第441話 王太子の艱難辛苦



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 ラ・ラガが北方戦線に大攻勢をかけて来てから十日が経過した。


 先日届いた知らせでは、リンダーエル将軍は見事に敵の攻勢をいなし、被害を抑えつつ敵英雄という切り札を切らせずに対処出来ているらしい。


 しかし、それと同時に、大砦で敵軍を押さえられるのは限界かもしれないという見解でもあるようだ。


 ラ・ラガの状況を考えれば、現時点で敵英雄が動いていないというのは奇跡のようにも感じられるが、それだけリンダーエル将軍が巧みに敵指揮官の心情を操っているという事だろう。


 既に後詰は送っているし、万が一に備え北西方面の民は避難させている。


 勿論避難といっても大規模な移動は不可能だし、精々近隣の比較的防御の高い街への移動くらいのものだが、後方の砦の兵や後詰に送った者達を使って厚く守りを固めているようだ。


 リンダーエル将軍の策では、英雄が動き始め次第情報収集に専念し、ぎりぎりまで粘ってから軍を後方の小砦へと下げそこで時間を稼ぐという話だ。


 私達の読みでは、そろそろゼイオット王国が動き出してもおかしくない頃合いだ。


 奴等が動き出せば、当然ラ・ラガは軍を退かざるを得ない。


 我々にとって最高の展開は、ゼイオット王国が英雄をラ・ラガに向かわせるというパターンだ。


 ゼイオット王国が英雄を出せば、当然ラ・ラガは現在北方戦線に投入している英雄を下げ、ゼイオット方面へと向かわせなければならない。


 英雄に対抗できるのは英雄だけ。


 もし只人が英雄を倒そうとするのであれば……多大な犠牲を払う必要がある。


 いや、多大な犠牲を払ってなお、講じた策を力技で突破される可能性も低くはない。


 ラ・ラガの考え無し共でなくとも、間違いなく敵英雄が出てくれば自国の英雄をぶつける筈だ。


 仮に英雄同士のぶつかり合いでラ・ラガが勝利したとしても、今回の大攻勢で多くの将兵を失しなっているラ・ラガが再度我々を攻めるのは難しいだろう。


 逆にラ・ラガの英雄が負けた場合は、ラ・ラガは滅び、ゼイオット王国に併呑される……その場合、ゼイオット王国は新たな領土の統治をしなければならない為、我々と戦っている暇は無くなる。


 ゼイオット王国軍の本体は、南でエーディン王国と睨み合っている為、北には向かわせられない。


 いくら見せかけだけの対峙とは言っても、あからさまな隙があれば、エーディン王国はゼイオット王国にそのまま軍を進めるだろうしな。


 ラ・ラガとゼイオット王国の戦いがどのようになろうと、我々にとっては好都合と言える。


 二国が停戦や同盟となれば一気に窮地になるが、そうならぬように情報部を使って両国の感情を煽っているし、余程の事が無い限りそれはないと言える。


 懸念があるとすれば黒幕の存在だ。


 黒幕によって用意されたであろう英雄……ラ・ラガとゼイオット王国の英雄が果たして本当にぶつかり合うかということだ。


 ラ・ラガやゼイオット王国に忠誠を誓っているならばともかく、黒幕の意思の元、両国の英雄が動いているのであれば……恐らく一筋縄ではいくまい。


 黒幕の狙いが分からない以上、その下についているであろう英雄がどう動くか読むことは出来ない。


 戦わないだけであれば問題はないが……こればかりは読みようがないからな。


 運を天に任す……いや、黒幕の良いようにされるというのは業腹でしかないが、情報部が何か情報を得るまで耐えるしかあるまい。


 それに……ラ・ラガやゼイオット王国の件が上手くいったとしても、南のエーディン王国が残っている。


 ラ・ラガがゼイオット王国に併合された場合、ゼイオット王国は当然国内の安定に力を注ぐ。


 そうなればエーディン王国はその間自由に動くことが出来るようになる……当然、我々への侵攻を再開するだろう。


 横やりが入らないと分かれば、エーディン王国は嬉々として英雄を戦場に送り込んでくる筈だ。


 しかし、こちらとしても攻めて来るのが一国だけであれば、それなりにやりようはある。


 英雄の存在は恐ろしいが、相手が一人であるなら対処はしやすい。


 英雄が攻めてくればそれを避け、エーディン王国本土を狙えば良いし、英雄が攻めてこないのであれば、そもそもエーディン王国に後れを取るようなことはない。


 現在の様に三方面に戦線を抱え込む様な事が無ければ、我々が負けることはあり得ないのだ。


 そこまで思考を巡らせた私は一息つきながら、机の上に広げられた地図の西側へと視線を向ける。


 エインヘリア。


 ランバルが友好の使者として向かった国。


 この国を味方につけられるかどうか……。


 黒幕の狙いが未だ掴めていない今、かの国との関係が我が国の命運を分けることになるだろう。


 しかし……現状、期待よりも不安の方が大きくはある。


 ランバルであれば友好関係をしっかり築いてくれる……そこは疑っていない。


 だが、友好とは言っても、当然国同士の付き合いには様々な思惑が交差することになる。


 我々としては国内を富ませ、民を豊かに、そして平和に過ごさせたいという思いはあるが……その為には自国を侵されないだけの力が必要となる。


 エインヘリアという強大な力の傘下に加われば、周辺に脅威はなくなると言っても過言ではない。


 しかし、エインヘリアは拡大路線を推し進める国。


 帝国とさえ槍を交えた彼らが、大陸東部に野心を持たないとは考えにくい。


 そして当然……東部と言えば、我が国の隣国である魔法大国エルディオン。


 エインヘリアがエルディオンとぶつかれば、当然我がブランテール王国が矢面に立たされ、最前線となるだろう。


 橋頭堡であり前面の盾。


 エインヘリアにとって我々は潰れたところで問題の無い捨て駒……そうなる可能性は十分あるのだ。


 当然それは、我々が求める平和とは対極の在り方だ。


 今回ランバルを派遣したことで国交の足掛かりは出来た。


 いや、ランバルであればそれなりに友好的な関係を築いていてもおかしくはない。


 周辺国に対しての牽制であれば、エインヘリアと友好的な関係を結んでいると喧伝するだけで十分なものがある。


 そうやって時間をかけて友好を築いていき、我が国と付き合う事の有用性をしっかりと認識してもらった上で、最終的に同盟という形に落とし込むことが出来れば、仮にエインヘリアがエルディオンとぶつかる事になったとしても、捨て駒にされることはあるまい。


 まぁ、問題は……我が国がどのように有用性があるとアピールすればエインヘリアに響くのか、その方法や道筋が現状思いつかないというところだが……その辺りは今後国交を開き、交渉していくことで判明するだろう。


 我々は肥沃な農耕地や良質な鉱山を抱える国だ。


 それ故周辺国は我が国の領土を切り取ろうと攻めて来るのだが、これらの資源はエインヘリアにとっても決して無視できるものではない筈。


 楽観視は出来ないが、交渉材料が全くないという訳ではない。


 エインヘリアの事に関しては、あと数か月後……ランバルが戻って来てから手を付けるとしよう。


 そう結論付けた私が地図から顔を上げた瞬間だった、私の補佐として置いている情報部の者が部屋へとやって来た。


「王太子殿下、ゼイオット王国が動きました。およそ千の兵が王都より出立、一路北を目指し進軍中との事」


「来たか!千は侵攻軍としてはかなり少ない数だが……英雄は確認できたか?」


「申し訳ありません、現時点ではそこまでは。道中で情報部を潜り込ませる予定ですので、恐らく次の報告では存在の有無が確認出来るかと」


「分かった。判明次第すぐに知らせてくれ」


 いくらラ・ラガの殆どの兵力が我々に向けられているとはいえ、南の国境を空っぽにしてはいない。


 ラ・ラガとゼイオット王国の関係から国境には堅牢な砦が築かれており、いくら駐在している兵の数が少なくとも、千程度では落とすことは出来ないだろう。


 しかし、その千の中に英雄が居れば話は別だ。


 英雄を出し惜しみせずに前面に出して暴れさせれば、国境をすぐに越え、ラ・ラガ国内に雪崩れ込むことが出来る。


 そうなった場合、千という少数であることが有利に動く。


 少数であるが故、現地の略奪で必要な食料等を賄いやすく行軍速度が非常に早いというのは、今のラ・ラガにとって致命的とも言える。


 急ぎ北方戦線に送り込んでいる軍に戻るよう伝令を飛ばすだろうが、ゼイオット王国が一直線にラ・ラガ王都を目指せば、軍は間に合わず王都は陥落するだろう。


 そうなれば、我々としては十分な時間を得ることが出来る。


 よし……ここに来てようやくこちらに追い風が吹いて来た。


 後は情報部に推移を見守らせ、同時にエーディン王国の動きに注視しておけば、この戦いも終結が見えて来る。


 時間にしてみれば一年足らず……しかし艱難辛苦の一年だったと言える。


 しかしやっと、やっとこの苦境を突破する光明が見えた。


 そしてエインヘリアとの国交が上手くいけば……再び平穏が、いや、エインヘリアとの関係次第では今まで以上に……。


 そんな風に希望を感じた瞬間だった、執務室の扉が激しく叩かれ、慌てた様子で私の名を呼ぶ者が現れたのは。


 その尋常ならざる様子に嫌なものを覚えたが、私はすぐに部屋にいた情報部の者に目配せをした後、外の者に入室を許可する。


「失礼いたします!王太子殿下!西から……西の空に船が!そ、空を飛ぶ船が王都に向かって来ております!」


 部屋に飛び込んできたのは王城警備の兵だが……空飛ぶ船?


「西から空を飛ぶ船だと?見間違いなどではないな?」


「間違いありません!最初は黒い点にしか見えなかったのですが、みるみる内にその姿がはっきりと分かるようになり……間違いなく真っ直ぐこちらに向かって来ております!」


「西から空を飛ぶ船と言えば……」


 確か、エインヘリアにはそのような船が存在するという話を聞いた覚えがある。


 エインヘリアが来たのか……?


 いや、いくらなんでも早すぎる。


 ランバル達がルフェロン聖王国に入国してから恐らくまだ一月余り……たとえルフェロン聖王国での交渉がスムーズに終わったとしても、エインヘリアに辿り着くにはまだ一、二か月はかかってもおかしくない。


 だというのに、エインヘリアの船が王都に?


 一体どういうことだ?


 いや、今は混乱している場合ではない。


「王都の民に家から出ない様に布告を出せ。それと街門、城門を下ろし守りを固めろ。ただし、絶対にこちらから攻撃を仕掛けないように厳命しろ」


「は、はっ!」


 私が命令を下すと、報告に来た兵が急ぎ部屋を飛び出していく。


「お前は王城にいる大臣達にすぐ会議室に集まるように言ってくれ。それが終わったら可能な限り情報収集を」


「はっ!」


 情報部の者にも指示を出した私は、部屋から出て西の空が見える場所へと移動する。


「……勘違いではないようだな」


 私が視線を向けた先にははっきりと空に浮かぶ船が見えた。


「……朗報を受けた直後にこれか。我が国の艱難辛苦はまだまだこれからだと言うのか?」


 重く肩にのしかかった何かを振り払うように、私は会議室へと足を向けた。


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