これは額面通りに受け取って問題ない。あの王は……突拍子もない行動や実績とは裏腹に、非常にこちらを慮ってくれる。まぁ、自分の影響力や力を十分理解して、その突拍子の無い行動が、周りにどれだけ影響を及ぼすか完璧に把握しておきながら我を通すのだから、たちが悪いとも言えるがな」


「それは、本当に大丈夫なのか?」


「あぁ、問題ない。自分の言葉を覆す人ではないしな」


 妙に自信満々に言ってのけるが……どれだけエインヘリア王とやり取りを重ねたんだ?


 そんな思いが視線に乗っていたのだろう、ランバルは苦笑しながらかぶりを振る。


「確かに語れる程長い付き合いがあるわけじゃない。ただ、お前もすぐに理解するさ。小賢しいとか迂遠とか、そういった俗物的な思考とは無縁な人物だとな。まぁ、謀略、策略はお手の物だろうがな」


「……全然人物像が掴めないが、とりあえずお前を信じる。確かに王都の横に船が降り立ったことが入り口としか思えない話だったな」


「……いや、まだこれからだ」


「嘘だろ?」


 常識的に考えてこれ以上はないぞ?


「これからが本番だ。とりあえず、エインヘリア王については小細工が通じるような相手じゃない。実直にこちらも話をするのが最善。多少の無礼は笑い飛ばすだけの度量を持つが、侮ったり……策略を仕掛けたりすれば容赦しない苛烈さもある。そういう人物だと認識しておけ」


「分かった」


 一体これから俺は何を聞かされるんだ?


 空を飛ぶ船が突如王都に飛来してきて……それには大国の王が乗っていて……?


「まず、エインヘリアとの国交についてだが、これはかなり好感触だった。だが……こちらが予想していたよりも、遥かにエインヘリアの耳目は広くてな。ブランテール王国の状況を完璧に把握していたよ。気持ち悪いくらいにな」


「……どういうことだ?」


「……最初に会議で決まったエインヘリアへの方針があっただろ?三国の裏にエインヘリアがって奴。その事すら知っていた」


「馬鹿な!?」


 そんな筈がない!


 あの会議は我が国の上層部しか知らない……警備をしていた者すら、王直属の近衛兵なんだぞ!?


 各々あの会議の重要性は百も承知……絶対にあの場で決まった話を外に漏らすことはない。


 だというのに知っていた!?


「裏切り者がいるかどうかは内偵させる。だがひとまずそれは関係ない、話を続けるぞ?」


 国の重鎮に裏切り者がいるかもしれないというのに、関係ないだと!?


 ……いや、それがどれほどマズい事なのか、ランバルが一番理解している。


 しかしその一大事をこの程度の扱いにしてしまう程、エインヘリアの話は優先度が高いという事か。


「エインヘリアには魔力収集装置と呼ばれる魔道具が存在していて、自国内や属国の全ての集落に設置を進めている。この装置は飛行船よりもぶっ飛んだ代物でな。この装置を介してどれだけ距離が離れていても、一瞬で拠点間を移動することが出来る。また移動をしなくても通信機能と言って、離れた拠点間で会話をすることが出来る」


「……言っている意味が分からないのだが」


「言葉通りに受け取ってくれ。この魔力収集装置を使うと……ルフェロン聖王国の王都からエインヘリアの王都まで瞬きする間に移動が可能だ」


「……ますます意味が分からん」


 何を言っているんだ?


 もう少し意味の分かる言語で話して欲しい。


「現実だ。エインヘリアは魔力収集装置を使い、自由自在に拠点間を一瞬で移動することが出来る」


「……分かった。理解は出来ないが納得はした、エインヘリアとはそういう物だと」


「良し。その心持ちになったら、エインヘリアを理解する為の準備が出来たということだ」


 なにも良くないと思うが、ランバルは満足気に頷きながら言葉を続ける。


「俺がこれだけ早く帰還することが出来たのは、ルフェロン聖王国での交渉後、即座にエインヘリア王都に転移で移動したからだ」


「な、なるほど。確かに、お前がエインヘリアと共にここまで戻って来るにしては早すぎると思っていたのだ。こちらの予測では、まだルフェロン聖王国の王都に到着したかどうかといった頃合いだったからな」


 疑問が一つ氷解したな。


 良かった……もう寝て良いだろうか?


「おい、何処に行く。話は始まったばかりだろ」


「……嘘だろ?もうかなり満腹だぞ?」


「馬鹿を言うな、今ようやく食前酒を飲んだところだ」


 まだ料理すら来ていない……だと?


「今回エインヘリア王が来訪してきたのは、我が国と同盟を結ぶ為だ」


「……同盟?国交すら開かれていなかったのに、いきなり同盟だと?」


「あぁ。先も言ったが、エインヘリア王は我が国の窮状をよく理解していた。だから迅速に此度の件を終息させる必要があるとおっしゃられてな。その結果が今回の来訪というわけだ」


「……ありがたいというべきか、性急すぎるというべきか」


「ありがたいというべきだな。現に……ここに来るまでに通った北方戦線。友好国を助けるという建前でエインヘリアが参戦して、ラ・ラガの軍も英雄も捕虜にしたからな」


「……は?」


 またランバルが訳の分からない事を言い出したんだが……。


「リンダーエル将軍が北方戦線からこちらに戻って来ていただろう?もう北方戦線に脅威はない……いや、というか……」


「ま、待て……北方戦線の敵軍は壊滅した。間違いないか?」


「あぁ。そしてこちらの予想通り従軍していた英雄もな」


 リンダーエル将軍……確かに、あの将軍が戦線を放棄して王都に帰還するにはそれだけの理由があったからだ。


 将軍自ら報告に来たのは……あまりにも突拍子もない話だからと考えれば辻褄も合う。


「……いや、待て。あの船に搭乗できる人数は、多く見積もっても千はいかないんじゃないか?そんな人数で、いくら相手が疲弊した軍だったとしても……」


「エインヘリアには英雄が複数いるからな。あの船にも数人乗っている。不可能だと思うか?」


「今までで一番、すんなりと納得出来たな」


 そうだったな。


 エインヘリアの保持する戦力であれば、少人数である事はなんら問題にはならない。


 三人の英雄相手に頭を悩ませている我々とはえらい違いだ。


「ただ……北方戦線に脅威がなくなったというのは、侵攻軍を撃退したというだけじゃなくてな……?」


「そういえば、先程妙に言い淀んでいる感じだったな?こんなことを話しておきながら今更何を躊躇う……いや、すまん。忘れてくれ」


 そうだ。


 こんな無茶苦茶な話をしているランバルが言い淀んだのだぞ?


 どんな恐ろしい話を言おうとしているか分かったものではない。


 全力で聞きたくない……が、聞かない訳にはいかないよな。


「その……ラ・ラガはもうないんだ?」


「どういう意味だ?」


 今日ランバルと話を始めて、何度この台詞を言っただろうか?


 私はランバルから視線を外し、遠くを見つめる。


 部屋の壁しか見えないが……。


 ラ・ラガがもうない。


 なんだそれは?


 あれか?エインヘリアが行きがけの駄賃とばかりにラ・ラガを潰してきたとでも?


「……エインヘリアの王都から北方戦線の位置まで真っ直ぐ飛ぶと、丁度ラ・ラガの王都付近を通過することになる。それでまぁ、飛行船が王都上空で止まって……数人がかりであっという間に王城を制圧、王城に居た王族や高位貴族を捕虜とした。対外的な発表はまだだし、王城に居なかった高位貴族も少なくない。亡国というには少し気が早いかも知れんが……遅かれ早かれといった感じだな」


「なんなのだそれは……」


 そんな方法で国を落とせるなら軍なんて意味がないだろう?


「一応エインヘリア王から、戦後賠償もあるだろうからとラ・ラガの王族を始めとする捕虜をこちらに引き渡すつもりだと聞いている」


「……初訪問する国への手土産にしては、重たすぎないか?」


「諦めろ。既に運び込まれている」


 諦めて良い筈がないのだが、ランバルの力ない笑みを見ればここで異論を唱えることがそもそも無駄であることを嫌という程理解出来る。


「……それだけの事をして、エインヘリアは我が国に何を求めている」


「……魔力収集装置の設置だ」


 説明されずとも、その意味は痛い程理解出来る。


「ただ、これだけは強く言われたのだが……魔力収集装置を設置するといっても、ブランテール王国を属国として扱うつもりはないと。そして、何故魔力収集装置を設置するのか……我が国にとってもけして捨て置けない理由がある」


 口では何とでも言える。


 だが、先程聞いた魔力収集装置の機能を考えれば、それが本当に口先だけであることは……ランバルにだって分かっている筈だ。


 それでも……エインヘリアという強大な力の前に、俺達では抗えないということか。


「懸念は分かる。だが、まずは話をすべて聞いてくれ。判断はそれからでも良い筈だ。それに、エインヘリア王はしっかりと納得してからでしか魔力収集装置の設置を始めることはないと確約して下さっている。けして悪いようにはならない筈だ」


 それは力づくで納得させるという意味ではないのか?


「……随分とエインヘリア王を信頼しているように見えるな?」


 いつも冷静で客観的な視点を重視し、距離を開けた人付き合いをするランバルにしては、少し入れ込んでいるようにも見える。


「先程も言った気がするが、お前も会えば分かるさ。とりあえず、時間をあまりかけるのも問題があるし、話を進めるぞ?」


 エインヘリア王か……。


 すぐに会う事にはなるだろうが……ランバルがここまで言う人物……状況が状況でなければ実に興味深い人物なのだがな。






View of フェルズ 来ちゃった覇王






「……っくし!」


 飛行船の一室で鼻がムズムズした俺はくしゃみをする。


 幸い、今リーンフェリアは部屋の外にいるので、くしゃみをする覇王を目撃する者はいない。


「やっべ……これ絶対噂されてるわ。いや、ソイン子爵が俺の事報告している筈だし、噂されて当然だな」


 俺は遠くに見えるブランテール王国の王城を見つつ、時間を持て余していた。


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